クリスマス特別編-11
耳をつんざくディーゼルエンジンの轟音が響き渡り、ブ厚い鉄を打つ音と硬い岩石が砕けていく音が鳴り響く。
神田の操るスティンガータイタンと溶岩の巨人の如き偉容を誇る悪魔ネハレムが殴りあっているのだ。
「タイタン! 対戦車榴弾装填! タイミングは任せる!」
神田はスパナを手に子供たちに近寄る最下級悪魔たちを蹴散らしながら腕時計型通信機で鋼の巨人に指示を出す。
スティンガータイタンの人工知能は下された命令と置かれている状況を組み合わせ、最も効果的な行動を導きだし実行に移した。
振り下ろされる岩石の悪魔の腕を裏拳で捌きながら1歩下がり、敵の胸板に向けて左肩の低圧砲を発射。
「……なっ! …………驚いたな……」
砲身から放たれた火球は一瞬でネハレムの胸板に着弾し盛大な火炎と轟音を撒き散らした。
だが燃え盛る高温高圧の金属ジェットが散るよりも先に炎を纏った巨腕が煙の中から飛び出してきてスティンガータイタンを殴り飛ばした。
炎と煙は消え去り、その中から現れたネハレムの姿にはさしたる変化も見られない。
悪魔が緩慢な動作で胸を掻くとポロポロと岩石の表面が僅かばかり剥がれただけだ。
「ウガアアアアア!」
ダメージこそ無かったもののスティンガータイタンの砲撃は悪魔を怒らせるのには十分だったようで、ネハレムは咆哮を上げながら倒れたタイタンの足を持ち上げる。
自動車並みの重量を持つスティンガータイタンをいとも容易く持ち上げたネハレムはそのままタイタンを地面に叩きつけ、今度は頭部を掴んで持ち上げた。そのまま握力で握り潰そうというつもりだろうか? 先ほど悪魔に掴まれたタイタンの左足は無残にひしゃげていた。
腕時計型通信機にタイタンから榴弾の使用を求める通信が入るが、神田は奥歯は噛み締めながら拒否ボタンを押す。
恐らくタイタンの人口知能は、ネハレムの大きな顔には似つかわしくないビー玉のような目を攻撃して怯ませるために榴弾を使う事が最適だと判断したのだろう。
だが炸薬の爆破で砲弾の外殻を周囲に撒き散らす榴弾では子供たちにも被害が及ぶ危険性があったのだ。
神田は次善の策を相棒に伝える。
「次弾もHEAT弾! 狙いは顔でいい!」
神田の指令にスティンガータイタンは頭部を掴まれながらも何とか体を捩り、悪魔の頭部に砲を向けた。
そして砲身が火を吹く。
砲弾は目などの弱点であろう部位に当る事はなかったが、それでも悪魔の額に着弾して再び爆発を起こした。
顔面を覆う金属ジェット流にネハレムも少しは怯んだのか、僅かに、本当に僅かにスティンガータイタンを掴む手の力が緩む。
その瞬間に鋼の巨人はエンジンの回転数をレッドゾーンにまで上げ、何度も体を左右に捩りながら自身を掴む悪魔の巨岩の腕を殴りつけた。
スティンガータイタンの腕が左右に振られる事3度。
ついに悪魔はタイタンを離した。
だが地面に降りたスティンガータイタンはよろめき、立っているのもやっとという状態だった。
ひしゃげた左足からは油圧シリンダーでも折れたのかドス黒い機械油が流れて落ちている。
「……不味いな。これは長期戦は不利か……」
どうやら損傷部位は完全に破断したわけではないようで、今はまだバランスを崩しながらもタイタンは立っていられる。
だが時間が経ち、完全に機械油が抜けきってしまえばタイタンは身動きを取る事すらできなくなってしまうのだ。
神田は周囲の状況を見渡すが考えてみるまでもない。
75mm対戦車榴弾を受けてケロリとしている相手に譲司の45口径拳銃が何の役に立つというのだろう。井上の茶道はたとえ味方であっても背筋が凍るほど恐ろしい技であったが、あくまで茶道は対人用の戦闘術だ。アスタロトも大地に作り出したリングの上で悪魔たちのボスと戦いを続けている。
