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いつもと変わらぬ通学路というのは少し、僕の思い過しだったようだ。
無論、ライフラインはほぼ復旧しているし、戦火の喧騒ももう聞こえる事はない。
だが、街中の至るところに倒壊した家屋や潰れた自動車、あるいはハドーの戦闘ロボットや揚陸艇の残骸が未だ積み上げられ場所があったのだ。
そして何より戦車!
学校のすぐ手前の交差点のコンビニの前に擱座した戦車が残っていた。
う~ん。さすがに戦車は存在感が凄い!
その戦車は「16式戦車」という我が国において最新鋭の戦車であり、他の国の戦車とは一線を画す特徴を持っている。
白と黒の2色の塗装で、赤い回転警告灯が付いていると言えば予想は付くだろうか?
そう。16式戦車は防衛省の10式戦車と対をなす、「警察庁の主力戦闘戦車」なのだ。
その特徴は特怪災害の多発する我が国において市民を守るために市街戦に特化した設計であり、俗に3.5世代戦車と呼ばれる能力を、諸外国のMBTよりも小型である10式戦車よりも更に小型のサイズに収めた事にある。
もちろん、そのしわ寄せは性能の至る所に出てはいる。だが湿地や砂漠を行軍するわけではないのでエンジンの出力は控えめでも構わないし、長距離の進軍を行うわけでもないので航続距離も短くて構わない。
だが装甲自体は守るべき市民のすぐ近くで爆発反応装甲を使うわけにはいかないので強力な複合装甲が与えられているし、火力も西側標準の120ミリ砲の他、主砲同軸の20ミリ機関砲、砲塔上部の12.7ミリ機銃と非常に強力だ。
そういった割り切った設計が功を奏して警察庁の戦車隊員からも好評だという。
その16式戦車が擱座している光景は、僕にこの戦車の激戦を予想させるものであった。
だが、よくよく見てみると多数の被弾痕のどれもが貫通には至っていない。どうやら履帯が切れたことによって行動不能に陥ったものらしい。
しかも戦車の周囲には大小の空薬莢やら装弾筒が転がっている。という事は移動不能になってからもこの場で戦い続けたという事だろうか? H市の警察官、覚悟キまりすぎでしょ!
ん?
装弾筒が転がってるって事は装弾筒付翼安定徹甲弾を使ったって事?
「…………」
通学路で対戦車兵器とか……。
「ん? どうしたの? 誠君?」
戦車を見ながら立ち止まった僕に真愛さんが声を掛ける。
「いやあ、この辺も激戦だったみたいだなあ、って……」
「そうだな。この国道の先の橋は戦車の重量にも耐えられる丈夫な物だからな。一応、重要軍事目標って事になるのかな」
そう教えてくれるのは明智君。
「この戦車は……。うん、間違いないな。北条警部補の車だな!」
「あら? ホントだわぁ!」
「よ、よく分かるね」
明智君どころか真愛さんまで。
「ほら、側面に三つ鱗のマーキングがあるだろ?」
「へ~!」
確かに車体左側面に三角形を3つ組み合わせたマークがある。
「北条さんも戦車、乗り換えたのね~」
感心したように真愛さんも戦車を眺め始める。先ほどまでは興味なさそうにしてたんだけどな。
「あっ、誠君は知らないわよね! 北条さんってのは警視庁の戦車隊員で俗にいう『エース戦車兵』って感じの人なんだけど。昔は自衛隊のお下がりの74式に乗ってたのよ!」
「そうなんだぁ!」
「私もよくアシストしてもらったわ! 懐かしいわねぇ~!」
うん。何て言うか……。真愛さんと共に戦ってたエース戦車兵が凄いのか。旧式とはいえMBTをアシスト役にしちゃう真愛さんが凄いのかよく分かんないや。
どうやら通学路周辺の被害は件の国道交差点に集中していたようで、学校近くになると被害は見られなくなってきた。明智君の言うように国道が交通の要衝として重要軍事目標として敵味方双方から扱われていたという事だろうか?
そして学校について校門に入るとグラウンドや体育館の周辺に自衛隊の人たちが撤収の作業に追われている所だった。
テントを解したり、体育館から軽量仮設ベッドを運び出して大型トラックに積み込んだり。
なにより目を引くのがグラウンドの中央に据え付けられたVADSだ。
VADSは自衛隊の保有する牽引式の対空機関砲で、「ヴァルカン砲」として知られる6砲身ガトリング式機関砲を主軸とした対空システムだ。
なんでも、その昔に航空自衛隊が使ってたF-104という戦闘機が退役する時に、その搭載機関砲を無駄にしないように採用したリサイクル兵器だとか。
うん。分かるよ?
分かる。
ハドーの怪人は20ミリ機関砲を受け付けないといっても、戦闘ロボットや空戦ロボットには十分に有効な兵器であることは。
でも高校のグラウンドにあっていい物じゃないでしょ!?
