自分の在り方 1
気づけば夏休みは終わり、登校日になり、そしてやってきた文化祭。...大分期間が空いちゃったけどギリ八月中に出せたから許して。
自分を知り、カミを知ったあの日から、どれほど経っただろう。時間という概念があるのかすら謎で、神気によって造られた空間には朝も昼も夜もない。常に明るいし、景色も自由に変えられるのだ。外界とは隔絶された場所なのだと教えられた。そしてあの日から、俺はゼウス(あいつ)の事をカミと呼ぶことにした。他の神と区別する為に。
「少年、ちょっとこっちにおいで」
そんなある日、書斎で暇潰しの本を物色していた俺をカミが手招いた。その含み笑いを訝しながら近寄ると、一冊の本を差し出された。黒革の、タイトルも著者も記されていない本だった。
「これは?」
「少し遅れたけれど、神化祝いだよ」
はてさて神化祝いとは。
というか、
「開けない」
「その時になれば開くから。それまで大切に保管しておくこと」
ぴたりと固く閉ざされたページは一切読ませる気が無いらしい。黒地に這わされた金糸が淡々と煌めいた。まあ兎にも角にも、カミからの贈り物だ。たとえ意味不明であっても何時かは必要になるらしいし、素直に仕舞っておく事にした。
「ふふ」
「何」
「ずいぶん素直になったものだなぁ、とね」
笑われたので視線を飛ばせば柔らかい表情を向けられて思わず顔をそらした。こういう顔をされるのは、苦手だ。どう反応すれば良いのかわからないから。
「よし、今日は神気の応用編といこうか」
今日も今日とてカミは唐突だ。
意気揚々と立ち上がった途端、書斎で在った空間が歪み始め、次の瞬間には窓も扉も無い地下室のような場所だった。そして何より、カミの神気に満ちていた。
「ここは、簡単に言うと結界の中だよ。多少の衝撃なら吸収してくれる」
だから好きなだけ暴れていいよ、と告げるカミは言外に暴れる必要がある事をすると言っているのだ。にこにこと穏やかに笑っている癖に、言ってることが全然穏やかじゃない。
「何をしろと」
「単純な事だよ。自分を受け入れる、ただそれだけだ」
明らかにそれだけじゃない。でなきゃわざわざ結界の中につれてくる必要がない。
「今の君は、言うなれば僕が手を貸して立っている状態だ。精神の安定を優先させる為、本来己で時間を掛けて造り上げていく身体を僕が用意した」
確かに、意識が覚醒した時から身体はあった。
「でも、僕の神気に慣れすぎるのは、あまり良くない事なんだ。だから、完全に慣れきってしまう前に僕の神気無しで自分を保てるようになって欲しいんだ」
真っ直ぐに此方を見つめる瞳に、既視感を覚えた。一体いつ、この瞳を見たのだったか。
「普通なら長い時間を掛けて行う事を短時間で行う。当然、行為には代償が伴う。相当な負担と苦痛を味わう事になるんだけど、やってみる?」
あぁそうか、俺に殺してくれと言ったあの時の瞳と同じなんだ。悲しげな、哀を含んだ優しい瞳。矛盾を抱えたその色を何とかしたくて。その為に必要な気がするから、
「やる」
自然と答えは出ていた。