38-4
すでに時刻は午後3時を回り、低中学年の小学生の子たちが集団下校で続々と帰ってくる時間となった。
子供たちは給食袋から箸を洗いものに出しにキッチンに来た後はD-バスターたちが持ってきた菓子類に群がってめいめいに各自の分のオヤツを受け取っていく。
手作りのお菓子を前にテンションを上げる子供たちの前で「殺す」だなんだという話をしているのもためらわれるので話を変える事にした。
「そういや鉄子さんって、なんで今の仕事を?」
「なんでって言うか、まぁ、いつの間にか?」
「いつの間にかって……」
鉄子さんの口調には話をはぐらかそうとかそんな感じは見受けられない。
でも、そんな事ってあるのかな?
気がついたらナチ党の代表になってましたって、いくらなんでもそのまま信じられない言葉だった。
「ああ、パイセンは知らないだろうけど、鉄子ちゃんのお爺ちゃんも両親もナチスジャパンの首脳でさ。その縁か、鉄子ちゃんも子供の頃はナチスジャパンのアイドルやってたのよ」
「は?」
いぶかしむ僕に対してD-バスター1号が補足説明を入れてくるけれど、どの道、にわかに信じられない話に違いはない。むしろ人を納得させるつもりがあるのか疑問に思うくらいだ。
「で、20年くらい前だっけ? 鉄子ちゃんの両親が亡くなってから超絶人気アイドルだった鉄子ちゃんを支えにこれまでやってきたんだって!」
「んなアホな……」
「いや、色々とはしょられてるが大筋は間違いない。そりゃ子供にできる事なんて無いに等しいが、精神的な支柱というところだろうか。そもそも既に組織としての体裁を保てる状態ではなかったからな」
僕の電脳内の記録によるとナチスジャパンの活動開始時期は戦後まもなくと侵略組織としては最古参の部類に入る。
朝鮮戦争の後半にソ連の支援を受けた日本ソヴィエト赤軍の引き起こした北海道動乱の後に組織された警察予備隊(後の自衛隊)との対抗戦力として軍事部門「武装親衛隊」を持ちながらも、主力である独立重戦車大隊を関ヶ原において「虎の王」単騎に撃破され組織の活動は低迷。
その後も何度か再起を図るものの、その都度その時代のヒーローに阻まれ、そして90年代の後半に組織の進退をかけた蜂起を起こすものの、またもや「虎の王」にスコアを献上する事になって壊滅したという。
少なくとも僕の電脳内の記録、あのARCANAのデータベースにおいては鉄子さんたちは既に存在しないハズだった。
でも彼らは現にこうしている。
同じく単独の組織では成り立たなくなった侵略組織と肩を寄せ合い再起の日を地下で待ちわびていたのだ。
……てか、例の“総統”もいないのに武装“親衛隊”だなんて誰を守ってるんだと思ったら、アイドルの親衛隊なんかやってたのかよ。チクショウメ!
「……そこまでして鉄子さんは何をしたいんですか?」
「決まってるだろ! 仇だ! 両親と、仲間の……。その点は君なら分かってくれると思うがな!」
「…………」
半ば呆れた僕の質問に、鉄子さんは一瞬で目の色を変えて声を荒げた。
彼女の言葉に僕は何も返す事ができない。
「分かってくれると思う」どころではない。僕は実際に両親を無残に殺し兄ちゃんを死に追いやったARCANAをキッチリカッチリ型にハメてやっていた。
無論、仇討ちの事だけを考えて戦っていたわけでもない。
自分たちのような人をこれ以上に増やさないため、強大な力を持つ奴らと戦えるのは同じ力を持つ僕たち兄弟以上に適任はいなかったのだ。
それでも両親の事を忘れた事もないし、心の片隅には復讐がハッキリと歪な形を作っていた。
「パイセンもそんな事を言ってやるなよ~! 鉄子ちゃん、ロクに学校にも行ってないから、どっかで聞いてきたような事しか言えないんだよ~!」
「……今、真面目な話をしてるから少し静かにしてて!」
僕の心中を射すくめるような鉄子さんの視線を崩したのはD-バスターの何とも気の抜けた言葉だった。
アンドロイドの言葉に鉄子さんは羞恥心を刺激されたのか顔を赤くしてそれ以上の言葉を阻もうとするも、残念! D-バスターはもう1体いた。
「私らも真面目だけど? じゃあ逆に聞くけど鉄子ちゃんは日本政府を転覆した後は何をしたい?」
「いや、日本政府ウンヌンよりも『虎の王』を……」
「あの人の歳はいくつだと思ってんの? 放っておいてもいつ死んでもおかしくないよ」
「…………」
今度は鉄子さんの方が言葉を失う番だった。
「チャイドル流行ってた頃みたいにアラサーアイドルで売ってみる? 子供の頃はおバカアイドルも需要があっただろうけど、歳食ってからのおバカキャラは痛々しくって見てる方がツラいよ? 鉄子ちゃんだって昔、テレビでおバカキャラで売ってた元アイドルが今どんな扱いかぐらいは知ってるでしょ?」
「知ってる? パイセン、テスト勉強だって小難しい教科書やノートとニラメッコしてんだよ? 鉄子ちゃんは整備マニュアルや『我が闘争』以外は少女マンガしか読まないでしょ? パイセンは復讐を終わらせて、その後を生きてるの。軽々しく『君なら分かってもらえる』なんて言っちゃ負けじゃないかな?」
左右からステレオで迫りくる言葉の暴力に鉄子さんはついにプルプルと震えだしてしまった。
てか鉄子さん、おバカアイドルで売ってたのね。ファシスト系アーパーアイドルとか?
