21-2
爆炎と轟音と共に現れたのは異形の集団だった。
異次元人と動物の因子を組み合わせたハドーの遺伝子合成獣人ではない。
まるでピカソやダリが見た悪夢。
統一性の欠片もない武装集団が数えきれないほど天昇園へ向けて歩みを進めている。
毒々しい色付きの者。
用途こそ分からないが明らかに物騒な獲物を構えている者。
体の一部が明らかに肥大して人型とは言い難い者もいる。
中には涼子やラルメのような人間型の者もいるが、そいつらも体の一部、またはほとんどを剣呑な機械に置き換えている。
間違いない。彼らこそ「赤い黒点」だか「アカグロ」だか知らないが、そんなけったいな名で呼ばれる宇宙人集団だろう。
宇宙人たちは天昇園にいる人々の逃げ場を奪うように、駐車場に止めてあった職員の自動車を破壊して燃やしながら近づいてくる。
やがて一団は中央にいた背の高い異星人の制止で止まった。
その異星人は紫色のロウソクを組み合わせて人形を作ったような細い、禍々しさすら感じさせる者だった。
そのロウソク型の背中から骨のようなポールが天に向かって扇上に5本伸び、ポールの展開が終わるとそれらの間に一瞬で膜が張られる。
《地球人の皆さん、御機嫌よう! 今日は我々の同志ラルメを迎えに来ました。我々は「赤い黒点」。そして我々の力は今、お見せしたとおりです! アナタ方には地球時間で10分の時間を与えます。色良い返事を期待しますよ!》
それがロウソク型の生態的な特徴によるものか、それともスピーカーのような物を背負っているのかは分からない。だが異星人が話した言葉は天昇園全体どころか近隣一帯に響き渡るような大音量で轟いた。
武装集団の前線指揮官らしきロウソク型は天昇園に10分の時間的猶予を与えると言ってきたが、天昇園の後期高齢者たちの行動は速やかだった。
異星人の通告が終わるや否や、一度か二度、目配せをしたかと思うと天昇園から飛び出して異星人の軍勢に突っ込んでいったのだ。
「バンザ~イ!」
「姫様、バンザ~イ!」
「万歳! 姫様、万歳!」
「ラルメ様、バンザーイ!」
「ばんじゃ~い!」
「\(^o^)/」
多目的ホールに集まっていた者だけではなく、各居室にいた者たちも突撃に参加しているのか館内の至る所で窓ガラスが割れる音が聞こえてきていた。
「……のう? 涼子?」
「なんです。姫様?」
「『10分、時間をやる』というのは地球じゃ別の意味合いを持つ言葉だったりするのか?」
「いえ、言葉通りです。ただ彼らは待つのが苦手なだけです」
「そんなものか?」
「そんなモンです」
さすがに「いつ、お迎えが来るか分かりませんので」とまでは言えなかった。
なお高齢者が大好きなテレビの時代劇が基本的に1話完結であるのも、「来週まで生きてられるか分からないので前後編は止めてくれ」という投書が寄せられたからだという。
「じゃが、あのダンガレン星人は妾を仲間だと、同志じゃと言っていたであろう? そこで迷うところじゃあないのか?」
「……先ほど彼らは姫様を信じると言っていたじゃあありませんか? いくら高齢者でも、そのくらいの短期記憶能力はありますよ?」
実の所、ラルメがアカグロの仲間でも彼らに引き渡すわけにはいかないのだ。その時は銀河帝国の巡洋艦にラルメを引き渡さなければならない。
だが涼子は自分にそんなつもりは微塵も無いことに気付いた。彼女もラルメがお姫様だと信じていたのだ。
「……ところで姫様?」
「なんじゃ?」
「姫様が姫様かテロリストかはともかく、洗脳はしたでしょ?」
「するかっ!?」
違うのか……。
