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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第18話 とある介護職員の新生活
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18-4

 いつの間にか雨は止み、黒い雲は分厚く天を覆っていたが照明弾に頼らなくてもいい明るさになっていた。

 そもそもが市街戦だ。黎明の薄明りでも近距離戦では問題が無い。


 ただ、それは涼子の神経を擦り減らす結果になっていた。

 先に連絡のあったハドーの揚陸艇だが、進路を変えることなく天昇園へ接近してきたために防衛隊の長10サンチ高角砲にて全てが撃ち落とされていた。旧海軍の防空型駆逐艦の主砲にも採用されていた砲は易々と揚陸艇を屠ることができたのだ。

 そこまではいい。

 だが、結局の所、それが天昇園が防衛兵器を配備されるほどの重要拠点であると海賊の連中に誤解される結果になったのは不運だった。天昇園にとっても、涼子にとっても。

 それからというもの、ひっきりなしに襲撃を仕掛けてくるハドーの戦闘ロボットや獣人型怪人の始末に涼子たちは忙殺されていたのだ。


 天昇園に通じる大通りを守るために道路の左右にそれぞれ2号車と3号車が、また、その2輌をカバーするために100メートルほど後方に4号車。

 それが天昇園戦車隊の配置である。

 最大戦力であるハズの1号車はどこをほっつき歩いていることやら……。


「あっ、1号車から連絡が入りました。……どうやら警察の戦車隊の損耗の穴を埋めるために、市の中心部の防衛戦に参加しているようですね」

「えっ!? 警察の戦車って16式でしょ!? 16式がヤられるような所に首を突っ込んで大丈夫なんですか?」

「儂なら死んでも御免じゃが、泊満しゃんならやるじゃろ……」


 涼子は足元の2人に向かって話をする。元々、通信手の前田さんの席は車体の前方であるが、砲塔内にいるハズの島田さんの声まで足元から聞こえるのは車内の弾薬庫から装填手の原さんに砲弾を渡しているためだ。

 すでに砲塔内の砲弾は使い切り、それでも止まない敵の襲撃に砲手の涼子も装填手の原さんも持ち場を離れることができず、このような変則的な配置となっていた。

 逆に砲塔内の機銃弾の弾倉はすべて車体前方銃手を兼ねている前田さんの元に動かしていた。敵は機銃の徹甲弾でも倒せる戦闘ロボットも多いが、断続的に襲ってくる獣人型怪人には20ミリ機関砲ですら効かないそうだ。もはや砲塔を回して砲塔後部の機銃を使う気には涼子もなれなかったし、それは島田さんも同意見らしかった。そもそもチハの機銃は車載機銃だというのに1弾倉に20発しか入っていないのである。必然的に弾倉交換の隙も多い。


(また来た……。今度は何? ネズミ?)


 新手の敵は獣人型怪人。それも灰色のネズミのような同種の怪人が5体も同時に現れたのだ。

 射撃、命中、撃破、装填。

 射撃、命中、撃破、装填。

 射撃、命中、撃破、装填。

 射撃、命中、撃破、装填。

 1体は3号車が3発目の射撃で撃破して5体の怪人たちは全て倒れる。


「……相変わらず、しゅごいもんじゃのう……」


 いつの間にか車長の定位置に戻っていた島田さんが涼子の手際を褒める。ここまでの間、涼子は全ての射撃を命中させ、しかも致命傷を与えていた。


「あれ? 島田さん? 砲弾はいいんですか?」

「ああ、もう無い……」

「は?」

「だから、今、砲塔に上げた分で全部じゃ」

「え……」


 砲塔に上げた分といっても残っているのは数えるほどしかない。

 砲弾の尽きた戦車で一体、何ができるというのだ? いっそ白旗でも上げてみるか? ロボットだけならともかく、ハドーの怪人の屍が数えきれないほど横臥するこの大通りで白旗を上げてみたところで許してもらえる可能性などありはしないだろう。

 嫌悪感を覚えさせられる醜悪な怪人に生きたまま引き裂かれるか、それとも地球人が生存することができる環境かどうかすら分からない異次元に連れ去られるか。どちらにせよ涼子にとって最悪の結末だ。

