クリスマス特別編-7
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
夕方になり、アスタロトは商店街を当ても無く彷徨っていた。
「当ても無く」というのは少し違うかもしれない。
昨日、サクラという子供を送って行った子羊園という児童養護施設。
アスタロトは何故かツリーの飾りつけを手伝わされ夕食まで頂いてきていた。その後に今日、行われるクリスマスパーティーに誘われていたものの、手ぶらで行くわけにもいかないだろうと手土産を探して商店街を何往復も彷徨っていたのだ。
ただ悪魔であるアスタロトはクリスマスパーティーなる催しに参加した事などたったの1度の経験すらなく、何を手土産にしたらいいか、何を持っていったら子供たちが喜ぶかなぞ分かるはずもなかった。
そういう意味で「当ても無く」彷徨っていたのだ。
だが、すでにアスタロトの胸中は別の事で埋め尽くされてしまっていた。
こんなに煩わされる事ならば、そもそも行かなければいいのではないか?
誰も悪魔である自分が本当に来るとは思っていないのではないか?
昨日、自分を誘ったのは「社交辞令」というヤツで、それなのに本当にのこのこ行ってしまったら向こうも困るのではないか?
悪魔として長い間、自分の好き勝手に生きてきたアスタロトにとって、気を悩まされる事ほど面倒な事はない。
(……聖人の誕生日に悪魔が来たらブチ壊しだよなぁ。やっぱ社交辞令だよな!)
アスタロトとてサクラたちのような幼い子供が社交辞令を使うような存在であるかなど、考えればすぐに分かるハズ。
ようするに彼女は面倒事を避けて行かなくともいい理由を探していたのだ。
だが普段のアスタロトであれば面倒とあれば、とっとと「行かない」という決断を下していたハズで、それをうじうじといつまでも商店街を何往復もしながら思い悩んでいたのは珍しい事だった。
いつしか太陽は見えなくなり辺りが薄暗がりに包まれた頃、今だに商店街をうろついていたアスタロトに声を掛ける者がいた。
「やあ! どうしたんだい?」
「ん? ああ、ヘンテコ兎か……」
アスタロトの右側にあった郵便ポストの上にレンタルビデオ店の袋を持った白い兎がいた。
両の前足で器用に布袋を持って流暢に日本語を話す兎。
この兎、見た目通りにただの兎ではない。
名をラビンというこの兎こそ「魔法の国」とかいう異世界から来た使者であり、羽沢真愛を始めとした魔法少女たちにその力を与えた存在であった。
「アンタが1人でアタイの所に来るとは珍しいね。どうかしたのかい?」
「君に1つ、頼み事があってね」
「頼み?」
魔法少女のマスコットであるラビンがアスタロトに頼み事をしてくるなど、これまでに1度たりとて無かった事だった。
そもそもアスタロトが昨年の4月に来日して以降、ラビンが力を与えた魔法少女プリティ☆キュートこと羽沢真愛とアスタロトは幾度となく戦ってきた関係だった。
別に羽沢真愛にもラビンにも直接的な恨みなどないが、それでも頼み事をされるような間柄とは思えない。
「君、ベリアルという悪魔については知ってるかい?」
「知ってるっていうか昨日も会ったぜ?」
「うん? 悪魔同士、仲が良かったりするのかい?」
「ハッ! まさか! 同業者ってだけさっ!」
アスタロトはラビンが何を言わんとしているか見定めようとしたが、いかに悪魔アスタロトといえど兎の表情から何かを読み取る事はできなかった。
「そう! 別に仲が良いわけでなければいいや! 実はね。君にベリアルを何とかして欲しくてね!」
「おいおい! そんなん真愛にでも頼めよ!」
「……実は、真愛は熱出して寝込んでるんだよね……」
「ああ……」
そういえば昨日、真愛はクシャミをしたり顔が赤かった事をアスタロトは思い出していた。
いかに強力な戦士といえど、病には勝てない。これは数千年前から変わらぬ1つの真理である。
「それじゃ他にもヒーローはいるだろ? あのカブト虫とかカマキリとか……」
「魔法を使う悪魔を相手に、魔法が使えない者に勝ち目があるとでも?」
「う~ん……。気合とか根性で?」
「ハハッ! それは実体験かい?」
目を細めて笑うラビンにアスタロトは痛い所を突かれたと思った。
魔法を使う悪魔と魔法が使えない者が戦って悪魔が破れた事など歴史上、いくらでもある事だった。
アスタロト自身、聖ゲオルグや聖ニコラウスに敗れた事がある。聖ニコラウスなどアスタロトの返り血で染まった衣服がシンボルとなっているほどだ。
「まあ君の悪魔ジョークも面白いけどね。僕は魔法の危険性を誰よりも知る以上、魔法を使える君にしか頼めないんだ」
「真愛だって2、3日、寝込んでたら風邪も治るだろ?」
「とも言ってられない状況でね……」
「ん?」
「今、すでにベリアルたちは行動を開始しているんだ」
「ハ! 景気が良いこって!」
今度はアスタロトが笑ったが、その次のラビンの言葉を聞いてそうも言ってられなくなる。
「うん。ここからすぐ近くの『子羊園』って……」
「なんだって!?」
「うん? だからすぐ近くにある……」
「そこじゃなく、何て名前の場所だい!?」
「『子羊園』だけど……」
「チィッ! あンの野郎! あばよ! ヘンテコ兎!」
「え? あ、ちょっと! ……行っちゃった」
ラビンの話を最後まで聞く事なく、アスタロトは駆けだしていた。
人間と同様に「悪魔」も千差万別。アスタロトのように自由気まま自分の好き勝手に生きる“混沌”を象徴する悪魔もいれば、ベリアルのように“邪悪”を絵に描いたような悪魔も存在するのだ。
そのベリアルが子羊園に魔の手を伸ばしたと聞き、アスタロトにはそれを放っておくことなどできなかった。彼女が「自分の好きに生きる」悪魔であるがゆえに子供たちに迫った危機を見逃す事を良しとしなかったのだ。
一方、取り残されたラビンはしばらく呆気に取られたように口をポカンと空けた後、手にした布袋に目を落とし、気を取り戻して独り言を呟いた。
「……そ、それじゃ僕は帰ってDVDでも見ようかな……。クリスマスは悲川将さんと一緒だ……」
そして異世界の兎はヤクザ物のVシネマが山ほど詰められた袋を持って、フワフワと宙を飛びながら羽沢家に帰っていった。




