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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第20話 特怪戦隊ブレイブファイブ VS 特別養護老人ホーム天昇園
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20-5

 涼子と宇佐、ラルメは仕事の合間に買い出しに街に出ていた。


 と言っても私用の買い出しではない。

 天昇園でユニフォームとして使用しているポロシャツとエプロンが足りなくなったためにだ。

 天昇園とて数十人以上の従業員を抱える大規模な事業所である。本来ならば予備のポロシャツもエプロンも結構な数の在庫を用意しているのだが、今日から新しく入った新人たちが必要としている量は天昇園の在庫を遥かに超えていたのだ。


 なにせ熊沢と寅良は身長2メートルを超える大男であるから、そもそも彼らに合うサイズの物を用意していなかったというのもあるし、彼ら元ハドー組が天昇園のユニフォームを着るの仕事中だけではないのだ。休日に外出する際にも近隣住民が誤解しないように天昇園の所属であることを示すユニフォームを着用する必要があるというわけだ。


 幸い、事務の被服担当がいつも制服類を購入している地元商店に電話で確認したところ、ポロシャツもエプロンも在庫があるし、後はそれにロゴマークをプリントするだけだという。ただ、その商店の配達を担当している旦那さんが今週は法事で郷里に戻っているというので新人の涼子たちが使い走りに来ているのだ。

 ラルメは暇だから地球の街を見てみたいという理由で付いてきただけだったが。


「ふう~! 服って言っても纏めて買うと結構、嵩張るわね……」

「あれ? 昨日、ドラマで見ましたけど地球の女性が買い物する時はもっと荷物がいっぱいあるものなんじゃないんですか!?」

「……そうねぇ。理由は2つ。1つ目はドラマっていうのは現実通りじゃ面白くないからさ、色々と脚色してあるのよ。もう1つはね。私んチが貧乏だから必要な物しか買わなかったからよ……」

「なんだ。涼子は貧民層の出であったか」


 ラルメの言葉が涼子の胸に突き刺さる。

 だが、そんな自称お姫様の言葉より、涼子を不思議そうな目で見る宇佐の純粋な瞳の方がやるせない気持ちにさせる。

 一方、不躾な言葉の剛速球を投げ込んできたラルメはいつも通りの澄まし顔だった。


「あ~、姫様、貧民という言葉は余り使われぬ方が……。私どもにも掃いて捨てる程度の自尊心というモノがありますので……」

「そうですよ! それに涼子さんは真っ当な教育を受けている人ですし、私のように悪事に身をやつしたわけでもありません。涼子さんを貧民と呼んではいけませんよ!」


 宇佐が自分を庇っている言葉を聞いて、自分を落とす必要はないのに、と思う。


「ん? 妾にはよう違いが分からんが、まぁ妾の言葉が涼子を侮辱しているように聞こえたののならば謝ろう。だが妾にはそんな気は無かったのだ」

「ホントですか!?」

「ああ、そうよ。貴族であろうと貧民であろうと海賊であろうと、皇族である妾の前では等しく平等の価値ゆえ。ならば出自よりも忠義に応えるのが妾のすべきことであろう?」

「……ほんと、姫様が“お姫様”だって信じてもいいような気すらしてきましたよ……」

「え? 信じとらんかったのか?」


 ラルメの鳩が豆鉄砲を食らったような顔を見て、涼子は1発やり返してやった気持ちになっていた。

 別に涼子もラルメの言うことをまるっきり信じていないわけではない。少なくとも“(かた)り”ではないだろう。彼女の立ち振る舞いや行儀作法などは産まれた時から支配階層にあった者の優雅さと無分別さを併せ持っているのだ。“地球の1地方国家である日本”の文化など宇宙人なら興味ないであろうし、ラルメの所作にも“日本のお行儀”とは明らかに違うところが見受けられる。だが彼女の所作はいつも堂々としていて間違った作法にも彼女の世界での理由があるのだろうと思わせるオーラがあった。それでいながら、自分のそばに後期高齢者をかしづかえさせ、立たせていても何とも思わないような感性の持ち主でもあるのだ。


「はいはい! 姫様の事は信じておりますよ。ですので買い物も終わりましたし、貧民と海賊はコンビニでアイスでも食べてきますので、姫様は悪所にはお寄りにならず、先に車でお待ちくださいね!」

