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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
番外編1 15Minutes Love 
20/545

EX-1

今回は番外編となります。


 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!

 けたたましい警報の音。


「に、逃げろっ!」

「きゃああああああ!!」

「そっちは駄目だっ!」

「おとおさーん! おかあさーん!」

「ば、化け物だぁ!」

 

 逃げ惑う人々。

 慌てふためき、周りの人を顧みる余裕すらない。


 響く爆発音。

 警報音がなっていることから、どこかで火災も起きているのだろう。

 何かが倒れる音が硬質な音を立てる。

 倒したのは我先に逃げる人か、それとも……


 本来なら笑顔で溢れる連休中の大型商業施設。

 だが異形の襲撃を受け、そこは地獄と化していた。




 商業施設の2階で、一人の子供が女性を引き摺っていた。

 女性の腹部は大きく膨れている。妊婦だった。それも臨月の。


「姉ちゃん! ヤベェって! 頼むから動いてくれよ!」

「……うぅ、…………う……」


 その子の呼びかけに姉は呻くばかりで返事をしてくれない。

 異形に襲われて負傷したわけではない。異形を見てしまったショックで切迫早産を起こしているのだった。

 姉を引き摺る子供にその知識は無かったが、姉の状態が「ヤバい」ということだけは理解していた。


 姉の背中から両手を肩に回し、少しずつ姉を引き摺る。本当に少しずつだ。

 姉が急にうずくまるように倒れた時、化け物の注意が別の方向へ逃げる人に向いていなければ、二人はすでに捕まっていたかもしれない。

 手を貸してくれる人はいない。すでに周囲には誰もいないのだ。まるで世界が二人だけになってしまったような孤独と恐怖に耐えながら、その子は姉を引き摺る。

 そう、その子だって怖くないわけではない。先ほどから足が震えて、何度ももつれ尻餅をついていた。それでも姉を見捨てることは考えもしなかった。


「……う、うぅ。キョウちゃん、貴方だけでも逃げて……」

「ば、馬鹿! 俺が姉ちゃんを置いていけるわけないだろ!」


 その子は野球帽にハーフパンツ、ボーダーのシャツの上に派手目のアロハと普段の活発な性格を思わせる格好だった。こんな事にならなければ常に笑顔をしているような子だった。それが今は死の恐怖に怯えている。


 姉を婦人服を扱うテナントに引き摺りこむ。床面近くにまで裾があるワンピースのコーナー。ここなら姉と二人で隠れることができる。

 姉の上半身を引き込んでから、腰を支点にして脚を回して隠す。沢山のワンピースがかかったハンガーラックの位置を微調整して姉を隠すことができた。


 …………どうして、こんなことになったのだろう。

 一息つくことができたその子は考える。




 仲の良かった姉が嫁いで行ってしまってから淋しい思いをしたが、姉の結婚相手である男性は中々の好青年で、何よりも仲睦まじい二人を見て素直に祝福できた。それでも両親と3人で暮らす家の中が妙に広く感じたものだった。

 姉が結婚して1年と少ししてから姉の妊娠が分かり家族の喜びは一入だった。元より旦那さんの方の両親との関係も良好でまさに絵に描いたような幸せだった。

 姉が出産を実家近くの産院で行うこととして入院前後は実家に里帰りすると聞いたときは、姉のために何か自分も手伝ってあげたい。そう思ったのだ。

 出産の予定日を3週間後に控えたその日、姉が入院の準備のために買い物に行きたいと言い出した。母から何かあるといけないからと付いていくようにと言われた時も喜んで出かけたのだ。

 買い物も粗方済ませて、アイスでも食べようか? と話していた矢先に突如、どこからか悲鳴が沸き上がったのだった。




 その子と姉しかいない店内を寒々しくBGMが流れる。遠くで警報音、爆発音も大分前から聞こえなくなっている。

 もう、終わった? 化け物はどこかに行ったのかな?

 そう思った直後、妙な生臭い臭いに気付く。辺りを見渡すとリノリウムの床に何か液体が垂れている。引き摺ったような跡だ。

 その跡は二人が逃げてきた方向からハンガーラックの下に隠れている姉に続いている。その液体が匂っていたのだ。これもその子が知らない事であったが、それは姉が破水して漏れ出た羊水だった。


 え?

 一瞬、頭の中が真っ白になる。すぐに自分を振るい立たせ、頭をフル回転させる。

 見つかる?

 この水跡を気付いてる? 気付かれてない?

 臭いはどうだ? あの化け物は人型だったけど獣のようでもあった。獣は鼻が利くんじゃ?

 化け物は近くにいるのか? それとも静かになったのは化け物が遠くに行ったからでは?

 遠くに行ってたとして、姉を引きずって逃げ切れるか? 隠れていたほうがいいのか?

