17-2 孤独な魔王のグルメ 前編
PiPiPiPiPiPiPi……
電子音で目覚めて目覚まし時計のアラームを止める。
窓から入ってくる陽光は朝の6時40分だというのに強く、まるで盛夏のようだ。だが気温自体はまだ上がっていないようで涼しい。
(東京は今くらいが一番、過ごし易いな……)
マクスウェルにとっては“こちらの世界”は2年目だった。
彼は異世界の住人だった。
元々いた世界からこちらの世界へと偶発的な理由から流れ着いて、行政の支援を受けて彼は現在、H市内にある私立蒼龍館高校に籍を置いていた。
この学校を選んだ理由は3つ、「寮があること」、「かつての“敵”と自分を裏切った“元家臣”よりも上位の高校であること」、そして一番大事な事だが「蒼龍って何だかカッコイイ!」という事である。
だが彼はこの学校を選んだ時以上に気に入っていた。
元々いた世界とは違った系統の学問に、ある程度の自由が許された寮生活。そして何よりも立地だった。
この世界の中世と同程度の文化レベルしかない世界で生まれ育った彼にとって、こちらの世界の文明は見る物全てが驚きである。
よく「中世レベルの文化レベルってヴェルサイユ宮殿みたいな?」などと言われ、気になった彼は美術の資料集に目を通してみた。マクスウェルの感想は「冗談ではない!」ただ一言である。彼の居城は岩肌が剥き出しの石壁に木の板で塞ぐ窓などといった物であった。それに対してヴェルサイユ宮殿とやらは眩いばかりの白壁に大きなガラス窓、照明を活かした丁度品など比べるのもおこがましいレベルである。アレは「中世」ではなく「近代」の建築物だ。政治体制としては違うのかもしれないが、純粋に建築物のみを見た場合はそうであろう。唯一、彼の居城がヴェルサイユ宮殿に勝っていたところがあるとするならば、彼の城にはトイレが存在した。という事ぐらいなものである。
その「中世」レベルに慣れ切った彼にとって、こちらの世界は何から何まで興味深く、また驚かされる事ばかりだ。だが常にこちらの世界の物に囲まれてばかりでは気疲れもする。
その点、蒼龍館高校は山の中腹に位置する学校で緑に囲まれた立地だった。夏にもなればいささか蝉の声も煩くなるが、喧騒に疲れた後ではそれすら愛おしい。
そういう点において蒼龍館高校は彼に取っておあつらえ向きの学校だったと言える。もっとも、まさか齢16にしてエルフの古老のようなことを思うとは思ってもみなかったが。今になって考えてみればエルフが森の木々を想うのも同じような心境であったのかもしれない。
彼はベッドから降りて入り口の右横に置いている小型冷蔵庫を開け、アイスコーヒーの入ったガラスポッドを出してマグカップに注いで一口。
「うん。アイス専用の豆よりイケるではないか!」
誰に聞かせるでもない独り言を呟く。
実際、思わず言葉が漏れ出るほどの会心の出来だった。今まで彼が使ってきたアイスコーヒー用のブレンドを使い続けて数ヵ月、コーヒーショップのポイントカードが貯まったので思い切って少し値段が高めの豆にチャレンジしてみたのだ。
「フレンチロースト」なる豆、産地はコロンビアとケニアとなっていたが、こちらの世界に疎い彼にはそれがどこにある国なのかは分からない。アフリカなのか中東、中南米か。この味を考えるに東南アジアという事はないだろう。
もっとも彼は知らなかったが彼の好む「水出しコーヒー」は別名をダッチ・コーヒーと言うように元々はオランダ人が東南アジアの植民地で取れるカフェインとエグ味の強いロブスタ種の豆を美味しく飲むために編み出された手法である。
そんな事とは思いもしないマクスウェルはコーヒーの味に気を良くして意気揚々とガラスポッドからコーヒー豆を入れた紙パックを取り出して、ビニール袋に入れてゴミ袋に捨てる。
昨晩の内に極細挽の豆を入れた出汁用の紙パックと水をポットに入れて冷蔵庫で8時間。朝には美味しい水出しコーヒーの出来上がりというわけだ。
思えばこちらの世界に来て初めてコーヒーを飲んだ時にはあまりにも苦いその味を、見ず知らずの異世界に追いやられた敗北の味だと感じたものだが、砂糖とミルクを入れて豊かになった味わいを知ってからはコーヒーの虜になり、もっとも簡単な水出し式の作り方を知ってからは自分もこちらの世界の文明に自身も入りこめた気になったのだ。
コン、コン。
マクスウェルの部屋を誰かがノックしている。彼はカップを持ったままドアを開ける。自分でも随分と慣れたものだな、と思う。元の世界で「魔王」と呼ばれていた頃ならば自分でドアを開けるということなど滅多になかった。ああ、そういえば元の世界でもトイレのドアぐらいは自分で開け閉めしていたか……。
「あっ! 先輩、おはようございます。今日は食堂が業者の清掃が入るみたいなんで、朝のパン持ってきました。どっちにします?」
「ああ。ありがとう。折角、持ってきてもらったのだ。貴公から選びたまえ」
「いえいえ、先輩を差し置いて……」
「そうか……。ではクリームパンを貰ってもいいか?」
