課外授業1
みんな忘れているかもしれないが、俺はこの状態(死神)に生まれ変わってから恐らく一月も経ってない。そんな生後間もない(ほぼ赤ん坊)俺は、カミに一人立ちを求められ、それを受け入れた。かなり無茶な話でリスクもかなりのものだったが、カミが本当に無理だと判断したら俺にやらせるはずがないとわかっていたからだ。結果から言えば、成功した。身体を形成している間の記憶は一切無いが。そして俺とカミの関係は何も変化しなかった。別にこれと言って何かを求めていたわけでもなし、それはいいのだが。問題はその後だった。身体と神気のコントロールが難しくなったのだ。今までは、カミの用意してくれた仮の身体で生活していたのが、いきなり身体が替わった事でこれまでの感覚が全て塗り変わってしまったのだ。要するに、今の俺は他人の身体を借りているようなものである。更に、神気の方も今までは仮の身体越しに、つまりワンクッションおいて使っていたのが、慣れない身体で直に体感することとなった為、上手くコントロール出来なくなっていた。放っておくと勝手に身体から神気が漏れ出すのだ。
そんな中、見かねたカミが提案をしてきた。内容は、神気の使い方の練習も兼ねて自室は自分で形成、維持する、というものだった。言われた通りにやってみたのだが、これが中々に辛い。造ること自体はさほど難しくないのだが、造り出したものをそのまま保持すると、当然その分の神気も消費する。(ちなみに身体は一度造ってしまえば勝手に存在し続けるので神気は消費しない)初日は部屋を造り終えてすぐ気絶した。まだ自分の体から直に神気を使うことに慣れていなかった為だ。当然、部屋の維持など出来ず、気づけば普段使っている俺の部屋だった。
改めてこの空間全てを維持しているカミの凄さを実感した。こののらりくらりとした男が実は神々の頂点である事は既に知っているが、眼前に堂々と突き付けられては何も言えない。仕方なく視線だけで抗議すると、俺の複雑な心境を読み取ったらしい男はケラケラ笑い声をあげた。
「それでいいんだよ。誰にだって初めてはある。時間なら腐るほどあるからね、少しずつ伸ばしていけば良いさ」
言われてみれば、その通りで。期限があるわけでも、失敗するとペナルティーがあるわけでもなし。焦っても意味はないのだ。
「君のペースで、君の望むものを、君のやり方で造ればいい。ここに君を縛るものは存在しないのだから」
それから俺はカミの指導の元、自室を維持出来る時間を少しずつ増やしていった。とはいえ疲れるものは疲れるのである程度時間が経ったら今まで使っていた方の部屋に戻ることもある。現在では部屋を維持しつつ家具の調整をする余裕も出てきた。最近は本で読んだ''ハンモック''というものを知り、そこで寝ながら読書をする楽しさを知った。カミが留守の間はそうして過ごす事が増え、今まさにそうだったのだが、
「少年、買い物に行こう!」
「何故?」
帰宅して早々、上機嫌なカミが部屋に入ってきた。今更その唐突さに驚く事もないのでとりあえず質問してみる。
「何でもかんでも神気で作ってたら面白味が無いだろう?それに、今日はとてもいいお出掛け日よりだしね」
お出掛け日よりもなにもこの空間では毎日が晴天である。一日の区切りも曖昧な為、俺は今がいつなのか全くわからない。まぁ、好き好んで自分から空間の外へ出る事もないし気にもしてないが。
「不満かい?なら、課外授業ということにしよう」
明らかに取って付けた理由だが、こう言われては断れるわけもなく。実の所、外の世界に興味が無い訳でも無かった。知識は多ければ多いほど良いし、実際に見なければ分からない事もある。対象への認知度が高いほど有事の際の対処法も増える。必ずしも何かあるとは限らないが、備えあれば憂い無し、だ。適当な服装に変えつつハンモックから飛び降りると、呆れ顔のカミに抱き込まれた。
「君は本当に学ぶ事が好きだねぇ」
「ほとんど癖みたいなものだけど」
「良いじゃないか。その貪欲さは僕には無いものだ」
そもそもこの男に欲があるのかすら謎である。
「さてね、昔はあった気もするけれど...長く生きすぎた弊害かな」
最後の方、ぽつりと溢された一言にふと興味が傾いた。
「カミって何歳なの?」
「うん?歳?途中で数えるのを止めてしまったから正確な数字じゃないと思うけど、えぇと、人間界で数えるとこれくらいかな」
ぱっ、とカミが示して見せた指は2本。
「2000歳?」
「いや、200億歳」
「......」
桁が違った。可笑しな数字を聞いた気もするが、そういうものなのだろう。そういうことにする。
「さ、行こうか...神界巡りの旅に」