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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第19話 とある介護職員の憂鬱
78/545

19-2

 東京都S区市谷。


 東京23区はS区の東端に位置するこの街は防衛省の街といった趣が強い。

 だが実の所、防衛省の関連施設の内、ほとんどは一つの敷地内に纏まっているのでその他の土地に関しては防衛省とは特に関係がない。

 それでも市谷が「防衛省の街」という印象がぬぐえないのは、少し歩いた先の九段に靖国神社があるせいだろうか? それとも街中をよく戦車が走っているからだろうか? もっとも少し詳しい人がその戦車を見てみれば、その戦車は防衛省の物ではなく防衛省施設に隣接する警視庁特科車両隊から出てきた16式戦車であることが一目瞭然であったであろう。

 その他、市谷には神社や仏閣などの宗教施設が立ち並ぶ一画もあり、また某有名大学のキャンパスも幾つか存在し、この街は様々な側面を併せ持つ街と言えよう。


 そういうわけで、この市谷にもビジネス街という物が存在し、そのオフィスで働く者たちの空腹を満たす飲食店も数多く存在するのだ。

 だが、この市谷にも不思議と流行らない飲食店というものがあった。

 そう安くはない地価を考えれば「流行らない飲食店」というよりは「客がロクに入らないのに何故か潰れない飲食店」と言った方がいいかもしれない。


 靖国通り近くの「カレースタンド ファスト」もそのように流行らない店だった。

 立地は悪くない。駅も近くにあるし、先に挙げた某有名大学もビジネス街も近くにある。

 むしろ、この店に客が入らないのは店の営業方針に問題があった。


「カレーショップ」や「カレーハウス」を銘打ってる店とは一味違うと店主は言う。

 なるほど、確かに店名にもなっているように注文を受けてから客にカレーが提供されるまでのスピードは確かに早い(ファースト)。故に気軽に手軽に(ファスト)食欲を満たすことが出来る。

 その点ではガソリンスタンドにサッと入ってきた自動車がサッと給油してサッと出ていく様子にも似ていた。「カレースタンド ファスト」の名は伊達ではないといった所か。


 では何が問題かというとこの店のカレーはレトルトなのである。

 それも業務用とはいえ一般人でも大型スーパーなどで5食入り200円前後で購入できるものを使用している。

 しかもレトルトを使用していることを隠そうともせず、客席から丸見えの厨房では注文を受けると予め大鍋で温めておいたレトルトパウチの封を開け、皿によそったライスにかけて客に出すというスタイルなのだ。福神漬けやラッキョウ漬けなどの付け合わせは客席の容器に設置してあるという具合だ。

 これならば確かに提供は早いだろう。

 だが、こんなあからさまなレトルト食品を誰が好き好んで食べるというのだろう。この店のカレーは1杯580円もするのだ。

 現にこの店の客は何も事情を知らずに入った者か、数分の時間を惜しんで数分で食事を終えなければならない者ばかりである。そして事情を知らずに店に入った者は2度と来店することはないし、時間が無い者も大概は近所のハンバーガーチェーンか牛丼チェーンを利用する。

 故にこの店はいつも閑古鳥が鳴いていた。

 一体、この店が潰れずに営業できているというのはどのような理由があるというのだろうか?




 一人の女性が九段下方面から靖国通りを歩いていた。

 一見、意思の強そうな瞳と動きを阻害しないように切りそろえられたショートカットの髪はキャリアウーマンを思わせる。

 だが彼女の着ているスーツは鮮やかな水色で、首元に巻いたハイブランドのスカーフと良く合ってはいたがお堅い商売には見えなかった。

 彼女の名前は犬養葵(いぬかいあおい)。実の所、彼女は公務員であった。だが身なりから分かるとおり“特殊”な身分の公務員だった。


 犬養は「カレースタンド ファスト」の前まで来ると躊躇することなく店内へと入る。

 店内には2名の店員の他、2名の先客がいた。

 だが、この店のカレーの提供スピードは通常では考えられないほどだというのに2人の客の前には何も置かれてはいない。

 実はこの2人、犬養も含めて3人は客ではない。この店の秘密を知る仲間であると同時に、この国の防衛の一端を担う戦友でもあったのだ。


「あっ! 犬養さん! オザァアス!」

「よう! あと2名はまだ来てないぜ」

「あら? 店長は何か聞いてる?」

「いんや。まだ指定した時間にはまだあるし、その内にでも来るだろ」


 先に威勢のいい挨拶をしてきた方が赤口大河(せきぐちたいが)。パンクロックスタイルのファッションはいかがなものかと犬養は思うが熱い闘志を持ったチームのムードメーカーだ。

