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僕たちの前に現れた「Re:ヘルタースケルター」のサイ型怪人。
地に降りた僕が芝生がめくれ上がるのにも構わずに大鎌を振り上げて駆けていくと、怪人も油の切れた機械のようにギ、ギ、ギと途切れ途切れの動作を少しだけも見せるが両手のランチャーを振り回してくる。
「……なに! きゅ、旧式の動きじゃ……」
「てけり・り」
元々、棍棒としても使えるようか肉厚に作られているランチャーを胸の装甲に叩きつけられて僕は園庭を転げまわる羽目になってしまう。
僕は電脳内データベースに記録されていた過去の「Re:ヘルタースケルター」怪人のスペックから目の前の怪人の性能を推測していたのだが、先ほどのぎこちない動きとは裏腹にサイ怪人は僕の予想を遥かに上回る動きを見せて大鎌の間合いの中に飛び込んできたのだ。
パワー、スピード、反応速度。
いずれも僕の電脳が導き出した推測データの2~3倍の能力を持っている?
僕のポンコツ電脳の推測に使ったサンプルが不十分なものだったのかと参照したアーカイブを確認してみるけどARCANAがどこからか入手したデータには42体のRe:ヘルタースケルター怪人のデータが収集されている。
その中には「セイウチ型怪人」や「カバ型怪人」といった目の前のサイ型怪人と体格のよく似た重厚なタイプの怪人のデータも収められていて、戦闘力の推測には十分なハズだった。
とても2~3倍の差が出るとは思えない。
考えられるのはサイ型怪人は強化されているという事。
「Re:ヘルタースケルター」なんて組織はもう10年以上も昔に壊滅しているハズで、その残党が「UN-DEAD」に合流して別の組織や異星人の技術で強化されたという可能性も否定できないけれど、その可能性よりも僕の心を捉えていたのは怪人の体表の所々を覆っている黒い粘液質の物体、ショゴスだった。
ヘドロのように黒いのに虹色に光を反射するショゴスは怪人の間接部や、目や鼻などの開口部を中心に覆っていて、怪人は汚泥に塗れた死体のような風体に成り果てている。
そのショゴスが怪人が強化されている秘密なのではないだろうか?
古代生命体ショゴス。
そのデータは少なく、僅かにアメリカのミスカトニック大学の南極調査隊が南極の極点付近で発見した遺跡の内部で遭遇した記録が残されているくらいだ。
当然、その生態もほとんど分かっていない。
遺跡に残されていたレリーフなどから遺跡を作った人類誕生以前に外宇宙から飛来して地球を支配していた種族の奉仕種族であった事や、調査隊のメンバーの数人を殺害した経緯から動物を捕食する事が分かっているくらいだ。
だが目の前の怪人は見た感じだけれど「捕食されている」というよりも「寄生されている」ような印象を受ける。
何年も前に潰れたハズの「Re:ヘルタースケルター」の怪人。
壊滅した組織の残党たちの寄り合い所帯である「UN-DEAED」。
そしてその「UN-DEAD」が壊滅したと時を同じくして現れた旧支配者クトゥルー。
クトゥルーの咆哮の混乱を狙ったようなタイミングで子羊園を襲ったナイトゴーント。
そのナイトゴーントは旧支配者ナイアルラトホテプの眷属だという。
そしてナイトゴーントと共に現れたRe:ヘルタースケルター怪人に寄生しているショゴス。
僕はもう少しで何かが1本の線で繋がるようなもどかしさを感じていた。
人類の有史以前に地球を支配していたという種族も旧支配者だとしたらどうだろう?
一連の事件にはすべて旧支配者が関わっているとしたら?
当然、糸を引いているのは邪神ナイアルラトホテプだろう。
太平洋に現れたクトゥルーはまるで眠っているように欠伸のような咆哮をしただけだし、ショゴスを使役していた種族は滅んでいて、ショゴス自体に知能があるのか分かったものではない。
いや、まだパズルのピースが足りないか……。
「てけり・り……」
芝生の上をころがりながら、ふと考え込んでしまったけど、怪人の、あるいは寄生しているショゴスの鳴き声で我に返る。
その声は小鳥の鳴き声のようでありながら、どこか薄ら寒い怖気がするようなものだった。
怪人が僕に両腕のランチャーを向ける。
右手に5連装、左手に4連装の大型ランチャー。
そして僕の後ろには羊の群れのように固まっている近所の人たちやシスターたちが。
まずい。回避する事ができない!
