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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
番外編2 仁義無き争い
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EX-2-4

 宇垣たちが異変を発見したのは山間部へ向かう航路の途中だった。

 飛行物体を発見したのは探知系特化能力を持つ永野。


 視認できる距離に近づいてみるとそれは地球製の物では無かった。

 箱のような直方体がそのまま飛んでいる。

 明らかに地球の航空力学を無視した飛行物体。異星の物かどこの物かは分からない。


(これは調査の必要があるわね……)


 宇垣の心は決まっていたが、気がかりなことがあった。

 1つ目は1年生3人の練度。特化能力を見つけた古賀にしても練度十分とは言えず、永野と自分でフォローする必要がある。

 2つ目は戦闘力について。特化能力を見つけ出していない二人は言うに及ばず、宇垣、永野、古賀の三人にしたところで戦闘用の特化能力ではないのだ。

 3つ目は敵について。飛行物体を見て相手が地球人ではないことは分かった。しかし、それしか分からないのだ。人数は? 装備は? 目的は? 害意はあるのか? 向こうの探知能力は? (トラップ)の有無は?

 罠があるとして、その設置範囲は? 最悪でも永野に感知できる物なのか? 要するに敵について何も分かっていないのと一緒だった。敵であるのかすらだ。


 宇垣の出した最善の行動は「通報して他のヒーローの到着を待つこと」であった。少し離れた所で待機して、何かあったら援護に入れるようにする。新人の育成中ということを考えれば、それである程度の面目も立つだろう。


「……どうやら着陸するようですね」


 三角帽子の魔力通信で永野が連絡してくる。遠目には分からないが、彼女の能力で飛行物体がゆっくりと下降を始めたのを検知したのだろう。

 まもまくそれは他の4人にも分かるようになり、山の中腹にある廃工場の倉庫脇に着陸してしまった。


 その廃工場は大きな煙突が市街地からも見える物であったが、交通の便が悪すぎたのか宇垣たちが物心つく前には廃業していて、何の工場だったかは分からない。

 その工場の倉庫は大きさは学校の体育館程であろうか。数か所の窓ガラスが割れ、屋根や壁面のトタンがさび付いている以外はそこまで荒れている様子は見られない。


 1年生3人を地表まで降下させ、宇垣と永野は更に監視を続ける。


「……どう?」

「降りてきましたよ。獣人みたいな連中ですね……」


 確かに緑色の原っぱに紺色と茶色の何かが出てくるのを宇垣も確認した。


「……ちょっと待ってください! …………アレって……」


 不意に永野の声の調子が変わる。何を見たというのか?


「何があったの?」

「……子供です」

「子供? 獣人の?」

「いえ。黄色い帽子に赤いランドセル。恐らくは地球人の小学生です。その子が獣人に抱きかかえられて倉庫に連れ込まれました」

「何ですって?」


 もはや面子がどうとか言ってられる状況では無くなってしまった。依然、状況は不明なままだ。子供がまだ生きているのなら、それがいつまでなのか誰にも分からない。他のヒーローの到着を待っていることなどできやしない。戦術としては間違っているのだろうが、宇垣の任侠道がそれを許さなかった。


「永野さん! 私たちも降りて3人に事情を説明しましょう。あ、ああ、それは私がやるわ。貴女は降りたら災害対策室に通報して頂戴! それから地表スレスレの低空飛行で倉庫に近づくわよ!」

「はい!」




 宇垣たち5人と気を失ったままの小学生は倉庫の一画、彼女たちの背よりも高く積み重ねられた廃材に立て籠もっていた。

 廃材に身を隠したまま魔法半自動拳銃(マカロン)で獣人たちと撃ち合っていた。


 地表スレスレを飛んで接近したのは良かった。幸い1年生たちも事の重大さを理解して皆付いてきてくれたし、獣人たちに気付かれずに速やかに接近することができた。

 獣人たちの見張りを音も立てずに始末できたのも良かった。永野の魔法で見張りたちが互いに連携できる場所にいないことを確認した後、静音魔法(サイレンサー)を掛けた宇垣のマカロンの一撃で入り口近くの見張りを倒すことができたのだ。

