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宇垣と豊田がほぼ同時に引鉄を引いたのが戦闘開始の合図だった。
中忍の胸板へと2発の銃弾は吸い込まれていくが、2人の魔法少女が命中したと確信した次の瞬間、中忍のいた場所にあったのは人の形をした黒いバルーン。
バルーンは着弾により破裂し、ガスとともに充填されていた微粒子を周囲に撒き散らす。
「これは変わり身の術!?」
「宇垣さん! 自分の後ろへ!」
豊田に促されて宇垣が背後に回ると、豊田は自分の身長ほどの狙撃銃のストックを地に立て意識を集中して「風属性魔法」を発動させる。
豊田の特化能力「狙撃」は「装備品強化」「視聴覚器官強化」「風属性魔法」などの適正の組み合わせの結果であり、彼女は普段、風属性魔法を狙撃の際の照準のために使う。
よく人から言われるような「カマイタチ」だの「ウィンドカッター」のような風自体で敵に危害を加える魔法は大気での減衰が大きく効率が悪い。それよりも魔法で強化した徹甲弾を撃ち込んだ方が早いのだ。
しかし、今現在置かれているような状況、霧や煙幕のように周囲を怪しく光る微粒子に包まれた状況では風魔法が有効だった。
豊田を中心に巻き起こったつむじ風はたちまち微粒子を上空へ吹き飛ばしていく。
「コホっ! やはり何か毒でも混ぜてあったんですかね?」
「助かったわ!」
後ろに回った宇垣が「治癒」の特化能力を使用しながら豊田の左肩に突き刺さった手裏剣を引き抜いた。治癒しながらの摘出のため出血は少ない。
さらに宇垣は右手を豊田の背中に動かすと微粒子を吸い込んで呼吸困難になりかけていた豊田の肺胞たちが一斉に息を吹き返していった。
「フゥ~! もう大丈夫です」
「それじゃ、とっとと片づけて帰りましょうか!」
「ええ!」
2人は四方八方から迫りくる風魔の下忍ロボたちへそれぞれの銃口を向けて笑った。
自信たっぷりの宇垣と豊田の様子とは裏腹に戦況は芳しくない。
そもそも風魔軍団は直接的な戦闘能力が高いわけではないが、この場にいる2人の魔法少女は風魔軍団とは相性が悪すぎた。
木の葉が舞うよう、猿が木々を飛び移るように軽業師のような動きで2人を翻弄していく下忍ロボットの動きに豊田の重厚な狙撃銃では追従することが難しく、そして宇垣は戦闘向きの能力ではない。
さらにカエル顔の類人猿型ロボットが宇垣と豊田の間に切り込んで2人の連携を難しくしていたのだ。
かの類人猿型ロボも巨大で鈍重そうな見た目の割に風魔の忍者ロボの端くれというわけか静音性は凄まじく高く、しばしば2人は思わぬ所にまで踏み込んできた大型ロボットにギョッとさせられる羽目になっていた。
その現実のゴリラを大きく超える体躯に張り巡らされた装甲はブ厚く、強化無しの銃弾では貫く事は出来ず、かといって脚を止めて強化魔法を使う事は周囲の下忍ロボットがゆるしてくれそうにもない。
豊田の魔法狙撃銃は幾重にもバフをかける事で威力を上げていき、最終的には次元の壁を越える超技術力を誇るハドーの揚陸艇の船底すら撃ち抜く威力を出すという性質を持つが、強化無しでは口径8.93ミリの対物狙撃銃に過ぎないのだ。
すでに豊田は先に類人猿型ロボを始末する事を諦めて下忍型ロボの数を減らす事に注力していた。
標準装備のマカロン半自動魔法拳銃は速射でとっとと弾を撃ち切って、ドスを銃剣よろしく狙撃銃の銃身下に取り付けて振り回す。
手近の1体に狙いを定めて脇を占めて銃剣の鋭い突きで追い詰めていくと、豊田が狙ったとおりに下忍ロボは電柱に背中をぶつけて逃げ場を失う。さらに一気呵成に銃剣で斬りつけて頭部にストックを叩き込んで完全に破壊。
「やれやれ、憧れの『魔法少女』になるために『ヤクザ』になって、かと思ったら『狙撃兵』になって『忍者』相手に銃剣使って白兵戦とかもうしっちゃかめっちゃかだよ!」
一方の宇垣の方はさすが最上級生だけあってドスを片手に上手く下忍たちを捌いていく。
すでにマカロンの弾は撃ち尽くしたし、敵に包囲された状態での近接戦闘でマガジンのリロードに気を取られるほど銃に未練は無い。
跳び上がった石垣の上で逆手に持ったドスで迫りくる十字手裏剣を弾いて落とす。
その姿もまた古の伝説に語られる忍者のようでもあった。
さらに石垣の上から豊田の背後に迫ろうとしている下忍ロボへドスの鞘を投げ付けて牽制し、空中で捻りを入れて跳び手裏剣を回避しつつ豊田の背後に降り立つ。
「せいッ!」
下忍ロボの頸部装甲の隙間にドスを突き入れると下忍は機械油を噴き出して小刻みに震えだす。宇垣はドスを引き抜きながら敵の胸板に蹴りを入れて突き飛ばした。
「豊田さん! まだやれる!?」
「はい!」
「応援が来るまで時間がかかるみたい! もう少し頑張って!」
「モチロンです!」
すでに宇垣は三角帽子に内臓された通信魔法の術式を使って母校にある組事務所に連絡を入れていた。
襲撃の報を聞いた山本組長は直ちに小沢とともに救援に向かっていたが、大H川中学校を出てすぐに風魔軍団から攻撃を受けて足止めされていたのだ。
しかし山本たちを襲っていたのは下忍ロボたちばかり、まず間違いなく宇垣たちに近づけさせないための捨て駒だろう。
宇垣と豊田の口元に笑みが戻る。
いかに下忍ロボが足止めしようと、ここに向かっているのは「2丁拳銃のザワ」とも呼ばれる小沢だ。
彼女の特化能力「高速リロード」は途切れる事のない機関砲のような猛射撃を可能としており1発の威力こそ豊田の狙撃銃に劣るものの、逆に豊田とは違って軽装甲の下忍ロボとは相性がいい能力であった。
彼女の到着を待って下忍ロボを殲滅、その後は豊田の狙撃銃に強化を掛けて類人猿型ロボを撃破。2人の脳裏に明確な勝ち筋が見えてきたのだ。
しかし、それが仇となった。
2人は忍者相手にけしてしてはいけない“慢心”をしてしまっていたのだ。
顔を綻ばせた2人の死角から不意にあの変わり身の術で消えた中忍が現れて何かを投擲する。
(また手裏剣? ……いや、違う!?)
