200回特別編 そんなこんなで彼らは彼らで元気にやってます(前編)
賢魔王と称えられし魔王マクスウェルが身罷われてから100年余り。
かつて人と魔、2つの国が拮抗していたタール大陸は混沌が支配していた。
幾つもの小国が乱立し、僅かばかりの力を持った者が「王」を僭称する。
その国々も長く続く戦乱に泡のように現れては消え、消えては現れていった。
異世界から「勇者」を召喚し、魔王マクスウェルを弑逆する事に成功したセガル王国も例外ではなく、かつては5つの副都を擁して大陸の半分を手中に収めていたのも今は昔。現在では王都とその周辺の僅かばかりの土地を有するばかり。
対する魔王が治める魔導王国ロヴェルも長い戦乱に疲れ果て、各地で諸侯の反乱が続出していた。
だが戦乱の世に苦しめられていたのは王でも貴族でもなく民衆であるのはいつの世も変わらぬ摂理であった。
トワ村の駐屯騎士ライカはいつものように鎧具足を身に着けて詰所を出た。
ライカという騎士は例え書類整理をしていようが村の用水路の清掃を手伝っていようが鎧を纏って長剣を佩く堅苦しい所があった。
女ながら村で唯一の騎士であると常に忘れないためであったかもしれない。
だがセガル王国の辺境も辺境。3方を「深く昏い森」に覆われて、残る1方も大河に塞がれた狭い村にはこれまで「騎士」としての役割を求められる事など1度たりとてなかったのだ。
ライカの仕事といえば王都に収める租税としての特産品の収穫量と税としての収納量の把握、輸送に関わる通行手形の発行などまるで役人のような仕事ばかりであった。
トワ村はその狭く発展性のない環境からまともな土地と見做されておらず、住んでいる住人も戦乱で流れてきた者たちばかり。
人口こそ300人ほどと辺境の集落にしては多いが、その人口を食わせるだけの畑はない。
幸い森と川から取れる食物は豊富でなんとかなっているものの、冷夏や干ばつともなればそれもどうなるか分からぬような危うい所だった。
結局の所、騎士として叙任されたライカがこのような村とも難民キャンプとも分からぬようなトワ村へ送られたのには“ここはセガル王国の領土である”と主権を主張するためのものに他ならない。
麦もロクにとれないのでは税収も期待できず、戦乱の流浪者たちが主であれば徴兵する事もできない。そのような貧しい土地には半魔の新人騎士でも送っておけばいいだろうという貴族たちの声が聞こえてくるようだった。
それでもライカは腐ったりはしなかった。
与えられた任務をやり遂げる事こそ騎士の本分とばかりに雑務をこなし、男手の足りない村の仕事を手伝って、その上で剣技の修練を夜遅くまで重ねる生活をこの2年ばかり送っていたのだ。
そういう点でもライカは堅物と言ってもいいだろう。
村の住人たちもライカの事は「堅物」だの「黙ってれば綺麗な騎士様で済むのに……」と思っていたが、むしろ「堅物」というのはライカの評判を落としたりはしなかった。
戦乱の世で搾取される事に喘いできた村人たちにとって、自分たちと同じように汗を流し、その後に夜遅くまで1人で剣を振るい続けるライカの事は好ましいと感じていたのだ。
村の中心に位置する詰所から北側の森の入り口付近にまで来たライカは1軒の掘っ立て小屋に寄っていく事にした。
「シドさん、いますか?」
「おお、これは騎士様、どうされました?」
薄い板を組み合わせただけのドアを軽くノックして声をかけると中から右足を引きずりながら中年の男が出てくる。
出てきた顔付きこそ中年のように衰え切ったわけではないが彼の頭髪は1本残らず白髪になっていた。
その男、シドはかつては某国に徴兵され弓を取ってらしいが、何度目かの戦において膝に矢を受けて軍人としての役目を務められなくなってしまったそうだ。
戦に勝っていれば傷病兵として国から見舞金でも出たのであろうが、生憎とその戦は敗戦に終わり国そのものがなくなってしまったらしい。
とはいえ現状では足を引きずりながらも歩く事はできるし、弓を使って森で猟をして糊口をしのいで生活する事が出来ている。
ライカも村を空ける事があれば彼に一言告げていくのが通例となっていた。
「例の墓荒しの件で、最近、森の中をうろつくようになった者たちでも探ってみようかと……」
「ああ、では彼らが?」
いつもならばライカの鎧と剣は彼女に騎士である事を忘れさせないための物である。