チラリとブレイブファイブの4人を見ると、彼らは縛られたまま茫然とラルメと外の戦況を見比べていた。まるで何が何だか分からないといった様子で。
ラルメが洗脳能力を持つのなら、縛られた状態で抵抗もできない彼らなど恰好の獲物だろう。それをしないということは本当にそんな能力は無いということか。
涼子が考え事をしていると、またラルメが突撃していった高齢者たちについて尋ねてくる。椅子に腰掛けたまま、心配しているという風ではない。理解できないモノに説明を求めるといった具合に見える。
「でも、彼らは素手じゃろ? 武器なんか持っとらんじゃろ?」
「はあ、見た通りです。ですが、あの年代の高齢者は竹やりで成層圏の敵を撃ち落とせと言われてシゴかれて、実際にその敵に住んでいた街を焼かれて歯噛みしていたような人たちです。それが手の届く場所に敵がいたら迷わず行くでしょ……」
「と、とんだ狼の巣じゃのぅ……」
「その狼を命知らずにしたのは姫様ですゆえ、とくと戦ぶりをご照覧ください……」
「その必要は無い」
涼子の言葉を遮ってきたのは杉並さんだった。
彼は異様に長い眉毛とアゴヒゲが特徴的な男性で、まるで頭髪の分の栄養も回したのかというほどツヤのある眉とヒゲだった。
彼はやっとの事で車椅子から立ち上がり、いつも車椅子のサイドにセットしてある杖をついてフラつきながら歩いてきた所だった。
「……姫様。ここは少々、騒々しくなりますゆえ、姫様の御目には見苦しい場面も出てくると思います。ここは裏山にでも散策に行かれてはいかがでしょう? さっ、涼子ちゃんと宇佐ちゃんは姫様のお伴をして!」
「左様か……」
杉並さんの言葉に今まで数度の爆発音が聞こえても微動だにしなかったラルメがスッと立ち上がる。
「では涼子、宇佐、付いて参れ! 貴公もはしゃぎ過ぎるなよ?」
「過分なお言葉に御座いますれば……」
そしてラルメはスタスタと裏口へ向かって歩いていく。
涼子と宇佐は目を見合わせて彼女の後を追おうとするが、その瞬間、室内に1体の異形が飛び込んできた。
十分に屈伸をしてから体を起こした異形はワニやトカゲなどの爬虫類にも似ていた。
板バネのような機械で瞬発力を補強されたと思わしき下半身は不自然に肥大し、貧弱な上半身とは不釣り合いだった。だが、その両手の3本爪は地球人程度、楽々と切り裂けるだろう。そして、そのスピードに彼から逃げ切れる地球人もまたいないだろう。
だが……。
「……甘い!」
杉並さんが杖を投げ捨てると異星人に飛び掛かり、敵の顎に右掌を押し付け、左手で怪人の腕を掴むと、なんと異星人は腰の辺りに軸でもできたように回転し、哀れ異星人は後頭部を床に打ち砕かれて絶命してしまったのだ。
自身よりも数倍の体重を持つであろう相手を、相手の動きの勢いを利用して一撃。まさに理合の技であった。
「ほう……。アレぞ地球の古武術、キドアイラクか……」
「姫様、合気道です。こちらに不慣れな宇佐の前でいい加減なことは言わないでください」
「さよか」
ラルメたち3人と入れ替わるように多目的ホールに1人の老人が入ってくる。
彼もまた杖をついた、とても異星人相手に戦うことなど出来そうもない痩せた男だった。
「ん? おぬしたち、まだ居ったのか?」
立ち止まり、そう大河たち4人へ言うと、床へついた杖を少し持ち上げる。それだけで彼らを縛っていたロープの戒めは解けてしまった。
「これは……」
隼人が眼鏡を持ち上げてロープを見ると切断されているようだった。溶けたわけでも、焼かれたわけでもない。ロープの断面には解れた様子もない。どれほど鋭利な刃物を使ったというのだろう?
