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ハドー地球攻撃船団副船長、Dr.ウォルター・クラウザーは残忍な男である。
資源の乏しいハドー本国においては地球のような大質量の兵器を作る余裕が無く。基本戦術としてなけなしの資源で作った船に乗せた合成人間を敵地に乗り込ませての略奪を採用している。
そういう海賊戦術を取るためハドーの兵員たちは残酷な作戦を物ともしない者たちが多い。
だがそれを差し引いても、獲物を捕らえたら止めを刺すこともなく食べ始めるカマドウマの習性と、人間の悪逆さを煮詰めたような性格を持つDr.ウォルター・クラウザーは残忍な男なのだ。
彼は常に慇懃無礼な態度を取ってはいるが、必要が無くとも女性や子供などをいたぶる趣味を持ち、弱者の怯える姿や、あるいは逆に必要以上に勇気を振り絞って抗う姿に興奮するのだ。
故に彼は苛立っていた。
目の前の山本翼に。
彼の高貫通力型の火球弾は山本の障壁魔法を貫通してダメージを与えていた。それも右足だ。もうすばしっこく避けて動くこともできないハズだ。
ハドーの分析では山本組長の警戒すべき点として統率力を上げていたし、彼女の異名である「ブラディ・フェイス」は彼女が接近戦を好むことを物語っていた。
だが彼女は今、1人。そして足を封じられ、接近戦に持ち込むことなどできようもない。さらに彼女はすでに拳銃を捨てているのだ。
だが彼女は笑っていた。
痛撃を加えて勝利を確信した彼が山本の顔を見ると、彼女は笑っていたのだ。
その笑みはトンボの羽を毟って地面でのたうつ様を喜ぶ子供のようなイノセンスな邪悪さに満ち溢れ、とても敗北が決まった者のものとは思えない。
仲間を先に行かせた事で自分の役目を果たした。という意味には思えなかったし、かといって気が狂ったのかとも思えない。ヤクザとはそもそも狂っているだ。
「……何のつもりですかねぇ!」
山本の笑みを引き剥がすべく、怪人は再度、火球を出現させる。山本のような幼さの残る少女は自分の前で怯えるべきなのだ。という自尊心が彼にはあった。
「ほらっ!」
火球を山本に向かわせようとする。
だがその時、自身のような揺れと爆音が2人のいる3階にもとどいた。マクスウェルの「デイジーカッター」の余波である。
「ぬおっ!」
「ひゃっ!」
山本はその場で着いて尻餅を着いてしまうが、怪人も倒れるまではいかないが姿勢が多いにブレてしまう。
そして火球はあらぬ所に次々と着弾してしまう。天井や階段、山本よりも怪人近くに着弾したものもある。
「……どうやら、火球の制御は手ぶりでやってるみたいね!」
山本が負傷した右足を庇いながらもなんとか立ち上がる。その顔に張り付いた満面の笑みがさらに怪人を苛立たせる。
「だからどうだと言うのです?」
山本の予想は当たっていたが正確ではない。正しくは手ぶりと脳波だ。手ぶりで火球の操作をして、脳波でON/OFF、GO/STOPを制御している。だが一々それを教えてやる義理は無い。むしろ自身の能力を完全に把握されたわけではないことに怪人は気を良くした。
「例え私の能力が分かった所で貴女には何もできないでしょう!? 人の後ろを付いて歩くしか能が無い貴女には!」
「そうだね!」
「何!?」
侮蔑の言葉を投げつける怪人に、山本は明るく返す。
「何か一つでも能があって良かったよ。何一つ能が無いなんて言われるよりはずっとマシ!」
「ポジティブシンキングが過ぎますよ! 貴女! 変なセミナーにでも引っかかってませんか?」
「そうかな?」
そこで怪人は気付く、山本の笑みは勝利を確信したものであると。
「ねぇ? 貴方は知ってるんでしょ? 私たちヤクザガールズは一人で戦い抜く能力を持たないから連携戦術を重視してるって。そして各自、何か一つの得意な能力を磨き上げて『特化能力』と呼んでいるってこと。
で、人の後ろに付いて歩くしか能が無い私の特化能力って何だと思う?」
山本の足元に紫色の魔力が広がっていく。魔力を持たざるハドー怪人でも目視できるほど強力に具現化された魔力だ。
魔力は広がり幾何学的な魔法陣を作り上げていく。幾つもの模様が組み合わさった立体的な魔法陣だ。見る者が見れば、ここまで複雑な魔法陣はこれから彼女が起こす出来事の不条理さに気付いただろう。
マクスウェルがこちらの世界の兵器技術で強力な魔法をつくりあげたのとは対照的に、山本は魔法をこちらの世界の技術では有りえない事象を起こすための物だと考えていた。
「お願い! 梓ちゃ~ん!」
山本の発声と共に魔法陣を形作る光は輝きを増し、やがて現れたのは……。
「し、シューティングスター!?」
そう、そこに現れたのは異星人や異次元人などの間でコードネーム「シューティングスター」と呼ばれる魔法少女、栗田梓だった。
いつもは髪を後ろに流しシニヨンで纏めている栗田であったが、その髪は乱れ、疲れ果てた顔を隠そうともしない。口には割り箸を咥え、両手に大事そうに白く四角い容器を持ってパイプ椅子に腰かけている。
「……ん? え、アレ!?」
召喚されたことに気付いたのか。栗田が声を上げる。
「梓ちゃ~ん! 助けて~!!」
「えっ? 山本さん……。あっ、いつも言ってるじゃない! 呼び出す時には事前に連絡ちょうだいって……」
「いやぁ~、帽子拾う余裕が無くて……」
「ああ」
確かに山本の三角帽子は怪人のすぐそばに転がっている。通信が出来なかったのも無理はない。
「……これは驚きました!」
怪人が嘲るように声を上げる。
「まさか貴女の特化能力が召喚能力だとは! いえ、それよりもまさか呼び出したのがシューティングスターだなんて! 確かに先ほど『シューティングスター』なら私もうかうかしていられないと言いましたがね! まさか馬鹿正直に彼女を呼び出すだなんて!
