20-2
「……つまり、車の都合が付かなくて電車で移動しなきゃいけなくなったけど、嫌だなぁ~って思ってた所でバイクが1台、余っているのを思い出して、調べ物のついでに仲間には先に電車で行ってもらって、自分は1人でバイクでここまできたらバイクが動かなくなったと?」
僕たちが下校しようと校門を出たら、校門のすぐ脇でバイクのエンジンとかをイジっている犬養さんを発見したのだ。
「……まぁ、そういう事ね。君たちにこないだの降下物の事について話を聞きたかったんだけど……」
「降下物? ああ! バーベキューの時の!」
「え、ええ……」
犬養さんの乗ってきたバイクはバイク屋の息子で僕たちのクラスメイトである原君と明智君、それに三浦君が見ているところだ。
もっとも三浦君は手伝うというよりは犬養さんの乗ってきたバイク「ブレイブチェイサー」を間近で見たいだけだと思うな。
原君と明智君が何度もエンジン周りをイジってからスターターを回すが、バイクはうんともすんともいわない。
やがて諦めたのか原君は僕と犬養さんの元へと来た。
「石動ィ、悪いけど俺じゃちょっと、この場で直すのは無理そうだわ!」
「あ、そっかぁ、ゴメンね!」
「いや、いいよ。俺もバイク弄るのは好きだし……。で、なんですけど……」
犬養さんに向きを変えた原君はハンカチで包まれた部品を彼女に見せる。ハンカチは所々、真っ黒に染まっていた。
「点火プラグが思いっきり汚れてて、ガソリンも臭いが変わってるんですけど、このバイク、しばらく乗ってませんでした?」
「…………らい……」
「え?」
「……1年くらいかしらね」
「あちゃあ~」という顔をする原君と、彼が何を言ってるのか思いあたる節があるのかバツの悪そうな顔をする犬養さん。
「え~と、1年以上ね……」
「このバイクはブレイブドラゴンの専用車で御座ったからなぁ……。彼が戦死してから乗ってなかったとしたら1年半くらいで御座るか?」
三浦君の話が正しいとするなら、前リーダーのブレイブドラゴンが戦死したのは僕の洗脳が解ける前の12月だったか1月だったハズだ。時期的にはそんなもんかな?
「えぇ……、そんなに……? ここまで、よく来れましたね。もしかしたら変質したガソリンのドロドロが吸気系の管に詰まってるかもしれませんよ?」
僕はバイクに詳しくないけど、話を聞いただけでも直すのが大変そうだと思う。
「バ、バッテリーが上がってるのは分かってたから、バッテリーチャージャーを繋いでスターター回したら4、5回でエンジンがかかったのよ。白煙が凄いなぁ~、とか、吹けが悪いなぁ~、とか思ってたんだけど、まぁプライベートで乗ってる750ccとは違うのかなぁ~って思って……」
聞かれてもいないのに「もういいよ」と思うくらいに言い訳を並べ立てる犬養さん。
「犬養さんって元警察官ですよね?」
「うっ……!」
「しかも某県警の白バイ隊員で御座ろ?」
「ううっ……!」
「へぇ~! それって整備不良じゃね!?」
「うううっ……!」
「もう皆、イジワルしないの!」
「「「は~い!」」」
バイク弄りには興味なさそうにしていた真愛さんと天童さんも原君が修理を諦めたのを見てか近くに来ていた。
「で、このバイクどうしましょう? どこか引取りに来てくれる伝手とかありますか? なんならウチも今日から営業再開してますけど……」
原君の家ではゴールデンウィークの初日に曾祖母さんが亡くなって、ゴールデンウィークは営業していなかったと聞いていた。
「お、お願いしていいかしら……」
「あ、分かりました。今、店の方に電話するんで、しばらく待ってください」
原君が家に電話をかけていると真愛さんが僕のそばまで来て話かけてくる。
「……ねぇ、ブレイブファイブのバイクって町のバイク屋さんで直せるの?」
「画像スキャンかけてみたんだけどさ、あのバイク、市販の物に特別塗装してあるだけみたいだよ?」
「え? そんなもんなの?」
「……まあ、アレ「ブレイブチェイサー」なんて大層な名前が付いてるけど、前リーダーが各省庁とか関係機関を回るのに乗り回してただけの普通のバイクよ」
僕と真愛さんの会話が聞こえていたのか、犬養さんが説明してくれる。
確かに都内の、しかも中央省庁がある都心のあたりなら自動車よりもバイクの方が便利かもしれない。特に250ccクラスのこのバイクなら色々と融通が利きそうだ。
「……そんなわけで、中々に人の目に触れないレアマシンと言えるかもしれないわね。石動君のお友達もほら」
見ると三浦君と天童さんがバイクに触れないように注意しながらスマホで記念撮影しているところだった。
電話が終わると僕たちに後を任せて原君は部活に行き、それから10分ほどでトラックに乗った原くんのお父さんと従業員の方が来てバイクを運んで行った。
「え~と、ところで本題なんだけど、少し時間いいかしら?」
「何を今さら……」
「そ、そうよね! ゴメンね!」
とりあえずバーベキューに参加していたのは僕と明智君以外にも真愛さん、天童さん、三浦君とこの場にいる皆がそうだということを知って、犬養さんは近くのファミレスに僕たちを誘ってくれた。
ドリンクバー以外にもケーキやらパフェを頼むように勧めてきたのは、バイクの事で高校生に手間を取らせた大人の照れ隠しかな?
