31-6
真愛さんと2人、帰り道を歩いている。
綺麗な夕焼けに染まった空は綺麗だったけれど、綺麗すぎてどこか他人事のような感覚だった。
僕も真愛さんも口数は少ない。
原因はD-バスター1号が言っていた「僕と戦うために作られた使い捨てのアンドロイド」という言葉だ。
恐らくは真愛さんもそうだろう。
D-バスターがさも重大な情報を知っているという風だった「彼らUN-DEADの目的」だけれど、何て事はない「政府転覆」「それに伴う混乱に乗じて各参加組織の目的を果たす」というありきたりな物だった。
しかも「それをどのようにして?」という明智君の質問に対しては「さあ?」で返してくる有様だったのだ。
まぁ、よくよく考えてみれば情報保全意識の欠片も無いD-バスターに最重要情報を教えるわけもないか。
仮に彼女の情報保全意識が万全であったとしても、戦闘で撃破された後にメモリーを回収されて復元されてしまったら意味がないものね。
D-バスターは使い捨ての消耗品である自分の事を「割り箸」と例えたけれど、その例え話に乗るのなら「割り箸に漆を塗る奴はいない」とでも言ったところかな?
それでもこれまでの話の内容から明智君には十分な成果があったようで、アイス盛りを食べた後で明智君オススメのデザートメニューを教えてもらったD-バスターは満面の笑みでクレープアイスをパクついていたっけ。
その後、D-バスターとはお好み焼き屋の店先で別れた。
「またね!」と言いながら人目も憚らずに全力で手を振る彼女は子犬のようで、かえって僕たちの方が恥ずかしくなるほどだった。
身長180cmの明智君と大して背が変わらない、女性にしては背の高いD-バスターの体格や顔は大人の女性のような造形になっていて、その彼女が幼児のように屈託のない笑顔で高校の制服姿の僕たちを見送っていたのだから、ハタから見たら何ともアンバランスな感じだっただろう。
でも、D-バスターと別れてしばらくは皆も「凄ぇ奴だったな!」とか「あんなん中々にいないよね」とか口々に言い合っていたのに、時間が経つにつれ口数は減っていったのだ。
D-バスターは僕がお好み焼きを食べて美味しいと言ったら自分の事のように喜んでいたし、明智君が飲み物を吹き出した時にはオシボリを差し出していた。締めのデザートを頼む時も誰に言われるでもなく皆の分も注文していたっけ。
多分、彼女の人格は掛け値無しに善良なものなのだろう。
それでも彼女は悪の組織に作られたアンドロイドで、時が来れば彼女は悪の手先として戦うのだろう。
それは他の誰でもない僕自身が良く分かっている事だった。いかに善良な人格の持ち主であろうとアンドロイドである以上は使用者の命令に逆らう事などできようバズがない。去年、僕がド腐れ外道共に洗脳されていた頃はそうであったように。
そして相手が僕であれ誰であれ、勝利したせよ敗北したにせよ、出力調整のリミッターを切ってしまってから数分後には彼女は“死ぬ”。
きっとD-バスターがいた頃は彼女の底抜けの明るさで忘れさせられていた重い事実が段々と心を押しつぶしていったのだろう。
彼女と店先で別れる時、「またね」という彼女につられて皆も「またな」と返していた。
「さよなら」と言ってしまえば、その言葉が最後になってしまうかのように。
「……ねぇ、真愛さん」
「なぁに?」
商店街を通り過ぎたあたりで、重く沈み込んだ心に耐えられなくなった僕の脳は真愛さんに救いを求めていた。
「僕はどうするべきなんだろう?」
「あの子の事?」
真愛さんが言う「あの子」とはD-バスターの事だ。外見こそ大人を模して作られていたD-バスターもほんの少しの時間、一緒に過ごせば「あの子」と呼ぶのが適当だろうと皆が思うんじゃないかな?