 子供をすぐに保護できたのも良かった。全員で倉庫に突入した際、倉庫の中は薄暗いものの、天井近い高い位置に設置された窓のおかげで倉庫内を見渡すことができた。子供は獣人たちの一団から離れた壁の近くに転がされていた。

 獣人たちが大して強くないのも幸いだった。火力に特化した魔法少女がいなくても宇垣たちで十分に戦えたのだ。ヤクザガールズ標準装備のマカロンで十分に撃破可能な敵であったし。敵の武器は腕部に取り付けられた大型の釘打ち機のような武器で、その先端から圧縮空気か何かでペレットのような物を撃ち出してくる。速射性は高いが「連射」というほどではない。


 宇垣たちにとって災難であったのが獣人たちの数であった。

 なるほど航空力学を無視した直方体の飛行物体だけあってスペース効率は抜群ということか。あるいは宇宙船かそれに準じた物だと思っていたアレは大気圏内用の機体でその分、予想よりも乗員スペースが大きいのかもしれない。

 マカロンの弾はすぐに撃ちきり、障壁魔法を展開したまま魔法短刀(ドス)での接近戦を仕掛けてみたものの、続々と倉庫内に現れる増援に宇垣たちは廃材が積まれた一画に追いやられていた。


 撃ちきったマカロンの弾倉を抜き取り、弾倉に細かく刻まれた魔法陣に魔力を通して弾薬を具現化。その作業に人により差があるが集中して20秒以上。そしてマカロンの弾倉の装弾数は8発。何も考えずに撃てば5秒程度で弾切れだ。

 宇垣は射撃の苦手な豊田に再装填だけをやらせているが事態は芳しくない。


 全員が紺色の防護服のような物を着込んだ獣人たちは、全身が茶色く毛足の長い毛で覆われている。そいつらが怒りの感情を隠さずに唸り声のような雄たけびを上げ続ける。1年生たちは今にも泣きだしそうになりながら必死で戦い続ける。


 幾度か獣人たちがテニスボール大の球体を投げ込んでくるのを、宇垣と永野が協力して展開した魔法障壁で防いだ。思った通り球体は直後に爆発して破片をまき散らす。手榴弾だ。


「不味いわね……。古賀さんと加藤さんも再装填だけやって。長期戦よ!」

「「はい!」」

「あと、古賀さんは魔力を切らさないようにして」

「は、はい!」


 二人に再装填に専念させたのは長期戦を覚悟してばかりではない。震える手で銃を撃った所で当たるわけがない。魔力の無駄だ。

 他のヒーローの救援が来るまでに自分と永野の魔力が枯渇してしまえば手榴弾を防ぐ手段が無くなる。1年生たちにはまだ全員をカバーできる魔力障壁は張れないのだ。古賀に魔力の温存を指示したのはそのためだ。彼女の能力「魔力譲渡」で自分と永野の魔力を回復させて凌ぐつもりだった。


(……さて、これでどうなるか……)


 射手は4人から2人になったが、命中弾の期待できる二人だ。その二人の射撃速度は上がっているのだ。これで助けが来るまで耐えてみせる。

 しかし、宇垣の決意は早々に打ち砕かれる事になる。


「宇垣さん! あ、アレ……」


 一早くソレに気付いた豊田が声を上げる。

 彼女の指差す方向にあったのは、倉庫入り口を破壊しながら入って来ようとする大型の4脚の機械だった。

 ソレは例の飛行物体のような直方体のボディに、バッタの後脚のような折れ曲がった脚部を4つ備え。ボディのスリットが赤く光っている。装甲車か戦車のような役割であろうか? 

 いずれにしろマカロンの魔法弾が通用するような相手ではないだろう。そしてアレの火力や質量に自分と永野の魔法障壁は耐えられるだろうか?