 少しでも判断材料を多くしようと店先から顔を出そうとした瞬間。


「見~つけた!」


 店先に現れたのは異形だった。化け物だった。鈍色に光る銀色の半魚人。それがその子の第一印象だった。


「お~と! もう一匹!」


 半魚人が姉を隠しているハンガーラックを乱暴に放り投げる。ガシャン!と大きな音を立てて、ただのハンガーラックが向かいの壁に突き刺さった。

 露わになった姉と半魚人の前に立ち塞がり、両手を広げる。子供の取れる唯一の抵抗だった。テナントの奥に逃げようにも行き止まり。足が震えて立っているのがやっとで、殴りかかることなんてできなかった。無力であると分かっていながら両手を広げて姉を守ることしかできないのだ。


「おっ、逃げないのか~」


 半魚人が大きな3本指の手を振り上げる。

 せめて思い切り睨みつけてやろう。そう思いはしたものの目からは涙が溢れるだけで、上手く表情を作ることができない__


「ぐあは!」


 半魚人が悲鳴を上げて吹き飛び、代わりに目の前に立っていたのは一人の男だった。この男が半魚人を飛び蹴りで吹き飛ばしたのだ。え? ハンガーラックを投げて壁に刺すような怪力の半魚人をただの人間が?

 男は後ろ姿しか見えないが、首元まである男性にしては長い髪で、黒いスニーカーに濃い色のダメージジーンズ。そしてエキゾチックなド派手なシャツを羽織っていた。一見しておかしいところは無い。しかし、違和感は拭えない。


「貴様ァ! 人間ではないな!」


 半魚人の叫びにその子は絶望を覚えた。

 せっかく助かったと思ったのに、この人も人間じゃあないのか……。


「安心しろ、坊主。俺のハートは人間だ」

「え?」


 その男は顔だけ軽く振り返り告げる。端正な顔つきに飄々とした声色だった。


「その人はカーチャン、いやネーチャンか?」

「うん」

「そうか……良く頑張ったな!」


 その男の笑顔を見ると妙な安心感が湧いてくる。まだ半魚人は健在だというのに、彼の笑顔で全てが解決したかのような。


「く、クソ! 貴様一人でなにができる!」


 半魚人が大きく胸を膨らませてから、一気に息を吐きだす。


「…………!?!!」


 途端に耳鳴りがその子を襲うが、男の方は気にもしていない。まさか、超音波とかいうヤツか?

 実際、それは半魚人の放った超音波だった。しかし、それは攻撃のためのものではなかった。


 ぺた! ぺた! ペタ! ペタ!ぺた!


 通路の奥から、吹き抜けを飛び越え階下から、エスカレーターから、エレベーターから続々と新手の半魚人が現れる。

 新しく表れた半魚人は灰色で、突起も小さく、体格も小さい。しかし、子供と姉にとっては脅威だったし、男にとっても数の暴力は脅威だろう。


「ど、どうしよう……」

「大丈夫、大丈夫! 知ってるか? 坊主。悪魔の手ってのは人に差し出すためにあるんだぜ!」


 え? 悪魔? そうその子が思う間もなく、男は両足を広げ、武道の演武のような動きをする。いつの間にか手首にブレスレットが現れる。


「変身ッ!」


 ブレスレットに光輝き、すぐに光は闇へと変わる。闇が晴れた時、男の姿もまた異形と化していた。


 長く、風も無いのに棚引く髪。

 斜めに取り付けられた緑のカメラアイ。

 騎士の甲冑を思わせる幾重にも重ねられた装甲。

 肩や膝に付けられた山羊の物を模したであろう角。

 その名の由来でもあろう鋭い爪の付いた籠手

 全身を染める黒。


「で、デビルクロー! 死んだハズじゃあ!」

「おっと、今日、会ったことは内緒にしててくれよ?」


 その子は忘れていた。

 ここはH市。

 この国でもっともヒーローが集まる街だった。




 デビルクローが駆ける。殴る。蹴る。打つ。

 悪魔の拳、蹴り、角、そのいずれもが一撃で灰色の半魚人を絶命させるだけの力を持っていた。

 半魚人の集団が現れた時に危惧していた「数の暴力」など意味を持たなかった。むしろ襲撃者である半魚人たちが一網打尽にされている。


「お、の、れぇ~、我が一族を……」


 最後に残ったのは銀の半魚人が振り絞るように吠える。


「来な。お前が最後の一人だ!」


 悪魔が爪を向けて構える。


「貴様は一人ではないがな!」

「何!?」


 突如、飛び上がり上階の吹き抜けの手すりに乗る半魚人。そして自らの鱗をミサイルのように飛ばす。子供と姉に向かって。


「ちぃ!」


 二人のに立ちはだかり鱗弾を打ち落とすデビルクロー。空手の回し受けの要領で全ての鱗弾をはじき落とす。

 だが半魚人はすでに次の攻撃に移っていた。超音波を発したときと同じように胸を膨らませ、何かを吐き出す。

 それがデビルクローの足元に着弾すると、瞬間的に固まってしまう。まるでセメント系の瞬間接着剤を厚く盛ったように、悪魔の足は床に塗り固められてしまった。身を捩ってみるもののビクともしない。


