前編
本作はピクシブ小説に投稿した1話2話を合わせて前編としたもので、同一です。
1トンの炸薬に船底を蹴り上げられ、14000トンを誇る新鋭ボルチモア級重巡は真ん中から裂ける。さっきまでブイバ島守備隊を乱打していた火器群は忽ち沈黙し、巨体は炎に包まれ、蒸気と黒煙を吹き出しながらよろめき停止した。
後続のクリーブス級駆逐艦が慌てて並び、消火を始める。しかし火勢は衰えず総員退艦が発令された。生き残った僅かな乗組員達が飛び込み重油の海を泳ぐ。駆逐艦は舷側が焦げかねないほど近寄り救助を行っていく。
数人が垂らされたロープに辿り着こうとした時、重巡がねじ切れだした。前半部は駆逐艦に向かって倒れだす。2番主砲塔の火薬庫が誘爆し、吹き飛んだ主砲塔が駆逐艦の艦橋を叩き潰す。勢いを増した火炎が見る間に両艦を覆った。駆逐艦の魚雷が延焼で立て続けに炸裂した。2隻は寄り添うように軋み、沈みだした。
フレッチャー級駆逐艦が霧笛をがなり立てながら救援に駆けつけたが、火柱に近寄り減速した所で艦橋から先の艦首が大爆発で消し飛ぶ。甲板に詰め寄っていた救助要員たちが跳ね、艦体と海面に叩きつけられた。残った部分は空転するスクリューを煌めかせ、潜るように水面から姿を消してしまう。
これで艦砲射撃を行う艦は数隻の駆逐艦のみとなってしまった。ニューギニアのウェワク、ホランジアへの上陸作戦。そしてパラオへ空襲作戦に艦を取られ、ブイバ上陸作戦の大型艦割当ては先の新鋭重巡が唯一だった。埋め合わせの護衛空母たちは悪天候のため満足に航空支援を出せずにいた。
島の北東に3隻の残した黒煙が高々と昇り、低く垂れ込めた黒雲にめり込む。2km半を切る近距離で起きた逆襲は、守備隊の兵達も眺めることが出来た。しかし目に映る物は撃沈の歓喜を潰すのに十分だった。
何十と押し寄せる上陸用舟艇はブイバ東南に広がる海岸に辿り着く。僅かな山砲と重機群の反撃を押し退け、遂に最初の海兵隊員がその地を踏みしめた。
ときに昭和19年春。
ギルバート諸島と、後に設定される絶対国防圏外縁の中間から大分南に位置するこの岩だらけの小島は、飛行場整備が進められているシニチク本島南東側の警戒拠点として43年秋頃から整備され、1500名ほどの独立歩兵大隊が守備に就き、更に工兵を主に新編成された水雷大隊が配置された。米軍は日本の5倍以上の陸上戦力を持ち込んだがタラワで海兵隊を消耗しすぎたので、海兵隊は尖兵に過ぎず殆どが陸軍兵で編成されていた。
ブイバ島は恐怖のタラワに続いて米軍からこう呼ばれた。石臼のブイバと。
―陸軍水雷戦隊―
「おい茂木、3隻目は2中隊の魚雷か?」
「はい大隊長殿。発射が遅れた2本目かと」
水雷大隊長の大葉少佐は双眼鏡を下ろすと、ブイバ島の北東端に山頂付近の、東側に置かれた洞穴陣地、水雷大隊本部を兼ねる水雷観測所の小窓から首を引っ込めた。
「こいつは幸先いいな。2本撃って3隻撃沈だぞ」
シャツ姿の大葉少佐は茶色く汚れきった手拭いを手に取ると、濁った雨水の溜まったバケツに突っ込み絞りながら喜んだ。顔を軽く拭うとシワに残った泥と垢が老け顔を際立たせる。白髪と頭皮の目立つ頭と顔の下半分を包んでいる無精髭が濡れて鈍く光る。
「どうした茂木中尉、下に知らせてやれ」
濡れたままの手拭いを首にかけ、少佐が口を尖らせる。
副長の茂木中尉が答えた。襟元までキチンと整った着こなしは大葉少佐と対照的だ。泥と垢が染み、擦り切れ穴が散見できる軍装。だが階級章やボタン、ブーツはどうにか輝きを保っている。
中尉は通信手を兼任している副観測手の小森曹長をチラと見た。副観測手として主観測手の栗村少尉の下で魚雷調定の任に着いている。
潜望鏡のような照準眼鏡に張り付く少尉の傍らで、管制盤を取り扱うのだ。
茂木中尉はタバコをつまんだままの手で通信機を受信から送信にスイッチし、発電ハンドルをグルグル回す。受話器を手に戦果を伝えた。樫大尉の第1中隊と第2中隊からもワッと歓声が上がる。尤もその歓声は通信機を通さないと島のほぼ頂にある水雷大隊本部の置かれた観測所にも、ブイバ島支隊大隊長玉枝中佐の歩兵大隊にも届かない。水雷中隊2つは島の北側と西側に細く開いた断崖の洞窟入り江に配置され、分厚い岩盤の殻に護られている。
「大型揚陸艦らしきもの1隻、距離6000近づーく!」
突如、固定式の大型双眼鏡にかじりついていた栗村少尉が叫ぶ。悠々上陸した米軍は大型機材の揚陸準備を整えたのだ。海岸への抵抗も依然弱い。LST-1級揚陸艦は舟艇の群れを掻き分けるように刻々迫る。
「よし喰うぞ!照準急げ!雷数3!」