 宇垣を絶望と後悔が襲う。


「宇垣さん。生きているなら全力で障壁を張りなさい」


 ほんの一瞬ではあるが茫然としていた宇垣に三角帽子の通信が入る。言われるがままに永野と障壁魔法を展開すると……


 ドオォォォーーーン!!


「きゃあ~~~!」


 凄まじい衝撃音と共に土砂や何かの破片が彼女たちを襲う。

 何かの爆発であろうか? 三角帽子に通信魔法をかけてきたということは通信相手もヤクザガールということだ。自分の派閥の人間はすべてここにいる。反目している私たちを助けに来たということか。では誰が? そういえば山本の特化能力とは一体? この爆発は山本による物なのか?


 土煙が晴れた時、倉庫の壁の1面ごと4脚戦車は消え失せていた。

 代わりにそこには大きなクレーター。クレーターの中心に箒にまたがった栗田と小沢だった。

 小沢を乗せた栗田の箒は、倉庫内に残った獣人たちの集団に向け飛行を開始。

 呆気に取られていた獣人たちも応戦を始めるが栗田の障壁魔法に遮られ、ついに二人は獣人集団の中央へ辿り着く。

 そこで小沢が箒から飛び降り2丁拳銃で戦闘を開始する。ヒラリヒラリと獣人の攻撃を交わしながらスコールのような射撃を浴びせていく。小沢の特化能力「高速リロード」は乱戦の中でこそ真価を発揮する。


 小沢を下した栗田は一目散に集団を飛びぬけ、宇垣たちの元へ飛んでくる。


「貴女たち! 全員無事! 怪我した人は!」

「く、栗田さん。貴女、何で……」

「そんなことはいいから! 怪我した人はいないの! って、宇垣さん怪我してるじゃない!」


 いくらか前に獣人の放った弾が腕にかすった傷がまだ完治していない。魔力が尽きかけている証拠だ。慌てて古賀が駆けよってきて宇垣の魔力を回復させる。


「貴女たち! 皆で小沢さんを援護するわよ!」


 助けが来たことで気が抜け、精魂尽き果てた様子の宇垣に代わり栗田が指揮を執る。

 栗田と小沢が駆けつけたことで3人の1年生たちも勇気100倍。先ほどまでの体の震えも治まり、射撃で次々に命中弾を与えていく。

 倉庫内に残った獣人たちを一掃するのにさほど時間はかからなかった。




 獣人たちに拉致されていた子供は無数の銃声は栗田の起こした爆発音でも目を覚ますことはなかった。恐らく睡眠薬か麻酔薬のような物を使われているのだろう。脈拍や呼吸は正常。医療機関に任せてもいいだろう。

