8-2
デブゴンを誘ったのは私からだった。
前日の下校中にドラマの話をしてて、その原作のマンガの話になったんだ。今から揃えようと思っても、近所の小さな本屋じゃ最新刊しか置いてなくてなーって。本屋に注文して待たされるのもネットで注文するのも面倒だし、来るのを待ってるのが嫌いなんだよなーって。
そしたらデブゴンがさ。最寄りの駅から2駅の「アニメティー」はいかがで御座るか? って言ってきたんだ。
なんでもマンガとかアニメやゲームの店らしくてさ。本はマンガとライトノベル(軽い小説ってなんだろな?)しか置いてないから、その分、品ぞろえがいいらしくてさ。ドラマ化して話題のマンガだから置いてるんじゃないかって。
で、場所を聞いたらさ。駅のすぐ近くってのは助かるけど、何だか聞いたことないビルの4階だか5階だって言うし。詳しく聞いてもなんだかチンプンカンプンだったし、丁度、明日が学校が休みの日だし付き合えよって言ったら、気前よくOKしてくれたんだ。
待ち合わせ場所の最寄り駅で既に待っていたデブゴンは予想通りのケミカルウォッシュ&ネルシャツ&バンダナのファッションだったけど、私のヘアアイロンでいつもより多めに巻いたカールにすぐに気付いたのは意外だったな。まあ休日に外出する時はいつもそうするんだけどさ。
前日の内に駅近で昼飯食ってから行こうぜって言ってたし、私の頼みで案内してもらうんだからファストフードくらいなら奢るよって言ってもさ。「拙者も今期のグッズをチェックしに行かなきゃいけないのでついでで御座るよ」って言うし、あいつ結構いいヤツだよな!
結局、ファミレスでランチを食べたんだけど、普段の学校の昼飯って弁当かパンじゃん? だから初めて気付いたんだけど、あいつ熱い物を食うと凄え汗かくんだな!
そら汗止めにバンダナも必要だわ。
食後にドリンバーをおかわりしてゆっくりしてたら、汗が引いてきたのかバンダナを新しいのに交換して「そろそろ電車の時間で御座る」って言われて、会計を済ませて駅に行ったら時間ピッタリでさ。アタシ一人だったら絶対に乗り遅れてたわ。てかデブゴン。鉄オタの趣味もあったのかよ。
そこまでは良かったんだ。そこまでは。
2駅先の東H駅で降りて、駅裏の方の雑居ビルだっていうから付いていったけどさ。これは案内してもらって正解だったわ。
すぐ近くにラブホ街もあるし、なんか寂れた一画でアタシはこっちには来たことなかったもんな~。
「あのビルで御座るよ」
デブゴンが指差した先には紺と橙色の看板があった。まだ距離があって、何て書いてあるかは分からないけど、あれがアニメティーだろう。
キイーーーー! ドゴン!!
駅前だというのに閑静な街に突然、甲高い音と衝突音がしたんだ。
甲高い音はテレビや映画でよく聞く自動車のブレーキ音にそっくりで、衝突音も何か大きな物が何かにぶつかったように思えてさ。あっ、これは交通事故だなって思ったんだ。
野次馬根性がなかったと言えば嘘になるけど、救助を必要としている人がいるかもしれないって思ったら、いてもたってもいられなくってさ。
デブゴンが「ちょっと待つで御座る!」って制止するのも駆けだしてしまったんだ。
ビルの谷間を抜けて国道に飛び出したアタシが見たのは1台の横転した車両。それと車に群がる一群だった。
横転した車は警備会社のロゴがペイントされた1ボックスで、後部座席の窓が無いところは現金輸送車を連想させた。それはいい。
問題はその自動車に群がっている連中で。3人(人?)は猫科の肉食獣を思わせる2足歩行の怪人で、2人はヒョウ柄。1人は全身が黒……、いや、黒い方も薄っすらとヒョウ柄模様が見える。残りはテレビのニュースで見たことがある何処ぞの組織の戦闘ロボットが20、いや30くらい?
自動車に群がり積み荷を物色していた連中が、急に何か色めきだって「やべ! 見つかった!」と思ったんだけど。いや、奴らは何かを発見したんだけどさ、それはアタシじゃなくて道路の反対側にいる子供だった。
その子は幼稚園の年長か小学校の低学年くらい? 妙に襟足の長い男の子だった。そんな小さな子が怪人の大群を見て茫然としていた。てか、親はどこだ? それっぽいのどころか見渡す限りアタシ、その子、怪人集団しかいない。
マジかよ……
豹型怪人の1体が先頭に立ち戦闘ロボを3体引き連れ、その子にゆっくりと向かっていく。
子供は立ちすくんでいるのか動かない。
「…………クソ!」
思わず走りだしていた。
途中で怪人共に気付かれたが子供の前に出ることに成功する。あるいは、そもそもアタシを脅威とみなしていないので急いで対処する必要がなかったのか。
そりゃあそうだろう。アタシだって何も考えていない。こっから先は完全ノープランだ!
