POWER RISE! 1
古神社の地下に作られた風魔軍団のアジト。
その最下層である地下4階は広くサッカーグラウンドが丸々と収まるほどの面積を誇っていた。
広さだけではない。
天井も異様に高く、余人にはここが地下施設であるとは思われないであろう。
その地下4階に3つの人影があった。
三味線を掻き鳴らす女性のように細い人影。
両腕を胴と一緒に縛られている修道服姿の女性。
そして筋骨隆々の大男。
「あの、私、今日は夕ご飯の当番なんでそろそろ帰らせてもらっていいですか?」
「…………」
修道女の言葉に大男は何も答えない。ただ睨みつけるのみだ。
天然の洞穴を加工して作られた地下アジトには照明と呼べるのは12本の松明だけ。
その中心に4枚の畳が敷かれて大男はそこに胡坐をかいていた。背後に立てられた屏風に貼られた金箔が松明の炎を反射して妖しく輝く。
「あの~、聞いてます?」
「…………」
「もしも~し!」
「お前はなんなの!?」
無視されても話を続けるシスターについに大男がキレたように立ち上がった。
腰に僅かばかりの虎柄の腰布を巻いた大男の身長は3メートルほどか。頭の先から爪先まで全身が筋肉で覆われ、皮膚は血を浴びたように真っ赤に染まっていた。そして頭部には2本の牛のような短い角が。
だが修道女は目の前の異形にもイラだった表情にも臆した様子もなく話を続ける。
「『なんなの』って人質ですよね?」
「分かってんなら大人しくしてろ!」
「でも、子供たちがお腹を空かせたら可哀そうじゃないですか?」
「あのね? アンタ、それどころじゃないって分かってる? 俺の姿を見てもピンと来ない?」
「え? 鬼さんですよね?」
鬼の言葉に修道女はキョトンとした顔をして返事をした。その表情は「当たり前の事を聞くな」とでも言いたげであり、「え? もしかして引っかけ問題?」という顔でもあった。
「……正解だけどよ。俺が鬼だって分かっててそんな口を聞くの?」
「と言われても……。ウチは悪魔とか河童とかいますから、鬼とか出てきても『捻りがないなぁ』ぐらいにしか……」
「あのなぁ」
「逆に聞いてもいいですか?」
「なんだよ!」
「なんで忍者の集団のアタマが鬼なんですか? 関係無くないですか?」
「…………」
「忍法とか使えます?」
実の所、この鬼はシスターの疑問通りに忍法の類は使えない。それどころか天を突く背丈では「忍ぶ」という概念からかけ離れた存在といっていい。
この鬼は腕っぷしのみによって伝統ある風魔軍団でのし上がってきたのだ。
「ほら、有名な酒呑童子とかも盗賊だったって言うだろ……」
「え? 忍者じゃなくて盗賊ですか?」
「事業内容的には似たようなモンだろうがよ……」
「じ、事業!?」
鬼にとってこのシスターが驚愕した表情を見るのはこれが初めての事だ。
なにせこのシスター、攫われる時も「市役所に書類を出しに行かないといけないので……」などと言いだし、無理矢理に自動車に押し込められる時も「園長先生に怒られる~!」と騒ぎ出す始末で、おかげで現場指揮官であった中忍は下忍に書類を持たせて市役所まで走らせる羽目になったという。
だが苦労して攫ってきた甲斐もあったと言うべきか、お目当ての少女はのこのこと1人でアジトのある神社まで来たという報告が来たばかりだ。
「……ふん、減らず口を叩いていられるのも今の内だ。長瀬咲良とか言ったか、いかに悪魔や河童を使役するといえども風魔軍団の総力を挙げた布陣を抜けてここまで来れるかな?」
「そんなに凄いんですか?」
「うむ。地下1階は上忍から下忍まで120人が待ち構え……」
「ふむふむ」
「地下2階は各種カラクリメカのオンパレード!」
「ほうほう」
「地下3階はサイバネティック忍者ソルジャー部隊がお出迎えだッ!」
