12-2
「は? 寝てた?」
栗田が思わず声を上げる。
ハドーの部隊を増援を得て辛うじて撃破した栗田と永野であったが、その増援として現れた4人の内、3人が今まで寝てたというのだ。
栗田がスカートのポケットからスマホを取り出してRINEアプリのメッセージの時刻を確認する。
「え~と、私たちがグループメッセージで非常呼集かけられたのが4時32分。で、今が9時52分。ハドーの侵攻が始まって5時間以上も寝てたんですか!?」
「いや~、ドラファンやり始めたら寝るのが遅くなっちゃって……」
そういってフード越しに後頭部を掻く真似をするのはデスサイズこと石動誠。人間態の時は栗田よりも背の低い少年であったが、変身した今は2メートルを越す長身だ。ドラファンというのは「ドラゴンファンタジー」という国産RPGシリーズの略称だ。
「私も今日からゴールデンウィークだと思ってヘベレケになるまで夕べ、酒を呑みまくってさ~!」
精根尽き果てた永野を背負ったままあっけらかんと言ってのけるのは下半身が蛇の悪魔、アーシラト。栗田は彼女と話すのは初めてだったが、人の話ではアーシラトは無職で毎日が日曜日の状況だ。世間様の言うゴールデンウィークなど彼女には関係無いハズだ。
「ゴールデンウィークの宿題を終わらせようと思って夜更かししちゃって……」
済まなそうにモジモジしているのはスティンガータイタンの所有者である神田少年。物陰にでも隠していたのであろう大きなキャリーバッグを後ろ手に引いている。
「よ、予は起きていたのだぞ! で、でも此方の戦の作法も分からぬし、知り合いに電話しても誠殿にしか通じぬし、その誠殿も中々、電話に出てくれぬし、一人で出て行って『お呼びでない』とか言われても恥ずかしいし……」
言い訳がましく必死で取り繕おうとしているのが異世界の魔王、マクスウェル。休日だというのに蒼龍館高校の制服の上から黒いマントを羽織って、左手にはレイピアのような刺突剣を握っている。
「豪気すぎる……」
アーシラトの背中で永野が呟く。
「ふぅ……。ホント、そうですねぇ……」
永野に連られて栗田も溜め息を一つ。明け方から爆音、轟音に加えてサイレンなども五月蠅かったハズだ。その中で周りを気にせず寝ているとは確かに豪気というしかない。
だが、いくらか気が楽になったことに栗田は気付く。石動誠は先代組長と義兄弟の盃を交わすほどの猛者であった。アーシラトも過去にプリティ☆キュートとドンパチやりあっていて、それでいて五体満足(下半身に2本の脚ではなく蛇のようになっているため、そう言っていいかは分からないが……)でピンピンしているのだ。さらにマクスウェルの魔力については昨日、見ていたし、スティンガータイタンの装甲とパワー、火力についても、ついさっき目の当たりにした。
さらにハドーの総攻撃が始まって数時間。これだけのメンバーが消耗もほぼなく万全の状態でいることは大きい。
そして、栗田の他にもこの事の重大性に気付いている者がいた。
♪~♪~~~♪~~♪~♪
「あっ、ちょっとゴメン!」
石動誠が腰の辺りからスマホを取り出して操作しようとするが、装甲に覆われた指ではタッチパネルが操作できないようで栗田に操作を頼んできた。
スマホの画面には電話の着信画面。大きく「明智君」と表示されている。
「ごめん、スピーカーフォンにしてもらえる?」
「はい……、どうぞ」
栗田が指先でスマホを操作してやると、誠は顔の前で手刀を立てて「ありがと!」と軽くやる。普段の彼ならば可愛らしいと思うのだろうが、禍々しい髑髏を模した仮面でやられても滑稽なだけだった。
「あっ、もしも~し! 明智君?」
「……誠か?」