……どうしよう?
アタシの心中を知ってか知らずか、豹型の口角がニヤリと上がる。
笑いやがった……。これから殺す相手を、命を奪う相手の事を笑いやがった……。ああ、アタシはいつだって無力だ。
せめて子供の手を繋いでおく、目は豹型を見据えたまま。こうしておけば豹型の動きに応じて、この子を突き飛ばす事ぐらいはできる。それで何秒かはこの子は生き延びられる。例え1秒でも、2秒でも。
最後まで諦めてはならない。
豹型が右腕を振り上げる。既視感。けれど……。
「んほおおお!」
「うお!」
デブゴンのショルダータックルが豹型怪人に炸裂する。右腕を振り上げていたために脇腹にクリーンヒットだ。デブゴンの100kgを超える体重から生み出された衝撃は怪人を転倒させてしまう。
走った距離が長かったのかトップスピードのピークを過ぎてしまっていたのはご愛敬だ。
「あqswえrftgyふじこlp」
続いて奇声を発しながら、背負っていたリュックを振り回して戦闘ロボットを牽制する。それで戦闘ロボを数歩退かせることに成功してしまう!
「ぜはぁ……ぜはあ……。て、天童氏、その子を連れて逃げるで御座る! 君も走れるで御座ろう!?」
「……う、うん」
「お、おま。デブゴンはどーすんだよ!」
息、上がってんじゃん! すでに!
「おのれ……この豚がァァァ!」
怪人の方もノーダメージじゃん!
それでも何でか。事態は1ミリたりとも好転してないのに安心している自分がいるのに気付いた。今なら走れる!
「で、デブゴンも逃げるぞ!」
「もちろん、頃合いを見て拙者もドロンさせてもらうで御座る」
「逃がすと思ったか! 豚め!」
「ぬほっ!」
そう言ってデブゴンに襲いかかる豹型。デブゴンは転げ回って回避、アタシたち二人の前に出る。ナイフのような爪でデブゴンの背後にあったコンクリートブロック製の塀はバターみたいに切れてしまう。まともに食らったら不味い……
「豚の癖にすばしっこい野郎だ!」
「はっ! 猫が豚を殺せるのか?」
え? デブゴン? 「御座る」は?
「何だと! 俺たちを誰だと思っている! 俺たちヤグアル兄弟は……」
「『超次元海賊ハドー』だろ? お前なんぞ知らんが、引き連れてるロボットはそうだろ?」
ひとしきり怪人を挑発してから、こちらを振り返りデブゴンが言う。
「さ、早く!」
「死ぬ気かよ!」
子供を逃がさなきゃいけないのに、デブゴンを置いていくことが躊躇われた。もしかしたら、もう2度と会えないんじゃないかと思って。
「……ご心配召されるな。拙者、ハードディスクにまだ見てないアニメがまだあるで御座る」
アタシを気遣ってか、いつもの口調かつ笑顔で喋るデブゴン。もちろんアタシらを逃がすための嘘だってことぐらいはアタシにも分かる。ハードディスク云々ってのは分からないけど……
ここまで言わせてアタシは動けませんでした、じゃ女が廃るってヤツだ!
「君! 走るよ!」
子供の手を引いて走りだす。
「まて! 逃がすか!」
アタシらを追いかけようとする怪人の顔面にリュックを投げつけ、デブゴンが更に挑発する声が背後から聞こえる。
「来いよ、ニャンコ! マタタビは無いけどな!」
走る。
走る。
走る。
角を曲がったところでスマホをポケットから取り出し、走りながら操作する。子供の手を引きながらだから片手でだ。
電話→マコっちゃん→発信。
トゥルルルル トゥルルル トゥルルル
お願い! 早く出て!
「あ、モシモシ? 天童さん?」
「ま、マコっちゃん? 助けて! 町に怪人が出て!」
「え!?」
「アタシと巻き込まれた子供を逃がそうとデブゴンが! デブゴンが!」
そのまま事情を説明する。
2つ目の角を曲がったところで、通報を受けてきたのかパトAPCに出くわす。
大きく手を振ってAPCを止めて子供を引き渡し、事情を手短に説明する。しかし、警官の説明は私を絶望させる物だった。
警官が言うには、この装甲車は現場を封鎖するための物で、乗せている警官隊はあくまで避難誘導しかできないってさ! ハドーの連中相手には20mm機関砲なんか効かないって言うんだ!