「わっ! わっ! 宇佐よ! 涼子がいけずを言うぞ! なんとか言ってやってたもれ!」

「あ、(アイス)!? え? 氷なんて厨房の製氷機にいくらでもあるじゃないですか? まぁ、確かに喉は乾きましたね……」

「……宇佐よ。アイスというのはアイスクリームの事でな。宇宙でも『地球に来たら食べるべき食品』として有名な甘味よ!」

「かんみ……、甘い物……」


 宇佐、というか、もしかしたらハドー人は慢性的な食糧難の地で生まれ育ったせいか、妙に甘い物に執着しているような気がする。

 今日、初めて一緒に仕事をしている寅良も、休憩時間中に飲み終わった缶コーヒーの缶をいつまでも名残惜しそうに舐めていたのだ。

 しまいに缶の開け口で舌を少し切り、「この事は妹者には内緒に……」と頼み込んできたほどだ。


「はいはい。それじゃ皆で行きましょうか? でも仕事をサボった事は誰にも内緒ですよ?」

「うむ。心得ておる!」

「え、いいんですか?」

「……バレなきゃいいのよ。多分」


 1日のスケジュール的に今はそんなに忙しくないだろうという予測の上でだったが。


「よし! それでは地球のデパルトメントに行こうか!」

「コンビニだって言ってるじゃないですか!?」

「そうか、そうか。まあ、どちらでも良い! 妾も1度、ハルゲンダルツなるアイスを試してみたかったのだ!」


 案外、ラルメならチョコモナカビッグやら小豆アイスバーでも気付かずに食べるかもしれない。だがラルメはともかく宇佐にとっては初めてのアイスだ。普段は買えない高級アイスにしてもいいかもしれない。“地球暮らしの先輩”らしいところを見せてあげようか……。確か近くのコンビニのポイントは結構、貯まっていたハズだった。


 3人は足取り軽くコンビニへ向かって歩いていく。




 街を歩いていく地球人と異星人、そして異次元人。

 用事を終わらせた解放感からか話声も気持ち弾んでいるようだ。


「それにしても姫様、宇宙で地球のアイスが人気ってホントですか?」

「本当だとも! 一部の闇商人なんぞ、アイスを作るために地球へ原材料を盗みに来たこともあるらしいぞ!」

「原材料って乳製品とか? ん? でも乳製品が宇宙人に狙われたみたいなニュースなんて聞いたことが……」

「ハハ! それが聞いて笑え。なんでも生体の牛から臓器だけ抜き取ってきたらしくて上手くいかなかったらしいのだ!」

「……牛から内臓? まさかキャトルミューティレーションってもしかして……」

「ゴクリ! 宇宙人がそこまで欲しがるアイスクリームとは……」


 楽しそうに街を歩く3人。

 だが、その3人を見つめる者がいた。


 正確にはその者の狙いは1人だけ。ラルメだ。

 裏路地から彼女を見つめる怪しい尾行者。

 なにしろ姿が見えないのだ。

 ただ空調の室外機から排出された白い蒸気がその者に触れると不自然に曲がるのが常人の目には分かる程度だ。

 無論、それで不可視の怪人がそこにいるなどと思う者などいないに違いない。

「いないに違いない」。怪人もそう油断していたのだ。


「……!!」


 急に何者かに背後から口元を抑えられる怪人。万力に掛けられたように頭部を動かすことが出来ない。だが必死に眼球だけを動かして状況を確認しようとすると、目の前から何かが自身の懐に飛び込んでくるのに気付いた。今、自分の口元を押さえつけている「何か」とは別の「何か」である。


「!!!!」


 懐に飛び込んできた「何か」に殴られたのかと最初は思った。

 だが、その「何か」。黒く日焼けはしているが、骨と筋ばかりの肉体の衰えた地球人の老人が自分の腹部からフックがついたようなナイフを引き抜いた所を見て刺されたのだと理解した。

