19-3
《こちらは宇宙を統べる銀河帝国、偉大なる帝国より太陽系第3惑星地球の民に告ぐ。
先日、我が銀河帝国軍巡洋艦によって護送中であった宇宙テロリスト『赤い黒点』の首魁ラルメが連絡艇を奪って脱出した。連絡艇がワープ航法を用いて向かったのが太陽系第3惑星地球であることはその後の調査で分かっている。
本来であれば地球に帝国軍を派遣してラルメを捕縛するところではあるが、我が帝国も地球民たちが我が帝国に属しておらねども秩序と平和を愛する民であることは理解している。その地球民たちの平穏を帝国軍によって徒に乱すことを我々は良しとはしない。
よって我々は地球民に機会を与える。銀河の平和に貢献する機会を。
宇宙テロリスト、ラルメを地球民自らの手によって捕縛せよ。ラルメの生死は問わない。生体もしくは死体の引き渡しは連絡艇を追っている巡洋艦に行いたまえ。
なお地球民が我々の与えた機会を無駄にし銀河の平和を脅かすのであれば、我々は自らの地球民への認識を改め、惑星破壊爆弾をもって太陽系第3惑星を消滅させるであろう。引き渡しの刻限は帝国標準時間、大アマリアの日の正午とする。
こちらは宇宙を統べる銀河帝国………………》
「カレースタンド ファスト」の店の奥、ブレイブファイブの秘密基地であるブレイブベースは重苦しい空気が立ち込めていた。
原因は現在も室内に流れ続けている銀河帝国とやらの「通告」もしくは「命令」。
20畳ほどの正方形に近い室内の壁面に掛けられた大型ディスプレーを見ながら6人掛けの円形テーブルに備え付けられた椅子に座ったままの五百旗頭1佐を初めとした6人はしばらく口を開くことが無かった。
だが最初に口を開いたのはムードメーカーの大河だった。
「……な、なんスか? コレ?」
「うむ、今日の午前4時ごろになって、とある帰化異星人から寄せられた通報により提供されたものでな。元の通信は通信形式も使用言語も地球の物とは違うものでなァ。その帰化異星人に頼んで翻訳機にかけてもらったのだ」
地球は現在、特に異星と交易があるというわけではないが、それでも極少数の移民者が存在する。その移民者からの情報で「銀河帝国」なる国の存在は地球側も把握していた。
とはいえ「めちゃんこ遠くの大体、あっちの方!」というのを把握していると言っていいものかは疑問が残るが……。
「えっ!? 宇宙じゃ翻訳機とか普通に売ってるんですよね? それなのに『命令を聞かなきゃ地球を破壊するぞ!』って話を地球側が受信して理解できるか分からない方法で送ってきたんですか!?」
隼人の疑問ももっともであろう。
もし、通報してくれた帰化異星人がいなければ地球人は刻限まで何もせずにのほほんとしていたかもしれないのだ。
さらに捕捉すれば言語翻訳機なる物も宇宙では一般的で、プライズム星人のような安価で雇える傭兵ですら低性能なものだが標準装備にしているほどだ。
「それについては件の帰化異星人のコメントだがね。『いかにも銀帝のやり方らしい』だ、そうな!」
「まぁ、いきなり地球を吹き飛ばすとかいう話を始めるような奴らですからねぇ……」
犬養も妙に納得させられてしまった。
犬養の知っている情報によると「銀河帝国」なる国は確か、数万光年も先の銀河を幾つも越えたような遠方に位置していたハズだ。そして成立してより8万年以上。数千年前までやっていた版図全てを巻き込んだ内乱により一時の勢いは鳴りを潜め、現在でも内乱で荒廃した国土の立て直しのために内向的な政策が続いているという。だが今でも銀河数個をその領土とする大帝国には違いがない。
その性質は貴族主義かつ官僚主義。地球に彼らの貴族の血を引く者がいない以上、帝国の官僚たちは地球人の命に興味を抱くことはないだろう。
「……で、その帰化異星人の説明によると、この通告を出してきたのは銀河帝国の中央ではなく辺境の軍部だろうとさ。恐らく宇宙テロリストとやらを取り逃がした軍部が焦って出した通告だろうとな!」
五百旗頭1佐の解説が犬養の考えが正しい物であることを裏付ける。
「ん? それなら向こうの中央政府と交渉できませんかね? 例えば捜査官を送ってもらうとか、合同捜査チームを設立してテロリストを探しましょうとか……」
「無理だろ……」
入鹿が提案した地球の大国と小国の関係であったなら現実的であったろう妥協案を渡嘉敷が即座に否定する。
