200回特別編 そんなこんなで彼らは彼らで元気にやってます(中編)
「どうしたのよ急に走りだして……」
「…………」
クドーがライカに名乗るのと時をおかずして、工藤が駆けてきたきた方向から2人の人間が姿を現した。
1人は女性。
手足のスラリと長い体をどこの民族の装束かライカには見当もつかないような不思議な衣服で纏っていた。赤く体に沿った服装は動作を阻害する事がない機能美をライカに感じさせていたが、かといって生地自体はあまり丈夫な物ではなさそうだ。女性の履いている黒く小さな革靴といい、室内で事務仕事でもやっているのが似合っているような衣服だった。
女性は勝ち気な性格を伺わせる目尻の上がった大きな瞳を向けていたが、武装したライカを警戒した様子はない。
むしろクドーと名乗る男が何かライカに迷惑でもかけたのではないかと心配している風である。
残る1人は男性。
歳の頃は20前後と赤い服の女と大して変わらないが、筋肉質なクドーや女性的な体付きの赤い服の女と比べて随分と華奢な印象を受ける。
グレーの毛糸を編み込んだセーターのような物と、クドーの履いているズボンよりも細いタイプの物を履いており、随分とラフな印象をライカに与えた。
彼もライカとクドーがいる所までのんびりと歩きながら手にした草を編みこんだカゴにいれた物を次々に口に入れては吐き捨てている。
「……リーダー、白人さんは苦手じゃなかったの?」
「デカい蜘蛛に気付いてないっぽかったからな、苦手とか言ってられんだろ?」
「あれ? その蜘蛛ってのんびり苔とか食べてる種類じゃない?」
「なんだ? 緋音は知ってたのか?」
現れた男女はクドーに話しかけながら近づいてきて、それから笑顔を作ってライカに自己紹介をした。
「どうも! 私は獅子神 緋音。こっちは……」
「黒井 鯱。皆からはクロちゃんって呼ばれてるよ!」
「シシガミ? クロイ?」
クドーも含めて彼らの名はライカには聞き覚えの無い物だった。
彼らの着ている見覚えの無い衣服に、聞き覚えの無い名前。さらに彼らの顔立ちもこの大陸の者ではないように思える。
まず、間違いなく彼ら3人がライカが探していた者たちだろう。
「え~と、実は貴方たちに聞きたい事がありまして……」
「うん? なんだ?」
「私たちに答えられる事なら何でも教えてあげるわよ?」
「まあ、ハチミツでも食べながらでも……」
クロイが差し出してきたカゴには岩蜂の巣が幾つも入っていた。
岩蜂とは蜜蜂の一種で、岩と岩の隙間に巣を作る事からそう呼ばれている。
自然の甘味を差し出してきたクロイもそうだが、クドーもシシガミもライカが尋ねたい事があると言ってもきょとんとした顔を返すだけで、とても墓荒らし事件に関係しているとは思えない。
だが、ライカの問いに彼ら3人が語った経緯はにわかには信じがたい事であった。
………………
…………
……
「……では貴方たちは異世界から来たと?」
「ああ、そうらしいな……」
「だから言ったじゃない! それをリーダーったら白人が住んでる中世並みの田舎だからポーランドに違いないとか言い出して!」
「ポーランドの方にメッチャ失礼……」
3人はライカを置き去りにしてギャーギャーと口論を始めてしまった。
だがライカには彼らのいう「ニホン」や「ポーランド」という国には聞き覚えがなかったのもまた事実である。
「えと、話を進めてよろしいですか?」
「ああ、すまない」
「で、貴方がたは元いた世界の騎士階級のような職業であったと?」
「騎士というのは違うかな? 特別職国家公務員はええと……」
「役人ですか?」
「軍人と言った方が近いかもね」
彼らの弁では単に軍人とは言い切れないような複雑な事情があるらしい。
「で、貴方たちは元の世界での戦闘で死んだハズが、気が付いたらこの森にいたと?」
「ええ、1週間ほど前の事になるのだけれど、森の中に3人……」
「とりあえず、その場に留まるのもなんだし、かといって雪山に行くのもな……」
「で、山の反対側に歩いてきて、集落を見つけたんだけれど言葉が通じているのかいないのか……」
「なるほど」
彼らの言う「雪山」、「氷巨人の山脈」は真夏でも雪が消える事がような前人未到の天険であり、ロクな装備も無しで踏み入ってしまえば命は無かっただろう。
そういう意味では彼らの選択は賢明だったといえよう。
彼らが不思議にしていた言葉が通じているようで通じていないという事だったが、ライカにはハッキリと彼らが喋る言葉を理解できていた。
