14-2
ハドー怪人軍団を相手に孤軍奮戦するマクスウェル。
その彼の頼りにしている自律砲台型魔法陣が突如、怪人に引き裂かれる。
仲間の頭や肩の上を駆けて一気にエスカレーターを上がり、魔法弾を吐き出し続ける魔法陣をその手の爪で切り裂いたのは鬣の雄々しい獅子型怪人。
マクスウェルも獅子型怪人に剣で突きを見舞うが、分厚い毛皮に阻まれ貫くことができない。辛くも怪人に前蹴りを入れたその反動で逃れるが、少し遅ければ彼も鋭い獅子の爪の餌食になっていたであろう。
「そろそろ年貢の納め時だなあ! 魔王さんよ!」
獅子怪人の大きな顎から涎が垂れる。マクスウェルの鮮血で喉を潤すことを想像しているのだろう。
「黙れ! 予は租税を納められる側である!」
とはいえマクスウェルにはなす術がない。獅子型に破壊された魔法陣はエスカレーター降り口の2つ。残る魔法陣は6つ。たった一瞬で4分の1が破壊されたことになる。そして、今また一つの魔法陣を破壊する獅子型。その目には嘲るような笑みが浮かんでいた。
「無様なものだな!?」
獅子怪人が吼えるが、マクスウェルに相手をしている余裕は無い。
続々と2階へ上がってくる異形の怪人たちへ、剣で宙に描いた五芒星で呼び出した爆炎をお見舞いする。火達磨になった怪人が落ちていく。
「大体、こんな世界、お前さんが守る意味なんてあるのかい!?」
消し炭になった同輩を気にせずに一人、気を吐く獅子型怪人。
「お前さんがいた世界のように魔法があるわけでもなく、俺達の世界のように優れた科学力のあるわけでもない遅れた世界に命を賭ける意味なんてあるのかい!?」
「……!」
それでも、この世界には友がいる。とでも言い返してやろうかと思ったマクスウェルの脳内に不意にある事が浮かぶ。
獅子怪人のいう科学力。
マクスウェルにはハドーの本国の科学力などは分からない。分かるのはこの世界の科学だ。
そして自分が使える魔法。
彼は「科学」と「魔法」を組み合わせる事でこの場の怪人を一掃する手段を思いついていた。それも禁呪のように建物の構造に深刻な被害を与えることがない方法だ。
「猫よ。貴公は少し喋りすぎだ。」
「何!」
「こちらの世界の名将の言葉に『祈ってないで、戦ってください』というのがあるがな、過ぎたるは及ばざるがごとし。予は貴公に『勝ち誇ってないで、戦ってください』と言わねばならんな!」
刺突剣を床に突き立て、マクスウェルは両手を自由にする。
魔法陣は作らない。
これからやることは秩序と理論によって系統化された術式ではない。マクスウェルが元いた世界の人はおろか神々ですら思いもよらぬ事だ。ゆえに魔法陣などは存在しないのだ。
こちらの世界の兵器を魔力で再現する。その単純ながらも難しい理論を魔法陣の介添え無しでマクスウェルは自身の能力のみで魔力操作しなければならない。
脳内に電流を流されるような地獄を味わいながらもマクスウェルの両手の間に産み出されたのは球体。バスケットボール大の球体の中にピンポン球のような球体の入った構造だ。
「ハッ!!」
眼前の獅子型怪人を無視して怪人軍団の中央上空に魔力球体を放り投げる。
「第一爆破!」
マクスウェルの発声ともに球体を覆っていた外側、バスケットボール大の球体が弾ける。
球体の中に入っていたのは魔力。それも物質化系統の魔法で液体状の魔力が高圧で充填されていたのだ。
充填されていた液体化魔力は自らを封じていた球体が無くなったことで急激に相転移を始める。液体の水が気体の水蒸気に変わるように、液体化魔力は気体化魔力へと変わり、猛スピードで散っていく。その速度、秒速2000メートル以上!