「お前なぁ……。え~と、光速より早い通信ってなんていうんだっけ?」
「ワームホール・ダイブド通信?」
「そう! そうそう、それそれ! で、そのワームホールを使って光速よりも早く通信を送る通信な。アレ、原理としてはワープ航法と変わんねぇんだってな……」
「そうね。艦船などの物質を送るか通信を送るか程度の違いらしいわね」
犬養にも渡嘉敷が何を言いたいのか分かってきた。五百旗頭1佐もすでに入鹿が言っていた案を検討して渡嘉敷が今、言っている壁に当ったのか表情に動きは見られない。隼人も同様だ。
分かっていないのは新人で異星の技術に疎い大河と入鹿の2人のようだった。
渡嘉敷はぶっきらぼうな顔つきの割に新人たちに丁寧に説明している。
ワープ航法やワームホール通信とはいえ一瞬でこちらと向こうを繋ぐというわけではない。やはり、ある程度の時間が必要なのだ。そして今、問題なのはその時間であった。こちらから発信した通信を数万光年先の向こうの中央政府まで届かせるのにどれほどの時間が必要なのか。それは大航海時代の大陸間での手紙の遣り取りにも似ていた。
「……つまりだ。その帰化異星人とやらに頼んで、もしくは他の手段で最速で向こうの中央政府に通信を送ってもだ。向こうの中央政府が受信するよりも先に、恐らくはずっと近場にいるであろうテロリストを逃がしたドジな巡洋艦がワープ航法でやってきて地球を破壊するって事だ!」
大河も入鹿も事態を理解したのか天井を仰ぎ見てしまう。
脱走したテロリストが巡洋艦に搭載されている連絡艇で地球に逃げ込んだくらいだ。巡洋艦が地球の近くにいる事に間違いはないであろう。
再び室内に重苦しい空気が流れ始める。
次に口を開いたのは犬養。彼女はリーダーとして少しでも話を進めようとしていた。
「……状況を整理しましょう。まず、通信を送ってきたのは中央政府じゃなくて軍部で間違いないですか?」
「うむ。通告の最初に『宇宙を統べる銀河帝国』とあるだろ? これが中央政府発簡の場合は『宇宙を統べる銀河帝国皇帝』となるのが向こうのお決まりの定型文らしいからな」
つまりは地球にやってくる巡洋艦、もしくは巡洋艦を指揮下に持つ軍部が通信の送り主であるという事。そして、それは地球にやってくる巡洋艦がやる気マンマンでやってくる可能性が高いということだ。
軍がノリ気でないならば内乱の荒廃が今も続く国の話だ説得できる可能性もワンチャンあるかも、と犬養は考えていた。まぁ、軍艦に命令違反をさせるという反旗を翻させるに等しい行為をやってしまったら、その後が恐ろしいのだが。
「では、政府や国連はどうするつもりなんですか?」
「ハハ! いくら話の分からんお偉いさん方と言っても宇宙テロリストとかいうのと心中するなんて御免だろうさ! 草の根を分けてでも探し出すつもりらしいぞ。ただ、まぁ地球が破壊されるかもしれないなんて事が大っぴらになったら世の中がどれほど混乱するか分からん。……つまりは限られた者だけで内密にって話だ」
「で、俺達が集められたということは?」
「そうだ。君たちにも捜索に参加してもらう」
「オッシャ!」
大河が左手の平に拳をぶつけて気合を入れる。
彼にとっては「地球が爆破される」なんていう突拍子もない話から「テロリストを捜索、捕縛する」という分かり易い話になり、やっと話が掴めてきたところなのだ。
「ん? 捜索するにしても手掛かりとかは無いんですか~。目撃情報があるとか、連絡艇の降下位置が分かったとか」
「そういや司令? 防空レーダーとかは何かとらえていないんですか?」
「それについてはレーダーに特異な形跡は残されておらん。だが、これを見てくれ……」
そろそろ定年の近い五百旗頭1佐が両手の人差し指を器用に使ってコンソールのキーボードを操作する。
少しの時間が経った後、壁面のディスプレーに動画が映し出される。
その動画はどうやらスマホで撮影されたものらしく、大型ディスプレーに拡大されたせいで大分、粗い。だが何が起きているかぐらいは分かる。
動画の撮影者らしい音声がブレイブベースに響く。
『ねえ、明智君。こんなんでいい?』
『ああ、いいぞ。済まんがしばらく肩を貸してくれ……』
撮影者は友人の肩の上にスマホを持った手首を乗せて三脚代わりにしているようだ。最大限に望遠しても手ブレの影響が無いようにするためだろう。
(ん? この声……。明智君? もしかして明智元親?)