恐らくはトワ村の村人は戦乱によって流されてきた難民たちであり、見ず知らずの人間に対して恐怖心を抱いているのではないだろうか。
山脈と大河によって外界から閉ざされた環境であるトワ村には旅人も訪れる事はなく、ましてや「深く昏い森」の中で見ず知らずの人間に話しかけられる事など頭の片隅にも無かった村人たちがクドーたちに話しかけられて一目散に逃げ出してしまった事からくる誤解であろう。
さらにクドーたちが続けた言葉によると、彼らも秋の気配を感じ取っており、食料の備蓄が出来次第、森の調査範囲を広げようとしていたらしい。
そのために同じように食料の採取に来ていた村人が目撃する事が多かったのだろう。
「話は分かりました。まず先に1つだけ言わせてください」
「ん、なんだ?」
「貴方たちが異世界人であるかどうか本当の所の判断は私には出来かねます。それでも言わせてください」
「なあに?」
「貴方たちが「異世界出身」である事。それは人には黙っておくべきです」
「それはまた何でだい?」
「ええ……」
ライカは3人にこの大陸の歴史を教えてやった。
100年以上前にこの大陸には人族の王が治める国と魔族が治める国があった事。
当時の魔族の王、マクスウェルは若くして魔王の座についたものの、種族の垣根を越えた繁栄の道を模索していた事。
魔王マクスウェルは人族の王とも友好関係を築いていたが、それで長年に渡る禍根は消えたわけではなく、長く魔族と血を血で洗うような抗争を繰り広げてきた人族の辺境貴族たちは異世界から「勇者」を召喚し、魔王への刺客として送り出した事。
勇者は魔王マクスウェルを誅する事には成功したものの、それは魔族の怒りに火を点ける結果になり、以降、この大陸には戦乱の火が絶えた事が無いという事。
「『勇者』ねぇ……」
ライカの話を聞いてクドーが意味ありげに呟く。
「それ以来、『異世界からの来訪者』とは即ち『混沌をもたらす者』と同意儀で語られるようになりました」
「というと異世界召喚とかの技術は?」
「術者もろともあらゆる研究結果は焼かれたと聞いています」
「こりゃ帰るのが難儀だねぇ……」
彼らのまるで他人事のような表情にライカは一瞬、呆れてしまったが、考えてみれば異世界の者がよその世界の知らない大陸の歴史を聞いてもそんな反応しか返せないのかもしれない。
「でも、それっておかしくね?」
「何がです?」
クドーの声色には批判とか非難するような様子はない。ただ単純に変だと言っているようだ。
「いや、『異世界出身者』が忌み嫌われてるのは分かったけどよ。それは違うんじゃないか? 悪いのは勇者をけしかけた貴族じゃね~のか?」
「そうですね。でも、どの道、その貴族たちは戦乱で真っ先に死に絶えてますので……」
「ああ、他に恨む相手が?」
「そういう事です」
それで納得がいったのかクドーは話を変える。
「ところでよ、アレ、なんだ?」
「アレ?」
クドーの視線の先、ライカは後ろを振り返ると微かに黒い煙が見えた。
森の木々よりも高く上る黒い煙。
それはトワ村の方角であった。
「……いけない!」
村には何かあった時のために狼煙の用意をしていた。
恐らくは煙の正体はそれであろう。そうでなければこんなにも距離が離れてもまだハッキリと見える煙などありえないだろう。
ただし、狼煙を上げても助けに来る者などはいないのだ。
ライカを除いては。
ほんの少しの逡巡の後、ライカは鎧を脱ぎ捨て始めていた。
トワ村に赴任して以来、寝る時以外は外した事がない鎧をだ。
「お、おい……」
「貴方がたを軍人と見込んで頼みがあります! 私はこれから急いで村に戻らねばなりません! 何があったのかは分かりませんので貴方たちは森に隠れていてください。ついては申し訳ないのですが具足を預かっていてほしいのです!」
「ちょっ……! て、もう行っちゃったよ……」
身軽になったライカは長剣だけを持って村へと韋駄天のように駆け出して行ってしまった。
後に残されたのは鎧具足1式と盾、水筒などの細々とした物だけだった。
「はぁ~! 異世界ねぇ、どうする?」
「言わなくても分かってる癖に……」
「まさか上も異世界の事でまで始末書を書けとは言わないでしょ?」
脱兎の如く駆けて行ったライカに残された3人は軽口を叩き合いながら何かを確認するように頷きあった。
今回で特別編は終わると言ったな?
アレは嘘だ(←自分に甘い人間のクズ)
でもマジで次回で終わるんで許してください! 何でもしますから!
(何でもするとは言ってない)