 軍隊の将校なら自決用に用意しているであろう拳銃も特別養護老人ホームには用意されていないのだ。


「ど、ど、どうするんですか!?」

「う~ん……」


 島田さんは考え込んでしまう。

 まさか頭の中が真っ白になっているのか? と涼子が思っていた頃に助け舟を出したのは原さんだった。


「本部に弾を持ってきてもらったらどうでしょう?」

「そ、それじゃ! 前田しゃん! 本部に通信、補給を要請じゃ!」

「了解です」


 一先ずは安心といったところか……。

 いや、補給が来るまで残っている砲弾で凌がなければならないのか。

 最悪、砲弾を温存するために戦闘ロボットに対して砲塔後部機銃を使うことも考えなければならない。

 涼子もたまらず介護職員と施設利用者という立場も忘れて島田さんに嫌味を言ってしまう。


「そういう事ができるなら、もっと早くやってくださいよ……」

「しゅまんのう……。それより西住しゃん、次のお客さんじゃ……」

「え!?」


 照準眼鏡に意識を戻した涼子が見たのは1体の怪人。

 戦闘ロボットなどの護衛などは連れていない。だがデカい。大きさは3メートルほどだろうか? チハよりも背が高く筋骨隆々のサメと人間の合いの子のような見た目の怪人がこちらにダッシュしてきていたのだ。

 しかも、その頭部か鼻先か分からない先端はライフル弾のように尖っている。


 あの速度、あの質量、あの先端。

 体当たりを食らったらチハなんてひとたまりもないのではないだろうか? 一瞬、恐ろしい未来が涼子の脳裏によぎる。


(……でも、フォームが綺麗すぎるのよね……)


 涼子が引鉄を引く。

 世界レベルの短距離走者(スプリンター)のように一定のストロークで迫るサメ怪人。ゆえに軌道は予想しやすい。怪人の左胸に47ミリ砲弾は吸い込まれていく。

 前のめりに倒れる怪人。

 だが……。


「う、嘘じゃろ!?」


 島田さんが叫ぶのも無理はない。

 サメ怪人は何事も無かったのように、ただ小石にでも躓いてしまったかのように起き上がるとそのままダッシュを再開する。

 島田も元旧軍の戦車兵。戦中に辛酸を舐めたことはいくらでもある。だが、それはチハの主砲が敵戦車の装甲を貫通出来なかった場合の話だ。チハの有効射程外からアウトレンジで一方的に攻撃された時の話だ。あるいは年老いてから天昇園で再びチハを駆って侵略者と戦うようになり、同じく老齢の砲手がろくに命中弾を与えられない時などだった。サメ怪人のように明らかな致命傷を与えたにも関わらず何事も無かったかのようにされたことなど今までに一度もない。


 再び走りだしたサメ怪人に3号車も主砲を発射するが外してしまう。もう彼我の距離は100メートルも無い。

 47ミリ砲弾を受けても前のめりに倒れる相手なのだ。人間で例えて考えてみて欲しい。低速の拳銃弾ならば食らっても前のめりに倒れることもあるだろう。だが高威力のライフル弾を受けて前のめりに倒れるとはどういうことか。一体、このサメ怪人の体当たりにはどれほどの威力があるというのか?


「原さん! 次の弾を早く!」

「あ、あいよ!」

「……待ちんしゃい」


 涼子の催促に慌てて次弾を装填しようとする原の腕を掴んで制止する。


「島田さん!?」

「……一式弾を使おう」


 車長である島田の決断だ。原も何も言わずに先端に赤くマーキングされた1式弾を取り出し装填する。


「え? イチシキ弾って何ですか?」

「大丈夫、チハを信じんしゃい!」


 そう言って涼子を励ましてはみたものの、島田の胸の内は不安で一杯であった。

 一式弾というのは実の所、チハ改の標準弾薬である。今まで使っていた徹甲弾(AP)の方がチハにとっては異質な、天昇園が下町の零細工場に頼んで制作してもらった特別なものだ。

 天昇園において標準弾薬ではなく独自の徹甲弾を使うのには理由があった。一式弾には重大な欠点があったのだ。

 それは装甲貫徹力の不足。

 それが故に英米の戦車を相手に苦渋を舐めさせられていた旧軍戦車兵たちは70年以上の時を経た現在でも一式弾を毛嫌いしていた。いや、むしろ恐れていた。敵の強力な戦車と同様に、チハの無力な主砲はトラウマのように呪縛のように島田たち元戦車兵の心を捕らえていたのだ。


