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特撮物と言ったら採石場ですよね!
採石場をチハが駆ける。
チハを追うように、取り囲むように多客型ロボットたちがワラワラと集まってくるが、2号車の敵では無かった。
涼子が主砲を撃つ度、最低でも1台以上のロボットは大破して戦闘能力を失う。ロボットの動きが重なるタイミングを見計らって射撃を加える事で2台、3台と纏めて撃破することすら今の涼子には可能であった。
さらに通信手兼前方銃手席からは島田が、砲塔後部機銃からも装填の合間に宇佐が射撃を行う事により次々と撃破していく。
天昇園の車載機銃に用いられているのは強装薬と特殊合金硬芯弾による徹甲弾だった。ハドー怪人には無力であったものの銀河帝国巡洋艦に搭載されていたロボット兵器には十分な威力を発揮する。
これは現在、2号車が戦っているロボットたちが無人の非装甲偵察型機であることも幸いしていた。
操縦手の西に割り当てられている銃は無いが、それでも彼は正面から、あるいは車体をドリフト気味に急旋回させて車体側面後方を敵にぶつけて撃破していく。
涼子、島田、宇佐、西、4人の力を合わせて1つの戦闘機械と化した2号車の戦いぶりをラルメも車長の場所で目を丸くさせ、口を半開きにしながら見ていた。言葉は無い。ただただ脅威的な物を見ているといった様子だった。
無理もない。自国の誇る兵器群が原始的な化石燃料で動く鉄の塊に一方的に撃破され続けているのである。
「宇佐!」
「ハイ!」
3台のロボの動きが重なりそうだったために1呼吸おいてから、まとめて撃破したため、宇佐は後方の敵を機銃で攻撃していた。
宇佐は涼子の声にクルリと身を翻して、砲尾を開き、排莢される空薬莢を左手で掴んで自由落下よりも素早く引き抜き、右手で新しい47ミリ砲弾を装填する。
涼子が再び主砲発射。
宇佐は先ほどと同じ動作で再装填。
熱く熱せられた薬莢を素手で掴むという地球人にはできない方法を編み出した宇佐は、主砲発射間隔の大幅な短縮という点でチハの戦闘能力を上げていた。
それにしても異常な戦闘能力だった。
ただの軍人ではありえないような長期間のキャリアを積み重ねてきた島田と西、低コスト版とはいえ地球人を遥かに超えた能力を持つ宇佐、彼らが持てる能力の限りを尽くしているのもある。だが一番の原因は西住涼子だった。
そもそもチハは移動中の射撃能力を考慮されていない設計なのである。
これはチハに限った事ではない。戦車という兵器が移動中の主砲射撃で命中弾を期待できるようになったのはコンピューター制御技術の発達した近年になってからの事である。当然、戦前に開発されたチハにそんな能力がある訳が無い。
移動中の射撃、これを行進間射撃というが、戦車は乗り心地を重視されて開発された乗用車とはワケが違う。そのサスペンションは乗り心地なんかよりも荒野、砂漠、湿地、塹壕地帯などの不整地を走り抜けるためのタフネスさが要求されているのだ。当然、その振動は凄まじいものとなる。振動どころか時には履帯を浮かせて飛び跳ねるのだ。
静止した状態ですら移動中の目標に砲弾を命中させるのは難しいというのに、さらに自車両も移動し、さらに前述の振動の影響も考慮しなければならない。
これがどれほど難しい事か、戦闘中だというのに島田と西が車体席で何度も顔を見合わせている事からも想像できるだろう。
これこそが1号車車長の泊満が「鷹の目」と称した涼子の能力だった。
彼女が人並み外れて優れていたのは「視力」、そして「視力に付随する脳の処理能力」であった。
通常の視力検査では彼女の異常性は測れないだろう。事実、涼子は18年間の人生の中で幾度も視力検査を受けてきたが、それを指摘された事は無い。
だが彼女の動体視力は地球人の限界を大きく越え、チハの主砲から発射される砲弾の刻まれた施条痕すらハッキリと視認することができたし、4丁の銃から掃射を受けても躱し続ける事ができたのもこの能力による所が大きい。彼女の視点移動速度もまた常人を大きく越えていたのだ。