つまり目の前の岩石の巨人は自分とスティンガータイタンで始末しなければならない。
「タイタン! アンカーを出せ! ……背部装甲を開放! 空薬莢を投棄!」
神田の無謀とも思える指令をタイタンは忠実にこなした。
左右の脚部装甲が展開して固定用の杭が飛び出して地面に撃ち込まれる。
さらに戦闘中にも関わらず、タイタンの背中の装甲が開け放たれ、撃ち終わった2発の砲弾の空薬莢が飛び出した。
実の所、脚部のアンカーはともかく、空薬莢の投棄にはあまり意味が無い。
「……ナニヲスルツモリダ」
「さあてね」
だが神田が目論んだ効果はあったようで、岩石の悪魔は警戒した様子を見せる。
空薬莢の投棄は敵に「これから何かやるぞ!」と思わせる事にあったのだ。
足元をアンカーで地面と固定した今、神田が困るのは動けなくなったタイタンを放置して敵が譲司や井上の元に向かってしまう事だった。
だがネハレムは神田の策に乗り、あからさまに警戒の色を見せる。これならば後ろから撃たれる事を警戒して仲間の元へ行くという事はないだろう。
「大砲ナンカ効カナイゾ?」
「んふふ、どうだか?」
敵は見るからに単純そうな巨人型の悪魔。
何か隠し玉でもあるのならば自分の負けだろうが、果たして目の前の悪魔にそんな力を出し惜しみするような真似ができるだろうか?
神田にとってこれは1つの賭けだった。
胃の辺りが締め付けられてキリキリと痛む。
「……ウオオオオオ!!」
(……勝った! だが……)
数秒の逡巡の後、悪魔は意を決したのかスティンガータイタンに向けて駆け出していた。
巨人の巨大な足が地面を踏みつけるたびに地震のような地響きが響き、予想以上の重量感に神田の胃の痛みが激しさを増すが、後はスティンガータイタンに任せるしかないのだ。
「……タイタン。スティンガー・パイルバンカーで迎え撃て!」
神田の指令に鋼の巨人は速やかに反応し、腰の関節を回転させて上半身のみを後ろを向かせる。
後頭部の対物センサーが駆けてくる巨岩の悪魔と自機との位置を演算し、衝突の未来時間を予測。
悪魔が右腕を振り上げると速度が僅かに落ち、人工知能は予測を補正。
ゼロ・タイムに備えてエンジンの回転数を限界まで上げる。
そしてスティンガータイタンは自身の予測に基づいて一気に腰部関節を振り、右腕を突き出して巨人の胸板に拳を叩き込む。
その瞬間、右前腕部に取り付けられた杭打ち機が爆発音を立てて作動。
炸薬の力で一気に悪魔の巨体に特殊合金製の太い杭を打ち込んだ。
「……オ、驚イタ……。デモ……」
ネハレムはビー玉のようなつぶらな瞳をさらに丸くして驚愕の声を上げる。
だが、スティンガータイタンのパイルバンカーはネハレムの巨体を撃ち抜く事は出来ずに途中で止まっていたのだ。
しかし、神田の顔には勝利を確信した笑みが浮かんでいた。
「スティンガー・バースト!」
神田がコミュニケーターに音声指令を出すと同時にボタン操作でセーフティを解除する。
スティンガータイタンの右肘の装甲カバーが開放され空薬莢が排出される。
また爆発音。今度はすぐさま排莢。
2度目の爆発音でパイルバンカーは元の位置に戻り、3度目の爆発音と排莢。またも杭打ち機は悪魔に向かって撃ち込まれる。
4度目の爆発音、排莢。
5度目の爆発音、排莢。
6度目の爆発音、排莢。
7度目の爆発音、排莢。
速射砲のような爆発音が鳴り響き、鋼の巨人の腕部に搭載されていた薬莢を全て消費する最後の一撃で杭は岩石の巨人ネハレムの胸板を貫通していた。
「……ガ、……グ……」
悪魔はすでに意味のある言葉を吐く事もなく、対するスティンガータイタンも全身から冷却用のガスを噴出しながら沈黙する。
「……やれやれ、何とか間に合ったか……」
神田はギリギリの勝利に胸を撫でおろしていたが、湧き立つ子供たちの声に笑みを取り戻していた。