「それで貴様も身動きできまい!」


 半魚人が更に鱗による追撃を仕掛ける。一族のやられぶりを見てか、接近戦を挑む様子はない。

 2度、3度と鱗の射撃を受けるデビルクロー。だがいつまで持つものか……


「……なあ、坊主。悪いが、もうひと頑張り頼む」

「え?」

「ネーチャン引っ張って、店の奥まで行け!」

「う、うん! 分かったよ!」


 一瞬、二人だけで逃げろと言っているのかと思ったが、即座にそれを否定する。奥に逃げた所で袋小路であるし、第一、デビルクローが諦めるとは思えなかった。

 姉の体を引き摺るが、先ほどよりも体が軽い。足の震えも止まっていた。それだけのことで自分は無力ではないと思えて嬉しかった。


「……よし、そんなもんでいいか。」


 デビルクローの背中の装甲が開き、青白いイオンの光が零れる。


「な、何をするつもりだ!?」

「さあてな!」


 デビルクローは腰のホルスターからビームマシンピストルを引き抜くと自分の足元目掛けて連射を始める。足と床とを塗り固めている接着剤状の物質ではなく、その周囲の床を。


 やがて周囲1周を撃ち抜くと、背中のイオン式ロケットブースターを待機状態から全力稼働させる。撃ち抜かれた床面ごと浮き上がり、半魚人目掛けて更に加速!

 奥へ逃げた二人の元へも熱風が届くが、火傷を負うほどではない。


「デビルクロー! パンチ!!」


 右手の爪先に時空間断裂(ディメンション)フィールドを発生させ、半魚人の胸元へ突っ込む。予想外の出来事に半魚人は避けることも、防御することもできなかった。


「ば、馬鹿な……」


 胸板の特に分厚い鎧のような鱗ごと貫き手で貫かれた異形は小さく呻いたあとに絶命した。




 その後、施設外で待機していたのかすぐに救急隊員が駆け付け、姉の救護に当たってくれていた。

 担架が到着すればすぐにでも救急車に乗せてくれるそうだ。救急隊員に聞かれるがまま、姉の氏名、住所、血液型、出産を予定していた産院を答えた。

 施設内には他にも大勢の負傷者がいて現場は混乱していた。それでも目当ての人を探し出すことができた。


「なあ、ありがとな!」

「お、坊主、ネーチャンの具合はどうだ?」


 二人を助けてくれた命の恩人、デビルクローこと石動仁は何故か裸足であった。


「うん、救急の人が見てくれてる。靴、どうしたの?」

「ああ、あの変なヨダレ、変身解いたら隙間が出来て抜けるかと思ったらよ。足首の所で靴が引っかかっちまったんだ」

「そ、そうなのか? 済まなかったな……」

「なあに! いいってことよ!」

「…………」

「ん? どうした? ネーチャンについてやらなくていいのか?」

「え、い、いや、あの!」

「なんだ?」

「お、俺、、、アタシは女だ! 坊主って言うな! 京子ってちゃんとした名前があるんだからな!」

「へ?」


 仁が京子の帽子を取ってみると、ふわりとショートカットの髪が現れた。


「ご、ゴメンな! 京子ちゃん!」

「ゴメンで済むかよ! ば、罰として……」

「ん? 何だい?」

「…………一緒に写メ撮ってください」

「ハハ。オッケ~! お安い御用だよ」


 石動仁はついでに京子の帽子にサインもしてくれたし、ノリ良く2ショット写真も撮ってくれた。

 でも、京子が本当に言いたかったのはそんな事ではなかった。もっと大事な事を伝えたかった。でも出来なかった。だから精一杯の笑顔で二人きりの写真を撮った。


 こうして少女の初恋は終わった。




 あれから1年近くが経って、少女は高校に進学していた。

 髪も少しは伸びた。女らしい口振りも少しは上手くなっただろうか。

 あの人が宇宙(そら)に消えたのを知ったときには枕を涙で濡らした。

 あの人の弟とクラスメイトになることを知った時にはわくわくした。


 それでも、あの人の弟に二人の写真について聞かれた時、嘘をついてしまった。「偶然、会った」と。「命の危機を助けてもらった」と言ってしまえば、自分の気持ちを洗いざらい喋ってしまいそうだったから。


 天童京子は自分の恋を語るのが、まだ恥ずかしかったのだ。

 あの人が現れてから立ち去るまでの15分間の恋を語ることが。


吊り橋効果バンザイ!!


思ったより長くなった。

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