表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第15話 嵐の後
60/545

15-4

 都立H第二高校の昼下がり。

 昼食後という時間もあるが、ゴールデンウィークの間にある平日の今日はいつもよりも更に気怠げだった。これが翌日であったなら、明日からゴールデンウィークの後半戦だとやる気も少しは出てきたのだろうが。


 そういう訳で異変にすぐに気付いた者はいなかった。

 午前中の内に自衛隊の撤収作業は終了し、校内には生徒と職員しかいない。

 何一つ変わらぬいつもの風景と言えるだろう。


 だがグラウンドの上空、校舎の3階ほどの高さに浮かぶ不気味な人影があった。

 病的に痩せた長身を包む甲冑のような黒い装甲。

 風の無いのに不自然に揺らめくボロボロの黒マント。

 フードを目深に被った顔には骸骨を模した仮面が嵌められている。

 左手には武骨な爪付き籠手を嵌め、命を刈り取る大鎌を持ち肩に掛けている。

 そして何故か右手にはマイクを持っていた。




『あ~、テス、テス! Piiii! Vooooooon!!』


 うわ! ハウリング五月蠅い!


 《誠ちゃん! 気にせず続けて!》


 耳元にガムテープで無理矢理に取り付けられたトランシーバーのイヤホンから乾会長からの指示が入る。


『あ~、この学校は僕たちが占拠した! 命が惜しければ無駄な抵抗はしないことだ』

『ギ~~~!』

『ギ~~~!』

『ギ~~~!』


 グラウンド上空から僕がマイクで校内放送を入れると、台本通りに戦闘員役の生徒会メンバーが合いの手を入れてくる。

 もちろん生徒会メンバーは空を飛べないので屋上に設置したマイクからだ。


 1時間目の自習時間に教室にきた生徒会長によって有無を言わさず避難訓練に協力させられた僕は怪人役をやらされている。

 まあ、僕は怪人役をやらせたら日本でも屈指のものなんじゃないかな? なにせ去年の3月ぐらいまでマジモンの怪人だったし。


 何故、怪人役が必要なのかというと生徒会長の話ではリアリティの追求と実際の状況を追求するためだそうな。

 当たり前といえば当たり前の話だが、状況の想定というのは大事な事だ。例えば火災を想定した避難訓練があったとしよう。想定の発火場所は1階南側の調理実習室。その場合、南側の非常口を使用するだろうか? 恐らくは南側を避けて北側の非常口を使って避難するだろう。あるいは地震を想定した避難訓練ならば地震発生当初は机の下に一時的に隠れて落下物や飛散物を警戒し、それから屋外に避難するだろう。


 では今回の特怪災害を想定した避難訓練ではどのように動くべきかというと、文科省、防衛省、消防庁のマニュアルによると。


 1.怪人を屋外に視認→怪人を刺激しないように窓から離れて廊下側で姿勢を低くしましょう。

 2.何らかの手段で所在が不明の敵を確認→いたずらに敵を刺激しないように指示があるまではその場で大人しくしてましょう。

 3.職員等は生徒の所在の把握し、行方不明者等を確認した場合は可及的速やかに情報の共有に努めましょう。


 となっている。

 マニュアルは様々な状況を想定した分厚い物だが、一度に全部をやることはできないので今回はこの3点を想定した訓練をやるらしい。


 つまり僕がグラウンド上空に飛んでいることで1番の状況を、生徒会メンバーが姿を見せずに校内放送で声だけ聞かせることで2番の状況を作り出したということだ。

 さらに3番の状況のために昼休みの内に各学年から一人ずつ拉致して屋上に来てもらっている。


 《誠ちゃん! そろそろ次のフェイズに移りましょう》


 このまま学校を占拠して立て籠もってもキリが無いので状況を動かす事にする。

 え~と、台本は確か……。


『この学校の生徒の諸君を人質にして僕たちは……『待てぇい!!』


 僕のセリフを遮る野太い声。それは予定通りなんだけど、ちょっと入りが遅いよ佐藤先生!