 次に話しかけてきたのが黄島隼人(きじまはやと)、鋭い眼光は人に誤解を与えやすいが気配りのできる男である。

 店員の年配の方、五百旗頭(いおきべ)店長から渡された新聞でも見ながら残りのメンバーを待つかと、犬養はカウンター席の2人の横に座る。


「犬養さん、なんか面白い記事でもありました?」

「そうねえ……、あら?」


 手持無沙汰なのか話しかけてきた大河に対して何か興味を惹きそうな記事はないかと新聞をパラパラとめくっていた犬養であったが、別紙形式で添付されていた特集記事はまさにうってつけの記事だった。

 だが、その記事の話になる前に店のドアが開き2人の男が入ってきた。


「あれ? 皆さん早いですね~」

「俺達が最後か……」


 この2人も犬養たちの仲間、藤原入鹿(ふじわらいるか)渡嘉敷緑(とかしきみどり)である。

 何を隠そう犬養葵、赤口大河、黄島隼人、藤原入鹿、渡嘉敷緑の5人は防衛省が誇る「特怪戦隊ブレイブファイブ」のメンバーなのである。

 とはいえ犬養は警察庁からの出向組で階級は警部補。大河は文書管理補助員扱いの臨時職員となっている。残りの3名の階級は陸、海、空の所属の違いこそあれど揃って3尉である。


 また店長の五百旗頭もカレースタンドの店長というのは世を忍ぶ仮の姿。彼の本当の身分は統合幕僚監部付きの1佐である。

 そして「カレースタンド ファスト」の真の姿とはブレイブファイブの秘密基地であったのだ。

 そんなわけで客の入らない飲食店が潰れないのはこの店が防衛省が出資している店であるからで、やる気が微塵も感じられない営業スタイルも実の所、店が暇な方が都合がいいからだ。

 哀れなのはもう1人の店員である龍田(たつた)まひろである。彼女は本来ならば防大出身のエリートと言ってもいい存在である。だが五百旗頭1佐から「ブレイブファイブの仕事を手伝わないか?」と誘われたのが運の尽き、頻繁に店の裏に引っ込んでしまう五百旗頭に代わって店番をやらされるハメになってしまったのだ。


「ああ、お早う! 2人とも。大河も隼人もこの新聞の記事を見て! こないだのH市のハドー総攻撃の特集を組んでるわよ!」


 犬養が先ほどの新聞別紙の特集記事を広げて皆で見やすいようにしてやると、一同も揃って新聞を覗き込んでくる。

 犬養は紅一点ながら昨年、ARCANAのスカイチャリオットとの戦闘でリーダーのブレイブドラゴンを含む3名が戦死して以降の実質的なトライブレイブス、新生ブレイブファイブのリーダーであった。


 特集記事は別冊で組まれているだけあって内容が盛りだくさんで、しかも事件から1週間ほど経ってからの特集であるので様々な視点からハドー総攻撃を検証しているものだった。

 時系列に沿って並べられた攻撃の被害や防衛線の構築の地図上での再現。錯綜する情報に対して行政はどのように対応したのかの検証。かの海賊に対して各種防衛兵器は有用であったのか、それとも違ったのかという有識者のコメント。そして有用な兵器は必要な分だけあったのかという行政の予算配分についての疑問。

 さらにグラビアページでは被害にあった街の生々しい写真が並んでいた。穴だらけになったビルに擱座した戦車。ランドマークであったHタワーは無残に折れ曲がり、民家には揚陸艇が墜落していた。また復旧作業に精を出すボランティアの額に浮かぶ汗に、壊れた水道から勢いよく飛び出る水道水の飛沫に浮かぶ虹。思わず息を飲む写真ばかりだった。