「了解!目標、接近中の揚陸艦。1中隊雷数2、2中隊雷数1。調定はじめ!」
大葉少佐の命令が響き、栗村少尉が照準を行う管制機を起こした。
山の標高を利用した測距は正確だ。角度の変化から速力も方位角も割り出せる。測距に加え周辺海域を何百というグリッドに区分した点も照準の迅速化に大きく貢献していた。山そのものが巨大な照準装置なのだ。管制機に2つの赤ランプが灯っている、下からの魚雷へのデータ受け入れ用意よしの合図だ。
騒音下でも入力作業が出来るよう、魚雷へのデータ入力に音声は使わない。
「目標長100m、速力8ktから減速中。照準点は中央……」
「雷速は23kt、磁気信管のまま設定深度5m半……」
調定事項は次々決まっていく。大葉少佐が一つ付け足す。
「雑巾がけもさっきと同様だ」
全事項を確認した栗村少尉は、赤く塗られた送信ボタンを強く押した。瞬間、地中や崖壁面に伸びている鉄パイプ内の電纜をデータが走った。その先には魚雷への入力機があり、入力計器の針が一斉に動くと待ち構えていた兵達が機敏に作業を始める。
マルに水雷のスでマルス。または魚雷でマルギ等とも呼ばれる電池魚雷は弾頭から胴、スクリュー、舵機まで真っ黒に塗られ、防錆のグリースでぬらぬらと輝いている。僅かに点検口等が赤く縁取られ、弾頭の白い番号が洞窟内の弱い照明で読み取れる。
魚雷達は、海軍の水上偵察機のカタパルト台に似た台車に乗せられレール上に並んでいる。発射点のレールはターンテーブルの先から傾いていて、洞窟内の海に突っ込んでいる。
洞窟陣地は海面まで木とスダレの偽装シャッターで何重にも塞がれ、厳重な偽装で隠されている。島の北西側は断崖の上、遠浅のように暗礁が続いて米軍も殆ど関心を持たず、数隻の駆逐艦が遠く哨戒に当たるだけだった。
発進を目前に控える魚雷の傍らには諸元入力用の入力機が据えてある。入力機からは更に水道ホース位の太さのコードが数本伸び、魚雷の脇腹にコネクタで接続されている。入力機で再計算された照準データの半分は電気式で魚雷本体に入力された。もう半分は兵が直接、ダイアルを回して入力していく。
魚雷は理想形とは程遠く、日々の微調整と猛訓練で補うしかなかった。半電気式操縦装置は主要部を樹脂で固め、確実に動くまで大型化し故障率を抑え切った。艦載でも航空魚雷でもないなら動くまで大きくすればいい。
その結果、魚雷は直径80cm、重量6トン半強に達した。操縦回路を納めると残った空間に新型電池を詰め込み、航続距離は18km前後。10パーツ以上に分解輸送出来るようになっていなければ、搬入も出来なかっただろう。
やがて諸元入力が終わり、入力コネクタが外されて防水蓋が固く締められる。電池の接続ノブが回され、信管の安全ピンが引き抜かれた。チェックリストの全事項が埋まった。
「発射用意よし!」
両中隊でボタンが押されて完了を上に伝わる。管制機の赤ランプ2つ、緑に変わった。
「撃て!」
栗村少尉の報告より前に大葉少佐が吠える。少尉は手を添えていた発射ボタンを反射的に押した。緑ランプが発射命令を示す白に一瞬変わる、消えた。発射担当が白ランプ点灯と同時に台車のロックを蹴り外したのだ。魚雷は台車ごと海に滑り込み、シャッターの下を潜った直後に始動した。外れた台車はロープで引き揚げられ、脇へ捨てられてしまう。
第1中隊は2本発射の為、横に並べていた次弾を発射点に押し出し、同様に発射した。コネクタは2本あり、同じ調定なら並行して入力出来るので連続発射は迅速だ。
「2中隊とも上手くやったようだな」
大葉少佐がランプを眺めながら満足気に頷き、小窓から首を突き出して双眼鏡を覗き込んだ。
両中隊とも次弾を発射点に据え、待機を伝える。
先行した2本の魚雷は深度2mを保つ。岩礁突き出た浅瀬を縫いながら西進していく。浅瀬を脱した所で時限式の深度装置は魚雷を5m半まで潜らせた。第1中隊の魚雷は面舵で島の北側、第2中隊の魚雷は逆に取舵で南側を回り、設定通り揚陸艦に突進していく。
直撃できずに敵艦前を通過した魚雷は180度ターンしては一定距離直進する。そしてまたターンを繰り返しては息切れするまで出会いを諦めない。この航走パターンを水雷大隊では雑巾がけと呼んでいた。電気式で調定の幅が広い魚雷。その場で円をかかすことも、∞字のように動かす事も容易かった。
そして魚雷の1本が無数の舟艇の下を通過し、遂に揚陸艦を捕えた。後半部の左舷寄りの機関部を真下から食い破り、全推力を奪い去った。艦橋に居合わせた対処指示を出すべき人々は軒並み衝撃で即死するか、よくても人事不省に陥る。ダメコンも行われず被雷点から折れるように横転。4000トンの艦は戦車20両を含む車両と重機材を抱えたまま沈み、泥を巻き上げながら海底に激突した。
