とあるアンドロイドの一日 中編
「「~~~♪ ~♪ ~~~♪」」
D-バスター1号と一式D-バスターの二人が大空の下で歌う。
日本語用の言語セットしかインストールされていない彼女たちでは外国語の発音もえらく適当で歌詞も聞き取れないようなものであるし、能天気な歌声からは曲が持つ情緒などというものの一切が削ぎ落されていた。
だが誰が聞いても楽しそうだと分かる、そんな歌声だった。
2人はそれぞれ、一式が大型トラックの鼻のように伸びたボンネットの上、1号が運転席の屋根の上でコサックダンスを踊りながら歌っている。
警察無線を傍受して子羊園のシスターが攫われた事、また長瀬咲良なる少女が単身、風魔軍団のアジトへ乗り込んでいった事を知ったD-バスター1号は一式を連れて廃棄予定の車両で駆けつけたものの、リミッターカット後には行動可能時間に大幅な制限のあるD-バスターシリーズでは地下アジトへの殴り込みには向かないということで仮設の救護所兼指揮所の護衛を割り当てられていたのだ。
突入部隊は先陣をデスサイズこと石動誠と天昇園の「鷹の目の女王と愉快な仲間たち」が勤め、後詰としてヤクザガールズ。さらに後方として天昇園戦車隊が控えるという配置になっている。
D-バスターたちが乗ってきた大型トラックの後ろには救護所のテントが、そして左には六号戦車が、右には九七式中戦車改と九五式軽戦車が1輌ずつ。
九七式と九五式は砲塔機銃を風魔のアジトがある丘に向けるために後ろを向いていたが六号戦車の砲塔は右、つまりはD-バスターの大型トラックを向いていた。
だが、そんな事など構わずに2人は歌っていた。
歌わずにはいられないほど暇だったのだ。
彼女たちが乗ってきたトラックにも武器はある。
荷台に設置している16連装132mmロケットБМ-13が小高い丘へ向けてあった。
しかしロケットは石動誠から「人質の救出だってのに面制圧用のロケット持ってくるとか馬鹿じゃないの?」と言われ使用を厳禁されていた。
代わりと言ってはなんだが、もし想定外の事態が起きてD-バスターたちがリミッターをカットして戦わなくてはならなくなったら、すぐそばの農業用水路に飛び込んで体を冷やすように言われている。
だがデスサイズとハドー獣人、ヤクザガールズたちに攻め込まれて逆襲に出る余裕がある組織などあるのだろうか?
そもそも大アルカナと戦うためにとことん楽観的に作られているD-バスターたちにはとてもそんな事態など起こり得るとは思えなかった。
それに周囲は戦車やトラックのエンジン音やら銃声やらが響いているくらいでのほほんとした田園風景が広がっている。
しかもとことん楽観的に作られているD-バスターはトラックでテントやら長机やらを運んで設営を手伝っただけで十分に役に立った気になっていた。
そんな中で暇になったら歌うしかないではないか!
「あ、あの~……」
「なになに? 貴女も一緒に歌う?」
いつの間にやら運転席の近くまで来ていた女性がD-バスターたちに声をかける。
確かこの女性は天昇園から来た介護士だったか。児童養護施設繋がりで救援にきた天昇園戦車隊であったが別に天昇園は傭兵部隊でもなんでもない。ほんの“少しだけ”自衛能力のある老人ホームに過ぎないのだ。
そのため戦車隊には随伴歩兵の代わりに介護士が付いてきていたのだ。
「あ、いえ、すいません。そうではなくてウチの前田さんとかシベリア帰りの人がいますのでロシア民謡は控えて頂けるか、トラックの中で声を抑えて歌って頂けませんか?」
「……あ、すいません」
「……ごめんなさい」
「あ、いえいえ、こちらこそどうもすいませんでした!」
介護士の女性が話しながらチラリと目をやった方向、テントの中を見ると車椅子に座った骨と皮だけの老人がバイブレーション機能搭載なのかと思われるほどに震えていた。
D-バスターにはシベリア帰りとはどのような意味があるのかは分からないが、それでも他人のトラウマを刺激しながら楽しく歌っていられるような精神性は持ち合わせていない。
1号と一式が歌うのを止めると介護士の女性は何度もペコペコ頭を下げながらテントへ戻っていった。
「あ~! 暇になっちゃったな~! 一式、なんか面白い話ない?」
「いや、そんなんあったらすぐに共有してるわよ。アンタもそうでしょ?」
「まあね~」
「ま、そのおかげで石動誠に会っても初めて会ったって気がしなかったわね~。もっと、こう運命的なものがあるかと思ったけど」
「そう?」
「だって私たちは石動誠と戦うために作られたわけでしょ。アレはアレで可愛いけど、私はもっとイケメンの方がいいな~! 隣でさっきから熱視線を浴びせてアピールしてくる銀髪のオジサマとか!」
一式の言葉に1号が左を向く。
天昇園戦車隊1号車、六号戦車ティーゲルの車長用ハッチから上半身だけを出した老人が2人のD-バスターを見つめていた。