「おっ、こっちのページはヒーローのランキングとかやってますよ!」


 グラビアを眺めていた一同の重苦しい空気を吹き飛ばそうと大河が声を上げる。

 彼の言葉通り、隣のページからはヒーローの活躍度合いに応じたランキングが掲載されていた。

 ランキングは撃破した敵、救出した人、またそれらのミッションの困難具合に応じて編集部が独自に集計したものだと注釈が入ってはいたが所詮はお遊び企画に過ぎないと犬養は思っていた。少なくともこれで次のボーナスの査定が行われると仮に言われたら盛大に異議を申し立てるだろう。

 だがお遊び企画とはいえ、これだけの特集記事を組んだ編集部の作ったランキングである。犬養も興味が無いと言えば嘘になる。


「……へぇ~、どれどれ……」

「おっ! 俺達が1位になってんじゃん!」

「まあ、あんだけやればねぇ……」

「いやいや、それでも凄いんじゃない?」

「そうっすよね!」


 ランキングの1位は彼らブレイブファイブだった。

 彼らは事件発生当初よりハドーの艦隊を相手にネオブレイブロボ、またハドー旗艦も前線へ出てきてからはスーパーブレイブロボで戦い続けてきたのだ。

 そして敵艦隊をY市から駆け付けた海自の第1護衛群と在日米軍の連合艦隊の前まで引き込むことで一気に殲滅することに成功していたのだった。


 彼ら5人がブレイブファイブとして集計されているように、チームに所属しているヒーローはチーム名がランキングに乗せられていた。

 例えば昆虫系の能力を持つヒーローで結成されたヒーローチーム「インセクタス」は9位にランクインしていた。


「……その人様のチーム名に文句とかは言いたくないっスけど……、この5位の『ヤクザガールズと愉快な仲間たち』って何スかね……」


 大河の疑問ももっともで、以前にも別の大規模災害で似たようなランキングを見たことがあるが、その時は「ヤクザガールズさくらんぼ組」という名義で集計されていたハズである。


「ああ、それなんだけどヤクザガールズが防衛を担当していた避難場所が市の中心部に近いせいか妙に敵が殺到してたらしいよ。それで色んなヒーローが手を貸してたとか……明智元親とかスティンガータイタンとか……」


 隼人が補足説明を入れるが、それでもヘンテコなチーム名の理由にはならないだろう。


「逆になんでこっちの『天昇園戦車隊』と『天昇園戦車隊1号車』はチームじゃなくて別に集計されてるんですかね?」

「……ああ、それはね」


 なんと説明したらいいものかと犬養は悩む。

 藤原も大河も今年からブレイブファイブに加入した新メンバーでこの業界については疎い所がある。

 その2人に誤解を植え付けないような形で天昇園戦車隊1号車の車長について説明する方法はないだろうか? 「1号車は痴呆老人が乗り回して徘徊してるんだよ!」と言うのは簡単である。だが、それではかの車長について2人に過小評価させてしまうことになる。味方を過大評価するのと同様に味方を過小評価するというのは戦術上の過ちを誘発する原因となるのだ。

 何せ、あの1号車の車長といえば「虎の王」という2つ名を持つ傑物である。そして、その山林の虎のような神出鬼没ぶりはアルツハイマー型認知症の進行に伴いますます磨きがかかってきたという者もいるほどだ。


(……ん? あれ?)


 そこで犬養はある事に気付いた。

 天昇園戦車隊1号車がランクインしているのはいつものことだったが、それとは別に天昇園戦車隊がランクインしているということの別の意味に。


(つまり1号車以外も戦果を上げたということ? でも、誰が? どうやって?)


 犬養の知る天昇園戦車隊とは1号車以外はまともな戦力として考えることを躊躇われるような存在だった。

 まぁ、年の功ともいうべきか、上手く敵を引き込んで味方のクロスファイアーポイントに引っ張るのは見るべきものがあるといったぐらいか?


 ワイワイガヤガヤと盛り上がる仲間たちを尻目に犬養は1人、考え込む。

 だが神ならぬ身の犬養には新たに加入した若い砲手について知らなくとも当然と言えた。

 だが犬養の思案を五百旗頭1佐が遮る。


「……そろそろいいかな? 今日、君たちに集まってもらったのは新聞記事で一喜一憂してもらうためではない」


 指揮官の合図で5人の戦士たちは店の奥の作戦室へ移動する。

え~、もし本当に九段下近くでレトルトカレー出してるカレー屋さんあったらゴメンなさい。

一々、現地調査なんてやってません!

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