9-1
三浦君は救急車で病院に搬送されることになった。
小沢さんと上空の敵を片付けた栗田さんの二人がかりで治癒魔法をかけたものの、失った血液は取り戻せないし、また二人は回復魔法を得手としていないので疲弊した体力の回復には時間がかかるらしい。
「脈拍が落ち着きませんね……、思った以上に消耗しているようです」
「そんな! デブゴンは大丈夫なのかよ!?」
「負傷箇所こそ多いものの、奇跡的に臓器や大きな血管は逸れているようですが……」
な~んて栗田さん、天童さん、小沢さんが話しているけどアレじゃない?
三浦君。魔法少女とか大好きって言ってたし、その魔法少女2人に囲まれて、ついでに天童さんに膝枕してもらってるんだしさ。そりゃ心拍数も上がっちゃうよ。三浦君のために黙っておくけどもさ。
そんなことをしている内に救急車が到着して、僕と天童さんが付き添いに乗って三浦君は搬送される。
「栗田さん、小沢さん。悪いけど後はまかせていい?」
「へい!」
「任せてください」
「ゴメンね! 後で借りは返すからさ……、それじゃ僕は行くね!」
警察や災害対策室への説明を2人に任せ救急車へ僕も乗り込む。
結局、僕がアパートに帰ってきたのは夕方近くになってからだった。
三浦君は病院での診察の結果、輸血の必要も無く輸液だけで済むようだった。それでも今日は大事を取って入院ということになった。
病院に駆けつけてきた三浦君のお母さんにはエラい勢いで感謝されたっけな。僕は最後の方にチョロっと出てきただけなのに。
三浦君よりも心配なのは天童さんだ。天童さんは普段からは想像もつかないほど気落ちしていた。
三浦君の血に塗れたままでいるのを見るのは余りにも痛々しいので、僕が上に羽織っていた上着を渡したけれど、僕の上着は天童さんには着られないんだって! 主に丈と胸の辺りが。
天童さんも家族の人が迎えに来ていてこちらからも礼を言われてしまった。
天童さん。月曜日、学校に来られるかな?
ピンポーン!
僕が部屋に戻ってしばらくしてから呼び鈴がなった。誰だろう?
「は~い! 今、出まーす」
ドアを開けるとそこにいたのは真愛さんだった。手には僕が亮太君に預かってもらっていたランニングシューズの箱が入った袋を持っていた。
「あっ、真愛さん! ゴメンね。僕の荷物持ってきてくれたんだ」
「ううん、平気平気。……それで三浦君と京子ちゃんはどうなったの?」
買い物袋を受けてって現在の状況を説明すると真愛さんはホッとしたような表情になる。
「そっか~。良かったあ~……」
それから決心したような表情に変わり。
「ねぇ、誠君。少し話せるかな?」
「うん。いいけど?」
場所をアパートのすぐ近くの公園へと移す。
公園に行く途中、5分もかからないがその間、真愛さんはずっと無言だった。天童さんも三浦君も無事だったというのに。話って何なんだろう?
公園の入り口の向かいに設置されている自動販売機で飲み物を買って公園のベンチに二人で座る。
「真愛さん、話ってなあに?」
「…………うん」
少し黙った後で意を決したように真愛さんは語りだす。
「三浦君って強いわね……」
戦闘力がではなく精神力がという意味だろう。
「そうだね。天童さんと見ず知らずの子供を逃がすために怪人を挑発までしてって中々できることじゃないよね」
「そして最後まで諦めなかったから誠君の知り合いの人が間に合った、か……」
ああ、そうか。小沢さんは奇跡的に臓器や大きな血管は逸れているなんて言っていたけど、奇跡でもなんでもなく三浦君が必死で避けようと、生きようとした結果なんだな。
真愛さんの言葉に認識を改める。
「……ねえ、誠君にはなんで私が引退したのか言ってなかったよね?」
「え?」
そういえば聞いたことなかったな。
特撮ドラマ版だと四ツ目婦人を操っていた黒幕を婦人と協力して倒すものの。平和は一時のみで新たな敵が現れるという「俺達の戦いはこれからだ」エンドだった気がするけど。
本物のプリティ☆キュートである真愛さんはどうして引退することになったのだろう?
