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「いやあー、これでこのクラスも元ヒーローが3人かあ。いくらH市がヒーロー多いからって、さすがにこれは珍しいっしょ!」
天童さんの話は脈絡がない。というか達磨落としのように話題が入れ替わる。頭に思い付いたことをそのまま口に出してるんじゃないかな。
ん?
「え?元ヒーローが3人ってもしかして天童さんも?」
「え?アタシぃ!? 違う違う! えーと、お、いたいた。おーい真愛ちゃーん!」
せわしなく否定のために振っていた手を一人の女子に向け、今度は呼び寄せるために振る。
「なぁーにー?」
近づいてきたのは天童さんとは対称的な色白でふくよかでおっとりとした印象を受ける可愛い子だった。
ふくよかと言ってもけして太っているわけではない。でも元ヒーローには見えないかな? 現役を離れて大分時間が経っているとか? いや、それだと彼女は一体、何歳の時に戦っていたんだって話になるよね? それだと児童相談所所属のヒーローが必要になるね。あ、明智君みたいな頭脳派という線もあるのか……。
だが僕の視線に笑顔で応えるあたり、その可能性も薄いんじゃないかな?彼女の笑顔からは人柄の良さしか伝わってこない。
「どうしたの。京子ちゃん?石動君?」
「あっ、ゴメンね。羽沢さん」
「他人行儀でどうすんだよ~、元ヒーロー同士仲良くしろよ~」
天童さんみたいには生きられないかな~。僕は。多分、羽沢さんも。
「えーと、天童さんが羽沢さんも元ヒーローだって言うから……」
うーん、多分、会ったことは無いハズ。電子頭脳のメモリーにも登録は無い。でも何かが引っ掛かる。会ったことは無いが、僕はこの人を知っている
「……魔法の天使……」
唐突に僕の耳元で何者かがボソリと囁く。
その刹那、僕の身体は天井に大の字で張り付いていた。勿論、そうしたのは僕自身。全エネルギー回路緊急始動。
馬鹿な……ARCANAの暗殺用ベースの改造人間の背後を気取られずに取るだなんて……
「ふぅぅっ。三浦、お前、去年の誠なら殺されてたぞ」
「ドゥフフフっフ、そいつは勘弁で御座る。失敬、いや失敬」
明智君にたしなめられているのは僕の後ろの席の男子生徒、三浦君だった。ニキビ顔を破顔して肥満体を震わしている。
シュタっ!
落ち着いて着地。多分、今の緊急始動でお昼ご飯のカロリーは消えちゃったんじゃないかな?
「悩める若人がいたようなのでドゥフフ」
なるほど三浦君は僕に何かヒントを与えるつもりだったのかぁ。そうだとしても気配を消して近づくのは止めてほしいな。
「……マホウノテンシ……マホウノテンシ…………魔法の天使……!! 魔法の天使!?」
せっかく話しかけてきてくれたクラスメイトのヒントを無駄にしないように一生懸命に考え、思い出し、ある事に気付く。
「ヌフフ、気付いたで御座るか?」
「魔法の天使ラブリー☆キュート!?」
それは僕が子供の頃に放送していた女児向け特撮ドラマ。そして当時、そのモデルとなった魔法少女を何度かテレビのニュースで見たことがある。その少女と目の前の羽沢さんは、なるほど面影があるっちゃあるか。
「正解で~す」
顔を赤くした羽沢さんが笑顔で肯定してくれる。あのラブリー☆キュートが僕に笑顔を向けてくれるだなんて!
「い」
「「「「い?」」」」
「……生きてて良かった……」
嘘や誇張など一切ない感想。
「それを誠が言うと深いな。」
明智君が呆れたような声を出すが気にしない。
「石動氏も中々の魔法少女モノで御座るなぁ~」
「うん。正直、メタル忍者シリーズよりもラブリー☆キュートの方が好き」
ラブリー☆キュートの最終回後に始まったメタル忍者シリーズは対象年齢が上になったのか、ハードなストーリー展開であまり好きになれなかった。もっとも数年後、自分がそれ以上にハードな地獄に放り込まれるなんて予想してなかったし、昨日まで御一緒してた人がモデルなので口に出しては言えないけれど。
「メタル忍者もアレはアレで良いモノで御座るよ~。それじゃ、こういうのはどうで御座るか?」
「え、何?」
三浦君の勿体付けた言い方。目が怪しく光る。よっぽどのネタなのかな?
