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「え~、では今日は2日なので出席番号2番、石動君!」
「はい」
「現在、我々が特怪事件と呼ぶ特異な事件が初めて起きたのは何年でしょうか?」
「えっと……。1971年でしたっけ?」
「惜しいですね。71年はマスクド・ホッパーが戦ったヘルタースケルターが現れた年ですね。え~と……、女子の2番は……、有川さん!」
「え~と……」
有川さんは現代社会の教科書をひっくり返してパラパラめくって答えを探すが見つからないようだった。
これは別に有川さんが授業を真面目に受けていないわけではない。もちろん僕もそう。
避難訓練のあった翌日。6時間目の現代社会の時間に担当の安井先生が「いい機会だから」と言い出して特怪事件関連の授業に差し替えたのだ。
そういうわけで教科書が何ページなのか説明もないまま授業が開始され、いきなり問題が出されたのだ。
なお、今回のハドーの総攻撃のように大きな特怪事件が起きるたびに日本全国の教師は「いい機会だから」といって授業内容を変更してヒーローや特怪事件について解説するらしい。それが担当の教師ならまだいいほうで、時には関係の無い科目の好事家の教師が独自研究を熱弁したりもする。
まだ中1だった頃の明智君が地底人に拉致されて地上人の代表としてデスゲームをやらされ、その模様が電波ジャックされてテレビ放送された後、僕の通っていた中学の国語担当の教師が「あのゲームの攻略法を考えた!」とか言って1時間を使ったこともあったっけ。
「それじゃあ、明智君!」
「はい。1950年にシルバースカルが撃破したジェネラル・ナゾンが異星人だったと言われていますが……」
「え? 本当に?」
「ええ」
「……ん~、ゴメン! ちょっと分かんないわ! どうなの、石動君?」
「え~と……。あ~、僕の電子頭脳のメモリーにはナゾンの勢力は『異星人系』として分類されていますね」
もっともナゾンが異星人の侵略者であるとはっきり分かったのは80年代以降にDNA鑑定技術が確立されて以降だ。それまでは眉唾物の与太話として扱われていたという。何せ彼らと戦ったシルバースカルすら一切が正体不明の都市伝説扱いなのだ。
「う~ん。まっ! 貴方たちが言うのなら正しいのでしょうね! 一応、私も後で調べてみるわ!」
軽いなぁ、安井先生。まあ頭ごなしに予定していた正解を押し付けてくるわけでもないのは好感が持てるかな。
「それでは次の問題! 特怪事件の定義とは? じゃあ……、石動君の隣、天童さん!」
「え、え~と……、怪人が起こして……、ヒーローが解決した事件?」
「それは不正確ですね。次は隣、森川さん!」
「はい。通常の警察の能力では対処できない侵略者が関係した事件です」
「はい! 正解!」
天童さんの回答が間違っていたのは、何も特怪事件はヒーローが解決しなくともいいという点だ。実際、幸運に恵まれながら警察が多数の犠牲者を出しつつ事件を解決したこともあるし、謙虚すぎる人が怪人を撲殺した後に「自分はヒーローではない」と言いはった事もある。
なお現在の日本の警察が主力戦闘戦車やら戦闘ヘリやらを装備しているのは「通常の警察の能力」ではないらしい。正確さよりも分かり易さを優先したような社会学者の本では「相次ぐ侵略者に政府がブチ切れた」などと解説しているのを読んだこともある。
さらに授業は進み、世界でも有数の侵略者の訪れる国ニッポンのブチ切れ具合が解説される。
・各種法制の規制の免除(例えば僕が空を飛んでも航空法の規制は適用されないし、銃刀法なんかもそうで、小学生の神田君が銃どころか大砲を装備しているスティンガータイタンを扱えるのもそのためだ)
・各種制度上の優遇(ヒーローの報奨金は非課税となっているし、医療費も無料。各種年金も活動年数によって特別加算されるそうな。改造人間も年金って貰えるのかな?)
