POWER RISE! 2
猛り狂うような、むせび泣くような三味線の音色が響く薄暗い地下空間を異形が舞う。
異形たちが駆ける度、跳ぶ度、吼える度に周囲の松明の炎は揺らいで人ならざる姿を岩壁に映しだしていた。
「御主人様! アレをお願いッ!」
「分かりました! ベリアルさん、《飛んで》!」
自身の言葉に応じてベリアルの背から1対の翼が現れたのと同時に咲良を軽い脱力感が襲う。
咲良の魔力が魔杖デモンライザーを通じてベリアルへと注がれて宙を駆ける翼として顕現しているのだ。
文字通りに翼を得たベリアルは右腕をサーベルに変えて大鬼へと突っ込んでいくが、鬼が振るう迎撃の拳に身を捩って辛くも回避した。
「ええい! ちょこまかとォォォ!!」
牛が自身にたかる蠅を払うために尾を振るうように鬼は地面に力強い蹴りを叩き込む。
鬼の巨大な足が打ち込まれると同時に地面はまるで爆薬が仕込まれていたかのように爆ぜ、宙を飛ぶベリアルを岩飛礫の散弾が襲う。
「チィッ!!」
ベリアルの口は笑ったように歪んだままだったが眉間に深い皺を作って飛礫と飛礫の間を縫うようにジグザグに飛ぶ。
それは慣性や揚力などの物理法則を完全に無視した飛行であったが、それすらも予測していたようにベリアルの進行方向には鬼が待ち構えていた。
「飛んで火にいる夏の……!」
「セイッ!」
だが鬼の拳が振りかぶられたその瞬間、座敷童の渾身の投球が鬼の顔面に叩きつけられた。
無論、毬を投げ付けられた程度でダメージを負う鬼ではなかったが一瞬の、一瞬だけの隙できる。
たかが一瞬。されど値千金の一瞬であった。
ベリアルはその一瞬の隙に高い天井スレスレにまで上昇して辛くも危機を脱する。
「ベリアルさん! 《もっと》《もっと》《早く》!」
「おい! 止めろ! いきなり力を使い過ぎだ!」
咲良の言葉でベリアルの腰にさらに1対のコウモリの翼が生え、さらに両手首と両足首にそれぞれ1対ずつの小さな翼が現れる。さらにベリアルの両目も高速飛行に対応するために昆虫のような玉蟲色の複眼へと変わる。
だが、それに対してベリアルの反応は意外な物だった。
顔からは完全に笑みが消え、むしろ驚愕しているのか焦っているのか初めてみる表情で咲良を見ていた。
その理由は咲良も自分自身で理解していた。
言葉を重ねてベリアルを強化する度に咲良の体からは魔力が抜けていき、気を抜けばすぐに地面に膝を着いてしまいそうになっていたのだ。
だが、咲良はデモンライザーを両手で握りしめて必死で立っていた。
「……だ、大丈夫です! それよりも出し惜しみは無しです!」
「りょ~かい! なら河童と嬢ちゃんにも『強化付与』を使え。多段強化よりも1回目の強化の方が負担は軽い。それに時間を掛けるとご主人様の命にかかわるよ!」
「分かりました」
咲良は思わず下を向いた。
あの、あのベリアルが自分の事を心配したような事を口にした事がおかしくて、つい口元に笑みが零れてしまっていたのだ。
しかし、ベリアルが言っている事ももっとも、このままでは魔力ごと生命力まで引っ張っていかれそうだった。咲良は気を引き締め直して魔杖を強く握り直した。
「河童さん! 《もっと強く》! 座敷童ちゃん! 《かっとばせッ》!」
「ほいきたァ!」
「……!」
咲良の言葉で河童はカエルのように細長かった手足が筋肥大して甲羅もゴツゴツと棘張った物となる。
座敷童は一見、姿こそ変わらないように見え、咲良も「あれ?」と思ったが次の瞬間、座敷童は姿を消していた。
「えっ!?」
「サっちゃん、後ろや!」
「…………」
座敷童はいつの間にか咲良の後ろに。神主が祭具を持つようにツチノコの尾を持ち鬼を睨みつける。
また座敷童は音を置き去りにして姿を消す。
咲良が次に彼女を認識できたのは鬼から、正確には鬼の後頭部から痛烈な打撃音が響いてきたのを聞いてからだった。
いつの間には座敷童は大鬼の肩の上に立ち、鬼の後頭部にツチノコをフルスイングしていたのだ。
「一体、何が!?」
「アレが打者としての座敷童の姿や! バッターボックスに立った時、座敷童の肉体と精神は世界を置き去りにするんや!」
鬼も肩の上に立った座敷童を振り払おうと体を振りつつ、大きな手で小さなバッターを掴もうとする。
だが座敷童は鬼の手が迫るよりも前に大きく揺れる肩の上から跳び上がり、自分の上空に毬を出現させた。
「こうかい!?」
「……!」
宙に現れた毬にベリアルが火を点ける。
化学反応によらない魔力の炎。
大悪魔ベリアルの悪意と魔力の籠った火球は物理法則に則って地面へと落ちていく。
だが、地面に落ちるよりも前に座敷童が空中で構えていた。