「ラブリー☆キュートの登場人物に天才君っていたで御座ろ?」
「うん。バレンタインデーにチョコ渡すエピソードとかあったねぇ。」
「キュートのモデルが羽沢氏であるように、天才君のモデルはなんと、そこに御座す明智氏なので御座るよ!」
「ば~ん」と効果音でも付きそうな勢いで手の平で明智君を指し示す。明智君を見ると薬指で眼鏡を直しながらコクリと頷く。
「そうらしいな」
「え~~~!!??」
いきなり大声を上げた僕を数人のクラスメイトが怪訝な顔で見る。恥ずかしぃ。少し声のトーンを落とすが興奮は抑えられない。
「え、何?ラブリー☆キュートの天才君はあの後、地底人に拉致されデスゲームやらされて!さらに埼玉ラグナロクのグングニール隊のブレインやったの!?」
「そういうことになるな」
明智君の大きな溜め息。羽沢さんはうつ向いてモジモジしている。あっ……
さっき僕は自分で言ったじゃないか。「キュートは天才君にバレンタインチョコを渡した」って、それはつまり……
「あっ、ゴメン。はしゃぎ過ぎちゃった。ホント、ゴメン」
「ううん、子供の時の話だから。今、明智君とどうって訳じゃないから……」
「ま、そういう事だ。とりあえず誠は自重できる奴でよかったよ」
「じ、自重できない人もいるんだ……」
「ああ、ここに一人な。」
三浦君を指差す明智君。うん、納得。そして話に加われなかった天童さんがここぞとばかりに盛り返す。
「そうだぜぇ~!いい加減にしろよデブゴン。大体、明智んが天才君なら、お前はマンプク君だろーが!」
「ヌホっフ!それは言わない約束で御座るよ~」
そういえば、そういうキャラクターもいたなぁ。でも……
「あ、それは凄くどうでもいいです!マンプク君のお尻によく噛みついてたブルドックの方が気になるくらいです」
「フっ、だよなあ」
「分かるわぁ~」
「ふふ、まだ元気だよ」
「非道いで御座る~」
そして皆で声を上げて笑う。
クラスメイトと何気ない話で笑いあうという当たり前だけど当たり前じゃなかった事。久しく忘れていた感情。
放課後、校門を出た所で呼び止められる。
「石動君!」
羽沢さんだった。走ってきたのか息を切らせている。どうしたんだろう?
「羽沢さん?」
「あ、あのね石動君。お昼休みに『生きてて良かった』って言ったよね?」
うん、さすがに興奮しすぎたのは分かります。だって明智君と再開して、天童さんから兄ちゃんの写真を見せてもらって、天井に張り付いて、羽沢さんはラブリー☆キュートで……
「ホント、ゴメンね。朝のホームルームの時にさ、先生が僕がヒーローやってたって言った時に内心、プライバシーに配慮して欲しいなぁって思ったんだよね。それなのに自分がテンション上がっちゃったら、、、羽沢さんの気持ちも考えないでゴメン!」
「ううん、それはいいの」
「え?」
少し躊躇い、羽沢さんは慎重に言葉を紡ぐ。彼女の頭上には満開の桜と青くて高い空。
「石動君、、、誠君! 貴方の過去に何があったかは話に聞いた事しか知らないし、それよりも、もっと、もっと、何倍も辛い事があったんだと思う」
僕は彼女の真剣な眼差しに聞いていることしかできない。
「何度も何度も辛い事があって、悲しい事があって。貴方の大好きなお兄さんもいなくなって。私達が今こうして暮らしてるのも誠君とお兄さんのお陰。」
そよ風が吹いて桜の花びらを彼女の肩に落とすが、気にせず言葉を続ける。
「だからね。折角、平穏な生活に戻ってこれたんだから。これから毎日いつだって『生きてて良かった』って思えるようにしようよ。ね!」
「羽沢さん……」
「真愛でいいよ」
「真愛さん」
「なあに?」
「真愛さんは、現役の天使だね」
「もお、お馬鹿さん……」
口でそういいながらも彼女は僕の頬を流れる涙をハンカチで優しく拭ってくれた。
第1話はこれにて終わりです。
昔の特撮って妙にバッドエンドが多かった気がします。
主人公が死んだり、その後の辛い人生を予感させたり。
そんな最終回を見た後は不思議な虚無感に包まれたものです。
誠君が幸せになれるか、それはこれから次第です。
それでは第2話でまた。




