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暗い部屋の中に一人の人影がいる。いや、人影と言っていいのかは正確ではないのかもしれない。それは地球人の感覚からすれば異形であったのだ。
部屋の天井や壁に照明の類は無く、ただ中央のテーブルの板面のみが白く光っていた。椅子に座りテーブルのディスプレイを観ている異形。
その異形の人影は女性だった。ただし地球人ではないことは、額や手の甲から生えたクリスタル状の物質があることで一目瞭然である。
両目や鼻孔ですら閉じられており、口も食事の時以外には開くことがない。発声はしない。額のクリスタル体がテレパシーの送受信機となっているのだ。その外にも感覚器官の役目をクリスタルは担っていた。
彼女こそがマスティアン星人クゥエル。漆黒銀河連合四天王の一人であり、四天王最後の生き残りであった。
なんで、こうなってしまったのだろう?
自分しかいない作戦室の中でクゥエルは頭を抱える。
最初はゲルティーだった。
この国の首都の行政拠点を占拠した彼だったが、特殊部隊の奇襲を受け、あっけなく戦死してしまった。
彼はまだいい。最後は巨大化までして最後まで自分の戦いを貫き、その結果の敗北なのだから。
むしろ少人数で人質全員を無事に奪還し、ゲルティーを撃破した鮮やかな手際は敵ながら見事なものだったと言わざるをえない。
次はロールだった。
女性同士ということもあり、仲の良かった彼女もすでにこの世にはいない。
ゲルティー戦死の報を受け、即座に行動を開始したロールだったが、偵察に赴くために小型艇で彼女の母艦から飛び出した後に襲撃を受け、命からがら彼女の母艦に逃げ帰った所を更に襲撃され命を落としたのだ。
つまり、最初の襲撃は本気ではなく、母艦の位置を探るために故意に小型艇を逃がしたということなのだ。
ロールを襲撃したのは、この国古来のマフィア・シンジケートを名乗る少女たちだと交戦記録から判明していた。
宇宙傭兵ギルドの伝手で入手した「太陽系第三惑星 要注意戦力名簿 日本国編」によると、最初に小型艇を攻撃したのはコードネーム「ミーティア」と「ダブルトリガー」、母艦を急襲してきたチームのリーダーは「ブラッディフェイス」だという。
記録映像から見る「ミーティア」の駆る機動兵器は、まるで掃除用具にしか見えなかったが、凄まじい運動性を発揮し、宇宙空間で猛スピードで接近するデブリを迎撃しうるFCSも役に立たなかった。
ただし力場防御どころか一片の装甲すら存在しない、むきだしの二人の搭乗者は狂気すら感じさせる。
その上、後部席の「ダブルトリガー」が魔法とかいうインチキかつトンチキな武器で攻撃してくるのだ。
結局、ロールは母艦の中を短刀と短銃を持った少女たちに追いかけまわされ、最後はトイレの中で「ブラッディフェイス」に短刀で刺殺された。
ツインテールのまだ幼い少女が通り名の如く、あどけない顔をロールの返り血で黒く染めながら笑っているのを見て「漆黒銀河連合」の誰もが恐怖した。
大体、この星の文明国では少年兵を使用することを禁止していたのではなかったか? いや、考えるだけ無駄だ。この国は文明国を自任しているだけの野蛮な国なのだ。
企業は労働基準法を無視して、少女たちは魔法で空を飛ぶ。異星や異次元、異世界どころか同じ地球人同士で争い、侵略され、なおかつそれらすべてを跳ね除けている。なお、この国の侵略への基本戦術はゲリコマや暗殺である。
そんな国があってたまるか!
……あるんだよなあ。
今、私がいるのがその国なんだよなあ。
クゥエルが独りごちる。
そして昨日、四天王のリーダー格であったクーランも殺された。
早々と退場した二人の失態を取り戻すべく、大規模作戦を立案したクーラン。
その下準備の機材設営のため現場確認に向かったクーランだったが、彼が輸送艇から降りた直後に何者かに組みつかれたのだ。そのまま何者かは大推力のロケットエンジンで急上昇して熱圏の上部で反転、クーランもろとも大気圏突入を敢行。哀れなクーランは燃え尽きてしまった。
え? 異星から侵略に来たからって意趣返しですか? 宇宙人なら大気圏突入くらい余裕だろ? もっかいやってみろよ。今度は生身でな! ってことですか?
