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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第17話 それぞれの休日
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17-4 魔法少女たちの休日(休めるとは言ってない)

 カリカリカリカリカリ……。

 紙にシャーペンの芯を書きつけていく音が室内に響く。


 栗田梓は大H川中学校旧校舎のさくらんぼ組事務所で受験勉強をしていた。

 他に事務所内には山本組長、2年の豊田、1年の日高がいる。


 ゴールデンウィーク後半戦の初日、これがヤクザーガールズの本日の当直のメンバーである。

 市の災害対策室が特怪事件に対して即応体制を取るための当直とは別に、ヤクザガールズたちも独自の当直体制を敷いていた。メンバーに余裕があるからこそできることで他のヒーローが独自の当直態勢を取る場合、そのほとんどが公務員系のヒーローである。


 もっとも2年の豊田は昨日、退院してきたばかりで山本も栗田もよほどの事がない限りは出撃させるつもりは無かった。

 豊田は先日のハドー総攻撃の際に自身の特化能力である「狙撃銃」を用いて数多の敵を撃破、自身の魔力が尽きてからも魔力供給能力を持つ古賀から魔力の供給を受けつつ戦闘を続行。また明智元親が呼んだ羽沢真愛が大H川中に到着してからは羽沢真愛から魔力供給を受けつつ大H川中屋上から固定砲台のように近寄る敵を撃破し続けたのだった。

 だが、その結果、豊田は魔力の中毒反応を起こして入院していたのだった。運の悪いことに「治癒魔法」の特化能力を持つ宇垣も同じく羽沢真愛の膨大な魔力を注がれた結果、豊田と同じく入院していたのだ。


 幸い大事に至ることはなく、こうして退院することができたのだが、念には念をといった具合で豊田はしばらくは裏方に徹してもらうつもりでいたのだ。

 では、今は何をしているのかというと……。


 カチ、カチ、カチ、カチ……。

 豊田はゴーグルタイプのルーペを装着して、自身の狙撃銃に瞬間接着剤でラインストーンをデコっていた。気の抜けない様子でピンセットで摘まんだ2色の飾り石で狙撃銃にイラストを描いている。

 白銀に輝く石と赤紫に輝く石。2色の意思で描かれているのは箒に乗った魔女のイラスト。一見、三角帽子とマントで性別は分からないように思えるが、良く見るとハイヒールを履いていることで女性であることが分かる。

 ラインストーンデコは豊田の趣味のようで愛用のスマホケースに同様のデコレーションは施されている。


(大戦中の某エーススナイパーはレンズに光が反射して自分の居場所がバレるのを嫌ってスコープを使わなかったという話なのに、わざわざ光が反射する物を増やしていくのね……)


 栗田は疑問に思うが口に出していう事はない。

 先週のハドー総攻撃で豊田の実力はよく分かっている。

 あのロボットや獣人たちはともかく、揚陸艇を撃墜する手段はさくらんぼ組にとっては2つだけだった。その内の1つ、「爆弾生成」の特化能力を持つ井上とその護衛が揚陸艇に乗り込んでいって爆弾を仕掛けてくるというのは、あまりにも魔力と体力の消耗が大きくて現実的な手段ではなかった。残るもう1つの手段が豊田の狙撃銃だったのだ。

 幾重にも強化(バフ)を掛けて撃ち出される豊田の銃弾は戦車の正面装甲に匹敵すると言われるハドー揚陸艇の底面を撃ち抜いて撃墜するのに十分な威力を発揮していた。無論、欠点が無いわけではなかった。まず取り廻しが悪い。ヤクザガールズの標準装備であるマカロン半自動拳銃に比べて長大な狙撃銃は重く、大きく、それでいてボルトアクション式のために連射が効かない。要するに近距離戦や屋内戦では非常に不利な銃である。

 そんな尖った性能の狙撃銃を手に膝撃ちの姿勢で次々と揚陸艇を落としていった豊田は実力もそうだが、その胆力を評価されていた。

 もしかするとラインストーンで反射物を増やしているのも、敵に反撃のチャンスを与えないという豊田の自信の表れかもしれない。


(まっ! そんなわけ無いか!)


