39-4
渇いた大地に土煙が舞う。
赤茶けた地に吹き付ける風は地表を容赦なく削り取っては非常に細かい土煙に変えていく。
だが気管に入ればすぐに炎症を起こすであろう微粒子状の土煙など知らぬとばかりに周囲には喚声が四方八方からわき上がり、土煙どころか雨音のように立て続けに轟く爆発音や色とりどりの閃光すら覆いつくしてしまわんばかりの勢いだった。
「クソっ!! 退却の許可を!」
「退却ってどこへ!? 完全に包囲されてるぞッ!」
「本隊に救援の要請を!」
「そんなものはとっくにやってる!」
狼に襲われた羊の群れのように円陣を組んで遮二無二、各々が手にした火器を乱射している30人ほどの小隊。
彼らは地球人ではない。
地球から遥か離れた宇宙の彼方。
母星を失った者たちが寄り合いながら安住の地を求めて行動を共にしている「フラッグス移民船団」。
彼らはその戦闘部隊の1隊である。
様々な星系の技術をもって宇宙でも一目置かれるほどの存在である彼らであったが、勢力基盤を持たぬが故に脆弱な存在でもあった。
彼らに転機が訪れたのは、否、訪れてしまった原因は“疫病”。
某星系との交易の際に侵入を許してしまった疫病は船団全体を瞬く間に侵していき、ついには存亡の危機とまでなっていた。
船団首脳部は放浪生活を続ける事はもはや困難と、手近にいた太陽系の居住可能惑星である第3惑星「地球」へ交渉を開始。
これが疫禍に侵されていない時ならば、例えば第4惑星の火星を居住可能な状態に改造する事もできたであろう。
だが彼らには時間が無かった。
宇宙船の中に籠って全滅するよりはと、遅々として進まぬ領土割譲の交渉に見切りをつけ、ついに「フラッグス移民船団」はオーストラリア大陸への侵攻を開始する。
だが彼らには“運”が無かった。
疫病が蔓延したのもそうであるし、それ以前に彼らが揃って母星を失った者たちというのもそうだ。
だが最大の不運は彼らが侵攻したオーストラリア南東部、ニュー・サウスウェールズ州がオーストラリア最大の穀倉地帯であった事だろう。
彼らは移住先に地球を選んだ事からも分かるように彼らは地球人と同じように生きるために「水」を必要とする。
そして植物の栽培にも水が必須。穀倉地帯ならば水の心配はない。
つまり、これは「運」ではなく「必然」の結果と言えるかもしれない。
だが「運」であろうと「必然」であろうと、その結果は彼らの運命を決定させる事になった。
「チクショウ! チクショウ!! チキショウ!!」
「おい! 前に出過ぎて……」
恐慌状態のためにプラズマスロアーのエネルギーが切れているにも関わらずに引き金を引き続けていたコルグ星人。
隣にいたパワードスーツの男が声を掛ける間もなく暴徒の群れに覆いつくされてしまう。
パワードスーツの男にもコルグ星人を助ける余裕はない。
また別の暴徒たちが彼に迫っていたのだから。
「クソッ!! このままじゃもたないッ!!」
暴徒。
そう暴徒である。
オーストラリアに侵攻した彼らに襲い掛かったのは地球人の軍隊ではなく、統制の取られていない暴徒の群れであった。
そもそも彼らに襲い来る暴徒はオーストラリアの住人ですらなかったのだ。
「フラッグス移民船団」がオーストラリアを侵攻先に選んだ理由の1つにアメリカやロシアなどといった大国に比べて軍事力で劣っているという事情がある。
事実、侵攻を開始して1ヶ月、現地政府の軍は彼らの実行支配する地域の監視するばかりで積極的な攻勢には出てこなかった。
彼ら異星人の技術力を恐れたのかもしれないし、あるいは彼らが持ち込んだかもしれない疫病を恐れたのかもしれない。
大国も自国に矢先が向いてこないのをこれ幸いと事態に関与してこなかったのだ。
一時期はフラッグス移民船団に事態を楽観視する者まで現れていたほどだ。「このまま、しれっと居ついて、土地の代金はその内、地球人たちが困った時に我々の技術力で協力する事で賄おう」という論調だった。
だがそんな彼らの楽観論を一気にブチ壊したのが突如として現れた暴徒の群れだった。
「うおおおぉぉぉ~~~!!」
パワードスーツの男が腰部ジョイントに取り付けられたロングバレルレールガンを乱射する。
照準は付けていない。ひしめき合うように迫りくる暴徒たちに照準などは必要はないのだ。撃てば誰かしらに当たるのだから。
すでに長時間にわたる連射で大型のレールガンは至る所が設計限界を超えた過熱状態にあり、また一部は逆に過度の冷却により白く霜がおりていた。
当然、いつ作動を停止してもおかしくないような状況だが、迫りくる暴徒の群れを前に射撃を停止するなど、それこそあり得ない選択肢である。
そもそもパワードスーツの男が使用している腰部取り付け式のレールガン。1発の威力は大きい物ではない。