「ええ、大丈夫です」
彼は1年の三枝、技術部の後輩でもある彼は所謂オタクと呼ばれる部類の人種であり、マクスウェルの魔法について興味があるそうでこうやって色々と面倒を見てくれる。
三枝に限らず彼の級友や先輩も異世界出身の彼のことをいつもそれとなく心配して面倒を見てくれるために彼の生活の心配はない。無論、金銭的な面で負担を掛けているわけではない。そんな物は夏休みや冬休みなどの長期休暇の間に大企業相手に魔法を見せてやったり、錬金術でその辺の石ころを純金に変えて売れば何とでもなるのだ。
「そういえば今朝のコーヒーは我ながら良くできたのだが貴公も試してみるか?」
「マジっすか!? 先輩のコーヒーはメチャウマなんで楽しみっス!」
「そうか、そうか。いつも通りに水出しなんだが、いつもの物よりもコクがあるぞ」
「そりゃ、餡パンにも合いそうですね!」
「そうだな」
三枝を待たせて予備のマグカップにコーヒーを注いでやる。
「ミルクとガムシロもだったな……」
「ありがとうございます! それじゃ、後でコップを洗って持ってきますね」
「うむ」
三枝が帰ってからクリームパンの包みを開けてアイスコーヒーと一緒に頂く。
(うむ。やはりコレにはコク深いコーヒーの方が合うな……)
いつもの豆の水出しコーヒーではあっさりしすぎていて、ボッテリとしたカスタードクリームには負ける感じがあった。
だが今回の物は負けていない。となると逆にクリームとコーヒーのせめぎ合いにパン生地が蚊帳の外になっている感があるが。なら町のパン屋の値の張るクリームパンならどうだろう?
それに深煎りの豆の焙煎香に混じって仄かに香るチョコレートのような香り。その香りがホットではなくアイスのコーヒーでも楽しめるとは思わなかった。
「まだまだ奥が深いものだなぁ……」
今回はフレンチローストの豆を使ってみたが、エスプレッソ用の豆を使ってみたらどうなるものだろう?
「深煎り」に分類される豆の焙煎は今回マクスウェルが使ったフレンチローストの他にフルシティローストとイタリアンローストがある。焙煎の度合いでいくとフルシティ→フレンチ→イタリアンとなる。
彼がいつもコーヒー豆を買っているドリーズコーヒーにはイタリアンローストと銘打って売っている豆は無い。だがイタリア式の淹れ方であるエスプレッソ用の豆ならイタリアンローストの豆が入っているのではないか?
一事が万事。異世界の魔王、マクスウェルは急速にこちらの世界の文明に溶け込んでいた。
「昼飯でも食いに行くか……」
菓子パンとアイスコーヒーの朝食の後、彼は級友に誘われてフットサルで汗を流していた。大型連休ともなると寮に残っている生徒は少ない。
元々、全校生徒の内、寮に入っているのは3分の1ほどだ。そして寮に残っている者は部活の練習があるものがほとんどで、部活の練習があるのにフットサルで体力を使おうとする者は文化部の連中ぐらいだった。それならば体育用の魔封じの指輪をしていても彼の運動能力に敵う者はいなかったが、そもそも彼はボールを足で扱うサッカーやフットサルに慣れていないのだ。ゲームは自然と白熱したものになった。
熱いシャワーで汗を流し、冷水のシャワーで火照りを取る。着替えてから町に繰り出すべく寮を出た彼は5月の心地よいそよ風を感じて思わず笑みがこぼれる。
「さて、どうしたものかな?」
彼は技術部に所属しており、本来ならば今日も部活があったハズであった。現に今この時間も部員たちは資格取得試験や研究のために部室に籠っているハズだ。
だがゴールデンウィーク前半を休みなくハドーの対処のために東奔西走していた彼を哀れに思った部長が、彼に特別に休みをくれたのだった。
(それにしても石動殿があの無邪気な童のような笑顔で明智とかいう男の指示を伝えてくるのはズルい。断れないではないか! あの明智とかいう男、有能なのは間違いないが少々、いや大分、違うな……。うん、鬼のように苛烈な用兵をする男よ……)
徒歩で高校のある山を下りてバスに乗り、向かうは郊外の幹線道路脇のZIONショッピングモール。特に用事があるわけでもないが時間を潰すには向いた場所だった。それに昼食を何にするか決めかねていた彼にとっては御誂え向きの場所と言えよう。
1階西側レストランフロア、ラーメン、豚カツ、ステーキ、インドカレー、洋食etc……。様々な店舗が並んでいるがどれにも食指が動かない。そもそも、その店舗も空き席待ちの人が並んでいてすぐには入れそうにないのだ。
彼はこちらの世界に慣れたといっても、この「行列」とやらにだけは辟易していた。
それならばと3階のフードコートへ向かう。
だが様子はほとんど一緒であった。フードコートの各カウンターには列が出来ているし、空いている席すら見当たらない。
今、並んでいる者たちは席も空いていないのにどうやって食事をするのだろう? あ、複数名のグループなら誰かが席を確保して、誰かが注文に行けばいいのか! また一つ物を覚えたな! 予には何の役にも立たんがな!