 フックに引っかかった臓器が傷口から引き抜かれる感触を味わいながら全身の力が抜けていくのを怪人は感じていた。

 そして全身を強張らせていた力が抜けてしまった所で、背後の「何か」が怪人の首の骨を圧し折ったのだ。


 背後の「何か」も老人。だが、こちらは大柄で肥満体の怪人物である。


大人(ターレン)! 後ろだ!」

「アイヤ~!」


 肥満老人が転がるようにその場を離れると、つい今まで彼がいた場所に光の弾丸が着弾して爆ぜる。

 フック付きナイフの老人が懐から南部式拳銃(オールド・ナンブ)を引き抜いて発射地点目掛けて2発、3発と射撃を加える。

 今度の相手もまた不可視の相手だ。


 ナイフの老人の射撃に合わせるように肥満老人もブローニング・ハイパワーを抜いて射撃を開始する。大容量弾倉に物を言わせて連射を加える。

 細い裏路地に反響音が響くが2人の老人はお構い無しだ。

 向こうからもまた光の弾丸が飛来するが、それは2人に発射位置を知らせるだけだ。先ほどとは違い肥満体の方も難なく光弾を回避する。


「まったく、イヤんなるネ! どこもかしこもコンピューター制御!」

「そう言うな。躱すほうからしたら楽なものだろ!」

「確かに……。狙いが正確すぎるネ」


 照準が正確ゆえに躱すのは楽、言うは易し、だがそれを生身で実践できる者がどれほどいるというのだろう? しかし2人にとってはその程度などはまだ序の口だった。


 遮蔽物に隠れていた2人が飛び出す。

 だが全速力というわけではない。年老いた彼らが全力で走ったとしても大して速くはないだろう。2人が頼りにしたのは「速さ」ではないのだ。

 2人の独特の「歩行」。綿密な理論と技術で磨き上げられたそれは「歩法」とさえ言えるものだった。

 2人を見る者がいたならば、2人のそれぞれの体に纏わりつく残像を、彼らから1歩から2歩ほど離れた所に2体から3体の分身が消えては現れるのを見たであろう。もちろん、実際にドッペルゲンガーなどの分体が出ているわけではない。独特の歩法で見る者の視神経に錯覚を起こさせるのだ。

 2人を見る者がいたならば、想像を絶する老人の動きに言葉を無くして思考放棄していたであろうことは間違いない。

 そう、見る者がいれば、である。


「ねぇ、アカシさん?」

「何だい? 大人?」

「敵、もう逃げてるクサいヨ」

「……俺もそんな気がしてた」


 2人にとっても不可視の相手である。

 先程は白い蒸気の動きで敵の存在を確信し、勘や雰囲気で1体は仕留めたものの、少なくとも光弾の発射地点からすると、あと2体はいたハズだ。

 弾倉交換のために遮蔽物に隠れた隙にまんまと逃げられたことになる。




 この2人の老人。とても地球人にはできそうにないことをやってのけてみせたが、れっきとした地球人である。

 フック状のナイフを透明怪人に突き刺した痩せ型の方は明石。

 肥満体で怪人の首を圧し折ってみせたのが劉。名前から分かるように中国人だ。

 2人は天昇園に入所している利用者である。


「奴さんもまるきり無傷ってわけでもなさそうだぜ……」


 明石がある一画に不自然に垂れていた透明な液体を指ですくって匂いを嗅ぐ。

 空調の室外機から垂れてきたわけでもなく、ましてや雨など降ってはいないのだ。


「はあ、透明人間は血まで透明ってわけネ」

「そうみたいだな。嗅いでみろ。醤油とかダシ汁みたいなアミノ酸の匂いがするぞ」

「ありゃ? ホントネ。血なのに鉄臭い感じはないのネ」

「鉄分に頼らない血液組成なんだろ? 何せ宇宙人だからな」

「う、宇宙人!?」


 劉は先ほど自分が首の骨を折って止めを刺した相手が宇宙人と知って今にも跳び上がりそうだ。


「多分、プライズム星人だろ? 報奨金、滅茶苦茶に安いらしいな。5千円くらいか?」

「ん~。プライズム星人ならCDアルバム1枚分ネ」

「いや、俺、カセットしか使ったことないって知ってるだろ? 幾らなんだよ?」

「3千円ネ!」

「うっわ! やっす! うっそだろ!? おい!?」

「お金の事で私が嘘付いたことなんてないアル」

「『ないアル』って無いのか、有るのかどっちなんだよ!?」


 2人の話しぶりから分かるように、彼らの付き合いは長い。

 それは天昇園入所の以前から、もっと言えば戦前にまで遡るのだ。


 当時、日本と中国との間で緊張が高まり俗に言う“日中戦争”“支那事変”が起こっていた頃、上海に赴任してきたのが明石である。

 彼は陸軍中野学校(スパイ養成所)を卒業後に「魔都」と呼ばれていた上海にて諜報任務に従事しており、その際に彼独自の情報員として使っていたのが劉である。

 劉は若者ながら詠春拳の達人として名を馳せていた傑物であったが、妹が当時の中国の医療技術では手の施しようがない難病を患ってしまったために、妹の治療と引き換えに明石に手を貸して祖国を裏切ることになったのである。