 そう侵略者によってもたらされた状況を動かすのはいつだってヒーローだ。そういう訳で体育担当の佐藤先生が昭和時代の伝説的(レジェンド)ヒーロー、マスクド・ホッパーのお面を被ってヒーローに扮しているのだ。ただ、お面を被っているだけで、下はネズミ色のスラックスに上は赤いジャージで手には竹刀と典型的な体育教師なのはアレだが。

 まあ生徒会メンバーも学校指定ジャージに節分の豆のオマケに付いてくる鬼のお面という恰好なのだけど。


『やはり現れたか! マスクド・ホッパー!』

『お前の思い通りにはさせないぞ! デスサイズ!』

『フフフ! 今日こそ君に引導を渡してあげるよ……』

『ギ~~~!』

『ギ~~~!』

『ギ~~~!』


 大鎌を振り回して屋上の上に向けてから、台本通りに生徒会メンバーと佐藤先生の待つ屋上へと飛んで行く。


「お疲れ~!」

「あっ、お疲れ様で~す!」

「流石だな~、石動~!」

「佐藤先生もノリノリじゃないですか~!」


 駆けつけたマスクド・ホッパーが(デスサイズ)と屋上で戦闘を開始したという状況に移ったので、今頃は階下の皆は屋外への避難を開始しているのだろう。

 生徒たちと避難誘導担当の教職員たちは部室棟や立ち木、民家などの遮蔽物を使いながら校外へ避難していく。手空きの教職員はこの後の総評のために朝礼台やマイクの準備をしているが、僕たちは避難が完了して生徒たちがグラウンドに戻ってくるまでは暇なので口々にお互いを労っている。


 高校生ともなると避難訓練の時に一々、騒ぐ人もいないが、それでも全校生徒の移動ともなると物音が階下から響いてくる。

 ん?

 あれ?

 何だか音楽が鳴っている。それも他でもない校内放送で。


「この音楽ってなんですか?」


 僕の言葉に生徒会長を始めとする生徒会メンバー、佐藤先生、人質役として拉致されてきた生徒も皆、怪訝な顔をする。あれ? 僕、何か変な事を言った?


「何ってねぇ……」

「何ってマスクド・ホッパーの特撮ドラマ版の主題歌だけど、石動は知らないか?」

「ああ! どうりで聞き覚えがあると思った! ……って、何で避難訓練の時に特撮ヒーローソングを流してるんですか!」


 だが皆、僕が的外れな事を言い出したような目で見てくる。


「何でって……、当たり前の事じゃないの?」

「ですよねぇ……」

「ああ、誠ちゃんはこっちに越してきたばかりだからかな? いや、避難訓練の時にいつも曲を流しているわけじゃあないのよ?」

「そうですね。ヒーローソングを流すのは特怪事件の避難訓練の時だけですね」


 それで皆、納得してるみたいだけど、それはそれで可笑しな話だと思うよ。


「まあ石動もハドーの総攻撃の時に戦っていたのなら分かるだろうけど、避難しなきゃいけない時に静かな方が少ないと思うぞ!」

「まあ、それは確かに……」


 確かに爆発音や銃声、自動車の防犯ブザーなどがひっきりなしに音を立ててる状況の方が多いのかもしれない。


「それに曲とか流れてた方が気分が出るだろ!」


 うん。それが本音だろうね。


「おっ! そろそろ皆、校庭に戻ってきたみたいだぞ!」

「よし! じゃあ誠ちゃん、佐藤先生、よろしくお願いしますね!」

「ねえ……、本当にアレをやるの?」


 アレというのは生徒会長が提案してきた今回の避難訓練の締めだ。それを総評の前にやるのだという。


「当たり前じゃない。誠ちゃん、私ねぇ。特怪事件の避難訓練の時にいつも思ってたの。怪人が攻めて来ました、注意を引かないように隠れましょう。ヒーローが来ました、静かにしながら避難しましょう。って起承転結の結を欠いた状態だと思わない?」

