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ほどなくしてそれぞれが注文したメニューが次々と運ばれてきた。
僕が頼んだのは真愛さんがオススメだというホットケーキ。
白いお皿に乗せられた2段重ねのホットケーキは見るからにふっくら柔らかく焼かれており、上にはバターが乗せられ、白い陶器に入ったメープルシロップが添えられている、ザ・「昭和」のホットケーキといった塩梅のものだった。
他にホットケーキを頼んだのは真愛さん、ヴァルキリーさん(オッサンじゃない方)。
明智君はたっぷりとクリームが乗ったウインナーコーヒーを、天童さんはフルーツの飾り切りが美しいチョコレートパフェ、三浦君は彼のお気に入りらしいフルーツサンドを頼んでいた。
D-バスターはホットケーキとパフェの両方を頼み、モーター・ヴァルキリーこと高田さんも2本目の瓶ビールに手をつける。
「……あ、美味しい……!」
「でしょ!」
1口、食べて思わず頷く美味しさだった。
見た目どおりに表面まで柔らかく焼かれた生地はキメも細かく、焼く時の温度管理が抜群に上手い事を示していたし、使ってる素材も良い物なんではなかろうかと思う。
正直、素材の良し悪しとかはよく分からないのだけれど、ホットケーキの上に乗せられていたバターは間違いなく良いやつなんだろう。正直、2枚のホットケーキには小さいかなぁといった大きさの欠片だったのだけれど、バター特有のまったりとしていて豊かな風味が生地に染み込んでいて十分に満足できる味わいになっていた。しかもバターの量が少ないだけに脂っこさはほどほどでとても食べやすいのだ。
「おお~! いいじゃん、いいじゃん! 美味いよ、コレ!」
「私、こんなの初めて食べたよ!」
この店に初めて来たという天童さんとD-バスターも大満足のようだ。
天童さんはD-バスターのホットケーキを1口もらって互いに笑いあっていたし、三浦君も自身のフルーツサンドを1かけずつ勧めると2人はそれぞれ礼を言って早速、三浦君の皿に手を伸ばす。
「お! これも良いね! 甘くない食パンと生クリームの組み合わせがスイーツとはちょっと違って……、いや、これ、食パン自体が美味しいヤツだろ?」
「なんでも同じ商店街のパン屋さんから仕入れてるそうで御座るよ?」
「へぇ~!」
そういや入った事はないけれど、確かに商店街の中ほどにパン屋さんがあった事を思い出した。
僕は朝はパン派だし、今度、試しに行ってみようかと思う。
あ、いや、待て、ああいうトコの食パンって切ってないヤツなんだっけ? 頼んだら切ってくれるのかな?
僕が商店街のパン屋さんについて考えていると、ヴァルキリーさんが目に留まった。
三浦君からフルーツサンドを分けてもらってワイワイやっている2人を尻目になんとも物欲しそうな目でそちらを見ている。
これはヴァルキリーさんもフルーツサンドを試してみたいんだな。
もちろん、三浦君からもその様子が見えたようで皿を彼女の方に動かす。
「ヴァルキリー殿もお1ついかがで御座るか?」
「頂きます! 頂きます!」
「悪ぃな坊主! ん? オメェ、半分、他人に食われてるじゃねぇか? もう1品、頼むか?」
「いや、いや。夕食も近いで御座るからこれで丁度いいで御座る。お気持ちだけ……」
そう言えばすでに時刻は夕方の4時半になっていた。
馬鹿みたいな理由で熱くなったアンドロイドを成層圏まで冷やしにいって1時間ほど無駄に時間を使ってしまったせいだな!
