10-3
「ねえ……、アンタ、具合悪くない? お腹でも痛いの?」
金曜日の放課後、結局、僕達は僕と三浦君、天童さん、真愛さんに草加会長の5人でマックス君との待ち合わせ場所に向かった。明智君は何だか用事があるようだった。
待ち合わせ場所のバス停には既にマックス君が来ていて、彼の青灰色の肌色を見て天童さんが心配そうに言う。肌の色は非常にデリケートな問題だと思うんだけど天童さんはお構いなしだ。
「いや、予はどこも悪くないぞ?」
「え? でも顔色悪いよ?」
「顔色どころか全身がこの色だわ! そういう貴公こそダークエルフみたいな肌色ではないか!」
「こらぁ! 京子ちゃん。人の外見の特徴を言っちゃ駄目!」
「え? だって青白くなってんよ?」
天童さんは3高のゲルだかクリスタルの人を見たら「存在感無いね。透けてるよ!」とでも言うのだろうか?
「う、ウチの会員がすいません!」
「うむ、悪気があるわけでは無さそうだしな……」
「え? 本当にそういう色なんだ。ゴメンね!」
「よい、よい」
草加会長と天童さんの謝罪をマックス君が受け入れる。王様らしく器の大きい人だな。
「これで全員か? では行こうか」
「そうですね」
「マックス君はお土産、何にしたの?」
「紅茶と焼き菓子の詰め合わせだな。貴公は?」
「マカロンの詰め合わせにしたよ」
今日になってお土産が被らないか急に気になったが、その心配は無かったようだ。でも今度、こんな機会があったら気をつけよっと。
皆で話をしながら大H川中へと向かう。
「魔王殿は蒼龍館高校で部活などは入っておられないので御座るか?」
「ああ。技術部に入っておるが基本的にウチの部は金土日は休みだ。それとな……」
「何で御座るか?」
「誠殿には言ってあるが、予はこちらの世界においては猫の額ほどの領地も有してはおらん。なのに『魔王』と呼ばれるとこそばゆくていかん。マクスウェルとでも呼んでくれ」
「分かったで御座る」
きっとマックス君、魔王って呼ばれる度にそれを言ってるんだろうな。
「それにしても日本語がお上手ですね。『猫の額ほど』って慣用句まで使いこなして」
「基本的には翻訳魔法頼りだがな。元の世界でも似たような表現はあったぞ? 転ぶ前に杖をつけ、とかな」
「アタシ、それ知ってる! 『転ばぬ先の杖』だろ?」
「へえ。知り合いの別の世界出身の人はそういう表現に疎かったので意外です」
「何!? その異世界出身者とは勇者たちではなくか?」
「ええ。彼は自分が来た世界を『魔法の国』と言ってましたけど……」
「いや~、それにしても卒業して1カ月で母校訪問するとは思わなかったわ!」
「天童さんは大H川中出身なのよね?」
「うん。でも私は適正無かったのか、組に誘われなかったんだけどな」
「今は適正とか見てるのね」
「真愛ちゃんの時はそういうの無かったの?」
「う~ん……、特に?」
(おい! 誠殿よ。あの娘は何だ!?)
他の皆の注意が逸れている時にマックス君が耳打ちしてきた。
(「あの娘」って誰?)
つられて僕も小声になる。
(誰って今、話している他の娘よりもふくよかな娘だ!)
(お、女の子の体系の話はタブーだよ!)
(禁忌など飽きるほど犯しておるわ! そんなことはどうでもいい!)
(真愛さんの事? 何って元魔法少女だけど? 今は変身できないみたいだけど)
(誠殿、初めて会った時に予が貴公を魔人と勘違いしたのを覚えておるか?)
(うん)
(訂正しよう。あの娘こそが本物の魔人だ!)
「ファッ!?」
マックス君の突拍子も無い話につい大きな声が出てしまう。
「魔人」って何だっけ? 確か「冥府魔道」だの「死んだほうが楽」だの物騒な言葉が乱舞していた気がするぞ?
それにしても、こないだは僕が魔人で、今日は真愛さんが魔人って。まるで魔人のバーゲンセールじゃない?