装甲車から上半身だけ出した警官が、私から聞いた情報を無線機で本部かどこかに伝えているのを聞いていた。
マコっちゃんは電話した時、ZIONショッピングモールにいるって。ここがH市の東端、ショッピングモールは西端だ。マコっちゃんは変身すれば空が飛べると聞いたけど、いくら飛べると言っても少しの時間が必要だろう。
その「少しの時間」、デブゴンは生き延びられるだろうか?
…………
……
ぼんやりと道路脇の駐車場を見ていた。アスファルトの舗装のされていない砂利敷の駐車場だ。
その駐車場の隅っこに砂利というには大きな、握り拳よりも少し小さな石を見つける。
「おい! 君! 待ちなさい!」
気付いた時にはアタシは走りだしていた。両手にそれぞれ石を持って。
警官の制止する声が聞こえるし、分厚い鋼板のドアが空いて警官が降りてくる音が聞こえるけれど、構わず走る。
そうだ。アタシがデブゴンの制止を聞かないで走りだしたから、デブゴンは危険に飛び込む羽目になったんだ。
だったら警官の制止を聞かないでデブゴン助けに行ってもいいだろう。
20mm機関砲がなんだ。あいつら、デブゴンのタックルで転げていたし、リュック振り回されただけで退いたぞ。20mmのコルク鉄砲かよ! 縁日にでも行ってろ!
走る。
走る。
走る。
2つの角を曲がり、元の国道が見えてきた。
良かった! デブゴンはまだ生きている!
しかし、距離が近づくにつれ、状況は芳しくないことがまざまざと思いしらされる。
デブゴンは戦闘ロボに取り囲まれているし、残り2体の豹型怪人もデブゴンの近くまで来ている。
そしてデブゴンは全身が血まみれで、ネルシャツは赤シャツみたいに、ケミカルウォッシュはノンウォッシュのジーンズみたいになっている。先程、放り投げたリュックを拾って盾代わりにしたのか、ズタボロの元リュックが近くに転がっているし。血で塗れた手にはリュックから取り出したであろうサイリウムが握られていた。
飛び掛かる戦闘ロボの喉笛をサイリウムで突いてカウンターを入れるが、反動でデブゴンは倒れてしまう。むしろ機械が相手だとデブゴンの方がダメージが大きいんじゃないか?
倒れたデブゴンに更にロボットが襲い掛かろうとするが、間一髪で石を投げて狙いを逸らす。
良かった。間に合った。
「おい! デブゴン! しっかりしろ!」
「て、天童氏? なんで?」
「バッキャロー! ダチを見捨てて逃げたままでいられるか!」
「し、しかし……」
「逃がしたと思ったら、自分から戻ってきやがった!」
子供を襲おうとした豹型が獣特有の薄くて長い舌で舌なめずりする。
デブゴンを起こそうとするが、もうそれだけの力の残っていないようだ。なら、と引き摺っていこうと引っ張ってみたが、そもそもデブゴンの体重は妊娠してた頃の姉貴よりも倍近くあるわけで……
「二人纏めて殺してやる!」
豹型怪人が迫る。……最後は残った石を投げてやろう。見た目、鼻先なんか弱そうじゃないか? よし、もう少し引き付けて……
ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
「が、ガハっ! お、おのれ! 何者だ!」
杭打ち機のような轟音が響き渡り、怪人の体表からいくつも火花が飛び散る。銃撃? 20mm機関砲を受け付けないというのは伊達ではないようだ。
状況を理解できない私たちの背後から一人の少女が現れる。音も無く。
濃い紫色の変形セーラー服のような服の胸元には金バッジ。頭には魔女のように大きな三角帽。両手には中型の拳銃がそれぞれ握られている。
「…………あ、あんた!?」
その少女は私の中学校の後輩だった。そして彼女は……。
「お久しぶりです。天童さん。……その人が三浦さんですね? 石動のオジキから話は聞いております。私らが付近をパトロール中でしたので駆けつけましたが、オジキもすぐに駆け付けます……」
「貴様ァ! 俺を無視するな!」
豹怪人が吠える。怒りに表情を歪ませ、今にも襲い掛かってきそうだ。
「お控えなすって!」
「!」
少女の一喝するような発声に怪人も思わず動きを止める。
「お控え下すって有難う御座います。手前、粗忽者ゆえ、前後間違いましたる時は、ご容赦願います。向かいましたるお兄いさん方には初のお目見えと心得ます。手前、生国は東京。帝都は西端、Hの生まれで御座います。稼業、縁持ちましてさくらんぼ組の若頭補佐をやらせて頂いております。姓は小沢、名は八重。以後、お見知りおきをお頼み申します」
それは威風堂々とした仁義だった。
そういや三浦君の下の名前考えてなかった\(^o^)/




