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旅のはじまり2
野球ファンでないわたしでも、名前くらい知っている選手。そのサイン色紙が贅沢に壁に並んでいる。
ファンと思われる若い女性三人組が、嬉しそうに写真を撮りあっているのを近くに見ながら、わたしはビールグラスを傾ける。
そうしながら、頭の中で 数週間前に行われた 会社の同僚たちとの飲み会のことを思い出していた。
「わたしもその週、東京出張なんです!」
栗原由紀はそう言った。
「そうなんだ!じゃあ東京で飲もうかっ!?」
栗原とは半年前まで同じ部署で机を並べていた。
わたしより3つほど年下であるが、職場の経験年数では先輩となる存在である。
この春の急な人事異動により、今は離れた部署の人となっていた。
冗談半分で返したわたしの一言で、その場は盛り上がった。皆にも囃子立てられたが、
はたして本人は覚えているだろうか。
そもそも、この交通事情の中で 栗原の方は東京に着けているのだろうか。
これまで、仕事以外で栗原と連絡をとったことは皆無だったが “LINE”のグループを介して繋がっていることを思い出した。
冗談を本気にして、迷惑と思われるかもしれないが、約束を反故にしたと思われるのも気持ちよくはない。
「お疲れ様です。東京行けましたか?」
ビールグラスが半分ほど空いた頃、少し迷いながら送信ボタンを押してみた。