残り2本も命中コースに乗っていたが命中前に炸裂していた。殉爆である。信管は磁気式の艦底起爆が主だが、炸裂の衝撃波で補助の衝撃信管が起動したのだ。偶然揚陸艦の傍にいた舟艇を5隻程、満載した兵員ごと吹き飛ばしたに過ぎなかった。これを確認した大葉少佐は今後、衝撃信管を切るか発射間隔を開けて放つように命じた。仮に外れた魚雷は息切れで沈み、自爆装置で最期を迎えることになる。
そしてブイバ守備隊の更なる秘密兵器が、米軍を一層混乱させた。
揚陸艦がへし折れ、黒煙を吹き上げながら沈んでいく時、上陸していた米軍の海兵隊と陸軍の兵たち皆が振り向きそれを眺めていた。どの隊もまだ奥行きのある砂浜におり、岩場にはたどり着いていなかった。皆唖然と立ち尽くすか悪態をついた。その一瞬、日本軍の篭もる山から轟く砲声8つに気づいた者は殆どいなかった。
一時的とはいえ、めぼしい目標が無くなった観測所の4人と待機中の歩兵達は狂喜しながらこの逆襲を眺めていた。
97式中迫撃砲。柿沼少佐率いる砲兵隊に任された15cm級迫撃砲2個中隊8門が、玉枝中佐にとって本命の秘密兵器だ。他に砲といえば、海岸の揚陸点を射撃していった41式山砲が3門だけだ。山砲と迫撃砲を持つ分、大隊砲も速射砲は配備されなかった。
米軍も発見できなかったこの中迫陣地は、厳重に偽装された深い縦穴の底に据え付けてある。岩はコンクリートで補強され、鉄製の蓋を備え砲爆撃にも耐えぬいていた。
反撃は軽微だと侮っていた尖兵の海兵隊。タラワの戦訓を活かし、砲兵や艦砲射撃との調整のために集合をかけて固まっている隊が多かった。全く理想的な暴露目標に対して25kg弱の迫撃砲弾達は尽く奇襲に成功した。
迫撃砲弾には特別の延長信管が取り付けられていた。弾の先端から伸びた60cmから1m程の棒は、地面に当たるなり炸裂させ、従来の着発信管より危害半径を一層増大させた。弾着は計画通りに区分けされたグリッドを順々に塗りつぶし、その都度多数の死傷者を生み出した。
工兵と歩兵も砲弾運びに駆り出され、5秒間隔というハイペースで撃ち続けたが、海兵隊が対応し、後退と散開を始めると発射速度は抑えられた。陣地構築の3ヶ月間と並行して溜め込んだ迫撃砲弾は1万発強あったが、これは1分に15発撃てる中迫にとって1時間半で撃ち尽くす弾数でしかない。
伏せてあった前哨陣地の重機関銃隊も投入された。海兵隊にとって手元にある唯一の車両LVT-2も非装甲であるため、被害が増大し続けた。破片が貫通して炎上しだすLVTも少なくなく混乱に拍車をかけた。
装甲車両は洋上で沈め、剥き出しの歩兵を機関銃と迫撃砲で潰す。これがブイバ島守備の全貌だった。
しかし中迫弾は揚陸点近くの海岸線までは届かなかった。海岸線近くまで一旦後退した海兵隊も迫撃砲弾が来ない事に気づくと忽ち統制を取り戻して確かな橋頭堡を確保した。上陸作戦は依然続行され、上陸用舟艇の群れは細々とはいえ着実に島への兵力を増強させつつあった。
プレジデントジャクソン級攻撃兵員輸送艦の一隻が上陸に動いたが、先に上陸部隊を放った輸送艦たちと同様に接近した所で、竜骨ごと3つに砕き割られ轟沈する。爆風は貨客船改造の艦体を船底から最上甲板まで貫通した。1000人以上の将兵達が完全装備で舟艇に移ろうと詰めていたが、彼らは炎に呑まれるか、艦体や海面に叩きつけられてその戦力的価値を命ごと失った。遅れてきた魚雷が残骸に反応して炸裂し、波間を漂う生存者達の内蔵を叩きのめす。
米軍の兵力はブイバ守備隊の想定を上回っていた。守備隊兵力は2個大隊に満たない。1個連隊を十分防げると備えていたが敵は旅団規模になろうとしている。更に艦砲が援護し、天候が回復すれば爆撃も再開されるだろう。
一方米軍では相次ぐ艦船の轟沈原因を必死で探っていた。対潜警戒を命じられた駆逐艦が存在しない潜水艦を探し求めて駆け回る。艦底直下で起爆されると舷側に水柱が立ちづらい。兵員輸送艦が吹き飛んだときは既に日暮れ時で、どの方向から攻撃されたのか分からず、島から雷撃されたとは考えつかずにいた。
日が暮れると島の戦闘は急に終息した。日本側は陣地に篭もり、山砲が嫌がらせ同然の砲撃を思い出したように行う。米側は増強し続けているが岩場での夜襲は無理だと海岸から動かず、沖合の駆逐艦達は沖への警戒範囲を広げてしまい、散発的に艦砲射撃を行う位しか出来ない。効果は上がらなかった。全く膠着状態になったまま、両軍は日没を迎えた。
