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「……ちょっと待ってください。ボルト工業の言う『半』永久機関とはどういう意味ですか?」
永久機関とは力学的、または熱力学的にエネルギーを外部から受け取ることなく運動を続ける装置の事である。周知の事実であるが19世紀にはその存在が否定された物であるが、もし仮に存在したとするなら世界中のエネルギー問題は解決するだろう。
では半永久機関とは何か? 昭和の時代に流行った水飲み鳥など外部からのエネルギー供給を観測者が認識し辛いものなどは「疑似」永久機関と呼ばれることもあるが、「半」永久機関とは聞いたことがない。
「それがボルトの連中も『企業秘密』だと言ってな……」
苦虫を噛み潰したような顔をする室長。
「なるほど、都知事とのテレビ会議もその件で?」
「ああ、そっちの調査は都の特怪対策課がやるから市町村レベルが出てくる話じゃないとさ!」
「それで引き下がるわけではないでしょう?」
「当たり前だ!」
室長が飛び上がるような勢いで顔を明智に寄せる。
「で、何をしたらいい?」
「そうですねぇ……」
室長に問われて明智も考えてみるが取れる対策などそうそうはない。何しろ情報が足りなすぎる。とりあえず現在の所、判明しているのは……
・ボルト工業が所有もしくは開発中の「半永久機関」。
・半永久機関を狙っているのは「超次元海賊ハドー」、これにより半永久機関はハドーが狙うほどの価値のある物だと分かる。
・ボルト工業は欺瞞工作を行うことから半永久機関が狙われている事を知っていた節がある。
・ハドーの襲撃部隊はヤクザガールズと誠に撃破されている。
・ボルト工業は大企業ゆえの秘密主義からか市の災害対策室に協力的ではない。
といったところか。
「……半永久機関の現物はどこにあるのかは見当はついてますか?」
「ああ、H市で欺瞞工作を行ったくらいだ。市の南東部にある研究施設だろうな」
確かに兵器製造も手掛けるボルト工業の巨大工場の敷地内にある研究施設ならば保安の点からも可能性は高いだろう。もっともハドーの連中を前に1企業の保安努力がどこまで有効かは疑問符が付くが。鋼鉄製のフェンスやドーベルマンで怯む連中が相手なら、今の日本はもっと平和だっただろう。
「なら24時間態勢でヒーローを貼り付けて監視しておいたらどうでしょう?」
「その心は?」
「欺瞞工作に踊らされて部隊を潰されたハドーが、今度は邪魔されないように陽動をかけてくるかもしれませんよ?」
「なるほど。我々が手薄になったところで研究施設を襲撃するというわけか……」
室長は明智の意見に納得しつつも逡巡する。
その理由は明智にも分かる。H市にはヒーローが足りないのだ。H市は日本でもっともヒーローの集まる市だ。だが特怪事件の発生件数が日本で一番多いH市においては、それでもまだヒーローが足りていないのだ。
昨年の「埼玉ラグナロク」で多数のヒーローが殉職を遂げたこともいまだに尾を引いていたし、相手がハドーというのも問題だった。ハドーの怪人の対処ができるヒーローとなると東京都全体で見ても数えるほどしかいないのだ。その少ないヒーローを交代させながらとはいえ、1企業に張り付けておくというのも無理がある。
しかも、そのヒーローたちの内、ヤクザガールズはあくまで民間の善意の協力者という立ち位置であるし、誠に至っては「引退した」したと公言しており、H市に来てからのヒーローとしての活動も「(自宅の)すぐ近くで宇宙人が暴れていたから」「友人達が襲われたから」という個人的な理由に近いものである。その他にもそもそも連絡の取りようのない者や、災害対策室の要請を無視する者などもいる。
つまり室長は明智の意見に乗りたいが、そうするだけの手駒が足りないのだ。
「……せめてボルト工業が自前で何とかしてくれれば一番いいんですけどね」
「だなぁ。武器とか作ってるんだし、俺達の目の届かないところでなぁ……」
アメリカなどでは大企業などは単独で、中小企業も工業団地などでは金を出し合って民間軍事会社と契約して警備を任せているという。民間「軍事」会社だけあり装備は並みの警備会社とは比べ物にならないほどで、軽装甲車に重機関銃を乗せ、徹甲弾を装填したバトルライフルや対戦車ロケットを手に携えた兵員は並みの怪人を集団戦で撃破することも可能だという。
だが、ここは日本だ。無い物ねだりをしていてもしょうがない。
結局、明智の予想通りヒーローに監視任務をさせることは即応性こそ高いものの実現性という点で不可能であり、次善策として災害対策室職員による監視が行われることとなった。
だが、この日の話し合いの結果が活かされることはなかった。
市災害対策室の面々によるボルト工業研究施設への監視体制が構築される前に、さらに言えば室長と明智の会談の数時間後である翌未明にはハドーによる総攻撃が開始されたためである。
4月最後の土曜日、本来であればGWの初日の日であったが、前日の深夜からの雨模様は未だ続いていた。
そして、その雨雲を切り裂いて超時空海賊ハドーの旗艦スカルカトラスがH市上空に現れたのだ。
空に浮かぶ海賊船から次々と飛び立つ揚陸艇は市内全域に攻撃を開始し、それは明智が予想していた「陽動」などという生易しいものではなく、まさに「総攻撃」と言うべきものであった。
このような事態においてもはやボルト工業について考えていたのは室長と明智だけであったし、その二人にしても何も手を打つことができなかった。