 だが島田はチハを愛してもいた。

 戦中といえば庶民が自家用車を持つことなど夢のような時代である。そんな時代に厳しい訓練の末に戦車兵になった彼は時に軍の鉾となり、時に味方の盾となり戦歴を重ねていった。

 機銃の射線にチハで飛び出し、味方歩兵を庇いながら機銃陣地に榴弾を撃ち込んで撃破した時の歩兵たちの称賛と羨望の眼差しは彼を誇らしくしたものだった。

 そして島田はインパール作戦に参加し、インドの山々を越えて長征の徒となった。そこで彼は英軍のヴァレンタイン歩兵戦車や、米軍のM3軽戦車やM3中戦車を相手に僚車を失いながらも奮戦し、幾度も自身の戦車すら失いながらも車両を乗り換えながらも転戦。米軍がM4中戦車を繰り出してくるころには彼の同期の戦車兵たちは彼を残して死に絶えていた。後から聞いた話ではインパール作戦から無事に撤退できた戦車は1輌も無かったという。

 島田にとってチハという存在は若かりし頃の存在証明(レゾンテートル)であると同時に、負けっぱなしのままに終わった青春時代の象徴とも言うべき存在であった。


 勝算はある。

 一式弾ならばという思い。

 だが、それでもかつての記憶が島田の胸の鼓動を早くする。

 どうしても正面から敵の装甲を貫通できずに側面を取ろうと必死で歯を食いしばっていた時のことを、戦いが終わったあとに気付いてみれば僚車が全て爆散していた時のことを思い出してしまうのだ。


(……考えるのは止めよう。泊満さんが「鷹の目」と称したこの子にならば託してもいい……)


 どのみち涼子が射撃を外しても、あるいはチハの一式弾がかつてのように怪人に無力であっても構わない。どの道、自分の人生は残り少ない。

 恐らく、ここで生き残っても、これから何年も戦車に乗る事はできないだろうという思いが島田にはあった。かつてのように体が動かなくなり、頭脳も曖昧になり、子供も自分より先に亡くなった。気付けば所謂「社会的弱者」という者に自分はなっていた。だが、かといって侵略者に蹂躙されるがままにされることを島田は良しとしなかった。弱者が泣かなければならないと誰が決めたのだ。悪党に大砲ブチ込む弱者がいてもいいではないか? そう思い再び戦車に乗ることを選んだのは自分自身であった。ならば、その結末がどのようなものであっても受け入れることが出来る。


 その人生の終着駅近くになってから巡り合った砲手は自分の知る限りで最高の人材だった。

 彼女に、西住涼子に島田は自身の人生の集大成を託すことにしたのだ。


 そして引鉄は再び引かれる。


 口から泡を吹きながらも迫りくるサメ型怪人の胸部のド真ん中に砲弾は吸い込まれていった。


 そして爆ぜる。


「……えっ!?」


 これまで見られなかった現象に涼子が思わず声を上げる。


 一式47ミリ弾。

 その正体は徹甲榴弾(AP-HE)である。

 徹甲弾のように装甲を貫徹後に砲弾内部の信管が作動して内部の炸薬を爆発させて破片を撒き散らす。

 だが内部に信管や炸薬を内包するために必然的に強度は純無垢の徹甲弾に劣るのだ。それがチハが対戦車戦闘で苦戦を強いられていた原因である。


(……だが、お前さんたちハドーの怪人は「機関砲弾を受け付けない」そうじゃないか。逆に言えば機関砲より強力な砲でなら倒せるということ。47ミリの徹甲榴弾でも何とかいけるようだな……)


 ドサリと倒れて今度は2度と動かないサメ怪人を見下ろしながら、島田は一人ごちる。


(……それにしても西住さんの射撃の腕は素晴らしいな。しかも、この土壇場で精神的な弱さすら見せないとは……。この子は本当に素人なのか?)


 島田の思索は補給の弾薬を積んだ1ボックスカーのエンジン音が聞こえてくるまで続いた。

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