「大隊長殿、大隊長殿。下から糧食が届きましたが」
茂木中尉の声に小窓から首を突き出し、無理やり海岸を睨み続けていた大葉少佐はハッと振り向いた。我に返ったように肩の力を抜く。空の木箱に腰を下ろし、深呼吸してやっと返事をした。
「そうかメシか。こう暗くちゃ敵艦を狙えやしないし、今日は店じまいだな」
「はい。下にも伝えます。小森と栗村、戦闘中止」
茂木中尉は両中隊に戦闘中止と休息を伝えた。飯は向こうが先に届いている筈だ。炊事所から一番遠いのはこの水雷観測所なのだ。
実際、下にも同様の食事が人数分届いていた。水雷第一中隊の樫大尉は率先して魚雷と入力機の再点検を始めた為、部下たちも先に食べ始めるわけにもいかずお預けを食らっていた。照準指示と撃沈報告しか聞いていない両中隊は、敵の姿を直接見ていない。始まりの曖昧な戦いは休息も曖昧だ。
観測所の北西側に連絡路がある、中腰でやっと通れる細孔を出ると断崖のような山肌。ロープが1本垂れ、西にある第一中隊との連絡線になっている。
ロープを引き上げると、飯盒と水筒が2つずつ入った箱が括りつけてあった。水筒には少し濁った水が7割ほど。
飯盒を持つと重さに驚く。豆と菜っ葉の麦飯が、粉醤油で薄茶色に染まり詰まっている。
灯火管制下の観測所中では木箱内にロウソクの火が1つ揺らめいている。その薄暗い中、4人は殆ど手探りで食事をし、その音だけが響いている。小森曹長は見張り番なので小窓から外を見回しながら食事をしていた。曇天の外のほうが余程明るい。沖をうろつく敵艦は灯りを点けたままだ。時折、艦砲射撃の閃光が眩しい。
小窓から下に目を向けても周りは崖同然に切立ち、迂回路もない狭い傾斜も十数個の岩で塞がっている。登ってくる米兵がいたら余程の命知らずか、山岳専門の部隊だろう。観測所に行くには第1水雷中隊の洞窟陣地からロープで登るしかない。
管制機一式を据え付けるのに、工兵隊総出で一月以上かかったのも仕方なかった。
「戦艦が来ねぇかなぁ」
早メシを終えた大葉少佐は飯盒を置き、板の上に胡座をかいたまま静寂を破る。栗村少尉は飯盒のフタに分けた飯を頬張ったままだが、茂木中尉はロウソク頼りに戦闘詳報を書き終えてこれから食事というところだった。中尉は手にしたばかりの飯盒を膝下に下ろして答えた。
「確かに連合艦隊も来てくれると嬉しいですが、海軍が手を貸しますか?」
艦隊も、というのは陸軍の救援隊が来るのは分かっていたからだ。シニチクの重爆隊と逆上陸部隊はもうじきブイバ救援に駆けつける。
タラワは3日程で陥落したが、同じ失敗は繰り返さない。
シニチク逆上陸部隊が来るまで長くても3日。その間ブイバ島を護り抜くことこそ守備隊の軍務だ。食料も弾薬も3日間保たせる事を前提に現在消費されている。
そこに連合艦隊が加わり米軍を撃滅してくれたら、。
しかし大葉少佐の考えは、茂木中尉の想像からかけ離れたものだった。
「違う、違う。アメリカの戦艦だよ」
中尉には自分が何を聞いたのか理解できなかった。薄暗い中で笑う少佐の歯が辛うじて見えた。少佐は話し続けた。
「戦艦はなんたって海軍の虎の子で最強。これをやっつけちまえば、アメちゃんもこりゃ敵わんと退散してくれるかもしれない。少なくても救援隊が来るまでは一旦下がる。昼の戦いを見ただろう?いくら輸送艦を沈めてもドンドン次が来るだけだ」
中尉はぼやくように答えた。
「戦艦に攻められたら島ごと吹き飛びますよ。何よりシニチクからの救援が撃退されてしまいます」
「そこが俺たちの腕の見せ所だ。吹き飛ばされる前に沈めるんだ。ガキの頃はロシア艦隊を潰した水雷艇隊なんか憧れたもんだ。まぁあの程度の敵部隊は支那で何度も見たぞ。玉枝中佐がヘマしなきゃ勝てんこともないだろう」
少佐はそう言うとハハと笑い、いつも通りゴザを重ねて寝床を造る。倒れこみ、1分もせずに高いびきをかき出す。中尉はふぅと溜息をつき、いそいそと飯盒を持ち上げた。
「あの、中尉殿」
後ろからの声でまた中尉の手が止まる。栗村少尉だ。声はいやにか細く、上擦っている。
「どうした?少尉、食べ終わったなら寝ておけ。次の見張り番は貴様だろう」
少し離れて座っている少尉は目を合わせようとしない。手指を組んでは解いている。
「はい。いや、あの中尉殿。シニチクから連絡が無いのは、無線封止中だからですよね?」
「勿論。封止が解かれるのは救援隊を出す直前だろうな」
思いの外簡単な質問に中尉は即答する。食事も始めてしまうことにした。しかし中尉が飯を頬張ってる最中も質問は続いた。