また涼子が就職する際の採用試験を受けに来た時に彼女をたまたま泊満が見かけ、試験の緊張から忙しなく視線を動かす彼女の眼球移動に気付いた泊満が彼女の能力を見抜き、法人代表の滝川へ戦車隊への配属を打診したのである。
さらに彼女の視力により送られてくる情報量に常に鍛えられていた頭脳は未来位置予測能力を大きく発達させ、ついには視力によらない情報である三半規管の揺れ、体幹や四肢の踏ん張りによるバランス制御をも自分の未来位置予測に役立たせる事ができるようになっていた。それらはチハの車内においては一種のスタビライザーとして機能し、彼女の射撃の正確性に寄与していたのだ。
西住涼子の不幸はその「鷹の目」で父親の自殺死体を目撃してしまった事である。
一瞬で目の前の全てを脳髄に叩き込んでしまった彼女はその光景を何年もの間、夢に見る事になったし、夏の風に揺れる風鈴も、秋風に揺れる木の枝も涼子にフラッシュバックを起こさせては苦悩させたのだ。
そして悔しかった。
父の保険金で自営していた工場が倒産した時の借金は綺麗に返す事ができた。その後は母が夫を亡くした悲しみに耐えながらもパートに出て涼子を育ててくれた。だが、それが涼子は悔しかった。まるで自分だけのほほんと生きているようで。
悩んだ。
悩んで悩んで悩みぬいた果て、涼子は命というモノに対してある意味で無感情に、ある意味で酷く感情的になったのだ。
ハドー獣人をいくら射殺しても平気でいられたのもこのお陰と言う事もできるし、必死で生きようとしないラルメに激昂してビンタをお見舞いしたのもこのせいと言える。
これは歪で、自分勝手で、独善的な思考であったが西住涼子はヒーローであることを決意したのだ。
そしてヒーローとは歪で、自分勝手で、独善的な者なのだ。
けして歪ではなく、けして自分勝手ではなく、けして独善的ではない者がいたとして、その者は英雄たりえるだろうか? 否、その者は「調停者」になりえても「英雄」ではない。
(……命を大事にしない奴は、例え銀河帝国の皇女サマだろうが、アカグロだかテロリストだかだろうが皆、私がブッ飛ばしてやる!!!!)
チハの主砲は涼子の意思が乗り移ったように轟音と炎を吐き続ける。
やがて偵察型無人ロボットが全てスクラップに姿を変えた頃、採石場に姿を現したのは巨大なロボット兵器だった。
先程までの無人機と姿はよく似ている。
だが大型バスのような巨大な胴体に左右にそれぞれ4本ずつの脚を持ち、胴体の上には巨大な砲を背負っていた。機銃の数も胴体下面と左右それぞれの計3丁となっている。
砲は6本の細いアームで胴体と繋がれ、さらに数本のチューブが砲後部へ接続されていた。砲のサイズに見合う給弾装置が無いことからビーム砲の類である事が分かる。
さらに敵の攻撃を弾くのに効果的であろう曲面装甲が鈍い黒鉄色に光っていた。
「西さん! 避けて!」
涼子の言葉に西がチハを大きく蛇行運転させる。
大きな石に乗り上げて車体が跳ねるがそれどころではない。先ほどまでチハがいた場所に大爆発が起こり、飛び散る石礫がチハの車体を何度も叩く。
新たに現れた巨大ロボットが射撃体勢に入ったことが分かったのも涼子の類稀な視力のおかげであった。
砲身周りのファンが高速回転を始め、砲身内部が収束を始めたのを見逃さなかったのだ。
「左側面へ!」
「…………!」
涼子が敵ロボットの足場が僅かに左の方が高い事を見て西に指示を出す。
失語症の西は言葉ではなく行動で涼子に応える。
敵の主砲支持アームの形状的にあまりに低い位置へは俯角が足りなくて撃つ事が出来ないだろうとの予測からだった。
普段は繊細な西の操縦が荒い。
彼もこの巨大ロボットが難敵であろうと見抜いていたのであろう。涼子もそうだった。恐らくは島田も。
急旋回の横Gに耐えながら左から敵ロボットの側面に回り込む。
涼子の予想通り、敵ロボットは俯角が足りなくてビーム砲による攻撃を諦め、機銃斉射に切り替えてきた。
雨のような弾幕がチハを撃ち据える。修理した右前照灯も、部品が無くて左前照灯の位置に新たに取り付けた拡声器も無残に砕け散った。だが装甲までは抜かれはしない。
(……よし! ここ!)