「うん、僕。今ね~、この辺の敵を一掃して、栗田さんと永野さんと合流したとこ! 他にアーシラトさんとマックス君、神田君……、えーと神田君ってのはスティンガータイタンの操者の子もいるよ!」
「そうか、それは丁度いい。ところで今、スピーカーフォンか? 雑音が混じっているが……」
「うん、そうだよ」
「そうか。皆、この通話が聞こえるか?」
「大丈夫だと思うよ!」
「皆、聞いてくれ。今現在、Hタワーを占拠され、タワー上空に異次元ゲートが空いている状況だ。つまりゲートを塞がないと次々とハドーの増援が雪崩れ込んでくるわけだ……」
なるほど、どうりで朝から戦っているのに敵の戦力が尽きないわけだ。一々数えているわけではないが、栗田だけでも100以上の敵を撃破しているハズだ。大半が量産型のロボットとはいえ、明らかに異常な戦力量だった。異次元から次々と増援が送り込まれているというのも頷ける話だった。
明智の話は続く。
「現在、市内や他地域からの増援のヒーローや警察、自衛隊で迎撃をしているが戦力の消耗が激しい。そこで何故か消耗も疲労もしていないヒーローが出てきたわけだ……」
「ハハハ……」
誠が照れ隠しのように笑うが、次に明智が何を言い出すか予想がついた栗田はギョっとする。この人は状況を理解しているのだろうか? と。理解しているのであれば次に明智が何を言い出すか容易に予想できそうなものだが……。
「お前たちにはHタワーを奪取して異次元ゲートを封鎖、俺の予想だと動力源にあたる物があると思うんだが、それを破壊して欲しい」
「了か~い! 皆は?」
「ん、構わないけど?」
「そうだな。やることが分かり易くて助かるな」
栗田の予想通りだったが誠は軽く了承し、アーシラトやマクスウェルも同意する。ただ神田少年だけは……。
「あの……、タイタンの足だとタワーに辿りつくのが遅くなりそうなんですが……」
とスティンガータイタンの移動速度を問題とする。異次元ゲートから続々とハドーの軍勢が侵入してきている現状からすると、ゲートを塞ぐのは早ければ早いほどいいだろう。
明智も電話越しに神田少年の意見を熟慮して返答する。
「…………そうだな。それならスティンガータイタンには大H川中の防衛に加わって欲しい。ヤクザガールズも連戦の疲労が激しくてな」
「あ、それなら受け持ち地域を指定してくれると助かります」
「そうだなぁ。そこからだと国道沿いの郵便局の丁字路辺りに陣取ってくれれば助かるな。君はスマホはもってるか?」
「はい! ヒーロー登録しているので僕の電話も使えるハズです」
「それなら、この通話の後で誠から俺の電話番号を聞いてくれ。それで連絡を取り合おう」
「分かりました。郵便局の辺りならタイタンの火砲も使いやすいと思います」
「頼む!」
「ところで明智君?」
明智と神田少年の会話が一段落したところで誠が会話に入る。
「何だ?」
「栗田さんと永野さんの疲労が激しくてさ。永野さんは歩けないみたいだし、二人を大H川中に送ってからでいいかな? Hタワーに行くの」
「そうしてくれると助かる。まさか、そんな状態の二人を孤立させるわけにはいかないしな。それに反攻作戦にはもう一人、消耗の無いヒーローに参加してもらう予定だが、そいつは今、大H川中にいてな。こっちで合流してから向かってもらおう。他に何か判明したことがあったらこっちに到着してから伝える」
「こっちって明智君も大H川中にいるの?」
「そうだ」
「了解! それじゃ今から向かうね!」
「ああ、頼む!」
他にも消耗していないヒーローがまだいる? 明智の話ではそうだが一体、誰だろう? 栗田の予想ではHタワーの奪取作戦は少数精鋭での戦線突破になるハズだ。中途半端なヒーローでは足手まといになるだけだ。それなりの手練れがまだ?