「はっ……!」
「え?」
意気揚々と陣容を語っていた鬼であったが、鼻で笑うシスターに呆気に取られる。
「そんなんじゃあベリアル様の引き立て役にしかなりませんよ? というかモニターか何かで上の様子とか見られません?」
「そういうのは無いんだけど……」
「それは残念……。まぁ、いいです。でも、こうして話をしたのも何かの縁です。咲良ちゃんが来るまでに『ゴメンナサイ』の練習をしましょう!」
「なんでだよ……」
長瀬咲良が風魔の迎撃網を突破してくるにせよ、あるいは捕らえられて連れてこられるにせよ、いずれにしてもとっととしてほしいものだと鬼は思った。
少し前まで彼ら風魔軍団を執拗に追っていたモーター・ヴァルキリーとかいうヒーローを彼らが手を下す事もなく、どこぞの何者かに殺されてくれたというのに、今度は厄介なシスターに煩わされるとは。
まだ地下1階で戦闘が始まったという報告はない。
鬼が大きな溜め息をついていると不意にチンという機械の音が鳴った。
「ん? なんだ!?」
その機械音は聞き覚えのある物だった。
エレベーターのゴンドラが到着した時の音である。
だが、エレベーターを作動させるためのパスワードを知る物は鬼以外にはいない。配下の者とて敵に捕まって吐かされる事が無いようにシスターを地下4階に運んでから鬼がパスワードを変更したために知る者はいないのだ。
やがてエレベーターのドアがゆっくりと空く。
「お! メッチャ広いやん!」
「お~! 雰囲気あるね~!!」
「ど、ど~も~……」
エレベーターから降りてきたのは褐色の肌に金髪の男装の麗人。幼い着物姿の子供、ビョンビョン跳ねながら前進する本当に蛇なのか疑わしい太った蛇、そして杖をついたセーラー服姿の女子中学生。
正直、鬼は内心では先ほど「鬼なんて捻りが無い」と言ったシスターの言葉に同意を示したくなっていた。
それほどに珍妙な集団だったのだ。
「トモちゃ~ん! おるか~! おっ! おったな! 帰るで~!」
「……ちょ」
「ほな!」
「ちょ、待てよ!」
無警戒にペタペタと足音を立てて歩いてきた河童が腕を縛られたままのシスターを起こし、そのまま帰っていこうとする。
男装の女性は高い天井を興味深そうに眺めまわし、和服の幼女が眼光鋭く周囲を警戒している様子だった。太った蛇は洞穴の湿った空気が居心地がいいのか跳びはね続け、セーラー服の少女は鬼に対してペコペコと頭を下げる。
「え? お前ら、階段は? なんでエレベーター使ってんの?」
「あ、やっぱり駄目でした?」
「駄目でしょ!?」
「あ~、一言で言うとだね……」
憮然とした表情を浮かべる鬼に対して、男装の麗人が悪意の籠った笑顔を向ける。
「お前のその顔が見たかった。それでいいかい?」
「!?」
男装の麗人、ベリアルが手の平を向けると突如として鬼の頭部から火柱が上がった。
渦を巻く火柱は鬼の首から頭の天辺までを覆い尽くし、さらに天井目掛けて高く燃え盛った。
「アハハハハ! どうだ明るくなったろう」
「ベリアルさん! まだ!!」
「なにッ!?」
狂ったように笑うベリアルに対し、鬼は火柱に包まれたまま駆け出す。
完全に無警戒だったベリアルは反応が遅れてしまう。
「……セイッ!」
辛くも座敷童が鬼目掛けて投げ付けた毬によってベリアルは突っ込んできた鬼の巨体を躱す事ができた。
だが座敷童のライズボールの風圧によって炎を吹き飛ばされた鬼の頭部に損傷らしい損傷は見られない。精々、頭髪の先端が焼けてチリチリになったくらいだ。
「……へぇ、頑丈にできてるじゃない?」
「……ふざけやがって」
悪魔と鬼。
悪意に狂った視線と怒りに狂った視線が交差する。
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