「貴方たちがバーベキューをやっていた時に他に気付いたことはなかったかしら?」
犬養さんを含めた全員の分のスイーツが出てくると犬養さんが切り出した。
「気付いた事?」
「例えば、どういうのですか?」
「そうねぇ……。他にも何か見たとかは?」
「特に無かったような……」
「だよなあ……」
土曜日、昼過ぎは雲一つ無い晴天だったが、特にあの“流れ星のようなモノ”以外には何もおかしい物は無かったと思う。
「誠はどうだ?」
「う~ん……。僕も望遠して見てみたり、赤外線やらなんやら見てみたけど他には……。真愛さんは?」
「そうねぇ……。魔力の反応も無かったわね。もし、有ったというならアーシラトさんやマクスウェルさんも気付いてたと思うわよ」
僕たち5人にファミレスでオヤツを奢ってもらって役に立てないというのは少し心苦しいような。でも犬養さんには気にした様子は見られない。
「ああ、気にしないでいいわよ? “特に他には無かった”という事が分かればいいのよ。その点、石動君の目の他にも羽沢さんたち魔力を検知できる人たちもいて助かるわ。防衛省とかじゃ魔力は感知できないものね」
「そ、そうですか?」
「ええ!」
犬養さんが何を考えているかは分からない。彼女は去年の「埼玉ラグナロク」の際には明智君とチームの頭脳役を担うほどの才女だった。まあ、さっきのバイクの件じゃ、そうは思えないだろうけど。
「じゃあ、次の質問なんだけど……」
「はい?」
「石動君の電脳の中のデータベースに『赤い黒点』という単語、もしくはそれに類する単語はあるかしら?」
「『赤い黒点』って赤いんですか、黒いんですか?」
「とある伝手で入手した情報なんだけど、その人が翻訳してくれたその単語が正しいかどうか、検証すらできないのよ」
そりゃ、なんじゃらほい?
だが明智君にはピンときたようだ。
「犬養さんの立場で検証できないとなると地球外の言葉ということですか?」
「……さすがね」
2度、3度と頷きながら犬養さんが肯定する。明智君の頭脳の冴えを久しぶりに実感したと言わんばかりに。
犬養さんは警察庁の所属で現在はブレイブファイブの一員として防衛省に出向している。その伝手を使えば各研究機関へ渡りをつけることは容易いだろうけど、それでもその翻訳者の翻訳が正しいのか確かめられないという状況は中々に無いと思う。そして例の降下物に関連する話題ということで明智君は推測したのだろう。
「……ということは、我々、もしくは誠が持ってるARCANAのデータベースでは違う単語として登録してあるかもしれないということですね?」
「そうね。さらに言えば、我々はその『赤い黒点』をテロリスト集団として認識してあるかもしれないけど、石動君のデータベースでは他の分類になってるかもしれないわ。例えば『武装集団』とか『武器商人』とか……」
「それだと『黒点』という言葉も『恒星の温度の低い所』とかいう意味で『冷たい』とか『暗い』とかいう単語の可能性も?」
「そうねえ……」
なるほど、それは十分に有り得る話だと思う。
だが……。
「検索してみた結果なんですけど、該当する項目はゼロですね……」
「そう……」
またしても手掛かり無し、だが犬養さんの表情に気落ちした様子は見られない。ミニストロベリーパフェをつつきながら説明してくれる。
「やっぱりそっか……。防衛省でも公安でも内調でも該当は無し! CIAも知らないって、まあ私が話できるのは東アジア部だけなんだけど……。そしてあのARCANAのデータベースにも記載が無いなんて『赤い黒点』とやら、地球で活動なんてしてるのかしら?」
「してね~んじゃねぇの?」
「そうよねぇ……」
「ちょ、ちょっと京子ちゃん!」
ブツブツと何やら呟く犬養さんに天童さんに軽く言う。本当に天童さんは誰が相手でもお構い無しだね!