「チッキショウッメェェェ! ダァイッキライダッ! 戸籍も無いのに学校なんか行けるわけないだろ! 私にはこの生き方しかできないんだッ!!」
叫ぶように胸の奥から絞り出された言葉に室内は静まり返ってしまう。
さらに完全に無音になった空間で鉄子さんは言葉を続ける。
「石動君、先ほどの質問だけどね。私だけじゃない、ウチの連中は皆そう。もう我々にはこの生き方しかできないんだ。考えてみたまえ。君みたいに変身後に死神みたいなカッコイイ姿を与えられたならともかく……」
「…………」
僕の変身後の姿、忌まわしいデスサイズの事を「カッコイイ」と言われて思わず眼付が険しくなってしまったのが自分でも分かった。
そして、それに気づいたのは鉄子さんも同様。
「不満なようだね。でも、それ、彼らの前で同じ事が言えるか?」
鉄子さんはスマホを取り出して先ほどのイチゴ狩りの写真を再び見せつけてくる。
「彼らのように半魚人やネズミを模したグロテスクな外見に変えられ、しかも人間の姿に戻る事もできない。そんな連中に比べたら君はどれほど恵まれているか……」
そう言われてみると彼らの怪奇で歪んだ姿も悲哀のこもった物に見えてこない事もない。
「私たちには死ぬまでこの生き方しかないんだ。望むにせよ望まざるにせよな。他の生き方ができるのなら最初からそうしてるさ! 表社会に戻っていったヤツもいるし、新たな組織を結成したり、参加していったヤツもな。だから君の質問に対する答えはこうだ! 『死ぬまでこうやって生きていく、我らはすでに死んだも同然』ゆえに我らは『動く死体』を名乗っているのだ!」
それからしばらく子羊園の食堂兼リビングを沈黙が支配していた。
子供たちも鉄子さんの剣幕に気圧され、D-バスターたちの膝の上の子供たちなんか今にも泣き出しそうだが、D-バスターたちが膝をさすって体を揺らしてやり笑顔を見せる事でなんとか涙をこらえていた。
「……すまなかった。子供たちを怯えさせるつもりはなかったんだ」
「いえ、こちらこそ不躾な事を聞いてすいませんでした」
「……あの鉄子さん。戸籍なら今からでも作れますよ?」
今まで黙って話を聞いていた真愛さんが鉄子さんに諭すように話しかける。押しつけがましくない程度の慈愛のこもった笑顔を向けて。
「義務教育は終えてなくとも高校には入れますし、なんなら定時制の高校でも通信制の高校もありますし……」
「そ、そういや僕も中学校は後ろ半分まるきり行ってなかったっけ」
あれ? 僕って中学卒業した事になってるのかな? まぁ、なってるんだろうな。
「N高なら衛星放送で授業も見れますし、日本全国いろんな学校と提携してのでスクーリングも楽みたいですよ」
戸籍が無いなら作ればいい。
学校に行ってないから将来の可能性が無いというなら今からでも行けばいい。
そういう真愛さんの言葉に対して、鉄子さんもまるで良い夢を見た後のような寂しさの残る笑顔を見せながら答える。
「それも悪くはないかもしれんがな……。今さら動画配信者でも目指せと?」
そっちの「N高」じゃね~よ!
普通、衛星放送で授業が見れて、日本全国の学校と提携してる「N高」と言ったら、日本の公共放送が運営してる学校の方に決まってるじゃないか!
なんで某動画配信サイトの運営元が経営してる私立校の方が思い浮かぶんだ……。
あっ! もしかして鉄子さん、キリッとした見た目に反して大人になった今でもおバカキャラなんじゃ? ……いや、こりゃ「キャラ」とかじゃなくてマジモンだな。
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