「シニチクがブイバ以上に叩かれているという事は?」
「それなら緊急電を出すさ。出された所で我々には為す術もないが。さっきからどうした栗村少尉。貴様、大隊長殿の話で怖くなったのか?」
これが戦闘中臆する事も無く、黙々と主観測手の軍務をこなしていた少尉だろうか。全く別人のように思える。
「はい。その、不安なのです。不可解とも言えます」
「何がだ?言ってみろ」
少尉は語気を強める。
「はい。シニチクは航空基地が確かにあります。けどブイバには何もありません。だだっ広い砂浜と、魚雷と歩兵を押し込めた岩山だけです。何故米軍はここに来るのですか?」
中尉はううんと軽く唸るしか無かった。それはこっちが聞きたいというものだった。負けるとは思っていない。だが迫りくる敵は膨れ続け、翌朝の攻撃に備えて刃を研いでいるのだ。栗村少尉は話す度に考えを悪い方に向かわせた。
「シニチクは大発で行き来できるほど近いのですよ。水平線の向こうとはいえ、戦闘機でも一跨ぎで。敵にいる筈の空母は2つの島を一挙に叩くことも出来る。一体どうして……まさかシニチクの飛行隊はもう……」
シニチクへ下ろした水雷大隊の人員物資は10隻ほどの大発に移され、海軍の器材補佐まで受けてブイバまで半日掛かりの航程をピストン輸送された。米軍の定期偵察機が通りかかることもあったが、特に被害も無いまま、一月半前に人も資材も魚雷も運び終えた。それからシニチクへ戻る機会は無い。
中尉は気遣ってわざと明るく答えた。
「今日は悪天候で敵味方とも飛ばせなかったのは分かるだろう?シニチクの飛行隊は逆上陸に合わせて集中投入するのさ。」
「中尉殿はシニチクの飛行隊を何度見ましたか?重爆隊を揃えると言ってひと月以上前からもう……万一の事があって」
「貴様いい加減にしろ。士官としてなんだ、その様は。小森曹長に示しがつかないだろう。一体何が言いたい?地区隊が連隊ごと全滅するとでも言うのか?」
嫌気が差し、中尉は声を荒げて発言を遮った。左手でグイと少尉の右肩を掴んだ。ロウソクが倒れて火が消える。
「違います。救援艦隊も飛行隊もきっと来ます。申し訳ありません」
気を取り直したような少尉の返事だったが、目を見て言ったかは分からなかった。
中尉は押すように手を離した。
「寝ろ。魚雷は残り半分、全部当てれば敵は退くんだ」
最後にそう言われ、少尉は弱く生返事をし、バツが悪そうに少し離れて寝入った。
溜息をついて、中尉は落とした飯盒を拾う。味わいもせず中身を全て胃に詰め込むと丸めたボロ布を枕にして横になった。
「万一…か」
戦闘前に告げられた玉枝支隊長の訓辞が、中尉の脳裏で何度も繰り返された。支隊長は玉砕も自決も禁じたのだ。
「我々に玉砕の余力は無い。負傷したからと自決も許さん。銃弾1発、手榴弾1つその全てを敵に向けねばならない。自決は利敵行為であると心得え、各陣地を守り抜け。シニチクの救援隊が来るまでの辛抱だ。
しかし万一、万一の場合。その時、皇軍としての戦いはもう出来まい。帝国陸軍の名に泥を塗ろうとも、米軍に負荷を与えろ。階級章と軍隊手帳を焼き、虜囚となっては敵を欺き、嘘を並べ立てろ。食料、医薬品、あらゆる物を要求し続けろ。乞食になろうと、暴徒になろうと、敵に負担をかけ続けろ。最早華々しく散るも、九段へゆくも叶わぬが。覚悟せよ」
朝焼けを背に衝いてきた攻撃隊は20機。アベンジャーもF6Fも目一杯に爆装し、尾根に陣地らしきものを見つけては翼を翻し、思いのままに陣地を爆撃していく。爆弾を切らした機は白い星マークを見せつけるように低空を這い、機銃掃射を行う。
護衛空母、軽空母の増援を得た米軍はその後も15機前後の編隊を次々送り込んでは、銃爆撃を反復し続けた。攻撃隊の第5か第6波が去っていく。
爆音が遠のいた時、海岸に閃光が40個ほど走った。海岸は忽ち硝煙に覆われる。それは昨晩の内に構築された、陸軍と海兵隊共同の大砲列であった。
単に弾数だけなら上陸前の事前砲撃をも上回る、豪雨のような敵の集中射撃であった。75mmと105mmの榴弾砲を主力とし、4.2インチ迫撃砲、37mm対戦車砲まで持ちだしての連続砲撃を浴びせかけていた。増派された駆逐艦も相当数が艦砲でこの狂乱に参加している。
鉄片と土砂はブイバの陣地上空に吹き上がり、巻きあげ、唸り狂う黒煙は陣地を覆い尽くしていく。島と空の間の空間は硝煙で断ち切られた。爆煙の層はみるみる厚くなると、ゆっくりと上へ流れだす。