その老人、先ほどテントの中で震えていた老人と同じように骨と皮ばかりの痩せ型にも関わらず、背筋に支柱でも入っているのではないかというほどに伸びている。全体的に薄くはなっているが綺麗に整えられた頭髪は全て白髪。
1号は一式がイケメンというのを最初は「ナイスミドル通り越してジジイじゃないか!」とも思ったが、彼の整った顔立ちと加齢による皺や肌のたるみなど帳消しにするほどの澄んだ眼差しになるほどと思わざるをえなかった。
だが、その眼差しこそが問題だった。
熱いのか冷たいのか、射竦めるような視線は彼女たちを向いた8.8cm砲とどちらが剣呑なのか分からないほどで1号は己の心の底まで丸裸にされるような心境になっていた。
その点、アンドロメダ式拳法改「石動兄弟抹殺拳」で近接戦闘を担当する一式の度胸は図太い。必殺の砲口を向ける相手に一式はあろうことかウインクと投げキッスを投げかけていたのだ。
だが石動誠が聞けば驚いて音声認識装置の故障を疑うであろうがD-バスターシリーズの中でも連射式の高出力ビーム砲を扱う1号は慎重だった。
中ば敵意を隠していないようにも思える老人に話しかけてコミュニケーションを試みていたのだ。
「お爺ちゃん、危ないよ? 後ろに下がってたらどう?」
「……フッ!」
ティーゲルの車長、泊満からしてみればこの六号戦車で戦場を駆ける事70余年。
その間、旧式の改修車とはいえ重戦車を駆る彼に向かって火力支援用の砲兵トラックから「後ろに下がってろ」などと言われるのは初めての事だった。
だが、それも無理はない。
憶測で轡を並べているものに砲口を向けているのは自分なのだ。
認知症の老人として後送されてもおかしくはない話だった。
自嘲気味に込み上げてきた笑いを堪えながら咽頭式マイクで砲手に指示を出し砲塔を旋回させて丘へ主砲を向けさせる。
「お嬢さん方、1つ、聞きたいのだが……」
「ん、なあに? 晩御飯はまだだよ」
老人の表情が和らいだ事で調子に乗った1号であったが生憎と目の前の老人には冗談は通じなかった。
「いや、それよりも君たちの乗っている“カチューシャ”、それは日本ソヴィエト赤軍の物ではないかね?」
「そうだよ。でも、もう使う人がいないし乗り捨ててもいいってさ!」
「乗り捨て?」
「さすがにこのトラックにはステルス装置とか付いてないしね。私たちのアジトがバレないように帰りは歩いて帰るよ」
「……テントの撤収も頼みたいのだが」
「あっ、そっかぁ……。でも子羊園にこんなん乗り捨てられても園長さん困るよな~」
ロケット弾を満載した砲兵トラックを不法投棄していくという話をあっけらかんと語る女性に思わず泊満も面食らうが、不思議と悪気の無い彼女に悪い印象は持たなかった。
「……それならウチに置いておくといい。なあに、どうせウチも非常事態でもなければ外には出さん。なら譲渡の書類やらは無くてもいいさ!」
「マジで! あんがと!」
泊満からすればこれはある種のテストだった。
旧式兵器とはいえ実働可能な兵器を天昇園に渡す事の意味。それを知っていれば何らかの拒否反応が出るハズ。
トラックの屋根の上の女性はむしろ食い付き気味で喜んでいた。
しかし泊満の目はボンネットの上の女性が屋根の上の女性に対してしきりに瞬きをして合図をしている事を見逃さない。
どうやら瞬きでモールス信号を伝えているようだが、その内容は……。
「なあ、そちらの女性が瞬きで『私モ会話ニ混ゼロ ツイデニ私ノ事ヲ持チ上ゲテ褒メテ伝エロ』と繰り返しているが……」
「あ、マジで!? 全然、気付かなかったわ! メンゴメンゴ!」
「……もういいわ」
「さっきから年寄りの事をからかって遊んでいるのかと思ったが、もしかしてそちらの女性はこんな年寄りがいいのかね?」
「あ、いや、えっと……」
さっきまでウインクやら投げキッスを投げていた一式D-バスターであったが、今度は逆に泊満から慈しむような笑顔を向けられると赤面して途端にしどろもどろになってしまう。
その様子を見て屋根の上の1号は大笑しながら事情を説明してやる。
「されが聞いてよ! コイツ、一式って言うんだけどさ~! 普段はスゲェ大胆な奴なんだけど好みの相手だとこんなんなっちゃってさ人工知能を調整されてヤベーくらいに爺専になったんだよ!」
なお完成当初の一式D-バスターがデビルクローこと石動仁に拳を向けられないであろう事が発覚して以降、人格AIの再調整が行われ、最終的にロールアウトしたのは石動仁の死亡が伝えられる前日の事であった。
天昇園戦車隊の2号車は砲塔旋回装置が直ってないのでお休みです。
そのために島田さんたちは仮設指揮所にいます。
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