11-3
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朝、スマホの着信音で起こされる。
昨日は夜中までゲームをしていて寝るのが遅かったのでもっと寝ていたかったが着信音は鳴り続ける。はいはい、出ますよっと、誰だろ?
どこか遠くで解体工事でもしているのか室内にまで轟音が響いてきている。ゴールデンウィークだっていうのに大人は大変だなぁ。
スマホの画面を見ると「マックス君」の表示。どうしたんだろ? ゴールデンウィークだからってどこかに遊びに行こうってお誘いかな? とりあえず電話に出てみよう。
「あっ、もしもし。おはよう! 誠です」
「うむ、予だ。貴公、どうする?」
いきなりマックス君はどうすると聞いてくるが僕にはさっぱりだ。
「どうするって何の話?」
「貴公、寝呆けておるのか?」
「う、うん。今、起きたばかりなんだけど……」
「……はあ、今は家か?」
「うん」
「とりあえず窓の外を見てみたまえ」
「外? ちょっと待って……」
言われてスマホを耳に付けたまま、ロフトから降りて窓まで歩いてカーテンを開ける。
「…………な、なんだこりゃ!?」
窓の外に見えるのは至る所から立ち上る炎と黒煙。ビームか何かの光条に対空砲火の曳光弾。炎の尾を引くミサイルが狙うは空に浮かぶ沢山の船。不意に起きた何かの爆発に窓ガラスがビリビリ震える。
「見たか?」
「え」
「え?」
「えらいことなっとるやん!」
「済まんが予はカンサイベンなる言語は良くわからないのであるが」
思わず関西弁になってしまうほどの出来事なのだ。寝て目が覚めたら街が大ピンチなのだ。
「よく分からんと言えば、今、街を襲っている連中はハドーとかいうらしいが貴公は知っとるか?」
「ハドー? ああ、こないだ三浦君と天童さんを襲った連中だね。確か老舗の侵略組織らしいけど……」
「ふむ、老舗ということはポッと出の新参者が思いあがってドンチャン騒ぎを始めたということではないのか……」
「だろうねぇ」
「ふむ、そうか。ところで他の者に電話が通じないのだが、それも奴らのせいなのか?」
「通信妨害って事?」
「そうなるのか?」
「いや、こんだけドンパチやらかしてたら通信網がパンクしちゃうでしょ? 僕の所には通じるんだから通信妨害って事はないんじゃないかな?」
「何故、貴公には通じるのだ?」
「僕はヒーロー登録してあるから最大限、僕の通信は維持されるようになってるんだけど、マックス君は登録してないの?」
「……してないと思う」
「あ~」
特怪事件に限らず、地震や台風などの大災害の時に電話回線がパンクするのは良くあることだ。異世界人のマックス君はその辺には疎いのだろう。むしろスマホを使えることの方が凄いのかもしれない。
「で、どうする?」
「どうするも何も、こうも広範囲でやられたら手近の所から手を付けていくしか……」
「貴公の『最大限、維持された通信』とやらで何か連絡は来てないのか?」
あっ、そういえば……
スマホの画面の上端の通知欄に多数の着信やメール、RINEの新着メッセージの通知が点いていた。
「ゴメン! 来てるっぽい! すぐに確認して掛けなおすね!」
「分かった」
多数の着信などはほとんどが明智君からだった。
「永野より各員、現在、南東方向より小隊規模の新たな敵集団が接近、接敵予想時間は300秒後。以上」
雨が降りしきる中、ヤクザガールズさくらんぼ組の永野は警戒管制のために上空を飛行していた。
ハドーの総攻撃に際し、さくらんぼ組が市災害対策室より要請されたのは市民の避難場所に指定されていた母校、大H川中学校の防衛任務であった。
山本組長は組員総出での防衛を決意したのだが、組員の3分の1強の6名の1年生たちはこの春に魔法少女になったばかり、戦力として数えるには無理があった。結局のところ山本組長と共に最後衛にいるしかない。つまり指揮を執る山本組長を含めて7名は前線に出ないのだ。その分、他の組員たちの負担は増すばかりだ。
山本組長は大H川中防衛戦において4つのチームを編成していた。
Aチームは先に述べたように最後衛で指揮を執る山本組長と1年生たちのチーム。彼女たちが体育館に避難してきた市民たちを守る最後の盾というわけだ。
Bチームは小沢、豊田、加藤の射撃戦に特化したチーム。
Cチームは宇垣、井上、古賀のチーム。宇垣の「治癒魔法」と古賀の「魔力譲渡」で継戦能力に優れたチームだ。
そしてDチームは永野の「探査魔法」で上空から警戒任務を行い、栗田が永野を護衛する。Dチームはいわば部隊の目だ。永野の探査を元に敵に対して優位な位置で待ち受けることで少ない人数で押し寄せる敵を防ぐ事ができるのだ。
それにしても敵は多い。日も上がらない内から飛び始めてもう何時間だろうか? おまけに4月の冷たい雨は少女たちの体力を体温と共に奪っていく。敵襲は何度も繰り返され、第10波を超えてからは数えるのを止めてしまった。
栗田が接近してくる敵を撃破し続けているから永野は戦闘らしい戦闘はしていないが、そうでなかったら疲労で体力の低下した永野はロクな回避行動を取ることもできずに落とされていたであろう。
探査魔法を使わなくとも見える市内の各所から上がる砲火や爆発は各地での激戦を思わせる。この調子では援軍は期待できないだろう。市内のヒーローは皆、夜も明けない内から奔走しているのだ。それでもハドーの兵員は尽きることはない。
(……一体、何があるというの?)