犬養には動画の声に聞き覚えがあった。
犬養と明智は昨年の大規模特怪災害「埼玉ラグナロク」において共に戦った、いわば戦友と呼べる仲であった。まだ中学生であった明智であったが「世界最高の頭脳」の2つ名は伊達ではなく、最終決戦において復活した邪神を倒すため、旧スーパーブレイブロボのブレイブナックルバスターに乗ったデビルクロー、デスサイズを邪神の体内に突入させるという作戦プランを即興で思いついたのも彼であった。
そしてデスサイズ! そう、動画のもう1人の声はデスサイズこと石動誠ではないか? もっとも犬養の知る石動誠とは声色が大分、違う。何と言うか、明るくなったというか、実年齢以上に可愛らしい声というか……。
「……司令、彼らは明智元親と石動誠ですか?」
「ん? ああ、犬養君は彼らと知り合いであったな。その通り、彼らが一昨日の土曜日にバーベキューに出かけた所、コレを目撃したそうだ」
(明智君と石動君、ゴールデンウィークにバーベキューなんてしてたんだ……。いいな~。誘ってくれたら私も行くのに……)
犬養のゴールデンウィークはハドーの後始末に追われ、やっとの休みも貯まった洗濯物の始末とレンタルビデオ店の往復で終わってしまっていた。もし彼女が誘われていたら、高校生たちに大人が交じる恥ずかしさもかなぐり捨てて参加していたであろう。
「んん? これは確かにおかしい。飛行機のようにも見えるけど……」
明智元親が撮影していた動画に映されていた物は一見、流れ星のようにも、あるいは飛行機雲を曳いて飛ぶ航空機のようにも見えた。だが流れ星だとしたらあまりにも遅すぎるし、航空機だとしたらまるで墜落しているようなありえない軌道で飛んでいることになる。
「……明智元親の推測では高圧ガスを噴射して大気圏突入の大気との圧力を散らしているらしい。その高圧ガスが尾を引いて箒星のように見えるらしい……」
「ほう……」
「そして、これは複数の帰化異星人から確認したことであるが、高圧ガス噴射方式での大気圏突入は銀河帝国の大型艦搭載の連絡艇で広く採用されている方式らしい。なんでも様々な惑星の大気に対応できる方式だそうな」
「ビンゴ!」
渡嘉敷が立ち上がって椅子の背もたれにかけていた上着を羽織る。早速、出かけるつもりらしい。
「で、場所はどこなんです?」
「ああ、この動画が撮影されたのはH市。撮影された場所と方角から割り出した大まかな連絡艇の着陸ポイントについては各自のブレイブデバイスに送っておく。その他の入手している情報もだ」
「H市ぃ!? ツいてねぇなぁ! 海賊の次はテロリストとか!」
「あの~、司令? もう一つ、聞いてもいいですか?」
「うん? 何だね?」
すっかり出動の準備を始めようとしていた他のメンバーも入鹿と五百旗頭1佐に視線を移す。
「銀河帝国の通告にあった大アマリアの日って地球時間で、というか日本時間でいつなんです?」
「ああ、今週の土曜だ」
「「「「はあ~!!!!」」」」
今が月曜の昼近く、指定されたのが土曜の正午。5日ほどしかないではないか!