「ところで、高田さんの追ってた風魔軍団って何をしたんですか?」
甘味の後に皆でコーヒーを楽しんでいる時、ふと思いついた事を高田さんに聞いてみる。
「ああ、まだ何したってワケじゃあねぇんだがなぁ……」
高田さんは2本目のビールに添えられてきたビアクラッカーをまとめて口に放り込んでバリボリいったあとで詳細を語り出す。
「さっきも話に出たが、去年、埼玉に出てきた邪神とかいうけったいな野郎がいんだろ?」
「ええ……」
「あの邪神をまた召喚しようとしているヤツがいるらしい……」
高田さんの言葉を聞いて明智君の体がピクリと動く。
この場にいる面子の中で邪神の驚異をもっとも知る人間こそが明智君だろう。
あの場には僕も高田さんもいたけれど、高田さんは瘴気を浴びて死んでたみたいだし、僕は死んだと思っていた兄ちゃんが現れた事でテンション上がって、後はノリと勢いで。こう考えてみると僕もD-バスターの事をとやかく言えないような。
「風魔軍団が、邪神を?」
「いやいや! 風魔軍団は違う。むしろヤツらは邪神の復活を邪魔しようとしてるみたいだな……」
「邪魔?」
「ほれ、邪神を復活させるのに何かヘンテコな道具だの使うだろ? 風魔軍団の奴らはそれを盗んで“その手の好事家”に売っぱらおうって算段らしい……」
余談になるけれど悪の組織が潰れる理由の第1位がヒーローとの抗争により、第2位が悪の組織同士の抗争となっている。
特に協力関係にある間柄でなければ侵略者の組織同士が潰し合う事など別に珍しい事ではないのだ。
まぁ、中にはご近所の組織にお歳暮とか送ったりする所もあるのだけれど。それだって言外に「我々はすでにそちらのアジトを把握しているぞ」という意思表示が含まれたものだ。
「で、俺もあの邪神には1ぺん殺された借りもあるわけだし、風魔の連中、ボコって情報を聞き出そうと思ってよ!」
「ボコって情報を吐かせるって、有無を言わさずバイクで体当たりしてたじゃないですか……」
「そ、そりゃ、あれだ! 市街地に入られたら処置の方を優先するだろ!?」
それは確かに。
それに破壊したといってもD-バスターがビーム砲で蒸発させた1体を除いて、高田さんが破壊した2体は破片が散乱していた。記憶装置を復元できれば情報を読み取る事もできるかもしれない。
「という事はどこの組織が邪神を召喚しようとしているかはまだ?」
「ああ、分かんねえ!」
明智君の問いに何故か高田さんは大威張りで答える。
でも、あのクラスの邪神の復活ともなればけっこうな大がかりの作戦のハズで、組織の活動資金を集めるための小手先の作戦とはワケが違うのだろう。
恐らくは組織の威信と存続を賭けた大規模作戦。
そのワリにその情報は他の組織に漏れているとは。
僕はチラリを横目でD-バスターの顔を見てみる。
彼女は口を半開きにして「ほぇ~……」などと声を出しながら高田さんと僕たちの話を聞いていた。
「邪神の召喚だなんて大それた事を企むような所」と「ガバガバの情報セキュリティ」でD-バスターの製造元である「UN-DEAD」を想起してしまうのは下衆の勘繰りでしょうか?
D-バスター本人はまるで初耳みたいな顔してるけど、こんな口の軽いアンドロイドに重要情報を教えるワケも無いだろうし、そうであったとしてもこんなアンドロイドを作るようなトコなら他にいくらでもセキュリティホールはありそうだし。
でも、それを明智君に伝える勇気は僕にはない。
明智君は震える右手の震えを止めようと手が赤くなるほどに握りしめて、さらに右手を隠そうと左手で覆うものの、その左手すらも震えていた。
彼は懸命に心の奥から湧き上がってくる恐怖と戦っているのだろう。
彼は去年の埼玉で邪神を目のあたりにしながら狂う事もできず、さりとて自身に振るう力はなく、それでも必死に彼なりに戦っていたのだ。
その彼に「そのガバセキュリティの組織ってUN-DEADじゃね?」なんて軽々しく言う事は茶々を入れるみたいで僕にはとても言う事ができなかった。
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