「中学校に上がった時にね。学区の違いで小学校が違う人たちとも一緒になるじゃない?」
「うん、そうだね」
「その時に一緒になった子でね。なんて言うかな……。イジメにあってる子がいたのよ」
「うん……」
なんか僕の思っていた話とは違う上に重い展開が待っている予感。
「直接的な暴力とかじゃないんだけど、無視されたり、物を隠されたり。されてる人からしたら暴力と変わらないわよね」
「……そうだね」
「私はそれを見て注意したの。そうしたら『良い子ぶるな』とか『証拠はあるのか』とか言われて笑われたわ」
「酷いね……」
「酷いのは私も一緒ね。結局は私は傍観してるだけだったの。怖かったのよ。私もイジメられるんじゃないかって……。
何よりも一番、怖かったのはね。私と小学校が一緒だった子の中にもイジメに同調する人が出てきたことなの……」
「え?」
真愛さんは俯いてカフェオレの缶を両手で握りしめていた。よほど力を込めているのか手が赤くなっている。
「怖かったわ。自分の周りには善人しかいないと思っていたから。私は今まで何のために戦っていたのか分からなくなるほど……。
誠君は知ってるわよね? 『子供は皆、魔法の天使』って特撮ドラマ版の決め台詞。アレね。ドラマみたいにちょくちょくじゃないけど私が実際に言ってた言葉なんだ……」
「なるほど、魔法はともかく天使とか思っていた人たちが……」
「そうね。そうやってウジウジ何もしないで悩んでいる内に私は変身することができなくなってしまったわ。私も『魔法の天使』じゃなくなってしまったのね……」
「そんな……」
絶句。
何も言えない。
「でもね。三浦君は違ったの」
え? ここで三浦君が出てくるの?
「何度も何度も『止めろ!』って言い続けて、笑われたり、凄まれても諦めないで言い続けたの。ついにはイジメの標的は三浦君に移ったわ。三浦君の御座る口調はね。アレ、わざとなの。そうすれば悪目立ちするでしょ?」
「そりゃそうだけど……、三浦君、中学校時代にイジメられてたの!?」
「うん。でもすぐにそれに気付いたアーシラトさんが授業中に学校に乗り込んできてね。アーシラトさんの殺気に当てられて、ほら、アーシラトさんって悪魔じゃない? だから殺気が目に見えるのよ。で、イジメてた子たちが皆の前で失禁しちゃって。そのアーシラトさんを三浦君が止めたことでイジメは終わったわ……」
「え? 三浦君、凄くない?」
「まあ、何だかんだで三浦君もアーシラトさんと付き合い長いから……」
付き合い長ければ止められる悪魔の怒りって何じゃそら?
「……これが私が引退した。いえ、引退せざるをえなかった理由。三浦君を助けてくれた誠君には聞いておいて欲しかったの」
「そっか。辛いことを思い出させちゃったね」
「ううん。全ては私の弱さの招いた結果だから……」
「そんなことないと思うな……」
こういう時はなんて言えばいいんだろ?
僕が次の言葉を選んでいる内に真愛さんが話を続ける。
「だから私は強い人が羨ましいわ。三浦君も、誠君だってそう……」
「僕?」
「ええ。辛い事があっても立ち止まることなく新しい人生を生きようとしているじゃない。そして、まだ戦う事ができる」
「僕が戦うことができるのはね。真愛さん、僕の望む生活を守るためだよ。だから大したことじゃないんだ。
真愛さんは覚えてる? 前にこの公園でアーシラトさんと三人で話した時の事」
「ええ」
あまり上手く言いたいことはまとまらないけど、とりあえずカフェオレで喉を湿らせておこう。
「アーシラトさん。最初、僕が『普通の生活がしたい』って言ったら呆れてたじゃん?」
「そうだったわね」
「あの後で別の人にも同じ事を言って同じような反応だったんだ。しかも『普通の個人』なんて実の所どこにもいないんじゃないか? って言われたよ。でも、その人はこうも言っていたよ。僕の力を持ってすれば『僕の望む普通』の生活が送れるんじゃないかって」
「凄いことを言う人ね」
「うん。異世界の魔王だって!」
「ま、魔王? し、知り合いなの?」
「うん! 友達だよ!」
「へ、へ~」
ちょっぴり真愛さんを引かせてしまったけど、本題はそこじゃないんだ。
「だからね。『近所の商店街』を守るのも、三浦君や天童さんみたいな友達を守るのも。僕が『普通の生活』を送るために必要だからだよ。もちろん真愛さんもそう、僕に必要な人だから守るよ。
だから僕を羨む必要なんてないんだよ」
「そうかしら?」
何だかとても恥ずかしいことを言った気もするけど気にしない!
「そうだよ。それに真愛さんは強くなくても優しい人じゃない?」
「クス! ありがとう」
ショッピングモール以来の笑顔を見せてくれる。
真愛さんもすっかり冷めてしまったであろうカフェオレに口を付ける。
「いや~、でも意外だったよ!」
「何がかしら?」
真愛さんがキョトンとした顔を向けてくる。
「いや、三浦君の事だよ。アレ、わざと変な口調で話してたんだね! てっきり、なんていうか所謂、オタクって人種なのかと思ってたよ!」
「え? 今じゃすっかりオタクよ?」
「え、そうなんだ?」
「そうなのよ」
「…………」
「しかも筋金入りの」
「……そうなんだ」
「そうなのよ……」