僕は肯定を沈黙で返した。
「不思議な子だったわね。昔の、まだ悪さしてた頃のアーシラトさんは自分が悪い事をしてるって自覚はあったんだけど、あの子はどうかしらね?」
「多分だけど、悪い事でもどうとも思わないと思う。きっとそういう風に作られているハズ……」
少なくとも使用者や指揮官が命じれば彼女は冷酷な戦闘マシーンに変貌するだろう。
かといって今日の時点で彼女を破壊する事は僕には無理な話だった。
「財布を持ってないからメシ奢ってちょ?」と彼女は言ってきたが、彼女がお好み焼きをひっくり返した時に見せたあの素早い動きをもってすれば、どこかその辺の通行人を人目の無い裏路地に引き釣り込んで財布を奪う事くらい朝飯前であろうに彼女はそうしなかった。それも彼女の人格が善良である事の証明の1つになると思う。
なにより彼女の人懐っこい笑顔。
真愛さんの人を思いやる笑顔とも、天童さんの貪欲に面白い事を探す笑顔とも違うあの笑顔を向けられてしまっては彼女を破壊しようなどという気は起らなかったんだ。
たとえ彼女が「僕たち兄弟を倒す者」を名乗っていたとしても。
それは僕の弱さだったりするのかな?
「……もし、あの子がこれから誰かを傷つけたり、あるいは殺してしまったりしたら、それは今日の僕のせいかな?」
「それは違うわ! あくまでその責任はあの子に人を害するように命じた人のものよ」
でも言葉とは裏腹に真愛さんの通学鞄を持つ手が固く握りしめられたのを僕は見逃さなかった。
きっと僕の話で自分の責任に感じてしまっているのだろう。でも真愛さんが責任を感じる必要はないと思う。あの場で彼女を破壊する事ができたのは僕だけなのだから。
「……なんで『UN-DEAD』の連中は使い捨てのアンドロイドにあんな高度な人格を持たせたんだろうね?」
自分で言っといてなんだけど「高度」ではあっても「高性能」とは言えないかな?
超絶ファジー機能マシマシニンニクチョモランマの人工知能ってなんなんだろ? もしかして専用設計? 使い捨てなのに?
「何かを成し遂げようとする時、最終的に大事なのは絶対に勝ってみせるっていう強い気持ちで、彼らも意思の力を信じてる。そう言ったらセンチメンタルかしら?」
真愛さんらしい言葉だった。
真愛さんはそうやってアーシラトさんやアンゴルモアの大王と戦いぬいてきたのだろう。
「……僕は逆かな?」
「逆?」
真愛さんが隣を歩く僕の顔を覗き込んできた。
「もし、いつか彼女と戦う事になった時、躊躇なく戦う事ができる機械の心が欲しい。もう2度と後悔しないように」
僕の言葉を聞いても真愛さんはしばらく何も言ってはくれなかった。
やがてアパートの屋根が見えてきた頃、真愛さんは再び口を開く。
「私、後悔してるわ。戦う力を失った事」
「真愛さんが戦う必要は……」
「私に今も戦う力があったなら、辛い戦いで誠君が心が冷え切った時、いつでも傍にいてあげられるのにね。灼熱のプラズマの中でも、極寒の宇宙でも」
「真愛さん……」
言葉は嬉しいけどさ。
宇宙はこないだ行ってきたけど、灼熱のプラズマの中は僕の方がもたないんだけど?
てか真愛さんが今も現役なら、僕なんか真愛さんの後ろでステルスマントに隠れてビームをチマチマ撃つしかやる事がなくなっちゃうんだけど?