「栗田さん? ゴメン! スマホ切ってもらっていい? あ、あと壊れるかもしれないから、持っててもらっていいかな?」
「え、ええ。いいですけど」
思案に暮れていた栗田を誠が現実に引き戻す。
「すいません。ちょっと周囲を警戒しててもらっていいですか?」
「ん? 分かった」
「予も見ておくが、どうかしたか?」
「ええ。他に人がいる内にタイタンの弾倉に砲弾を補給しておこうと……」
神田少年が左腕のコミュニケーターに指示を出すとタイタンの背中がガタン! という音とともに観音開きに開いてリボルバー式の弾倉が現れる。神田少年が引いていたキャリーバッグを開けると中には4発の85ミリ砲弾が入っており神田少年は「うんしょ」と砲弾を持ち上げ、タイタンの弾倉に装填する。栗田へスマホを預けた誠も手伝い4発の砲弾は全てタイタンへ装填された。もう一度コミュニケーターに指示を出すとタイタンの背中の装甲が閉じられる。
「お待たせしました! 燃料もほとんど残ってますし、もう大丈夫です!」
なるほどロボット兵器は弾薬と燃料さえ補給しておけば疲れ知らずで戦えるのか。疲労困憊の栗田は感心する。
さらに神田少年に明智の電話番号を教える誠。
「それじゃ、行こうか!」
「「「応!」」」
「栗田さん、ゴメンね!」
「きゃっ!」
誠が栗田を抱きかかえる。お姫様抱っこの形だ。
「皆、大H川中の場所は分かるね?」
「大丈夫、何年この町に住んでいると思っているんだい!」
「予は昨日、行ったばかりだ!」
「それじゃ神田君、無理はしないでね!」
「はい! 皆さんもお気をつけて!」
一行は大H川中に向けて出発する。デスサイズもマクスウェルも空を飛べるが、飛行できないアーシラトに合わせて地上スレスレを飛ぶ。アーシラトも蛇の下半身ながら猛スピードで駆けていく。栗田も永野も自分で飛ぶのとは違う感覚に思わず顔を引きつらせる。
やがて、というかあっという間に大H川中学校へ到着すると正門では明智とヤクザガールズの面々が待ち構えていた。
「く、栗田さん! 大丈夫!? 永野さんも!」
「わ、私よりも永野さんから……」
誠から降ろしてもらった栗田が崩れ落ちるように倒れると宇垣と古賀が駆け寄ってくる。宇垣たちはそれほどに消耗しているのかと心配しているようだがそうではない。デスサイズのロケットによる飛行の恐怖からだ。むしろアーシラトの背中で固まったままの永野の方が疲労の度合いは上だろう。
1年生たちの助けを借りながらアーシラトの背から降ろされる永野を見ながら栗田は差し出されたラムネ菓子を齧る。魔力の使用には脳を酷使するため、脳のエネルギー源であるブドウ糖が主成分であるラムネ菓子は魔法少女の必携アイテムだ。
「く、栗田さん!? 大丈夫!?」
誠が心配そうに栗田の顔を覗き込む。
「ええ、大丈夫です。送ってくれてありがとうございます……」
「そう、なら良かった……」
禍々しい死神の仮面からホッとしたような少年の声が聞こえる。どのような姿であろうと石動誠は心優しい少年なのだろうなとボンヤリと栗田は思っていた。
「それで、もう一人のヒーローって?」
栗田の介抱を1年生たちに任せた誠が明智に尋ねる。
「なんでも消耗していないヒーローがまだいるって話だったけど」
「ああ、それは……」
「私ですよ!」
明智の横にいたさくらんぼ組組長、山本翼が前に出る。
「明智さんが来てくれたのでこちらの防衛戦の指揮は明智さんに任せることにしました!」
「指揮って……、大丈夫なの!? 明智君?」
「やるだけやってやるさ。俺だけ遊んでいるわけにもいかないだろ?」
誠は困惑気味だが、山本も明智もやる気満々だった。
「凄いんですよ! 明智さん。あっという間にイノっちの爆弾を仕掛ける場所を決めちゃって!」
「イノっち? ああ、井上さんの特化能力は爆弾だったね」
「そうです!」
なるほど明智の指示で井上の爆弾を有効活用できるようになれば少しは展開も楽になるか……。栗田は両脇を抱えられながら一人ごちる。




