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「くっ、『旧支配者招来計画』なんてものを推進してるのがよりにもよって旧支配者の1柱だったとは……」
自分たちのまとめ役として信頼の篤いルックズ星人のただならぬ様子に「UN-DEAD」の面々も事態の深刻さに気付いていた。
そうでなくとも内原に化けていた目の前の黒い人型、まるでこの世の闇を集めて塗り固めたような禍々しさには剣呑な雰囲気を感じ取っていただろうが。
「まあまあ、幹部連中しか知らない『旧支配者招来計画』の話をされても他の奴らは分からんでしょうよ。少し説明させてさせてもらいますよ……」
内原の声、内原の口調で語るナイアルラトホテプであったが、それに対して「親しみやすさ」を感じる者はいない。
むしろ、それは内原への冒涜、内原を知る者にとっての恐怖でしかなかった。
「かいつまんで説明しますと、この地球の海の底に眠っている旧支配者『クトゥルー』を召喚して世の中をブッ壊すってものなんですがね。問題点が2つ。『どうやって呼び出すか?』そして『呼び出したクトゥルーをどうやって制御するか?』という点です」
邪神が指を鳴らすと食堂内にある大型モニターが待機状態に入り、資料用のプレゼンテーションソフトが読み込みを始めた。
「まず制御法なんですが、制御なんてしなければよろしい」
「は?」
「クトゥルーの本体であれば去年、埼玉でヒーローチームに倒された幼体などとは段違いの能力を持つわけで、制御なんかしなくても世の中ブッ壊すのには十分です」
「馬鹿なッ!」
「そんな事、誰も望んじゃいないぞ!」
「そうだ! 我らは仲間の仇であるヒーロー共を打ち倒して、政府を転覆させればそれでいいのだ!」
「貴様の言い分ではまるで文明が崩壊するようなものではないか!」
「ええ、そうですよ」
文明の崩壊。
そんな突拍子もない事をナイアルラトホテプは事もなげに言ってのける。故に彼の者は“邪”神と呼ばれているのだ。
だが、それは「UN-DEAD」の面々にとっても許容できるものではない。
「そして次に『召喚法』ですがね。これ、実は私だけでもクトゥルーの肉体だけなら召喚できるのですよ?」
「前に言っていた生贄は嘘だと?」
「いえ、肉体だけでは駄目なのです。そしてクトゥルーの魂を呼ぶために生贄を必要とするという事です」
そこで邪神はルックズ星人の方を向いて大きく溜息を付いてかぶりを振る真似をした。
「前に貴方と2人で話をしましたよね? 『ヤクザガールズ』のケツ持ちが怖いだの、羽沢真愛の近くには石動誠がいるだの、宗教キチガイは相手にしたくないだの、本ッッッ当に貴方は手ぬるい! クトゥルーさえ召喚できたら『UN-DEAD』まるごと引き換えにしても御釣りがくるとは思いませんか?」
「引き換え……? まさか、そのためにラートと凶竜軍団を四国へ……」
「ええ、そうです! この東京からヒーローの大部分を引き離すためにね」
ルックズ星人の青いのっぺらぼうの顔に明確な敵意が灯るが、それを知ってか知らずか邪神は続ける。
「それで貴方に生贄候補者についてダメ出しされたんで、私が他に持っていた駒に動いてもらいましてね」
「持ってい“た”と過去形なのは……?」
「多分、ご想像の通りですよ? で、まあ、そこで生贄に最適な対象を発見しましたのでね……」
邪神が腕を振ると大型モニターに1人の少女が映し出される。
ショートカットの髪に気弱そうな表情。その少女はセーラー服を着ているが、細い体つきのせいか小学生にも見える。そして手には黒と金の杖が握られていた。
「UN-DEAD」の面々には知らぬ事であったが少女の名は長瀬咲良。
先の日曜に風魔軍団に襲われていたヤクザガールズを助けた時、風魔のカラクリメカから無線通信で送られていた画像であった。
「この子が……?」
「前に会議で聞いた話では『生贄には魔力を持つ人間』が必要だったのでは?」
「いえいえ、確かにこの子はこの世界では珍しい魔力を持つ人間ですが、私が目を付けたのは彼女ではありません……」
「うん?」
「ほら! 彼女の右隣に映っているでしょ?」
邪神が指で指示した先には不思議な存在がいた。
緑色の両生類を思わせる肌に水かきの付いた手足。
何かのマスコットキャラクターを思わせる巨大な頭部に大きな両目。
背中には亀のような甲羅を背負って、頭の上には白い皿。
その場にいた誰しもが同じ名を思い浮かべていたが、口に出して言う者はいない。
「……あれ? 知りません? 河童なんですけど……」
「知っとるわ!」
「河童とかお前、正気かよ!? って話だよ!」
「ふざけんな! 『魔力を持つ人間』って条件はどうなったんだよ!?」
それまでは突如として現れた邪神ナイアルラトホテプに気圧され気味であった反動か、一同は口々に不満を述べる。
「いえね。『魔力を持つ人間』だとヤクザガールズ全員を捕らえて、それで足りるかどうかってレベルなんですよ? 羽沢真愛なら1人で十分なんですが、私もつい一昨日、デスサイズにケンカ売られちゃいましてね。さすがにアレはちょっとなぁって感じなんですよね」
「はぁ? デスサイズに?」
「馬鹿ジャネーノ?」
「あのさぁ……。前に会議の議題になったよね? 最新のトレンドは『いかにデスサイズを避けるか』だって」
もはや『UN-DEAD』メンバーはナイアルラトホテプを呆れ顔で見ていた。
先の宇宙テロリスト襲来の際、デスサイズはサポートを必要としたものの、ほぼ単独で全長3kmの宇宙巡洋艦を撃破していたのだ。
そんな相手とどうやって戦えというのだろう。それは「UN-DEAD」のみならず、悪の組織と呼ばれる者たちの間では共通の認識と言っていい。
「でもほれ! 私の試算では河童を生贄に使う事で十分にクトゥルーの魂を召喚できるのですよ!」
「……ソーナンダ」
「気の無い返事ですね!? クトゥルーも河童も同じ水属性の存在だから可能な裏技なんですよ? それに妖力を魔力に転換する魔法陣も知ってますし!」
熱を込めて説明を続けていくナイアルラトホテプだったが、聞いている側はむしろどんどん白けていってるようだ。
「無いわ~……。河童は無いわ~……」
「あのさぁ、こちとら地下に潜って10年だぞ!?」
「こちとら20年だ。それが何が悲しゅうて河童なんぞに命、張らなあかんのじゃ!」
「やっぱ、か弱い女子供を人質にして、それを助けに来たヒーローと雌雄を決するってのが王道というか様式美だろ?」
「よ~し、皆、解さ~ん!」
「チョッ、待テヨ!!」
そのまま数人が食堂を出ていこうとしたところ、まるで地獄の底から響いてくるような声が彼らを引き留めた。
声の主はもちろんナイアルラトホテプ。
もはや内原の声ではなく、邪神自身の声を使っていたのだ。
「コ、ココマデ不評ダトハ思ワナカッタガナ、指揮権ノ剥奪ガスンナリト行クトハ私モ考エテイナカッタノデネ……」
邪神が両腕を広げる。
闇で作られたナイアルラトホテプの体が膨らんだかと思うと非常に不快な粘液質の液体がドロリと垂れた。
粘液質の液体は大型犬ほどの大きさになると1つの眼球が現れる。
さらに不可思議な粘性生物はナイアルラトホテプの体から次々と出現し、食堂にいた「UN-DEAD」のメンバーを次々と襲っていった。
「てけり・り……」
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