涼子が巨大ロボット底面に向けて47ミリ砲を発射。
だが……。
「……えっ!?」
狙い通りに敵ロボットの底面に命中した砲弾はあっさりと弾かれてしまった。弾かれた砲弾は採石場の岩肌に当ってさらに跳ねる。
涼子も戦車に乗るようになり、ネットで色々と調べていた時に「戦車の装甲でもっとも薄いのは底面と天板」という記述を覚えていた。そして現在、黒光りする装甲と強力なビーム砲を持つ巨大ロボットを「宇宙人の戦車」と見立てて底面を攻撃したのだ。
十分な根拠があって攻撃した場所に命中して弾かれる。これは涼子にとって初めての経験だった。
「涼子さん!」
宇佐が自分を呼ぶ声に涼子は我を取り戻す。
(さ、さっきの底面はさすがに角度が付きすぎてたかしら? なら側面を……)
すでに宇佐は次弾を装填していた。
涼子は砲架を肩当で操作して照準位置を上げて発射、宇佐がただちに再装填して発射、再装填、発射。
「……こ、これでも駄目なの!?」
3発のチハの主砲弾は全て敵ロボットの側面に当っていた。だが貫通弾は無い。すべて非貫通。損傷を負わせた様子すら無い。
やがて敵ロボットは懐に潜り込まれた混乱から立ち直ったのか緊急回避用のロケットブースターでジャンプしてチハから距離を取ってしまった。
「マズい! 西しゃん! 避けて! 避けて!」
茫然自失の涼子に代わり、島田が西に指示を出す。
辛くもビーム砲の直撃を避けたものの、状況は振り出しに戻ってしまった事に変わりはない。
「西住しゃん! 気をしっかり持ちんしゃい!! 宇佐しゃんも!」
「は、ハイ!」
「……ハイ!」
幸か不幸か、島田にとってチハの攻撃が無力なのは慣れっこだった。
彼にとって、むしろ今までが出来すぎていたのだと思うくらいだ。
そして慣れない状況に惑う若者を叱咤するのも自分の仕事だとわきまえていたのだ。
珍しく大声で怒鳴る島田に涼子も宇佐も気を取り直す事が出来たのだった。
「でも、どうしましょう……」
「一番、装甲が薄いハズの底面でも駄目、側面も駄目……」
「ん? アレの装甲が一番、薄い場所は底じゃないぞ?」
「えっ?」
ビーム砲を避けながら回避行動を取り続けるチハの中、涼子と宇佐が相談しているとラルメが久しぶりに口を開いた。
「どういう事?」
「ああ、あの8脚ロボは我が銀河帝国の主力陸戦兵器だから妾も良く知っとる」
「なら、弱点は?」
「ああ、アレは見ての通り、8本脚だから地球の戦車と比べて底面が高いのでしっかりと装甲を張っておる。じゃがアレはそもそも集団運用するのが基本の兵器よ。じゃから後部の装甲が1番、薄くなっておるのだ」
「ケツは味方に任せりゃええ! って事かいの?」
「うむ!」
「どうなんです? 島田さん」
「確かに戦車の後部も底や上面ほどじゃないが装甲が薄くなっとる……」
だが島田は言いよどむ。
彼は思っていた。
ここは逃げるのが得策ではないか? と。
「やりましょう! あんなのが山から下りたら大変な事になります!」
涼子の声を聞いて島田もやる気になった。
振り返って見る彼女の姿は下半身しか見えないが、砲架に体を預けて照準眼口を猛禽の目付きで睨む彼女を想像すると勇気が湧いてくるのだ。
「よし! 西しゃん! 行ったれ!」
「宇佐、次は榴弾をお願い!」
「アイアイサー!」
「…………!」
蛇行運転の回避行動から一転、チハは猛然と巨大ロボットへ向かって突撃を開始する。
涼子は弾かれると分かっていながら主砲を発射、続いて装填された榴弾を敵のビーム砲に接続されているチューブへと命中させる。
「さすがだな。アレはエネルギー伝達補助ケーブルよ。あれで大分、向こうの発射頻度は落ちるハズだ」
ラルメが満足気に声を上げる。
だが敵ロボットもチハの思惑を察したのか、先ほどのようにロケットブースターに点火してジャンプ。チハと場所を入れ替わるように岩壁を背にしてしまった。
これでは後ろを取る事ができない。
「マズい! 撃ってくるぞ!」
「ええ!? チャージに時間が掛かるんじゃないの?」
「恐らくはケーブルを切られる前にチャージ寸前だったのだろ?」
「西しゃん! そこの岩山に隠れて!」
間一髪のところでビーム砲を積み上げられた岩山に隠れて躱そうとするが、ビーム砲の威力は島田の予想以上で岩山のほとんどは蒸発し、飛び散った岩弾がチハを打つ。
さらに……。
「…………!」
「どうした西しゃん! えっ! 履帯が……」
ビームに触れたものか、飛び散る石礫にやられたものかチハの左履帯が切れて移動不能となってしまった。
なんとか残った右の履帯で敵に正対して正面を向ける事だけはできたがそれだけだった。左の駆動輪が空しく回るが、電車のレールに等しい履帯が切れてしまっては、もはやチハはこの場を動く事は出来ないのだ。
「…………? ……ふん! えっ……!」
「ど、どうしました? 涼子さん?」
「ほ、砲塔が回らない!」
「なんじゃと!?」
さらに悪い事に、いくら涼子が砲塔旋回ハンドルを回そうとしてもビクともしないのだ。
そしてチハの主砲を敵ロボットへ向けるには90度ほど砲塔を動かさなくてはならない。砲架で微調整なんて程度ではとても補えないほどの位置だった。
チハは移動する事もできず、砲を敵に向ける事もできない。
岩山は蒸発してチハは丸裸。
さらに敵ロボットは装甲の薄いという後部を岩壁で隠している。
これでは敵のビーム砲がチャージされて、チハが先の岩山のように蒸発するのを待つだけではないか!
クライマックスに向けてヒロイン(チハたん)がピンチになったところで今回はヒキです。