改めてH市の本気っぷりをまざまざと見せつけられた気分だ。
去年、ヤクザガールズの先代組長である米内さんからARCANAの連中をツブしたらH市に引っ越してくることを勧められたが、その気持ちも分かる気がする。
思えば僕がH市に引っ越してきてから1ヵ月弱、日本で一番の特怪災害の多発地帯だというのに今まで僕が戦ったのは3回だけ。
3回目のハドー総攻撃の時は市内全域が範囲の非常事態だからともかく、1回目は近所の商店街、2回目は僕の友達が襲われている時と自分のために戦っているようなものだ。
……まあ、登校初日にジャスティスマンティスさんが戦っているのを素通りしてきたのは置いておいて。
それ以外の事件の時は僕以外のヒーローや、警察や自衛隊の人が頑張っていたのだ。つくづく僕にとっては住みやすい街だと思う。
体育館もグラウンドも使えないので今日と明日の授業は予定を変更して行われることが朝のSHRで伝えられ、その後の1時間目は校内放送での全校集会になった。
まず今回の事件における犠牲者の方々に黙祷が捧げられ、伝達事項としてハドーの残党や危険物への注意喚起が行われた。
また特怪事件の被害にあった家庭への奨学金などの救済制度の説明も合わせて行われる。
地球外からもたらされた物質や異星人や異次元人の死体などは引く手数多で高額で取り引きされている。その売り上げ金の一部が救済制度の資金源だ。
もちろんヒーローたちへの報奨金の財源もここからだ。
先程の16式戦車の装甲にも異星からの物質が使われているというし、地球外侵略者の死体からもたらされる微生物なども医学や薬学などのバイオテクノロジーの発展に多いに寄与しているらしい。
侵略者は我々の文明を脅かす者であると同時に、技術の革新をもたらすブレイクスルー的な存在であるというが逞しいというか、何ともはや。
それから今日、避難訓練が行われるらしい。
それも地震やそれに伴う津波や、火災に備えてのものではなく特怪事件に備えての。
前に住んでいたM市ではそんなものは無かったので、僕は今回が初めてとなる。だが、H市民にとってはよくある事らしく、クラスメイトの皆は面倒臭そうにしている。
「なあなあ。マコっちゃん!」
全校集会後に時間が余ったので自習時間となったが、担任の安井先生が教室を出ていくと早速、隣の天童さんが話しかけてきた。
「なあに?」
「なあ、マコっちゃん! 今日さぁ、避難訓練らしいけどさ。マコっちゃんもやるの?」
ん? 当たり前じゃ……
………………
…………
……
ん?
あれ?
僕、怪人が事件を起こしてる時に避難するの?
「み、三浦君! 現役時代の真愛さんはどうしてたの!?」
自習時間とはいえ授業中だ。席を立つわけにもいかず、かといって真愛さんの席まで届くような声を出すのも憚られるので後ろの席の三浦君に小声で話しかける。
「ん~と、確か~」
真愛さんが現役だったのは小学生の頃だ。三浦君は記憶を辿り当時を思い出す。
「あ、そうだったで御座る。確か羽沢氏は風邪引いて学校を休んだ設定でやってたで御座るな! 本人も避難訓練に参加してたで御座るよ!」
なるほど、そりゃそうか。
「何でも、避難している人はどうやって避難しているか分かった方が羽沢氏のためにもなるそうな」
ふむ。なるほどなるほど!
と、その時。
バァン!!
「誠ちゃん! いる~!」
自習時間だというのに急に大きな音を立てて教室のドアを開け放ったのは生徒会長だ。
「せ、生徒会長!? ど、どうしたんですか?」
三浦君や廊下側の席の明智君はやれやれといった顔をしているし、真愛さんは困ったような顔をしている。反対に天童さんは面白そうな事が起こるのではないかとワクテカ顔だ。
他の生徒会長を良く知らないクラスメイトたちも何やらヒソヒソと話をしている。
「誠ちゃ~ん! お願いがあるのよぉ……」
「ハ、ハイ! 何でしょうか!?」
悪い人じゃない事は分かっているのに生徒会長の勢いに負けて僕はタジタジだ。
「今日、特怪事件対策の避難訓練をやるのは聞いていたわよね?」
「え、ええ」
「でもH市民の皆は幼稚園、保育園の頃からそういう避難訓練をやってるせいで緊張感がないのよ……」
「はあ」
そういうものだろうか? そういうものなんだろうな。僕が知ってる地震や火災を想定した避難訓練だって本物の災害の時には命に係わるのに緊張感なんてあった試しがない。
「というわけで、生徒会長として生徒の皆には避難訓練を真面目に取り組んで欲しいわけよ」
「ですよねぇ」
生徒会長の職務には真面目にやってるようで何よりだ。だけど何で僕の所に来たのさ。それも自習時間に。
「というわけで、誠ちゃんには避難訓練の時にリアリティを出すために怪人役をやってほしいのよ!」
「は?」
今更言うのも変な話ですが、つい最近になって気付いたので。
本作の舞台はH市となっていますが、「H」はヒーローのHです。
つい八王子市の事を忘れておりました。
八王子は関係ありません。