この爆煙は日本の味方だった。再びやってきた攻撃隊は味方に薄い煙幕をかけられた形となり、岩の隙間にある陣地帯が見えない。彼らはやむを得ず煙の中に爆弾を放りこむ。機銃弾をありったけ尾根に叩きつけると、砲兵に苦情の電波を残して離れていった。この後も攻撃隊は薄いモヤを通して爆撃することになり、ただでさえ成果の挙がっていない銃爆撃の能率を一層落としていった。
砲兵隊はそんな事を意に介さずに釣瓶撃ちを続ける。観測機が怪しげに思える岩場を見つけては、砲が一斉に動き、榴弾を何十何百と撃ち込んでいく。
これまで上陸前の砲爆撃にも、昨日の攻撃からも逃れ、運良く残っていた草木は忽ち失われていった。砲撃は少ない立木をあるいは枝から引き裂き、あるいは土層ごと根を吹き飛ばされ、噴煙の中に舞い上がったと思うと、硬い大地に倒れこんでいった。
だが、ブイバ守備隊は影を潜めている。応戦する気配も見せず、動く様子も見せなかった。戦闘配置を解き、掩蔽部の奥深く、モグラのように身を潜めているばかりであった。先日活躍を見せた前哨陣地や機銃陣地はいくらかが潰されたが、装備と兵員は全て砦の中心部に撤収済みで被害は最小限に抑えてある。
重巡の艦砲射撃やB-24の水平爆撃に耐えぬいた指揮所、砲兵陣地や弾薬庫の重要陣地に対して、野戦重砲以下の榴弾砲や低空から落とされる500ポンドや1000ポンド爆弾は有効弾を得られない。
至近弾の轟音と振動の中、兵はひたすらに徐々に緩む陣地を補強し続ける。交通壕や通信線の維持の為に岩の隙間を駆けまわる。集中砲撃で引き裂かれた立木を素早く回収し、補強材に回す。
砲兵隊は迫撃砲陣地で1門あたり1000発以上残る迫撃砲弾の点検を入念に行っている。至近弾の振動で砂埃が降る度に、柿沼砲兵少佐は砲口の向く先にある装甲蓋を眺める。その蓋が開き、玉枝中佐から砲撃命令が下される瞬間を待ちわびて。
歩兵の多くが工兵隊の応援に加わっていた。残った隊は武器の点検を行う傍らで、ひたすらに飯炊きを続けている。歩兵だけでなく工兵砲兵の朝食も炊きあげては、少しずつ飯盒と水筒を配って回る。兵たちは爆発の合間合間に飯を口に放ると、砂埃味だと笑いあった。
敵の奔放に任せ、砲火に耐え続けている尾根沿いの支隊主力と比べ、水雷大隊本部の観測所は全く平穏であった。砲爆撃は殆ど無く、2個水雷中隊は岩盤の下で十分魚雷の点検を行えた。歩兵隊の手を借りずに朝食を済ます事さえ出来た。第1中隊の樫大尉は入力機傍らの木箱に腰掛け、管制機に用意よしを送って静かに腕を組んで待っている。昨日以上の敵の猛攻を、魚雷をもって一挙粉砕するその機を。
観測所は平穏だが歯がゆい立場にあった。離れにあるので砲爆撃の影響は殆ど無い。しかし、硝煙もあり観測不十分で目ぼしい獲物を見つけられずにいた。敵の一部は煙幕を焚いているようにも見えた。
大双眼鏡で見張りに就いていた茂木中尉の叫び声がその静けさを破った。
「敵機北に回りこむ。数6…8」
F6Fは主翼下に500ポンド爆弾を2個吊り下げている。4機編隊2つ。南東側からの爆撃が効果薄なのを加味して、観測所のある北東の山が邪魔するのを承知で爆撃進路を変えたらしい。茂木中尉は左に大きく傾き旋回する敵機を見続けた。濃い紺色の胴に主翼、白い星。双眼鏡をゆっくり回して追っていく。敵機は中尉の予想より早く旋回を終えて水平に戻った。機体はレンズにぴたりと土の字を写した。
「見つかった。敵機向かってくる!」
真っ直ぐ観測所を向いた8機は緩降下を始めた。エンジン音に混じって甲高い降下音がみるみる大きくなっていく。
「くそ、管制機防護!」
大葉少佐は怒鳴った。栗村少尉が復唱と同時に照準眼鏡を目一杯下げ、レンズの蓋を固く締める。小森曹長は計器盤やスイッチ部の扉を全て閉め、防水布を管制機に被せた。
主陣地に比べて観測所の抗堪性はささやかなものだった。セメントの補強も防護措置も直撃相手では気休めにすぎない。
「防護よし!」
「敵機、爆弾投下した!」
ほぼ同時に報告が上がった。F6Fの翼から爆弾が次々離れていく。
「伏せろ!」
間髪入れずに少佐は命ずる。狭い観測所に退避場所は無い、隅に伏せることしか出来ない。
3人が伏せた中で茂木中尉は双眼鏡の蓋を落とし、動作が遅れた。鉄カブトを取ろうと焦る足がもつれて転んだ。起き上がり、咄嗟に小窓に首を向けた。
瞬間、壁の破片とオリーブドラブの塊が視界に入る。窓から飛び込む航空爆弾だと気づく寸前、衝撃が4人の意識を奪った。
15個の炸裂炎を尾根沿いに残して敵機は悠々と去っていく。爆音が遠ざかり、観測所は沈黙に包まれた。
「中尉!起きろ!起きろ馬鹿野郎!」