さらに言えば、ロープは完全に切れているが、4人の体はおろか衣服にすら傷一つ無いのだ。
彼も杉並と同様に達人級の技前を有していることに疑いは無い。
「あ、あんがとよ! 爺さん!」
「何、気にするな。ワシらはここ以外に行くとこも無いでの。ここで死なれたら縁起が悪いわい!」
「爺さんは逃げないのか? さっきのジーサン、バーサンの集団はあのラルメに狂っているようだから言い出せなかったが、銀河帝国だ、アカグロだ、宇宙人同士の争いに巻き込まれなくてもいいだろ?」
大河と渡嘉敷が老人に逃げるよう促すが、老人は口角を上げて微笑する。
「カッカッカッ! ワシも姫様に狂っとるジーサンの1人よ! それに……」
「それに?」
「宇宙人とやら、裏次元人とはどっちが手応えあるモンじゃろなあ!」
老人は仕込み杖から直刀を引き抜いて刀身に舌を這わせていた。
その表情は恍惚としていて、4人の事やラルメの事など既に半分、脳裏には無いようにすら見える。
「嗚呼、姫様。この老骨の人生の最後にこれほどの戦場をくださるとは……嗚呼、嗚呼!」
「これは手遅れのようですね」
「で、俺達はどうする?」
「どうするも何も、とりあえず異星人連中を何とかしないと~」
「ラルメは?」
「後回しだ。行くぞ!」
思い思いに縛られていた体を解し、外の混乱へと歩を進めていく。
一方、食堂にいた井上と寅良、多賀谷であったが、異星人集団の襲撃による喧騒はもちろんそこまで届いていた。
爆発音が響く度、多賀谷の体が飛び上がるように跳ねる。「肝っ玉母さん」風の彼女であったが、彼女は彼女でただの現代人の女性なのだ。このような状況では恐怖して当然と言えた。
だが寅良は爆発音程度で心を動かされたりはしない。
ただ多賀谷が怯える様子が彼の胸中をかき乱すのだ。
(さっきのデカい声、自分の事を「赤い黒点」とか言ってたっス。本当に奴らならここの地球人たちには荷が重いんじゃ? でも……)
急な襲撃で防衛隊では戦車も火砲も、小銃ですら用意できていないだろう。
寅良はハドーの戦闘要員であったので「アカグロ」の情報については脳内に刷り込まれている。
その情報からすれば武器を持たない地球人など、ただの的にすぎないだろう。
それでも彼は躊躇していた。
チラリと井上さんを見る。
彼は先ほど自分を「優しい」と言った。そして自分はそれを好ましく、誇らしく思っていた。その井上さんの前で、自分が以前のような暴力を振るう者になってしまったら彼はどう思うだろう?
心を痛めるのだろうか?
それは今現在すでに起こっている事ではない。それでも、俯いて心を閉ざす井上さんを想像するだけで寅良の心は乱れるのだ。脅えて震える多賀谷を見るのと同じようにだ。
故に寅良は葛藤していた。
それは海賊の戦闘員であった頃の彼には無縁の感情だった。
「……寅良君、君はやっぱり優しいな……」
そんな彼の様子を見て井上が声を掛ける。その声色は穏やかで、ゆっくりと一字一句、逃さずに寅良に言葉を伝えようとしているようだった。
「お前さんは優しい。そしてお前さんには戦う力がある。『優しい者』と『荒くれ者』は矛盾しているように思えるじゃろ?」
「……そうっスね……」
「矛盾してはイかんのか?」
「え?」
「いいじゃろ?」
「いいんスか?」
「知らん! けど、ワシが許す。寅良君、君は『優しい荒くれ者』になれ! でないと悩んでいる内に大事なモンを無くしちまうぞい!」
「優しい荒くれ者……」
ゆっくりと井上の言葉を反芻していた寅良の瞳に力が宿る。
その力を魔法少女たちは「義侠心」と呼び、5人組のヒーローは「勇気」と呼ぶが、さしづめ寅良の場合は「海賊魂」と呼べばいいだろうか?
寅良は井上と多賀谷に背を向けて吼えた。力の限り、野生を呼び覚ますように。
「GRRRRRUUUUUAAAAAAAA!!!!」
そして2人を振り返り、1言だけ話した。
「…………行ってくるっス!」
「うむ!」
「寅良君! 貴方、ソレ……」
多賀谷の言葉を最後まで聞かずに駆けだす寅良。
彼の上顎には胸にまで届きそうなほど巨大な曲牙が生えていた。
その姿は井上がかつて見た厳冬のシベリアの剣歯虎の誇り高い姿と瓜二つであった。
「井上さん……、あれ……」
「さてと、多賀谷さんはちょっくら手伝ってくれ」
「手伝い?」
「ああ、若いモンがやる気だしたんじゃ。ワシも出るぞ! じゃから着替えをな……」