長年に渡る修練の末、一流の野球妖怪のバッティングは地面を必要としなくなっていたのだ。
それは美しい、理想的な打撃フォームだった。
人間の幼児と等しい体格を持つ座敷童が体躯ゆえのハンディキャップを乗り越えるために絶え間ない鍛錬の果てに辿りついた答え。それは“基本”である。
ゆえに座敷童のバッティングは見事に教科書通りの神主打法だ。空中を落下中に行われる事を除いてだが。
「セイヤァァァァァ!!」
座敷童渾身の打球は一直線に鬼の顔面に。
真芯を捕らえた火球が鬼の左目に突き刺さる。
「グアアアアアッ!!」
天に向かって吼える大鬼が尻餅を着く。
身長3メートルの鬼の右足に1メートル40センチ足らずの河童が組み付いて押し倒したのだ。
「アハハハハ! 日本の鬼も中々に楽しませてくれるじゃあないか!」
「ええい! これが! これがデモンライザー、悪魔を呼び起こして戦う者の力だというのか!?」
強化付与を受けたベリアル、河童、座敷童の猛攻の前に大鬼は防戦一方。
だが、かえってそれは鬼に守りを固めさせる事に繋がり、じりじりと勝負が長引く結果となっていた。
高速で宙を駆けるベリアルが火炎で鬼の目をくらましつつ右手のサーベルで斬りつける。
目を見開いた座敷童が自身の背丈以上のツチノコを振るって鬼に痛打を与る。
河童の低い姿勢からのブチカマシは鬼の前進を阻んで仲間を守る。
一見、時間こそかかるものの、咲良たちの勝利は揺るがないように思える。
異変を察知していたのはベリアル、咲良本人だけだ。
咲良はすでに仲間たちの戦いを見ていられる状態ではなかった。
膝も、腕も震え、視界がぼんやりと幕を張られたように暗くなっている。逆に松明の明りはこの洞穴には心細い物であったのに妙に眩しい。
必死にデモンライザーにしがみついて立っているものの、咲良をそのような状態においこんでいるものこそ魔杖デモンライザーであったのだ。
仲間たちの強化のためにデモンライザーは咲良の魔力を再現なく吸い取り、そのような修練など何もしていない咲良の魔力はすでに枯渇寸前であった。
ベリアルも言っていたがデモンライザーの使用者の魔力を分け与える事で仲間を強化する強化付与は複数回掛ける毎に必要とする魔力は加速度的に高まる。
いきなりベリアルに4段階強化を行なっていたために咲良の体は魔力の欠乏によるショック状態を起こしかけているのだ。
丁度、献血などでゆっくりと血液を抜いていくのよりも、怪我で一気に血液を失う方が負担が大きいように。
(こ、ここで私が倒れたら……)
今、強化付与を施している状態でやっと優勢なのに、自分が倒れてしまっては強化が消えてしまう。
そうなれば仲間たちは、シスター智子はどうなってしまうのだろう?
もしかしたら自分がもっと考えて強化を付与していたらどうだったのだろう?
例えばベリアルに掛けた4段階強化を全て機動性強化にあてるのではなく、攻撃力強化にしていたら楽に勝てたのではないだろうか?
もし、そうならば自分の考えが足りなかった故に苦しみだ。
だから必死で耐えなくては……。
咲良はそう考えていた。
だが、これは咲良が知る由の無い事だったが、魔力を完全に使いつくし生命力まで燃やし尽くしてしまえば、待ち受けている結果はヤクザガールズさくらんぼ組先代組長、米内蛍のように“死”である。
(私にもっと力があれば……)
仲間達も勝負を急いで鬼の拳や蹴りを紙一重で避け、蹴り飛ばしてくる岩飛礫も小さな物は無視して甘んじてその身に受けている。
(力! 力が欲しい! 皆を守って戦い抜けるだけの力が……)
(力!? 力と言えば……)
脳裏に浮かんだ一筋の光明を求めて咲良は腰のカードホルダーに手を伸ばした。
1枚のカードを抜き取ってカードリーダーに読み込ませる。
《RISE! 「ウリエル」!》
それは使い方が分からなかった力“だけ”を封じたカードだった。
存在そのもの封じ込めたカードであればカードリーダーを通した後に放り投げれば、カードに封じていた存在を呼び起こす事ができる。
だが力のみを借り受けたカードではカードリーダーに読み込ませた後に放り投げても霧散してカードホルダーに戻ってきてしまっていた。
だが咲良はカードを放り投げず、自身の胸に押し込んだ。
カードに封じていた力を自身に取り込むように。
胸に押し当てられたカードは紫電を発しながらスルリと衣服を無視して体に吸い込まれていく。
カードが完全に体内に吸収されるとデモンライザーの上部に取り付けられた機械から電子音声が響き渡った。
《POWER RISE! 「閃 光・魔 術」!》
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