さらに一同を驚かす事はそれだけではなかった。
「あ、あと先に言っておくがブレイブマシンもドラゴンフライヤーも修理が完了するのは2週間ほどかかるらしいぞ」
「ちょっ、司令! 何、言ってんスか! 相手は凶悪なテロリストなんでしょ!?」
「なんで修理にそんな時間がかかるんですか!? もう、すでに1週間もラボに入ってるじゃないですか!」
「ええい! 数百トンから数千トンの兵器の修理がそんなに早く終わるわけがなかろうが!」
ブレイブマシンとは5人にそれぞれ配備された大型戦闘メカで、その5体のブレイブマシンが合体することでネオブレイブロボとなるのだ。さらにネオブレイブロボはドラゴンフライヤーと合体することでスーパーブレイブロボとなる。
そのマシンが全て使えないというのはブレイブファイブの最大戦力が使えないということである。
さらに五百旗頭1佐は続ける。
「あ、あとさ……」
「まだ何かあるんですか……」
「ブレイブビークル、車検に出しちゃった……」
ブレイブビークルとはブレイブビークルの駆る特殊戦闘車両である。オフロードカー並みの悪路走破性とレーシングカー並みの高速性能を併せ持つヴォルト社が開発した傑作車両である。
「しゃ、車検ってアレ、車検取ってたんですね……」
「前と後ろに普通の車と同じようにナンバーついてるだろ? ちゃんと陸運局に登録してあるんだよ」
「それはともかく、車も無しで俺達にどうしろと?」
「ま、まぁ幸いにもH市は都内だ。電車で行けるだろ」
5人の溜め息がシンクロする。あと5日しかないというのにこれでは先が思いやられるというものだ。
「あの~、市谷駐屯地から業務車1号か業務車4号でも借りられませんかね?」
ブレイブファイブの新人とはいえ、入鹿は大河とは違い元々、自衛官だった。自衛隊では部隊間で車両支援の名目で車両の貸し借りは日常的に行われているのを入鹿は知っているのだ。
なお業務車1号とは多目的に使われる5ナンバーサイズのワゴン車で、業務車4号とは人員輸送が目的の車両を差し、9人~11人乗り程度の1ボックスカーやマイクロバス、果てはハイデッカードの大型バスまでが含まれる。この場合は5人が乗れればいいので業務車1号か1ボックスカータイプの業務車4号が適当となる。だが……。
「いやぁ……。犬養君の前のリーダーがさぁ、なんていうか気合の入った人でねぇ。『六尺様』とかいう妖怪だかよう分からんオカルトな化け物を借り物の業務車1号で跳ね飛ばしてねぇ。なんでか彼じゃなくて、跳ねた車の方を呪っちゃって大変なことになったことがあってねぇ……」
「ああ、あの時はヤバかった……」
「そうね。思い出したくもないわ……」
「それで?」
「まあ、なんやかんやあって、ヨソの部隊は我々に車を貸してはくれません!」
また一同で揃って溜め息をつく。今度は五百旗頭1佐も一緒だった。
「分かりました。皆で電車でH市まで行きましょう……」
地球の命運は彼ら5人の肩にかかっているというのにトボトボと思い足取りで出動していく5人の戦士たちであった。
怪人図鑑その1 「六尺様」
六尺ふんどしのみを身にまとったマッチョマンの怪異。
見入られた者は休むことなく筋トレをおこなうようになり、
やがて衰弱死するという。
ブレイブドラゴンのブレイブ体当たり(借り物の車)にて消滅。
したかに思われていたが……。
六尺様が次に現れるのはアナタの目の前かも知れません……。




