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「あら?貴方が石動君?サイレンも鳴ってたし心配したわよ~」
「すいません、道に慣れてないのに迂回するのに手間取っちゃって…」
登校初日は早めに来て職員室に顔を出すように言われていたんだけど、例の昆虫ロボットのせいで始業近くになっちゃった。
「ええと、書類は全部揃ってて、授業用のタブレットの設定は大丈夫? 無線LANとか……」
「あ、大丈夫です。」
ええ大丈夫ですとも。なんなら自前の電子頭脳でちょちょっとハッキングかましちゃいますから。
「それじゃSHRの時間だし一緒に行きましょうか。あ、それからこれ。」
「あ、どうも。」
手渡された1-Bの襟章を歩きながら学生服に取り付ける。
担任の安井先生は面倒見の良さそうな女性で少しだけ安心する。ただ現代社会が担当のハズなのに上下ともにジャージなのは何故だろう?
「起立、礼、着席」
「皆、おはよう!入学早々、不登校疑惑のクラスメイトが初登校してきたわよ~。石動君、何か一言!」
「い、石動誠です。こっちには最近、引っ越してきたばかりで前はM市に住んでました。よろしくお願いします」
ま、まるで転校生のような扱い。僕は僕で転校生のような挨拶。
「そこの空いてる席が貴方の席よ~」
今日は欠席者がいないお陰で自分の席が一目で分かる。窓際の後ろから2番目。出席番号順ではなく恐らく最初の席替えは済んでいるのかな? なんて考えながら席まで歩いていると……
「石動君、こないだまで変身ヒーローやってたんだって~皆、仲良くしてあげてね~」
「「「ハーイ!」」」
「ファ!?」
思わず変な声が……てか、先生? 安井先生? 別に隠してる訳じゃないし、カメラに何度も撮られてるけどさ。その辺はデリケートかつプライバシーの問題じゃないですかね? 皆も皆で妙に落ち着いてるし。
お陰でその後のSHRはドキドキしっぱなしで何の話だったか覚えていない。
「石動さん、えっと、俺の事、覚えてます?」
昼休み、クラスメイトの男子が話しかけてきた。
「君は……明智君!?」
忘れる訳が無い。彼は「世界で最も有能かつ世界でもっとも不運な中学生」とかいう妙に長い二つ名を持つ頭脳で戦う異色の元ヒーロー。そして……
「埼玉の黄昏以来ですね」
そう彼とは一度、共に戦ったことがある。
「久しぶり!元気だった?」
「え? ええ! 元気でしたよ。それで……あの一つ聞き難いことなんですけど……」
いやぁ、慣れない街の新生活で知り合いと会えると嬉しいなあ。で聞きたい事ってなんだろ?
「何、何?」
「俺の記憶が定かなら、石動さんって年一つ上じゃないですか?」
「…………」
「…………」
訪れる沈黙。
ふふふ、「記憶が定かなら」って、地上の支配権をかけて地底人と3種のデスゲームをやり遂げた頭脳が間違えることなんてあるんですかねぇ……。
「明智君の記憶に間違いはなかとですよ?」
「で、ですよねぇ! あ、残党狩りの潜入捜査とか?」
「それは入学式の日から昨日までに済ませてきました……」
「あ、、、それはお疲れ様です」
「いえいえ、機動装甲忍者さんが手伝ってくれましたから」
「…………」
「…………」
またも訪れる沈黙。
「いや、一昨年は受験どころじゃなくて……」
「ああ! それじゃ本当に?」
「そういう訳で只の同級生なんで、敬語とか止めてください」
「ああ、分かった。誠も普通に話してくれ」
切り替え早いな!
「あっ、僕はこれが素なんです」
「ん?埼玉の時は……」
「いやぁ、あの時はいっちばん荒んでたので」
照れ隠しに頭を掻いてみる。黒歴史というか何というか。顔、赤くなってないかな?
「そ、そうか。俺はこっちが地元だ。分からないことがあったら聞いてくれ。世話になった分、借りは返す」
「うん、よろしくね」
「なあなあ、今の話ってマ?」
いきなり隣の女子が話しかけてきた。僕と違って人見知りしないのだろう。スポーツでもやっているのであろう均整の取れた身体と、冬の間に薄れたであろうがなお褐色に焼けた肌。そして能天気なニヤケ顔はそういう印象を抱かせた。
「マって?」
「マジの略だ。彼女は『今の話は本当か?』と聞いているんだ」
明智君が教えてくれる。女子高生は何でも略すって言っても1文字はさすがについていけないよ。
「えーと、去年は荒んでたって話?」
自分の口から出たこととは言え好んで喋りたい話題ではない。今でもたまにベッドの中で思い出し、恥ずかしさで枕を抱えて身悶えるくらいなんだよなぁ……。
「いや、そっちじゃなくてさ年上って話さ。マコっちゃん、そんな可愛い顔してダブりなの!?」
「落ち着け天童、留年じゃなくて高校浪人だ」
明智君がフォローを入れても天童さんの勢いは止まらない。いや、フォローになってるかなぁ?
てか「マコっちゃん」って僕と貴女、今が初めての会話ですよね?馴れ馴れしすぎじゃありません?まぁクラスに馴染めないよりはいいか。
「なぁなぁ、でさでさ! マコっちゃんの兄貴ってデビルクローってマ?」
「え? うん、そうだよ」
「えー、マジ!?アタシ、デビルクローちょー好きなんだけど! 去年サイン貰ったし、一緒に写真撮ったし!」
天童さんはますますヒートアップして僕にスマホを突きだしてくる。どうやらその時の画像データを見せてくれるようだ。
1枚目は帽子を被った私服の天童さんと兄ちゃんの2ショット。2枚目は天童さんの帽子にサインペンで書かれた兄ちゃんのサイン
『DEBIRU CROW』
……兄ちゃん。何でデビルはローマ字でクローは英語なの? しかも爪じゃなくて烏になってるし!
「……」
駄目だ!これはいくらなんでも擁護できないよ兄ちゃん。
「へ、へぇ、、、この写真、いつ撮ったの?」
僕は話を逸らすことにした。
「去年のゴールデンウィーク! 偶然、ザイオンのショッピングモールで見かけてさあ!」
ん?去年のGW? その頃に僕はARCANAの洗脳が解けたばかりで、その引き換えに兄ちゃんは行方不明になるし、両親は殺されてて、バンバン刺客は送られてくるし、もうしっちゃかめっちゃかだったのに。ザイオン? 兄ちゃんザイオンのショッピングモールで遊んでたの!?
「ふむ、ちょうどその時期は仁さんが行方不明になっていたのを上手く利用させてもらって、遊撃戦力として働いてもらっていた頃だな。いわゆる埼玉ラグナロクの前哨戦というヤツだ」
「なんだ、明智んもいっちょ噛みしてたのかよ~」
僕の知らない兄ちゃんの仕事。明智君は薬指で眼鏡を直しながら僕に向き直る。
「結果、誠の一番辛い時期に仁さんを借りてしまったことになるな。すまない」
頭を下げられるが明智君が悪い訳じゃないのは僕だって分かっている。
「ウチの兄ちゃんは凄い役に立ったでしょ?」
「ああ!我々の切り札だった!」
嗚呼、兄ちゃんは何処にいても兄ちゃんだったんだ……
それにしても僕も兄ちゃんとザイオンのショッピングモールで遊びたかったなーーー