パワードスーツの搭載量にまかせて大型の弾倉にバッテリーパックを装備しているものの、口径は地球単位で4.5ミリほどと極めて小口径の物である。
だが電磁加速式であるために高い初速と貫通力を誇り、また連射能力も凄まじい。
本来であれば、高連射能力で敵集団の鼻っ柱を押さえつけ、高初速度は敵ボディーアーマーの防護能力すら無効化し、なおかつ小口径であるために致死率は低い。致死率が低いという事は欠点のようにも思えるが、敵に負傷者の後送の手間を取らせるために戦術上の価値はかえって高いのだ。
だが、その地球人の軍隊、その歩兵部隊には効果的であっただろうレールガンも暴徒の群れにはあまりにも無力であった。
脳内麻薬のなせる業か、暴徒たちは心臓か脳を潰されない限りは被弾しても止まる事なく前進を続け、アメーバのような原子生物や粘菌が獲物を捕食する時のように異星人の小隊を飲み込もうとしていたのだ。
パワードスーツの男も手に手に原始的な刃物や鈍器を持った暴徒の群れに気圧され、半ば思考停止状態にあったのかもしれない。
普段の彼ならばレールガンを撃ち続ける愚にすぐ気づいて、プラズマ兵器を求めていたであろう。求めた所で彼にプラズマスロアーなりプラズマライフルを回す余裕のある仲間などはいないのだが。
「や! やめっ!!」
そして、ついに斃れる仲間を乗り越えて暴徒の手がパワードスーツの男に届いた。
男の声は大気を震わす暴徒たちのそれに打ち消されて戦慄させる。
パワードスーツの男もロングバレルのレールガンを振り回して暴徒たちを遠ざけようとするものの、レールガンが降られたその逆の方向からも暴徒が殺到して彼に鉄パイプの殴打を食らわせる。
さすがに彼の動力装甲服は地球人の力で振るわれる打撃を物ともしなかった。
しかし、そんな事など織り込み済みであったのか、暴徒たちは彼の四肢にしがみついていく。
「な、なにを……!?」
両手に両足、さらに胴の後ろと前、都合6人の暴徒が男にしがみついた形となった。
胴の前にしがみついた中年の女がニタリと笑う。
その瞬間、まるで1つのような連続した6つの爆発にパワードスーツの男は天地がひっくり返ったような感覚を味あわされる。
「……自爆、だと……」
それを理解するのにどれほどの時間を要したか。
実際には大した時間もかかっていないのだろうが、戦闘の最中に呆然としていた事に気付いて男は心拍数を上げた。
(だ、大丈夫! ま、まだいける! スーツの損傷は2割……。ま、まだ……)
いつのまにか倒れていた事に気が付き、パワードスーツの損傷具合をヘッドマウントディスプレーで確認した彼の前に飛び込んできたのはまた暴徒。
「嗚呼、また同胞が『絶える事のない清流のせせらぎが聞こえる、万丈に実る小麦の大地』へと旅立っていった……」
「おお! 聖女様! 聖女、智玖和天様!! 我らが仲間をお導きください!」
「我らも後に続くぞ! そうだろう!」
「「「そう、あれかし!!」」」
それは何かの聖句であったのか、パワードスーツを取り囲む一群は一様に決まり文句を口々に唱えながら、再び男へと殺到していった。
6人の者が1人を完全に身動き取れない状態にして、各人が体に巻き付けた爆薬でもろともに吹き飛ばす”決死”どころか“必死”の戦闘術。これぞ香川県民秘級獄葬技「七人御前」である。
パワードスーツの男が気が付いた時。そこは静寂、そして暗闇だった。
頭部ユニットのヘッドマウントディスプレーも故障して作動を停止して再起動にも応じる気配がない。
次に自身がわずかばかりしか身動きが取れないのに気付き、何とか体をくねらせて自由を求めて体の上に積み重なった物を押しのけていく。
「……これは…………」
男の上に積みあがっていたもの、それは死体だった。
大勢の地球人の死体に僅かばかりの異星人の死体。
周囲には風に煽られて舞う赤茶けた土煙の他には何も動くものは見えない。
なんとか男は完全に故障したパワードスーツを排除して周囲を歩き回ってみたが、そこに命あるものは何もいなかった。
「私を守ろうと……、すまない……」
男は自身を覆いつくすように積み重なった死体の山から状況を察する。
恐らく、2度目の自爆攻撃によって自分は気絶したものの、パワードスーツに守られていたがために命は無事だった。
そしてスーツが自身の生存を仲間たちの端末に通信していたがために、男の仲間たちは彼を守るように戦闘を継続し、暴徒たちも彼の仲間たちへと襲い掛かった。
それゆえに男を中心として死体の山が出来ていたのであろう。
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