ランチャーが発射された。
「ぼんっ!」という軽い気の抜けたような音とともに左右の砲身から白煙が上り、2発のグレネード弾が迫ってくる。
半ばまでエネルギーチャージが完了していたビームマグナムを引き抜いてファニングで3連射。
2発はそれぞれ空中のグレネードへ命中して誘爆させ、残る1発はサイ怪人の胸板へと伸びる。
そして僕もロケットを吹かして怪人へと向かっていく。
誘爆するグレネードの爆炎に煽られながらもその中を抜け、飛び散る破片に装甲を打たれながら。
「ハッッッ!!」
大鎌の一撃が怪人の太い首を切り裂く。
横一文字に抜けた大鎌は怪人の首を両断し、僕は勝利を確信する。
でも……。
「てけ……り・り!」
「えっ……?」
切り離されて飛ぶだけだと思われた首の断面からは黒い粘液が現れて糊のように傷口を塞ぎ、怪人は何食わぬ顔で僕にランチャーを発射する。
「うわあああああ!!!!」
「誠ッ!!」
「石動さん!」
「マっちゃん!」
粘着榴弾。
徹甲弾や対戦車榴弾のように装甲を貫通する事が目的ではなく、装甲に張り付いてから爆発する事で爆発の衝撃を内部に伝えて破壊する兵器。
その特性から高初速を必要としないためにグレネードランチャーにも向いている粘着榴弾2発の直撃を受けて僕は地面に叩きつけられる。
僕の悲鳴を聞いてアーシラトさんたちもこちらに駆け寄ろうとするけれど、雲霞のように殺到するナイトゴーントの群れに阻まれていた。
不幸中の幸いといったところか、僕の装甲は運動性を阻害しないように複雑に配置されていて、薄い装甲でも2重、3重に重ねられている所がほとんどだ。
その装甲配置が空間装甲のように粘着榴弾の衝撃をいくらか和らげてくれたおかげで大破は免れていた。
でもそれでも被害は甚大。
バイタルパートに納められた生命維持装置や時空間エンジンこそ無事だったけれど、フレームの所々はひしゃげて、あるいはヒビが入り、腹部の人口筋肉もズタズタにされていた。さらにはロケットのシステムもエラーが発生して使用不能になってしまっていた。
しかもビームマグナムで胸板を撃ち抜いて、首を切断したハズのサイ怪人にはさしてダメージは見られない。
首と胸の傷口にはおぞましい粘液質が体内から浮かび上がっては傷口を塞いでいたのだ。
つまり僕はロクに動けなくなった上に次の攻撃には耐えられないというのに、逆にサイ怪人の方は本来ならば致命傷であろうダメージも即時にショゴスが代替してしまうという事。
さすがにこれはマズい……!
さて、どうしたものかな?
だけど、僕の後ろの方で勢いよくドアを開けて誰かが飛び出してくる音が聞こえてきた。
「誠君ッ! 火よ! そいつは火に弱いわッ!!」
「真愛さん!? わ、分かった!」
真愛さんは僕の危機を見て、助言を与えるためにたまらず飛び出してきたのだ。
とはいえ「爆炎の魔法少女」と呼ばれていた現役時代の真愛さんと違って、僕には火炎放射の類の機能は無い。
ただ僕には火が使えないと言っても、他にやりようはある。
「こないだのアレ、いける?」
背中のラッチから引き抜いた殺人鬼の洋鉈、マーダーマチェットに問いかけると洋鉈は返事もなく勝手に動き出して僕の手を離れてサイ怪人へと飛んでいく。
まっすぐ敵に向けて飛翔する洋鉈はサイ怪人に直撃し、その重装甲に阻まれるものの、その場で草刈り機のように高速回転を始める。
「てけり・り!?」
「オルタナティブ・マーダー・フレイム!」
怪人の装甲に阻まれながらも高速回転を続けるよう洋鉈は火花を散らしてブ厚い装甲を削り、さらに回転の速度を増して、僕の発声とともについに発火した。
炎は燃料も無いというのにすぐに全身へと回って、怪人はその場で倒れる事もできずにダンスするようにもがき苦しみだした。
それは科学的反応である炎ではない。
“邪悪”に対する憎悪に燃える殺人鬼の胸に宿っていた炎。
悪を焼き尽くす地獄の業火だ。
苦し紛れか炎に巻かれながらも周囲にグレネード弾を撒き散らすサイ怪人だったけど狙いは滅茶苦茶。味方であるハズのナイトゴーントもグレネードの爆発に煽られて吹き飛んでいるほどだ。
僕は四方八方へ飛んでいくグレネードの内、近所の人たちに危害がありそうなものだけを大鎌を奮って迎撃し、時空間エネルギーの収束を始めた。
演算が終わると同時に僕からサイ怪人へと続く光の円環でできたトンネルを作る。
地面と水平に伸びるそれは光の砲身。
ロケットの使えなくなった僕はズタズタになった人口筋肉を上手くごまかしながら飛び蹴りの姿勢で光の砲身へと飛び込む。
「デスサイズ! キック!!」
時空間フィールドで加速された僕は蹴りの姿勢を保ったまま1発の砲弾になった。
火達磨となったサイ怪人も頭部の太い角を赤熱させて僕を迎え撃とうとするけれど、いくらショゴスによって強化されたといっても時空間エネルギーで加速された物体に反応できるようなものではない。
僕のデスサイズキックの直撃を食らったサイ怪人は砂糖菓子のように脆くも崩壊してさらに爆発四散、あるいは地獄の業火に焼かれて消し炭へと変わっていく。
……ていうか真愛さん、スゲェな……。
ARCANAの連中ですら知らなかった「ショゴスは火に弱い」って情報、どこで知ったんだろね。
どうせ、前に倒した事があるってパターンなんだろうけど、改めて彼女の活動期間の長さに敬服する。
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