・さらに僕のように洗脳されていた怪人が洗脳から抜け出した場合、洗脳されていた期間に起こした犯罪は罪に問われないし、洗脳されていなくとも改心しヒーローとして活動を始めた場合は最大限に「改悛の情」を考慮される。
・逆に侵略者として認定されてしまったら一切の人権を認められない。
・また侵略者の認定はヒーローとして認定を受けたものならば、その場で認定してその場で処置しても可。だが、これを悪用した場合は自分が侵略者と認定される場合もある(人権への侵略として)
「そんなわけで特にH市は普通の犯罪の発生割合については他の同等の人口規模の都市とほぼ同等ですが、凶悪犯罪、特に計画的で組織的なものについては極端に少なくなっています。何せ侵略者と勘違いでもされたら有無を言わさずいきなりアジトに巡行ミサイル撃ち込まれますからね!」
その分、H市は特怪事件は日本で一番、多いのだが。
「あ~、終わった終わった!」
今週の授業は2日だけだったが、ゴールデンウィークの中間という事もあり妙に疲れたような気がする。改造人間だって脳味噌が残っている以上は疲れるのだ! しかもゴールデンウィークの前半は結局、休めてないし。
「お、誠、ちょっといいか?」
SHRの後、明智君が僕の席まで来た。
「なあに?」
「明日の当直なんだけど、昼と夜とどっちがいい?」
「どっちもいけるけど?」
大変な時に寝てたという負い目もあるので大変な時はできるだけ協力してあげよう。
「ん? そ、そうか? それじゃあ、明日は災害対策室の庁舎に8時までに来てくれるか?」
「了か~い!」
「で、交通費も出るからタクシーの時は領収書を貰ってくれ。でないとバスの分の料金しか出ないぞ」
「ハハ! そこはシビアなんだ」
まあタクシー使わせて貰えるだけマシかな。
明智君も真愛さん、天童さんもゴールデンウィークの中日の学校は面倒だったらしく、同好会に行かずにとっとと帰る事にする。もっとも行っても三浦君と草加会長がビデオを見ながらあーだこーだ言ってるだけだし、会長の話では去年も人の集まりが良かったのは文化祭の前くらいなものらしい。
「それにしても生徒会長もデリカシーが無いと思わない?」
帰り道、昨日の避難訓練の話になると真愛さんがご立腹の様子で言った。
「誠君は去年の3月くらいまで洗脳されてたのに怪人役をやらせるだなんて、誠君も嫌なら断っていいのよ?」
あ~、なるほど! そういう考え方もあるのか。
「心配してくれてありがと! でも僕はあんまり気にならないかな? 洗脳してくれた腐れ外道にはキッチリ落とし前つけたし!」
「おっ! マコっちゃんも相変わらず言うねぇ~!」
「アハハ!」
「ま、それに特怪事件の避難訓練なんて初めてだから楽しかったよ! 避難中に特撮ヒーローソング流れる避難訓練なんて予想もしなかったし。それに僕が一緒に避難してたら何だかんだいってモヤモヤした気持ちになってたと思うし」
「そう?」
「なあ明智ん。余所だと避難訓練の時にヒーロー物のBGMとか流れないの?」
「そもそも特怪事件、災害を想定した避難訓練をやるのはH市くらいなものだな」
「へ~」
「こっちでも地震や火災の避難訓練の時は曲なんて流れないものね」
「それもそうか!」
なんでもH市においても9月1日の「防災の日」は普通の地震や火事を想定した避難訓練をやるそうな。
「それに誠君、ゴールデンウィークの前半も働いて、明日も仕事なんでしょ? 大変ね~!」
「まあ、それについては悪いとは思っているんだがなぁ……」
珍しく明智君の言葉の歯切れが悪くなる。
「大丈夫だよ! 僕はまだ戦えるのに自分の敵を倒して蹴りがついたからって引退なんて言ってるけどさ。困った時なら手を貸すよ」
「それならさ! パ~っと、どっかに遊びに行かないか?」
天童さんが僕たちに向けてウインクを飛ばしてくる。
「この分だと瓦礫の撤去とか今日、明日には終わってるだろうし、マコっちゃんが明日がバイトなら、土曜とかどうよ?」
「誠君は都合は?」
真愛さんが聞いてくるけど一人暮らしだし、都合なんていくらでもつけられるんだよなぁ。
「僕は全然、大丈夫だよ! 皆は?」
「私も大丈夫!」
「俺も行っていいのか?」
「あったりまえじゃん! デブゴンも誘ってみるわ!」
「うん。お願いね!」
なんだか遊ぶ予定が入ると急に張り合いが出てくるような気がするから不思議なものだね!