 ただ劉という男はその体形と同じように気の大きな人好きのする男であり、明石も明石で情報員を使い捨てにするのをためらうような情の通った男である。

 ゆえに戦前、戦中と任務を通じて2人は友情を育み、終戦後に劉が「日本のために国を裏切ったんだから、戦争が終わった後は日本に面倒見てもらうネ」と日本に来た時には明石が慣れない国での面倒を見ていた。

 やがて劉が中華料理屋「劉家飯店」を開店させた時には、今度は逆に劉が明石を従業員として雇い、劉の指示で明石は横浜中華街の某有名店に麻婆豆腐のレシピを習得しに行ってきたのだ。もちろん、ただの修行でしてきたわけではないのだ。レシピの習得には明石の諜報員としての技術が多分に使われていることは言うまでもない。

 今では異様に本格的な麻婆豆腐の味から、常連ですら先代店主である劉の出身地を四川省だと勘違いしている者もいるほどだ。


「……3千円じゃあな~。いつも通りって事でいいかい?」

「アイヨ!」


 彼らの言う「いつも通り」とは臓物(ハラワタ)を撒き散らして死んでいる犠牲者の惨殺体をそのまま放置して敵への威圧へとすることである。

 一般的に彼らスパイの仕事は「汚れ仕事(ダーティーワーク)」と思われがちである。だが実際は汚れ仕事どころか完全な「非合法活動(イリーガル)」であることは彼らの仕事ぶりを見てみれば分かるだろう。


 ただ彼ら2人は忘れているのだろうか?

 仲間の惨殺死体を後で発見した敵に威圧感を与えるためにというが、すでに先ほどプライズム星人を殺害した所を目撃されて交戦して逃げられたばかりではないか。そもそも透明宇宙人であるプライズム星人は死体すら透明である。ただ透明のガラスコップを人間の目で見る事ができるように死後は屈折率を調整できなくなってなんとか見えるようになるのである。その状態の死体を見て恐怖を感じる者などいるのだろうか?

 実の所、明石も劉も重度の認知症で要介護認定を受けているのだ。ついさっきの事を忘れていても不思議ではない。


「あ~、動いたら俺たちもアイス食いてぇなぁ……」

「涼子ちゃんたちに付いてって奢ってもらうアルか?」

「園を抜け出した事、バレたら怒られないかな?」

「涼子ちゃんに?」

「いや、姫様に……」

「それは嫌アルなぁ……」

「だよなぁ……」

「裏でコソコソお掃除してても、姫様の前ではいい子でいたいアルよ」

「分かり味が深い」


 実の所、涼子たち3人を尾行していた怪人の所に明石たちが現れたのは偶然ではない。

 ラルメが外出すると聞いて事前に有志で護衛態勢を敷いていたのだ。

 たまたま明石たちの所へプライズム星人が現れたのであって、涼子たちが買い物をした商店の近くや、車を止めたコインパーキング付近などに天昇園の小銃分隊などが手分けして配置についているのだ。無論、ラルメ本人には内緒で。


 この集団ストーカーにも等しい行動から分かるように、ラルメは天昇園の高齢者たちの心をたった一晩でワシ掴みにしていた。

 戦前、戦中、そして戦後の高度経済成長期を生きてきた彼ら高齢者にとって、ラルメは映画の中から飛び出してきたような本物のお姫様だった。自身が若かりし頃に見た活動映画を思い出す者もいれば、彼女のゆったりと堂々とした立ち振る舞いに自分にはとうてい持ち得なかったモノを見る者もいる。

 彼ら高齢者にとって、貧しかった自身の青春時代とはまるで違う世界を生きるラルメのそばにいること、役に立つ事は、自分も物語の中の登場人物になったような気持ちにすらさせてくれるのだった。

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