 その子を小沢が背負い、宇垣に栗田と古賀が肩を貸しながら皆で倉庫を出る。永野、豊田、加藤は自分の足で歩くことができた。

 一行が倉庫から出ると丁度、山本と井上が獣人たちの飛行物体から降りてきた所だった。


「あっ! 皆、無事だった!?」


 一行を飛び切りの笑顔で問いかける山本の顔は返り血で真っ赤に染まっていた。


「こっちも終わったよ!」


 両手を頭の後ろで組んだ井上も笑顔。山本とは対照的に一切の汚れは見られない。




「……山本さん。三代目は貴女がやりなさい……」


 拉致されていた子供のための救急車と、市の災害対策室の調査隊を待つ間、一行は原っぱに座り込んでいた。

 宇垣が山本に負けを認めたのはその時だった。

 抗争相手に命を助けられたのだ。山本たちの救援が無ければ自分はおろか親友も後輩たちも助けるべき子供命を落としていただろう。

 宇垣はそれを無視して選挙戦を続けるほど恥知らずでは無かった。


「ありがとう。宇垣さん!」


 ビショ濡れ、血まみれの山本が礼を言う。

 戦闘の後、井上が文字通りひとっ飛びして自販機から水のペットボトルを買ってきて、それで顔だけは洗っていたが代わりに服が水で余計に濡れていた。


「宇垣さんも梓ちゃんも、できれば他の皆も聞いて欲しいな。なんで私が組長になりたかったか……」


 山本の言葉に全員が顔を向ける。少し遠くにいた小沢が近づいてきて座るのを待って言葉を続ける。


「夏休みの間に3年生の人たち皆死んじゃった。組長(オヤジ)若頭(カシラ)も……皆、良い人たちだったのに。何でだと思う?」


 敵が強すぎた。多すぎたという次元の話ではないのだろう。全員が息を飲む。


「皆、あ、豊田さんと加藤さんはまだだけど。特化能力を見つけて、それをある程度に鍛えてしまえば一人前の魔法少女だと思ってない? それが間違ってると私は思うの!」

「?」

「私たちはプリティ☆キュートじゃないんだよ!」

「どう言う事?」


 疑問にたまらず口を挟んだのは栗田だった。少し前に組事務所で栗田が山本に問うたように栗田は何のために山本が組長をやりたがるのか疑問に思っていた。だがそれが語られるというのに山本の口から飛び出したのは過去の魔法少女だった。


「梓ちゃんも皆もプリティ☆キュート知ってるよね? 私も大好き! 一人で大人でも叶わない強い敵を簡単にやっつけるほど強いのに優しくて……」


 栗田の疑問の答えに関係あるのか、無いのか話は続いていく。


「でもプリティ☆キュートほどの素質を持った子がいないからラビンは魔法少女を組織化する道を選んだってのは皆も知ってるよね? なのに皆、特化能力さえ見つけてしまえば一人前だと思って任侠だなんだ言って一人で突っ込んでいって死んでしまったの。

 私たちはヤクザガールズ。所詮は半端者の集まりなんだよ」

「そりゃ言い過ぎだろ! オヤジたちは無駄死にだって言いたいのかよ!」


 今度は井上が口を出す。埼玉で直接、3年生たちの死にざまを見てきた彼女には山本の言は受け入れがたいものだった。


「そんなことは私だって言いたくないよ。でも皆、プリティ☆キュートとは比べ物にならないくらい弱いのに、プリティ☆キュートと同じくらい優しかったんだろうね。だから自分一人で何でも背負い込んで死んでいってしまったの……」


 山本の目にはいつの間にか涙が浮かんでいた。山本だって3年生たちに良く懐いていたのだ。


「だから私はさくらんぼ組を……、もう一度、その辺を考え直して欲しいの! 個人技じゃなくて連携を重視した戦術を考えていきたいの! だから宇垣さん!」

「はい?」

「貴女も私のさくらんぼ組に必要なの。今日、学校から飛んでいく所を見たけど アレは宇垣さんが自分なりに考えたんでしょ?」

「ええ。そうだけど?」

「少し違うけど私の考えていることも近い所にあるんだよ!」


 栗田は考える。山本は宇垣たちのV字編隊を「全然だ」とも言ったが「惜しい」とも評していたな。連携戦術の再認識とそれに向けた訓練か。

 それにしても夏休みまでは昔からの知り合いである自分の後ろばかりついてきた子がこんな事を考えていたなんてな。

 もう彼女にカッコつけようと無理をする必要も無いのかな?


 更に山本の演説が続いていくが救急車の到着で一旦、話は中止となる。




「梓ちゃん!」


 救急車の去った後、山本が栗田に話しかける。


「さっきの私、どうだった?」

「ええ、中々に恰好良かったわよ。これで血や泥で汚れてなければ最高なんだけどね」

「もう!」


 そうやって拗ねる所は昔から変わっていない。


「ふふふ、嘘よ!」

「エヘヘ、アリガト! 所で梓ちゃん。お願いがあるんだけど……」

「なあに?」

「良かったら梓ちゃんにこれからも私を支えて欲しいんだ!」

「もちろんよ。さっきの貴女、ちょっと前まで私の後ろを付いてきた子がこんな事を考えていたんだって自分の事のように嬉しくなったわ。よろしくね。組長さん!」

「うん!」


この数ヵ月後、栗田さんは山本さんに鉄砲玉にされます\(^o^)/


今回で番外編2弾は終わり、本編に戻ります。

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