この屋内でどうやって彼女の持ち味の飛行能力を活かすというんです! そもそも彼女は箒を持ってきてないじゃないですか!」
「そうねぇ。おやつ食べるつもりだったからねぇ。箒は持ってきてないわねぇ……」
「梓ちゃん! カップヤキソバを『おやつ』だなんて女子力、低いゾ!」
「朝から何も食べてないのよ……。明智さんが指揮を執るようになって、交代で休憩も取れるようになって、駆けつけてくれた羽沢さんから魔力を分けてもらって、やっと人心地ついたところで軽く食べようって所だったのに……」
「ハハハ! ご、ゴメン……」
自分の指揮能力の無さを暗に責められているような気がして山本は謝る。
「いえ、いいわ。貴女の指揮も中々のものだったと思うわよ?」
「うふふ、アリガト!」
現在の組の立場は山本の方が上とはいえ、山本にとって栗田は今も憧れの存在だった。その彼女から褒められて山本は素直に喜ぶ。
「私を無視しないでもらえますかねぇ!」
怪人の3つの火球が山本と栗田を襲う。
が、栗田は椅子に座ったまま、片手を向けて障壁魔法を張り全ての火球を防いでしまう。
これは怪人の予想通りだった。何もこの火球で2人を倒そうと思ったわけではない。自分が無視されたようで苛立っただけだ。
本命は高速回転させ貫通力を増した火槍弾だ。
「これならどうです!?」
火槍弾を発射。全て直撃コースだ。
「……!」
怪人は驚愕する。必殺の3本の火槍弾。その全てが栗田の障壁魔法に阻まれてしまったのだ。山本にも栗田にも微塵の被害も与えてはいない。
おかしい。
絶対におかしい。
山本も先ほど言っていたではないか! 現在の魔法少女、ヤクザガールズは何か一つの特化能力を持つと。そして栗田の特化能力は飛行能力のハズだ。
そして事前の研究で自身の高貫通力型の火槍弾はヤクザガールズの魔法障壁をものともしないハズではなかったか?
そこで怪人は山本がこの場で栗田を召喚した意味について気付く。
「……まさか!? いや、そんな……」
「そのまさかじゃないかしら? 別に私、『飛行能力が特化能力です』なんて言った事なんて一度も無いけど?」
「……つまり!」
「そ! 私の特化能力は『障壁魔法』。ただ私は臆病で障壁魔法があっても敵の攻撃なんて食らいたくないから避けまくってたら『流星』だの『シューティングスター』なんて言われるようになっただけで」
そこで怪人は自身が怯えていることに気付く。強固な甲殻を持たないソフトインセクトの因子に精神が引き摺られているのだ。彼は自分が有利ならば強くでて、不利になればとことん弱くなる。
なんとか彼は反撃の糸口を見つけようとするも……。
「それでは貴女の飛行能力が説明がつきません!」
「そうかしら? 別に私の飛行能力は並み程度よ? ただ障壁魔法があるからブレーキ掛けずに加速し続けるだけで」
「そんな馬鹿な!」
「そうじゃなきゃ、どうやって音速を超えた時のソニックブームに耐えるっていうのよ? そんな事よりいいの、貴方?」
「は?」
「貴方の負けが決まったけど?」
「何を馬鹿な……、……!」
体が動かない。
両腕に両足、背中の翅も頭部も動かない。何か硬い物の中にすっぽり嵌ってしまったような感覚すら覚える。ただ声は出せる。その程度のものだ。
「貴方の全身を私の障壁魔法で覆ったわ。これでもう身動き一つ取れないハズよ」
栗田の言葉を合図に山本が前に出る。ズルズルと焼けただれた右足を引きずって少しずつ。一歩ずつ。
「後は任せて!」
そういって例の笑顔を怪人に向ける。
「貫通、貫通、貫通……」
まるで子供が歌うような声で掛け続ける強化魔法。
「ひっ! くっ、来るな! 来るなァァァ!」
怪人は絶叫を上げていた。
ゆっくりと来るのが怖い。
バフが掛けられる度に短刀が輝くのが怖い。
何よりアレが笑っているのが怖い。
死が少女の姿をして近寄ってくるのが恐ろしいのだ。
やがて十分に近寄った山本は怪人の腹部にドスを突き立てる。
十分に強化魔法の掛けられたドスは怪人の甲殻を物ともせずに豆腐のように突き刺さる。
刃を上にして上向きに。すぐに刃先は怪人の心臓へ。
「ごふっ!!」
山本が手首を捻ると怪人の口から鮮血が溢れ出す。それから怪人が絶命するまで長い時間はかからなかった。
「ねえ、山本さん?」
栗田が窓からカップヤキソバの湯を捨てる。
「なあに?」
「貴女の能力でソースとか召喚できないかしら?」
「持ってきてないの?」
「ええ」
「召喚できないよ。ゴメンね!」
どうやら栗田が食事にありつくのはもうしばらく先の事になりそうだ。