 栗田が1人で納得していると日高が3人の先輩に声を掛ける。


「そろそろ買い出しに行こうかと思うんですが、何にします?」


 もうそんな時間かと栗田は思った。

 休日の組事務所は静かで、おまけに窓から入ってくるそよ風が心地よく、時間を忘れて受験勉強に没頭していたようだった。

 時刻は11時30分。昼の買い出しは下級生の担当だった。これは年功序列の体育会系のノリという訳ではない。実力のある魔法少女がいつでも即応態勢を取れるようにするためだ。


「ああ、日高さん。私はカップヤキソバを、できれば大盛のヤツで」

「私はママがお弁当作ってくれたからいいわ」

「日高ちゃん。買い出しはいつものオーソン?」

「はい。そのつもりですけど……」

「じゃあ私は窯焼スイートポテトがいいな! 無かったら普通のスイートポテトとプリンね!」

「はい! 分かりました。それじゃ行ってきますね」


 事務所から日高が出かけていくと、栗田は山本に気になっていたことを尋ねる。


「ねぇ、山本さん?」

「なあに?」

「オーソンの窯焼スイートポテトって500円くらいのやたらと大きなヤツじゃなかった?」

「そうだよ?」

「まさか、それが昼食だって言わないわよね?」


 栗田の記憶が定かなら、オーソンの窯焼スイートポテトは定番商品のスイートポテト4、5本分くらいありそうなサイズの物だったハズだ。期間限定なのかいつでも置いてある物ではない。だが美味しい。だからと言って、いくら美味しいからといって昼食がその窯焼スイートポテトだけっていうのはどうなのだろう?

 だが山本は「そうだよ?」と事も無げに返すのだった。


「そう言えば、山本さんはさっきから何をしているの?」


 山本は今日は朝からずっと書類やノートパソコンと睨めっこしていた。


「うん。ハドーの報奨金、まだ出てないけど、金額が凄いことになりそうでしょ? だから生徒会とかで学校の備品を買ってちょ~だい! って色々とお願いされてるんだけどさ……」


 さくらんぼ組では報奨金の使い道として個人が受け取る分以外にも寄付が盛んである。これまでにも寄付の要望があったことはある。だが纏まった金額がでるような機会は中々あるようなものではないし、前回の大規模災害「埼玉ラグナロク」の際にはさくらんぼ組の3年生が全滅するほどの被害を受けていたのだ。そういうわけで今回のような大きな金額が転がりくるような、かつ御葬式ムードの空気を読まなくてもいいような機会を逃すわけにはいかないと生徒会も大量の備品の要望を出してきたのだった。


「……ちょっと私にも見せてみて……。あ~、コレ、駄目よ!」

「え?」

「こっちの情報処理室のパソコンの抱き合わせ(バンドル)のアトピ社の画像処理ソフト。バンドル価格よりも学割価格の方が安いハズよ」


 慌てて山本がノートパソコンを操作してパソコンのバンドル無しの価格と、ソフトの学割価格を比較してみる。


「ん? こっちのマルチライセンスでもいいのかな? まあ、いいわ。あとでそっちも検討してみましょう……」


 バンドルソフト付きのパソコンの価格と、同モデルのパソコンのバンドル無し+学割価格のソフトでは学割価格の方が1万円以上も安くなる計算になった。これが複数台のパソコンにインストールすることが出来るマルチライセンス版ならばさらに差は広がることになる。