「避難が『結』じゃ納得できないと?」

「そう! そこよ!」


 ……まあ、分からなくはないかな? 特にH市民は子供の頃から毎年毎年、避難訓練をやってきているのだ。一度、気になってしまえば避難訓練の度にその事を思い出す事になるのだろう。


「……おっと、アレが最後のクラスみたいだね」

「そうね。打合せ通りにあのクラスが整列が終わる寸前でスタートよ!」


 生徒会長がマイクをポンポンと軽く叩いて、校庭用のスピーカーがONになっていることを確認してタイミングを計る。


「よし、準備、準備っと。皆、僕の背後には近づかないでね!」

「了解!」

「石動、いいか?」

「はい!」


 佐藤先生がジャージの下に装着してるハーネスを掴む。右手だけで十分に佐藤先生の体重を支えることは可能だが、佐藤先生も両手で僕のマントや腕を掴む。これで周りからはもみ合っているように見えるハズだ。

 その状態で横から生徒会の副会長がマイクは差し出してくる。


 乾会長がハンドサインで秒読みを開始する。

 5、

 4、

 3、

 2、

 1、

 スタート!


『ホッパァァァァァ!!!!』

『デスサイズ!!!!』


 副会長が急いで僕たちから離れた所で飛行開始! 屋上から飛びあがり、揉み合っているように8の字を描くように飛びながら、ゆっくりと降下。

 予定通りに整列している全校生徒の前で着地。

 僕が佐藤先生のハーネスから手を離すと、先生は派手に転げ回っていく。


『ここで御終いだ! マスクド・ホッパァァァ!』


 勝手に転げ回ったのに怪我をしたかのように腕を押さえて片膝をつく佐藤先生(マスクド・ホッパー)


『みんな~、たいへ~ん! マスクド・ホッパーのだいピンチよ~! みんなのせいえんでホッパーをおうえんしよ~! がんばれ~! ホッパー! みんなも! せ~の!』

「………………」

『あれれ~! みんな、はずかしがってるのかな~? みんなもこえをだしてホッパーをおうえんしようよ~! それじゃあ、もう1っかい! せ~の! がんばれ~! ホッパー!』


「「「頑張れ~!! 佐藤先生ぇぇぇ~!!!!」」」


 全校生徒が声を出してくれたけど、うん、分かってた。だって皆、高校生だもの。小学生じゃないんだもの。いや、神田君や亮太君なんかを思い出すと小学生でもノってくれるか分かったもんじゃないんだけど……。

 ともかく、こんなんでこれ以上、引っ張るわけにもいかないので後は佐藤先生のアドリブに期待しよう。


「マスクド・ホッパーだっつってんだろ!!」


 どうやら佐藤先生は勢いで全てを乗り切ることにしたらしい。

 猛然と立ち上がって僕に向かってダッシュ! 僕も腕を広げて狙いが付けやすいようにする。


「うおおおおお! ホッパー! キィィィック!」


 綺麗な形の空手スタイルの飛び蹴りが僕の腹部に決まる。佐藤先生の足、大丈夫かな?


「ぐわぁぁぁぁぁ!」


 え~と……、デスサイズマント、リアクティブアーマーモード起動、欺瞞用自動爆破用意!

 思い切り改造人間の脚力を使って吹き飛び、グラウンドの真ん中あたり、生徒たちの集団から100メートルくらい離れた所で自動爆破オン!


 DoGoooN!


 ふぅ~! 上手くいった!

 全校生徒から歓声が上がっている。手間を掛けた甲斐があったというものだ。

 ん?


『それでは今回の避難訓練の総評を行いたいと思います……』


 あれ?

 僕、いつまでこうやって倒れたままでいればいいんだろ? 打合せはここまでで後はどうすればいいのか聞いてなかったな。どうしよ? 


以上で15話は終了です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