でも、まぁ、うん。
真愛さんの言葉は本当に嬉しかった。
思えば高校登校初日、僕の境遇を聞いて優しい笑顔で励ましてくれたのが真愛さんだった。
彼女のためなら機械にでも鬼にでもなれると思う。
それを真愛さんが望むかどうかはともかく。
週末の土曜日、中間テストに備えて真愛さんの家で勉強会をしようと計画していたが、僕は前日の金曜日にマックス君に頼まれて蒼龍館高校の技術部を訪れていた。
彼ら技術部がコツコツ作っていた宇宙用スクーターを改造した宇宙対艦攻撃機。
あの攻撃機の使用者として話を聞きたいとの事だった。
結局、あのスクーターは「攻撃機」としては役に立たなかったものの、マックス君が開発した魔法生成燃料とそれを使用するエンジン、防御用の小型ミサイル、対艦ビーム砲は僕を宇宙巡洋艦まで連れて行ってくれたのだ。
しかも計画段階で半ば分かっていた事とはいえ、機体自体は宇宙の藻屑と化している。
数年掛かりで宇宙用スクーターを作っていた彼らに報いるため、できるだけの協力はしようと思う。
「石動さん、俺らの班が担当してたビーム砲はどうでした~?」
「小型機を散らすのには丁度良かった感じ?」
「え? アレは対艦用……」
「収束率の問題か拡散しすぎて大型艦用にはどうなんだろ? そんな感じでチョロチョロ動く小型機にはじっくり狙う必要が無い感じ?」
「えぇ……」
「あ、あと、これはビーム砲だけの問題じゃないけど機体の振動のせいで遠距離の目標は狙えなかったよ?」
「き、貴公ももう少し手心を……」
僕を出迎えてくれたマックス君に付き従っていた後輩の男子生徒が技術部の部室に到着するなりいきなり本題に入る。
僕の話を聞いている内に目に見えて気落ちしていく彼のためにマックス君が助け舟を出してくるが、生憎と彼にも言いたい事がある。
「……エンジンと燃料はマックス君の担当だったよね?」
「う、うむ」
「アレ、1回、スロットルを全開に回せば、エンジンが制御不可能になるって知ってた?」
「え?」
「なんか燃料ポンプが止まっててもエンジンが勝手に燃料を吸ってく感じだったけど?」
「…………」
「テスト、した?」
「……ち、地上では……」
まぁ、いくら名門私立高校の技術部とはいえ宇宙空間のゼロG状態では実験できないか……。
しどろもどろになるマックス君とビーム砲担当の男子はともかく、他の部員たちは僕の話を頷きながらノートパソコンやノートに記録していく。
彼らの方から質問される事も多く、知らない人だからとオブラートに包んだ表現をしようものなら、向こうの方から笑顔ながらも有無を言わさぬ態度で「率直なご意見を頂けると幸いです」と言われてしまうほどだった。
彼らの真摯な態度に僕も電脳内ログを漁りながら質問に答えていく。
ビーム砲やエンジン、燃料に続いては小型ミサイル。
これについては特に問題が無かったので手放しで褒めると最初は怪訝な顔していたものの、僕がホワイトボードに当時の彼我の陣形と詳細な戦闘ログを書き込んでいくと本当の事だと信じてもらえ、そこでやっと彼らの高校生らしい笑顔を見る事ができた。
まぁ「そ、そのミサイルにも予の魔法燃料を使っているのだぞ!?」とマックス君がしゃしゃり出てきたが、元の世界じゃ魔王と呼ばれる彼がジェラシーを露わにするところも高校生らしいと言えば高校生らしいか……。
そんなこんなでインタビューは午前中一杯かかり、サンドイッチやオニギリなどの昼食をご馳走になって蒼龍館高校を後にした。
そして先に勉強会を始めている皆に合流するために真愛さんの家に着くと、大家さんが出迎えてくれリビングに通された。
そこにはテーブルに上に教科書やノート、参考書を広げて勉強している真愛さん、明智君、天童さん、三浦君の4人。
そして……。
「な、なんでいるの!?」
「お! パイセン、おつかれ~ス!」
テレビに繋いだゲーム機で真愛さんの弟の亮太君とゲームをするD-バスターがそこにいた。
「なんでって、こないだ『またね』って言ったじゃん?」
うん、確かに言ったけれどさ、次に会う時は戦場みたいな空気を感じてたのは僕らだけだったのかな?
以上で第31話は終了となります。
また次回、お会いしましょう。
|д・) ソォーッ…
[壁]д・)チラッ
ところで今回で本作は200回となります。
ブクマとか評価とか感想もらえたら嬉しいなぁって……。