ハドー怪人には知覚できなかったがヤクザガールズの面々や、あるいは羽沢真愛ならば感じ取ることができただろう。周囲一面に魔力が満ち満ちていたことが。
「食らえ! 魔力気化爆弾だ!!」
マクスウェルの右手を上げて死刑の執行を宣言する。
たちまち巻き起こる爆発。ただの爆発ではない。自由空間蒸気雲爆発だ。
二重の球体の内側にあったピンポン球サイズの球体は爆破術式だった。その小さな初歩的な術式が爆破すると共に、先に散って辺り一面に立ち込めていた魔力を巻き込んで連鎖反応的に爆発していったのだ。それも周囲の空気中の酸素を使って次から次へと。
幾度も全方位より襲いくる爆風、熱風。
砕けて舞うガラス片。
急激な気圧変化による突風。
突如として地上に現れた地獄が過ぎ去った後、そこに残っていたのもまた地獄であった。
マクスウェル自身は周囲全周に障壁魔法を展開していたために被害は無い。
すでに破れた窓ガラスから新たな空気が供給されて呼吸には支障が無い。
「ふむ」
初めて使った魔法の威力を確かめるように周囲を見回して一人ごちる魔王。
天井から落ちてきた埃を手で払って、床に突き立てていた愛剣を引き抜く。
対してハドー怪人軍団の被害は甚大であった。壊滅と言ってもいい。
破片を撒き散らして殺傷するような爆発ではなかった。ただ酸素を消費し尽して、急激な気圧の変化を生むほどの爆風。それだけである。それゆえに強固な鉄筋コンクリートの構造自体にはダメージはあまり無いのだ。
それだけだが引き起こされるのは急性の無気肺、肺充血、一酸化炭素中毒に呼吸困難。なまじ戦闘ロボットではなく、生物である怪人ばかりであったのが災いした。大半の怪人は即死し、まだ生きている者も先は長くはないであろう。ピクピクと身を痙攣させるばかりだ。
「フハハハハハッ! 圧倒的ではないか!?」
高らかに笑う魔王、その彼に声を掛ける者がいた。
「おい……」
「ほう? まだ喋ることが出来るとはな。大した猫だ」
マクスウェルに声を掛けてきたのは先ほどの獅子型怪人だった。床に突っ伏したまま声を上げている。命乞いでもするつもりか? それとも恨み言でも言いたいのか? どちらにせよマクスウェルは“慈悲の一撃”をくれてやるつもりでいた。このまま苦しみを長引かせるよりはよほどいい。
「おい、お前……。デイジーカッターって……、米軍のBLUー82/Bの事か?」
「うん? 形式番号とやらは知らんが多分、そうなんだろう。米軍の爆弾から名前を頂戴したのだ」
だが獅子型怪人の言い出した事はマクスウェルの思いもせぬことだった。
「……で、お前さんの使った魔法……。アレ……、燃料気化爆弾か……?」
「うむ。その通りだ」
元ネタが分かって貰えると気分が良くなるのは異世界人も同じなのか、鼻を高くするマクスウェル。
「……なあ?」
「うん、何だ?」
「BLUー82/Bは燃料気化爆弾じゃないぞ……」
「は?」
「だから……、デイジーカッターは燃料気化爆弾じゃないの!」
途端に足元が崩れ落ちるような感覚を味わうマクスウェル。
「だ、だってミリオタの高瀬殿がそう言っておったのだぞ!?」
「誰だよソイツ……」
マクスウェルの言う「高瀬殿」とは彼のクラスメイトだ。無論、ハドーの怪人が知るわけが無い。
「まぁ……、マスメディアも誤解していることがあるらしいからな……。でも……、デイジーカッターはただの巨大な爆弾だ……」
その言葉を最後にそのまま動かなくなる獅子型怪人。
「おい! おい! お~い!! 起きろ!
予は御主らの前でデカい声で『デイジーカッターだ!』などと言ってしまったではないか!? 話はまだ終わっておらぬぞ! 起きろ! このままでは予はイタい奴みたいではないか!?」
死屍累々の正面玄関ホールにマクスウェルの叫びだけが響く。
次回は「燃える闘魂」アーシラト編です。