大H川中の校門までくると栗田さんが僕達を出迎えてくれた。めいめいに挨拶を交わす。
「皆さん、お疲れ様です」
「忙しい所、ゴメンね!」
「よっ!」
「あ、天童先輩もようこそ」
「先週は助かったで御座る」
「あ、これはご丁寧に。その後、お加減は如何ですか?」
「お陰さまで翌日には退院できて今はピンピンしてるで御座る。いや、何度、礼を言ってもしたりないで御座る」
「いえいえ。……で、こちらの方が例の異世界の?」
「うむ。マクスウェル=ラ=シュライクである」
「異世界とは言え『魔王』と呼ばれる御方をお招きできて光栄です」
「いやいや、こちらの世界では我が威の及ばぬ所、今日は面倒をかけるな」
「ご謙遜を。『蒼龍館の魔王』の名は我々も聞き及んでおります。……では、事務所の方までご案内いたします」
鉄筋コンクリート製の校舎と違い、案内されたのは校舎に隣接した木造建築だった。恐らく旧校舎を取り壊さずに利用しているのだろう。
年月を経た木材が醸し出す雰囲気はどこか懐かしさすら感じさせる。もっとも日の当たる時間帯だからそう思うのだろう。これが夜中だったら学校怪談の舞台にうってつけだろうな。
「時に、『ヤクザ』とはこの国の反社会的暴力集団だと聞いたが?」
「ええ、昔はそうだったようですが本物のヤクザはすでに絶滅しています。侵略者が数多く現れるようになって官民合わせた表側の世界、侵略者から裏側の世界。両面から攻撃され居場所を失ったようです。
後に魔法少女の組織化を目論んだ者がヤクザの社会システムを利用して以来、ヤクザの名は私たちを指す物になりました」
移動中にマックス君の質問に栗田さんが答える。
犯罪者集団としてのヤクザの時代は僕も知らない。そう言えば兄ちゃんがそれ系のVシネマを見てたことがあったな? という程度の認識だ。
2階の角、元は何の教室であったかは分からないが、入り口の脇に「さくらんぼ組」と毛筆で書かれた看板が掛かっている。
「組長、皆さんをお連れしました」
栗田さんが引き戸を開けて声を掛ける。
「オジキぃ! お久しぶりです!」
「「「オザァッス!!!!」」」
山本さんを皮切りに室内にいた10名ほどの女子生徒が一斉に声を張り上げる。
ていうか山本さん? オジキって何? こないだ真愛さんの弟の亮太君に「兄ちゃん」って呼ばれて感傷的になったけどさ、「オジキ」なんて呼ばれても疑問しか湧かないよ?
「や、山本組長、お久しぶりです。今日は皆で押しかけてゴメンね! お土産持ってきたから皆で食べて!」
「わあ~! こんなに一杯! ありがとうございます!」
ほぼ1年ぶりに合う山本さんは一見、去年と変わらないように見える。ツインテールをひょこひょこ揺らすあどけない少女だ。だが何故かえも知れぬ凄味を感じさせる。うっかり「オジキって何ですのん?」なんて聞けないほどに。
「これは予からだ。こちらの世界の魔法使いに興味があった故、誠殿を伝手にしてもらった」
「わざわざすいません。貴方が『蒼龍館の魔王』さんですね! 異世界の方なのに蒼龍館高校に受かっちゃうだなんて凄いですね!」
「それほどでもない」
マックス君の通う蒼龍館高校は都内有数の進学校で有名だ。
「いえいえ。梓ちゃんも蒼龍館目指してるんで良かったら相談にでも乗ってあげてください!」
「ハハ! そういうことなら任せよ!」
一瞬、またマックス君が山本さんを見て「魔人」とか言い出すかと思ったけど杞憂だったようだ。一体、彼の魔人認定ポイントは何なんだろう?
「こちらの皆さんが2高のヒロ研の皆さんですか?」
「うん。こちらが会長の草加さん。で、こっちの二人が先週の土曜日に栗田さんと小沢さんに助けてもらった……」
「三浦で御座る。お二人の助けが無かったら死んでいたところで御座った。改めてお礼を申す」
「大変でしたね。大事が無くて良かったです!」
「翼ちゃん! 久しぶり!」
「天童先輩もお久しぶりです!」
「土曜は助かったよ!」
「いえいえ、天童先輩には先代組長の怒られてる時に庇ってもらった事もありましたし……」
ん? 天童さんヤクザガールズの指導に口出してたの? ホント、何処でもお構いなしだね。
「で、あの……、もし、間違いだったら申し訳ないんですが……」
山本組長がもじもじと真愛さんを見やる。
「組長さんが考えているとおりさ!」
「うひゃあ!」
「ボン!」と煙を立てて、僕達と山本組長の中間の空中に突如、ウサギのような生き物が飛び出した。もちろん、ただのウサギは宙に浮いたりするわけがない。
おかげで情けない声を出してしまった。
「あら、ラビン。貴方、こんな所にいたの?」
何やら謎ウサギと真愛さんは知り合いの様子で、いきなり現れたウサギにも動じずに話しかける。
「ラビン殿もお久しぶりで御座る」
え? 三浦君も知り合い?
「やあ! 二人とも元気そうで何よりだよ」
「ねぇ、ラビン。私の考えている通りって……」
山本さんの問いにラビンと呼ばれたウサギが事も無げに回答する。
「ああ、真愛がプリティ☆キュート。つまり君の憧れの人さ!」
「「「ええ~~~!!!!」」」
これには山本さんだけでなく栗田さんや他の組員たちも声を上げた。