大葉少佐の怒号と蹴りで茂木中尉は飛び起きた。目と口中に砂埃を感じる。見回すと小森曹長が管制機を起動させ終え、栗村少尉は照準眼鏡を覗いて視界に入る敵艦を逐一報告している。
少佐は小窓から双眼鏡で覗きながらぼやいた。
「中尉、寝過ごしてしまったな。再攻勢を許すとは。撃退しても軍法会議物だ。畜生」
「大隊長殿。爆弾は?」
少佐は双眼鏡を覗いたまま無言だ。ののまま右手親指で真後ろを指差した。目をそこに向け、一瞬に感じた恐怖で中尉の声はひきつった。
不発の500ポンド爆弾は洞窟隅の割れ目に見事転がり込んでいる。立つように上を向き、先端脇や弾体側面のへこみは信管を避けた弾着の器用さを証明している。
信管があるはずの先端に何か黒い物が被せて縛り付けてある。それは逆さの飯盒だった。
「気休めだ。信管ムキ出しはおっかないだろう。それより外を見ろ」
少佐の言葉を背に受けつつ、中尉は更に気休めの防水布をそっと重ねた。双眼鏡を受取り海岸の少し沖を見渡す。
「煙幕ですか。しかし薄い。大発は一層増えてる。よくぶつけないな」
朝方の霧のように薄く低い煙幕が沖にかけて広がっている。無数の舟艇は煙から上3割ほどを突き出し、かき分けながら次々海岸に押し寄せている。
「敵の心配とはな中尉。大発を出されると処置無しだ。砲兵隊にお出まし願うしかないな」
敵は増えてるが海岸からは攻めてこない。こちらの山砲射撃に比べて敵砲兵の猛射のなんと勇ましいことか。
「これ以上焚かれると観測困難になります大隊長殿」
見渡したところ魚雷に見合う大物はいない。ただ舟艇だけが沖から来て着実に兵力を積み重ねていく。
「この煙幕に隠れるような船なら狙わん。魚雷の無駄だ。それより」
少佐はその場の岩に腰を下ろし、顔や首を拭いながら呟いた。
「何故アメさんはこんなモヤを広げた?攻略部隊にとっちゃ邪魔なだけだ」
「まさか魚雷に気づかれた」
中尉は傍らに片膝をついて答える。少佐は軽く唸りながら続けた。
「しかし俺達には気づいてない。さっきの爆撃も偶然なんだ。今も砲撃は本陣しか撃っていない。西や北側に回った敵もいない。潜水艦だと勘違いしてるのか?いや、海岸寄り過ぎる」
自問自答を繰り返す少佐に、栗村少尉が叫び声を鋭く投げおろした。
「揚陸艦1、距離3500接近!昨日と同型らしい!」
敵の正体は不明だが煙幕は効いた。そう信じるLST-1は昨日吹き飛ばされた同型艦の残骸を追い抜いて、念願の戦車を抱えて突き進んでくる。
「照準済み次第すぐ撃て!雷数3!」
報告は続いてきた。
「速力5ktから更に減速中。照準点中央」
「栗村少尉急げ。浅くて潜り込めないかもしれない、衝撃信管も使え。また戦車揚陸艦!アメさんはこいつを待ってたのか」
大葉少佐に言われる前から少尉は流れるように照準完了した。両中隊に命令し、発射。白ランプが1中隊から2度、2中隊から1度灯り、消える。
双眼鏡を握り締め、少佐は揚陸艦を睨み続ける。3人も同様だった。
揚陸艦の艦首から揚陸用意の発光信号がチカチカと流れる。
魚雷は泥を巻き上げて海底スレスレを這ってきた。もしや煙幕がなければ気づかれたかもしれない。右舷中央に信号の何十倍という光量が煌めいた。光はオレンジから赤い炎に変わったかと思うと、ドス黒い煙と立ち上る泥の水柱に覆われた。魚雷は見事船底に滑り込んだのだ。艦首が沈むのを許さないかのように別の魚雷が追い打ちをかけて突き上げる。砕けた艦首から門扉や銃座が空中で鉄クズと化した。海底との反射波で船底から上甲板まで貫かれた姿は燃え盛る廃墟だった。誘爆した戦車の砲塔が、投げたフライパンのように飛んで傍らの舟艇を叩き割る。立ち上る炎は上昇気流を作り、周辺の煙を引きずりあげていく。
「何だ?遠方に大型船ひとーつ」
見事な火柱に目を奪われすぎた事が、不発弾での気絶を上回る失態だと最初に気づいたのは栗村少尉だった。薄くなったモヤの彼方に全くの新顔がいる。
「何処だ。照準しろ。撃てるか?」
少佐は見回すがそれらしき船を見つけられない。
「了解。遠いですがやれます」
それは普通の手持ち双眼鏡では見えないほど遠くにいた。前半に低く長い構造物があり、普通の輸送船とは違うシルエットを描いている。中央にクレーンらしき突起が見える。
少尉はその事を些事のように伝え、具体的な数値を報告し始める。
「距離は14000、全長は130m以上ありそうです。完全に停止……いや。何だ」
「どうした?」
「敵艦が後退……違う。沈んでいる?」
「何?しっかり報告しろ」
少尉は少佐に振り返り、言い切った。