宇垣が気付いた時にはもう遅い。
中忍が投げ付けたそれはいわゆる“マキビシ”である。
しかし、ただのマキビシではない。風魔軍団のそれは軍用車両のパンクレスタイヤですら1発で使用不能にする超高性能爆薬入りの「マキビシ・マイン」なのだ。
「宇垣さん!!」
固まってしまった宇垣の前に豊田が飛び出す。
迫る爆発物を前に自身の体を宇垣の盾にして愛銃でマキビシを受けた。
豊田はその細長い銃をなんとか盾代わりにする事に成功し、3つのマキビシはすべて銃で防ぐ事ができたが、マキビシに内蔵された着発信管は直ちに内包された爆薬に点火する。
「豊田さん? 嘘でしょ!?」
巻き起こった轟音に思わず一瞬だけ目を瞑ってしまった宇垣がハッとして目を開けた時、彼女の瞳に映し出されたのはゆっくりと崩れ落ちていく豊田の姿だった。
両手からは力が抜けて長い狙撃銃は持ち主よりも先に地面に落ちて鈍い音を立てる。
幸い、まだ息はあるようで両ひざを付いた状態で豊田はピクピクと背中や頭部を小刻みに痙攣させていた。
宇垣が非接触型の治癒魔法よりも効率のいい接触型の治癒魔法を行うべく豊田に駆け寄ろうとしたが、そこで宇垣は完全に周囲への警戒を失ってしまっていたのだ。
宇垣の背後に迫っていたカエルのように飛び出た目を持つ類人猿型ロボットが手近のブロック塀を殴りつけて周囲に破片を撒き散らす。
「……! ガッ! ガハッ!?」
背中から子供の頭部ほどもある破片を叩きつけられた宇垣はそのまま豊田の方へと吹き飛ばされてしまった。
何とか途切れそうになる意識を繋ぎ止めるものの、魔力の操作などとても行えるような状況ではない。
もしものためにと襟元の代紋に封じ込めていた治癒魔法を豊田に対して使用する事はできたものの、それで豊田の意識が戻る事は無く、それで2人は完全に抵抗する能力を失ってしまっていた。
「ふぅ~! なんとか生かしたまま捕まえる事ができたか……」
中忍の男はハードなミッションを成功させた事に気を良くして思わず1人事を漏らす。
彼の所属している風魔軍団で現在、某組織から奪取しようとしている「邪神召喚」のための術式には魔力を持つ人間を必要としているという。
すなわち術式だけを奪ったところでそれだけでは片手落ちなのだ。
そこで立案されたのが現在の魔法少女「ヤクザガールズ」の拉致計画である。
生かしたまま捕らえさえすれば、薬なり精神操作なりを用いて彼らの思う通りに魔力を使わせる事が可能なハズだった。
「……お~し! じゃ、死なないように手当してから連れてくか!」
「……くっ!」
恐らくは背中から受けた衝撃で肝臓なりの臓器に損傷を受けているであろう宇垣が息も絶え絶えの様子で中忍を睨みつけるが、すでに男は宇垣を脅威とは見なしていないようでのんびりとした声を出す。
しかし、ホッと一息ついたところの中忍に怒声を浴びせる者がいた。
「そこまでです! 非道は止めなさい!」
「何!? まさか、もう……」
中忍はてっきりヤクザガールズの増援が到着したのかと思った。
だが大声とともに現れたのはセーラー服姿の1人の少女。ヤクザガールズのコスチュームも変形セーラー服に似たような物だったが、それとは違う標準型のセーラー服の少女だった。
以上で第34話は終了となります。
UN-DEADと彼らに対抗する人類の「切り札」とは何なのか?
今回、最後に現れた少女の正体とは一体?
次回にご期待ください。