「まあ公立の中学校の生徒会なんてこういうのド素人なんだから、要望が上がってきたのをそのまま鵜呑みにしてたら駄目よ」

「クス。梓ちゃんには敵わないなぁ!」

「フフ……! え~と、情報技術担当の岡崎先生は部活の顧問とかやってないハズだし、連休明けにでもマルチライセンスについて聞きに行きましょ!」


 山本に席を代わってもらい、数枚のWEBページをプリントアウトする。これを持っていけば説明も楽なハズだ。


「他には?」

「ん~とね。今のパソコンは生徒会の方でこれが欲しいって指定されてたから分かり易かったんだけどね……」

「なるほど、キッチリ物が指定されているわけじゃないから逆に悩んでいるのね?」

「うん!」

「で、どんなのが欲しいって?」

「うん。対空機関砲が欲しいって……」


 ん? 今、何か中学生が要望するハズの無い物が聞こえた気が……。


「ごめんなさい。良く聞こえなかったのだけれど……」

「ん? 対空機関砲だよ?」

「……き、きかん……ほう……?」

「うん。対空用のね!」


 どうやら聞き間違えでは無かったようだ。


「…………」

「どうしたの? 梓ちゃん?」

「いえね……。何でまた生徒会で機関砲なんて欲しがるのかなって……」

「なんでも生徒会長も先週、学校に避難してたみたいなんだけど、自分が何もできないのが歯痒いって……」

「大きなお世話よ……」


 そういう話はせめて自分の身を守れるようになってから言ってほしいものだと栗田は思う。対空砲座を屋上なりグランドなりに設置して、それを守るのは誰なのか? それはもちろん、さくらんぼ組である。さらに言えば「障壁魔法」の特化能力を持つ栗田にそのお鉢が回ってくるのは火を見るより明らかだ。


「まあ、いざという時には本職の人に使ってもらったらいいんじゃない?」

「となるととなると自衛隊でも使ってる物の方がいいわよねぇ……」


 となると12.7ミリM2重機関銃の対空砲架仕様か。20ミリバルカン砲か同弾薬の物か。いや25ミリや30ミリとかにも候補はあるな……。あまり大きい物だと設置場所に困るな。


「で、山本さんは何か、これはと思う物でもあるの?」

「うん。私、そういうの、よくわかんないんだけど……。これなら威力の割に小さいし軽いかなって……」


 そういって山本がブックマークしていたページを開いて栗田に見せる。


「どうかな?」

「…………」


 さて、どう言った物か……。

 すぐ横の幼馴染の少女は自分の選択をどう評価されるか期待に胸を弾ませているようだ。あまり彼女を傷つけるようなことは言いたくない。

 だがノートパソコンに表示されているのは中古の武器商会のとあるページ。


≪オードナンス QF 2ポンド砲≫

 ・1939年製(状態良好!)

 ・ユニット総重量 814kg

 ・砲身長 52口径 2.08m

 ・使用砲弾 40×304mm.R

 ・仰角 -13°~+15°

 ・有効/最大射程 914.4m/7,315.2m

(担当者より/好事家の皆様に人気の2ポンド砲が入荷しましたよ~! 全品美品デス! 各種物販会社ローン他、複数基ご購入の方に特別割引もご用意してま~す! まずは見積もりだけでもどうぞ!)


「…………」

「どうかな? これ?」


 さて……何と言ったらいいものか?


「……え~と、山本さん?」

「うん?」

「生徒会が要望しているのは“対空”“機関砲”よね?」

「うん! そうだよ!」

「コレ、機関砲じゃないわよ?」

「え?」

「しかも対空用じゃなくて対戦車砲だし……」


 仰角最大+15°という時点で気付かなかったのだろうか? 対空砲なら70°、80°は当たり前。なんなら90°、つまり真上まで撃てるような物もあるのだ。つまり山本が小型で軽いと思っていたのも当たり前、限られた俯仰角しか取れないが故のことなのだ。

 なお「オードナンス」とは英国語で「砲」の一般名詞で、「QF」とは「Quickーfiring」即ち「速射砲」を示す。

 それを告げると今度は山本が黙り込んでしまった。


「…………」

「山本さん? 山本さん?」

「…………しちゃった……」

「え? なんて?」

「ご、午前中一杯、無駄にしちゃった……」


 こうやって俯いてイジける所は昔と変わらないなと思う。普段、組長だなんだ言っていても、結局は山本も中学2年生の女の子なのだ。


「クス、分かったわ。午後から私も手伝ってあげるから、機嫌を直して!」

「ほ、本当?」

「その代わり……」

「?」

「スイートポテト、一口頂戴!」

「うん! オッケー!」


 こうして休日の時間は過ぎていく。

 先輩と後輩。2人の幼馴染が時間を気にせず、あーだこーだ言いながらパソコンに向かってネットショッピングをしながらお互いに笑いあう。栗田も山本も当たり前のような時間がかけがえのない物のように感じていた。


 ただ、ネットショッピングの中身が対空機関砲なのはどうかと栗田は思っていたが。

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