不思議なことに、これほどの荒業をやってのけるほどの相手だというのに「要注意戦力名簿」に該当者と思わしき者が掲載されていないのだ。
ルーキー? いや、そうではない。クーランが攫われた時、クーランの配下も輸送艇の監視カメラも襲撃者の姿を捉えていないのだ。配下の連中が気付いたのは、ロケットの燃焼音が轟き、はるか上空へとクーランを連れ去る光点を見てからだった。再突入の軌道を計算し、急行した着陸地点にあったのはクーランの残骸のみ。
つまり姿を見せぬが故に認知されない脅威。
これではまるで……まるで…………やめよう。魔法なんて訳の分からない物の後でナーバスになっているんだ。やめるんだ! 忍者なんて古代の諜報員兼暗殺者の事を考えるのは。
しかし、一度、想像してしまったものを頭から追い出すのは難しい。今にも壁から布がハラリと落ちて忍者が姿を現すのではないか。あるいは、いきなり額のクリスタルを手で覆われ、自分の胸から忍者刀の刃先が飛び出すのではないか。あるいは……
背筋に鳥肌が立つのを感じる。鳥肌の上を冷や汗が流れていくのも。
私は一体、どのような殺され方をするのか? この旗艦の中を5人組の特殊部隊が制圧中かもしれない。この部屋の中に仁義なき魔法少女たちが雪崩れ込んでくるかもしれない。この私を何者かが宇宙空間まで生身で連れ去るかもしれない。死神の大鎌に切り裂かれるかもしれない。下半身が巨大な蛇の悪魔が私を呪っている最中かもしれない。
悪魔!
そう、悪魔だ。
ロキはどこにいったんだ? あいつが姿を消したのはいつからだ?
まさか、ハメられた?
いや、そんな必要も理由も……
シャリン!
金属音! いや、楽器? 分からない……何の音だ? まさか……
意を決して背後を振り返ると、そこには先に金属製の楽器のついた杖をついた地球人の女性がいた。
この星の地域宗教の女性聖職者の服を着た彼女の頭は丸められており。化粧を施していなくても整った顔立ちは美しく、柔和な笑みをたたえている。
その女性に付き従うように翼が背中から生えた男性が斜め後方に控える。この男は私と同じく異星人か?……いや、何か雰囲気が違う。地球人とか異星人とかそういうのではない。そういうのではない何かだ。
いや、今、考えるべきはそんなことじゃない。いつの間に接近を許した? ドアの開閉音はしたか? 杖の先のリングが鳴るまで何も聞こえなかったハズだ! こいつら二人が私を殺すのか?
けれど女性が告げた言葉は意外なものだった。
「貴方は苦しんでらっしゃいます」
「え?」
「そして怯えております。何故でしょう?」
それは誰だって死の恐怖に抗うことは難しいからだ。老衰や病気によるものではなく、惨殺される事を予想していたら尚更だ。
「…………」
無言の私をどう受け取ったのかは伺い知れないが、彼女は続ける。
「貴方に限らず、誰だってそうなのです」
「そう……」
「この星の人であろうとも、この星の人でなかろうとも」
「だから殺される前に殺しに来たってわけ!?」
思わず激情に駆られテレパシーを発してしまう。水晶体がピリピリと震えるほどだ。この二人を刺激してしまっただろうか? 現に翼人の方は一瞬、身構えたように思える。
「構いませんよ、ウリエル。彼女が怯えているが故の防御反応です」
「失礼しました」
女性に窘められると翼人は素直に頭を垂れる。
「私の名はZIZOU」
「……地蔵?」
「『ちゃん』を付けろ! デコ助野郎!」
翼人が吠える。強烈な怒気! むしろ殺気と言ってもいいくらいだ。
「ウリエル! 不悪口!! 十善戒の一つですよ?」
「申し訳ありません」
今度はキツめの口調で翼人を責める。翼人が深く頭を下げる。この二人の力関係はどうなっているのだろう。一見、何の力も持たない女性が、強大な力を秘めているであろう翼人を叱りつけるだなんて。この女性は怖い物知らずなのか? それとも何か弱みでも握っているのか?
「貴方の名は何というのですか?」
女性に優しい笑みと口調に促されると、例え敵であっても答えなければいけない気がした。
「……クゥエルです」
「そうですか! いい名前です!」
その笑顔はまるで56億7000万年の孤独からでも救済してくれるような……
クゥエルには知る由もなかったが、ウリエルが後ろから恫喝し、ZIZOUちゃんが優しく諭す。これがZIZOUちゃんの新たな必勝形であった。
この日以降、ZIZOUちゃんの背後には翼の生えた若い僧のほかに、額と手の甲に水晶を付けた尼僧が付き従う姿が目撃されるようになる。
喋らないでテレパシーを使うハズのクゥエルさんが、喋っていたので訂正しました。