「沈んでいきます。発見時より喫水が深くなっています」
「しまった。上陸用船渠です大隊長殿!」
茂木中尉は正解に辿り着き、狼狽えた。
アシュランド級ドック型揚陸艦。満載8000tの艦その物が浮きドックであり、停止して喫水が深くなったのは注水した為だ。
「栗村撃て!すぐ撃て!大隊長殿!あれは新型の舟艇母船です。」
「その新型には何が?」
答える中尉の顔は青ざめている。
「戦車揚陸艇が……10以上」
「少尉、雷数4急げ!」
少佐は怒鳴るとその場に膝をついた。呻いて、両手で顔を覆った。
中戦車1両をどうにか載せる小さな揚陸艇、LCMは戦車揚陸艦と訳が違う。今までのように魚雷で狙うことは出来ない。
やがて注水を終えたアシュランド級は艦尾を開け、LCM14隻を次々解き放つ。仕事を済ませ、排水を終えて前進しようとした瞬間。木っ端微塵にされた。救難信号も総員退艦も出せないまま海上から姿を消した。
だがそんな事は何の慰めにもならない。水雷戦隊は戦車揚陸艦阻止の軍務に失敗した。
砂浜にたどり着いた戦車隊は大歓声で迎えられる。総攻撃の尖兵として歩兵を従え前進を続ける。日本側からもはっきり見えた。
14両のM4中戦車は上陸してすぐに攻撃前進の先陣を切り、鬼のように攻めてブイバ島守備隊の前哨陣地を踏み潰していく。続行する歩兵達が陣地跡に潜り込み、日本兵の死体を片付けては自陣に作り変える。砲爆撃の観測点、救護所、野戦電話交換所に迫撃砲陣地。本陣までの連絡通路は閉鎖済みだったが米軍側は着実に前進した。
山砲隊がどれだけ応戦しても徹甲弾はM4を貫通できない。
しかし、M4達は前哨陣地を超えて暫くすると段々と減速、遂には止まってしまった。それは損傷した訳でも、進むに従って増す傾斜と岩のせいでもなかった。随伴歩兵がやられてしまったからだ。柿沼少佐率いる迫撃砲隊の猛射はM4を撃破出来ないが、歩兵を引き剥がした。前哨陣地は守れずともそれ以上の進出をどうにか食い止めていた。
戦車は皆正面と側面に無数の破片痕を残し、後面背面には血の染みがあった。攻勢にはM4中戦車が必要。またM4の前進にも歩兵の付き添いが必須だった。
戦車隊は直接射撃で砲爆撃の取りこぼしを丹念に、片端から叩いては歩兵の補充を受けては前進を試みた。しかし日本の迫撃砲陣地は山上にある上に深い縦坑状なので戦車では有効弾を送れなかった。
米軍の前進はまた滞った。だが降ってくる砲弾は間違いなく減っている。昨日のような膠着はしないと、米軍側は踏んでいた。
読み通りに守備隊では弾薬が尽き始めていた。半日近い阻止砲火と引き換えに迫撃砲に山砲、重機に射撃制限がかけられ、迫撃砲でも野砲のように1発1発狙って撃つ有様になり、面制圧の持続などはとても望めなかった。
一部の気骨ある米軍指揮官たちは日本軍の息切れを待つ気はなかった。彼らは最前線を駆け回り偵察を重ね、地図に情報を集約し結論を出した。
少し下がって野戦司令部に押入り、地図を広げて記載を指差して上官に談判した。
「今なら北東と西側に迂回攻撃をかけられます」
前哨陣地を超えた米軍の両翼は島を回り込めるまで広がっていた。そこは断崖で攻略当初から進撃ルートから外されている箇所でもあった。彼らは具申を続けた。
「山に心得のある者を選抜し、軽装の別働隊を組みます。その間、日本軍を正面で牽制してください」
「観測機によると崖側に陣地らしきものは見当たりません。日本側も攻められるとは思っていません」
「このまま弾切れまで重迫を撃たせては兵の損害は嵩むばかりです。打って出るべきです」
主張は通った。選抜と志願が行われ、100名ほどの別働隊が編成される。別働隊員は背嚢を降ろしてサスペンダーの付属品も外せるだけ外し、半数以上がヘルメットでなく作業帽を選んだ。機関銃どころか小銃も携行しない。士官は拳銃だけ、下士官や兵はサブマシンガンを背中側に軽く括り付けた。手榴弾だけを何個も持つ兵もいれば、爆薬やロープを担当し非武装の者もいた。
打ち合わせを終え、1/3が北東側、2/3は西側ルートを這うように前進し始めた。牽制射撃が両翼側にも広がり、既に多くの目を失っている日本側はこの迂回攻撃に気づけない。
北西側が多少薄いとはいえ島全周を米艦船に包囲され、上空は爆装した米艦載機が飛び回り、陸上でも正面だけでなく3方面から攻められている。ブイバ島守備隊を絞めるこの万力。止まりはしても決して緩むことはない。
そして、米軍別働隊がこのまま西側ルートを進むと最初に接触するのは水雷第2中隊。北東ルートは水雷観測所であった。