頭上に広がる暗雲が不吉な出来事を予感させる。
「永野より組長!」
「こちら山本、どうぞ!」
「東方より揚陸艇型3接近! 他護衛型の空戦ロボも直掩に上がってます!」
「了解。不味いわね……」
永野の報告を受けて山本が絞るような声を上げる。今頃は指揮所に置かれたホワイトボードと睨めっこをしているのだろう。
ハドーが少数の兵員の輸送とその支援に用いる揚陸艇は全長25mほどの空飛ぶ小型船舶だ。空を飛ぶために甲板ではなく船底から側舷にかけて戦車並みの装甲が張られている。
今までの戦況を見る限り、さくらんぼ組にハドーの揚陸艇を落とす手段が無いわけではない。だが手段は限られるのだ。豊田の魔法狙撃銃に幾重にも強化をかけて打ち落とすか、井上の魔法爆弾を頼りに艇内に乗り込むか。そのどちらにしても魔力の消費は激しい。こと重装甲の揚陸艇には「2丁拳銃」で知られる小沢の「高速リロード」も、「流星」と呼ばれる栗田の高速飛行での体当たりも役には立たないだろう。
「……Bチーム、戦況は?」
「小沢です! 先に接触した敵小隊は指揮官怪人は撃破しましたが、ロボットの数が多くてもう少し時間がかかりそうです」
「了解、そこから敵を引きつけながら後退して学校の裏門まで引いて!」
「それは……?」
「1年生たちを支援に向かわせます」
通信を聞いていた山本以外の全員がギョッとしただろう。1年生たちがまともな戦力にはならないというのは2、3年生たちの共通認識だ。山本組長はその1年生たちを支援射撃とはいえ投入するというのだ。BからDの3チームはお互いの状況を知らなかったのだが、そこで初めて自分たちの消耗を認識する。
「新手の揚陸艇に対処しないといけないから豊田ちゃんは魔力を温存して! Cチームも裏門方面に向かわせるから古賀ちゃんから魔力を回復させてもらって!」
山本組長は揚陸艇の対処を豊田の狙撃銃に任せたようで、そのためのシフトを敷くようだった。なるほど井上の爆弾で内部から爆破するのは時間が掛かるばかりではなく、井上だけではなくチーム全体が消耗してしまうからだ。いくら馬鹿で有名な井上とて単身で乗り込む真似はしないのだ。
「Cチーム了解! 裏門方面に向かいます」
宇垣の声が通信術式越しに聞こえる。彼女たちCチームも今しがた別の敵集団を殲滅したばかりだ。
「栗田さん、永野です。BチームとCチームが固まった分、正門方面が手薄になったので、そちらよりに動きましょう」
「栗田です。了解しました……」
栗田が言い終わるよりも先に行動を開始する。護衛だからといって永野に張り付いている必要は無いのだ。永野は栗田が先に通って安全を確認した空域を進めばいい。
「……!」
永野の探査網に引っかかった敵集団がある。だが、その規模が問題だ。
「組長、永野です……」
「山本です。どうしました?」
「新たな敵集団を察知しました。揚陸艇1の他、多数の怪人の反応も見られます……」
「……了解、古賀ちゃん以外のCチーム2人を向かわせます……」
古賀から魔力供給を受けなければ消耗した豊田は3隻の揚陸艇を撃破することは難しいだろう。それは分かる。だが1年生の投入に引き続き、チームの編成を崩す状況に追い込まれてしまった。もはやヤクザガールズの限界は近い。
前方を見ると高速で接近してくる揚陸艇から更に空戦ロボットが飛び立ち、陸戦用の戦闘ロボットが降下する。さらに甲板上には指揮官級と思われる怪人の姿が続々と現れる。
大方、幾度となく部隊を撃破されたハドーが大H川中を重要拠点とでも誤認して、先の揚陸艇3隻の部隊と共に一気に攻略すべく挟み撃ちにするつもりで送ってきたのだろう。
無論、1000を超える避難民を収容した母校の体育館を見捨てて逃げるつもりは永野には無い。他の皆も同じだろう。避難民の中には彼女たちの家族や友人が含まれていたし、それでなくとも避難民を見捨てて逃げると言うのは女が廃るという思いがあった。去年、埼玉で全滅した3年生たちも同じ思いだったのだろうか?
彼女たちに勝ち目が無い事は自分でも分かっていた。自身の特化能力が直接的な戦闘に向いたものでないことをこれほど口惜しいと思ったことはない。永野も自身の能力を最大限に活かしてきたつもりであったし、現に探査魔法を長時間に渡って広範囲に使用してきたせいで彼女の脳は沸騰したように激痛が襲っている。それでも彼女は自身の無力を呪っていた。
嗚呼、ヒーローが来てくれたら。すでにハドーの総攻撃が始まって数時間、手の空いたヒーローがいるわけが無いと理解しながらも彼女は英雄を求める。
以上で11話は終了です。