「あ、ああ、ゴメンね。皆を誘って甘い物を食べてる時に1人で悩んじゃって……。まぁ、防衛秘密に当たるような事は喋ってないから安心してね」
「こ、こちらこそすいません! 真面目な話をしてる時に……」
「でもよ? その『赤い黒点』ってのが、バーベキューの時の“流れ星”に乗ってきたって話なのか?」
「そうなんだけど、その裏付けが出来ないかと思って貴方たちに話を聞きにきたのよ」
「へぇ~……」
ん? 少しおかしいような? いや、おかしいというのはちょっと違うな……。なんていうか根拠に乏しくて信憑性に欠けると言った方が違和感の正体に近いかな?
「そうねぇ。皆にもちょっと考えてみて欲しいんだけど……」
「はい?」
「仮に、仮によ、宇宙のアホみたいに遠くの国から宇宙船で護送されてる最中の凶悪テロリストが脱走して小型船で逃亡したとして、地球に逃げ込むとしたら、どういう時?」
犬養さんは仮にと言うが、これまでの話の流れからして大分、真実に近い話なんじゃなかろうか? 宇宙規模、それでいて逃亡犯とかしょっぱい話で思わず息を飲む。
犬養さんの質問に最初に答えたのは天童さんだった。
「近かったからとかは?」
「どうかしらね? まあ宇宙の感覚で言えば近いっちゃ近いのかもしれないけど、それでもワープ航法で来るような距離よ?」
次に答えたのは三浦君だった。回答というよりは犬養さんが僕たちの所に来た理由が分かったようだ。
「ああ、それで地球にその『赤い黒点』とやらの仲間がいるから逃げ込んできたのかもしれないと予想して、拙者たちに『他に変わった事は無かったか』聞いてみたり、石動殿のデータベースで『赤い黒点』が過去に地球で確認されているか聞いたりしたので御座るね!」
「そのとおりよ。地球に奴らのアジトか何かがあるのなら、もしかしたら小型船が着陸したH市にあるかもしれないしね。もし、そうならたった1人の宇宙人を探すよりもよっぽど楽だったんだけどね……」
真愛さんも自分の予想を喋る。
「小型船って事は燃料とかも少なくて、それでギリギリ来れるところが地球だったというのはどうですか?」
「十分に有り得る話なんだけど、良く考えてみて、そんな状態でワープ航法で燃料切れギリギリの惑星に来たら、下手したら2度と地球から出られないわよ?」
「アハハ……。宇宙人でもやっぱりそれは嫌ですよね?」
「でもねえ。さっきも言ったけど十分に有り得る話なのよねぇ。2度と地球から出られないかもって言っても死ぬまで牢屋に入れられるか、下手したら処刑されるかもしれない状況ならなりふり構わないかもしれないし、地球に来てる他の異星人から船を奪うつもりかもしれないしね。それに……」
「それに?」
「いや、そんな燃料切れとか気にしないタイプの行き当たりばったりの相手じゃ追うのも骨が折れそうね、って思ったのよ」
「ハハ! そりゃそうだ!」
犬養さんも明智君と同様に理尽くめで物事を考えるタイプだから、そういう相手にはすぐに手玉に取るか、逆に想定外の出来事の連続に処理能力がパンクするか2つに1つだろう。
「その逃げてるテロリストってどんな奴なんですか?」
僕も気になってることを犬養さんに聞いてみる。
「罪状は分からないけど、テロ集団のボスらしいのよね……」
「そうじゃなくて、背恰好とか何を食べるとか……」
「…………」
「……?」
「ゴメン! それ、知らないわ」
「え?」
そんなんで大丈夫ですか?
このH市には酔っぱらって喧嘩してちょくちょく警察に通報されてる異星人だっているんですよ!? 誤認逮捕とかしちゃいますよ?
僕が心の中で思ったことを口にするよりも先に犬養さんは立ち上がり、伝票を持ってレジの方まで歩きだした。
「皆、ありがとう! 私は今、石動君が言ったことを調べなきゃいけないから先にいくわ! 皆はゆっくりしていってね!」
呆気に取られて犬養さんを見送る僕たちであったけど、ただ1人、明智君だけは俯いて考え事をしていた。
「どうしたの? 明智君?」
「ん? あ、いや、悪い。俺も用事ができたから先に帰るわ……」
そう言って明智君も1人で帰ってしまう。
結局、三浦君チにはまた別の機会に行くことにして、残った4人でスイーツとドリンクバーで長々とおしゃべりなんかしていくことにした。
……と、思ったら犬養さんが店内に戻ってきた。
「……ねぇ。駅ってどっちかしら? ほら、来る時はバイクだったし……」