だが、今日ばかりは違っていた。
昨日、村の西側にある墓地が何者かに荒らされ、埋葬されていた遺体が全て持ち去られるという事件が発生していたのだ。
トワ村が出来てから10年あまり、戦乱から逃げてきた者の中には老人や子供が多く、安住の地を得た事で安心したのか、それとも長い疲労が体を蝕んでいたのか、移住して1年以内に死ぬ者が多かった。
そのため村の規模とは不釣り合いに墓地に埋葬されている者は多い。
その全ての遺体がたった一晩で姿を消したのだ。
ただの墓荒しなら埋葬品は盗っても遺体など盗む必要がないだろうし、1体や2体の遺体が掘り起こされたのならば獣のせいだとも思える。
だが100体近い遺体が忽然と姿を消したのだ。
この村始まって以来の怪事件と言っていい。
手がかりらしい手がかりは何も見つからなかった。
とはいえライカも役人の真似事をしているが事件捜査の経験などは無いし、協力してくれた村人もそれは同様。
まるで濃霧の中を進むようで解決のメドなど立ってはいない。
だが、つい最近、村人が森の中で見ず知らずの人間を目撃したという情報がライカの耳に何度も届けられるようになっていた。
今日、ライカは村を離れて森の中に入り、彼らに接触をはかろうとしていたのだ。
「別に下手人だと疑っているわけではありませんが怪しい事には違いはありませんしね。まあ、違ったにせよ何か我々が知らない情報を持っているかもしれませんし、なんでこんな森の中にいるのか……」
「深く昏き森」は「氷巨人の山脈」と「女神の涙川」に隔てられた未開の地である。トワ村は川沿いに僅かに開けた土地を使わせてもらっているにすぎない。
当然、旅人が迷い込むような事など普通ならばありえないのだ。
その「深く昏き森」で目撃されるようになった人間。
正体も目的も知れずこれ以上無いほどに怪しい存在である。
しかしライカは彼らが犯人であるとは疑っていなかった。第一、彼らの人数は2、3人ほどでとても一晩で100近い墓を暴いて遺体を持ち去る事などできそうにはない。
それよりもライカは墓荒らし事件で気が立った村人と彼らが“不幸な接触”をしてしまわないかに気をもんでいたのだ。
「まぁ、俺も彼らの事は俺たちと同じ“元いた場所に居られなくなった手合い”だと思いますがね。村の連中は怯えてしまってて……」
「この際です。事件に無関係な者たちならば村へ移住する事を進めるのも良いかと……」
「そりゃあいい! 森の中で暮らしていける連中なら役に立つでしょうよ。連中にしても冬になる前にまともな寝床を見つけんと!」
森の人間に村への移住を進めるというのは今、思いついた事だったが、我ながら名案だとライカは思った。
彼らを目撃した村人の証言によると彼らはまだ若者といってもいいような年頃で、発展途上の村には若者の手はいくらあっても足りないというのに辺鄙な村では人を呼び込むことすらできないのだ。
「それじゃ、騎士様が森に入っている内はいつも通りに俺が詰め所にいますよ」
「ああ、済まない」
「ハハ! 騎士様の頼みを断るような奴ァ、この村にはいませんよ!」
シドは矢筒を背負ってから弦を張った弓を肩にかけ、杖を突いて詰め所の方まで向かっていく。
ライカはしばらくその背中を見送ってから満足そうに頷いて森の中へと入って行った。
季節は秋。
もう少しすれば森の木々も葉の色も変わるのであろうが今はまだ深い緑色を見せている。
だが下草は張りを無くして背を落としているおかげで見通しはいいし、夏の間は嫌がらせのように辺りを飛び回っていた羽虫も姿を消している。
ライカは額に汗を流しながら進んでいくが暑さからではない。
鎧具足と剣の重さが体を苛むのだ。
ライカの村には馬はいない。
貧しい村には馬を買う余裕は無かったし、仮にいたとしても寒村で使われるような小型種の馬では完全装備の騎士の重量に耐えられないであろう。
第一、森の中に入るのに馬に乗っていては却って邪魔になるだけだ。
(相手を警戒させないように軽装で来るべきだったかもしれませんね……)
堅物で知られるライカも昼頃には鎧を着こんできた事を後悔していた。
それでも鎧を着てくるべきではなかったと言い訳を探すあたりが彼女らしいと言えばらしかったが。
アゴから垂れる汗を左手で払ったライカは大休止にして昼食を取る事にした。
手近の丁度いい大きさの岩に腰を掛けて弁当の包みを解く。