思わず自嘲気味な笑みがこぼれる。
思えば朝は菓子パン1個、その後にフットサルで体を動かしてシャワーを浴びて、さらに冷房の効いたバスに揺られて彼の空腹は限界に近い。
空席さえあれば、この際、比較的に列の少ない讃岐うどんでも腹をごまかすものを……。その後で映画やショッピングなどで時間を潰して夕食を早めにガッツリ取ることを計画していた彼は丁度、空いたテーブルを発見する。だが……。
「勇者様、こっちのオムライスも美味しいですよ! ハイ、あ~ん!」
「勇者サマのパスタも美味しそう……、一口ちょうだい……」
「2人とも、周りの人の目もあるし……」
よりにもよって、空席の隣のテーブルでイチャイチャとしていたのは皮鎧を着込んだ褐色肌のダークエルフにローブを纏った魔導師、それにマクスウェルがこちらの世界に飛ばされる原因となった勇者イシガミタケルであった。
今更、敵対する理由も必要もないのだが、それでも流石に隣の席には座り辛い。
結局、マクスウェルは空席に座るのを諦めフードコートを後にすることにした。
ゴールデンウィークとはいえ夏休みや冬休みのような長期間の連休というわけでもないので油断していたマクスウェルであったが、逆にそれゆえ近場で楽しめるショッピングモールが混むことを失念していたことを後悔しトボトボとモールを後にする。
時刻は11時を過ぎたところだったが近場で食堂か何かを探すつもりであった。だが、そうなると市街地を離れて郊外まで出てきたことが災いする。辺りにあるのはパチンコ店に自動車ディーラー、中古車販売店などだけ。とても飲食店など見つけようもない。
ふと空を見上げるとボロボロのマントを羽織った死神のような者が上空を飛行している。もちろん、それは彼の友人である石動誠だった。だが今は友人を見かけたことよりも、その死神のような姿に自分の行動が上手くいかないことを暗示しているかのようにすら思えてくる。
(落ち着け……、予はただ腹が減っているだけなのだ……)
彼の空腹は限界に近かった。
魔王式水出しコーヒーの作り方!
タ〇ーズコーヒーの脇の方にある豆やら道具やら売ってるコーナー行くよ!
1000円くらいの水出し用のポットと1000円くらいのフレンチローストの豆を持ってレジに並ぶよ!
レジで「豆はコレ用に挽いてください」って頼めば水出し用に極細挽にしてくれるよ!
ポイントカードに買った豆と挽豆の細かさを記入してくれるから次回からラクチンだね!
お家に帰ってポッドを洗ってフィルターの中に豆を50g入れるよ!
作者は面倒だから電子計量計り使ってるけど、コーヒー計量用のスプーンは大体、1杯5gだよ!
でポッドに説明書の指定通りに水を入れるよ!
ダマになったのが浮かんできたら箸か何かで解してあげてね!
後は冷蔵庫で8時間!
時間が経ったら豆の入ったフィルターを取り出してね!
ちなみにタ〇ーズの豆は1袋200gだから、1回に50gを使う水出しコーヒーが4回作れるよ!
ちなみにアイスコーヒー用の豆も売っててそっちもオススメ!
ただ深煎りの豆じゃないと酸味が強く出ちゃうので気になる人はお店の人に聞いてみてね!
スーパーなんかで売ってる挽豆は大概が「中挽」「中細挽」「中荒挽」だから水出しには向かないよ!
でも水出し用の豆の入ったパックが売ってるからお手軽でいいね!
コスパを考えるならカ〇ディのアイスコーヒーブレンドを極細挽にしてもらうのもオススメだよ!
でも魔王様はカ〇ディは使わないよ!
何故ならば先にド〇ーズでポイントカードを作っちゃったからだよ!