村は貧しいが自然の恵みだけは豊富で彼女の弁当もそれらを使った物となる。
ドングリと苔麦のパンに野良苺のジャムを塗った物、川魚の燻製干し、山柑橘の果汁と岩塩を溶かした水。
顎が疲れてしまうほどに硬い食事ではあったが味わいは豊かだった。
村人たちが懸命に生活を立て直そうと努力している証拠でもある。ライカにとっては食事も村の様子をうかがう大事な一時だ。
食後にライカは岩に座ったまま足を持ち上げて小刻みに振り血流を促進する。
岩塩と岩蜂の蜜の飴を舐めながら考えているのは森で見かけるようになったという者たちの事だ。
村の者たちが森に入るのは狩りをしたり、木の実や山菜、キノコ類を採取するためであまり深くは入らない。
これまでの目撃者も日帰りで森に入っていた者だけで、恐らくは彼らもそう森の深い所では暮していないのだろう。
(水場かしら……? そういえば近くに泉があったような……)
人間が暮らしていくには水が不可欠で、彼らも水場の近くにいるのだろうとライカは目星を付けていた。
そういえば3日ほど前に彼らを目撃したという女性は清流カニを取りに森に入っていたという。
捜索の目途が付いた事で気が楽になったのかライカは出発の準備を始めた。
鎧の腰に付けた革ベルトに弁当の包みと水筒を収めて、鎧の緩みが無いかを点検していく。
鎧を着てきた以上はセガル王国の騎士としてだらしない恰好は出来ないとライカの目にみるみる覇気が戻っていった。
「……ん?」
脛甲のベルトを締め直していた時だ。ライカが物音に気付いたのは。
足元を見つめていたライカが思わず顔を上げるほどの大きな物音。しかも物音は連続して徐々に大きくなっていく。
物音の正体は足音。
ライカの目に飛び込んできたのは不思議な衣服を着込んだ男が自分に目掛けて猛ダッシュで駆け込んでくるところだった。
男の手には片手剣ほどの長さの棒が握られており、その目は血気に逸っていた。
「チェェェストオォォォ!」
(ま、マズい! 剣が……!)
鎧の乱れを直すため、腰に佩いた長剣をライカは岩に立てかけていたのだ。
立ち上がって、剣を取り、鞘から抜いて、男を斬る。
ライカの頭脳は一瞬で対応策を示したがどう考えても男の襲撃に間に合うヴィジョンが見えない。
いっその事、鞘から抜かないままで殴りつけるべきか?
それがライカの判断を鈍らせた。
襲撃者は下草など構いもしないでライカに突っ込み、神閃の突きをライカの顔面へ……。
「…………!」
男の突きはライカの顔面を僅かに逸れていた。
だが、男はゆっくりと全身を弛緩させて大きな溜め息をつく。
ライカが恐る恐る背後を振り返ると、彼女が腰掛けていた岩のすぐ後ろに立っていた大木の幹に大人の掌を広げたほどの大きなクモが張り付いていて、大蜘蛛は男の神速の突き技で潰されていたのだ。
「ふぅ~! 災難だったな!」
男は座ったままのライカを見下ろしながら歯を向いて笑顔を作る。
その顔はまるで「気にすんな」とでも言いたげな物で、場合が場合ならばライカも苦み走った良い男だと思っただろう。
だが……。
「え、えと、災難というのは『苔食い蜘蛛』の事ですか?」
「……ん、コケクイグモ?」
「ええ」
「もしかして人とか噛まない?」
「ええ」
「毒も無い?」
「そういうのがあったら他の蜘蛛みたいに肉食性だったのでしょうけれど……」
まあトワ村の主食の1つである苔麦を食べる事から害虫として扱われているが、苔食い蜘蛛が人を襲わない事などこの地方の者ならば子供でも知っている事だ。
ライカの話を聞いて男は先ほどとは違う意味合いの溜め息をついて、その場にどっかりと座り込んでしまった。
男の全身は良く鍛え上げられている事が服の上からでも分かるほどで、上着の深緑のシャツに施された装飾も、穿いている藍色のズボンの染め方も生地もライカの目には憶えが無いものだ。
恐らくはこの男が目当ての者たちの1人だろう。
「失礼、私はセガル王国トワ村駐留騎士のライカと申します。貴方は?」
「ああ、俺か? 俺は工藤、工藤 竜ってんだ」
工藤さん、新キャラじゃないよ?
名前が出てたかは確認してないけど……。
次回でこの特別編は終わります(自分で自分に追い込みをかけていくスタイル)
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