クリスマス特別編-1
すいません。少しクリスマス特別編をやります。
31話の続きはクリスマス編後にやります
悪魔アスタロトはスランプだった。
やる事為す事、全てが上手くいかないという感覚が体に染みついてしまっているし、そのために何かを為す熱意が湧いてこないのだ。
「あ~……。何か、面白れぇ事ねぇかなぁ……」
今だって、公園のベンチに腰掛けてどんよりと厚い灰色の雲を見上げているだけだ。
アスタロトの顔の4つの目は黒く、頭の両脇にはそれぞれ「く」の字形の角が生えている。さらに彼女の下半身は蛇のような姿をしていた。
東京とはいえ12月の曇天の下では気温も上がらず、夕方の4時近くになっては冷え込み始めている。
上半身こそ厚手のコートを着ていたが、蛇用の衣服などは存在しない。しかも都合が悪い事に蛇の下半身は寒さに弱かった。
それでもアスタロトはこうやって何時間も公園のベンチに座り続けていた。
思えばスランプの兆しは夏ごろから始まっていたように思える。
全身に大火傷を負っていたアスタロトは寝込んでいたために、8月の花火大会を見逃していた。
この国の花火を気にいっていたアスタロトは、ならば自分で花火大会をやろうと近所のロボット、スティンガータイタンの搭載している大砲の砲弾を魔法で花火に変えたために杭打ち機でキツいツッコミを入れられていた。
その後、テレビでベーグルとかいうパンの親戚のような食べ物が取り上げられているのを見て、それを食べてみたくなり、形が似ているその辺の自動車のタイヤを魔法でベーグルとやらに変えて食べていたら、駆けつけてきた魔法少女にまた黒焦げにされていたのだ。
おまけに肝心のベーグルとやらも大して美味しい物ではなく、到底、全身火傷の代償になりうるとは思えないものだった。
さらにいうと、来日した当初こそアスタロトは日本人たちに恐れられていたが、2年近くに渡って連敗の続いている彼女を誰も恐れる事はなくなっていた。
「そ~っすね~。何か、面白い事、ないっすかねぇ~……」
ベンチに座るアスタロトの背後に控えていた女性が相槌を打つ。
今時は流行らないような刺繍付きの特攻服に、ショートカットの髪を金色に染め上げたバリバリのヤンキースタイルのこの女性こそが「アスタロトを怖がらなくなった日本人」の最たる者であった。
この女、事もあろうに悪魔として恐れられてい“た”アスタロトの舎弟を自認して、いつもアスタロトと行動を共にしていたのだ。
アスタロトは両腕を広げ、両肘をベンチの背もたれの上に乗せた状態で背後のヤンキー女を見た。
「……節子は男とかいねぇの?」
「やめてくださいよ姉さん。色恋沙汰にうつつを抜かすよりも女を磨く方が先でさあ!」
節子と呼ばれた女性は「良い事、言ってやった!」とばかりにドヤ顔でアスタロトの反応を窺っているが、当のアスタロトはそんな事などどうでもいいかのように溜め息を1つついた。
「おっ! いた、いた! 今日は悪い事、してねぇな」
「どうしたんじゃ? シケたツラして?」
「……よお! ド底辺ヒーロー共……」
また空を眺めていたアスタロトに不意に声が掛けられる。
公園の入り口の方から2人の男がアスタロトたちの方に向かって歩いてきていた。
見ると、入り口の駐車場には黄色と赤で塗られたライトトラックが止められ、運転席からもう1人、男が降りてきていた。
先に歩いてきていた2人組はカウボーイ風のファッションに腰に大型拳銃を下げた男と杖を突いて歩く老人。トラックの運転席から降りて来た男は水色のオーバーオールを着た男だった。
「ほらよ。1杯、付き合えよ! セっちゃんも、はい!」
「お、あんがとよ!」
「あ、頂きます!」
カウボーイ風の男がコンビニのレジ袋から小袋に入ったホットスナックと発砲スチロールのカップに入ったおでんを差し出し、アスタロトには缶ビールを、節子にはジンジャーエールのミニペットボトルを渡す。
ベンチのド真ん中に座っていたアスタロトが右に動いてやると、杖を突いた老人が空いたところにゆっくりと腰を下ろした。
カウボーイルックの男とオーバーオールの男はベンチの前の地べたにどかりと座り込み、レジ袋を漁って各自の飲み物やツマミなどを広げていく。
カウボーイ風の男は乾譲司、杖の老人は井上、そしてオーバーオールの男は神田。
いずれもこの町を守るヒーローだった。
悪魔とヒーロー、本来であれば戦いを繰り広げる間柄であるが、彼らはこうやって戦う必要も無い時には公園で酒を呑んでうだをあげるような関係だった。
そのアスタロトのあっけらかんとした性格こそが節子が惚れこむ所であった。
またアスタロトは悪事を行うのみでなく、彼女が気に食わない悪党相手にもその力を振るっており、それがこの町のヒーローにも彼女を単純な侵略者と決めつけさせていない理由となっていたのだ。
事実、今年の6月にアスタロトは小学校の遠足という行事を知り、自分も付いていくためにバスジャックを計画していたが節子に止められたため、2人で日帰りバスツアーに参加していた。だが、そのツアーのバスが身代金目的のバスジャックに遭い、その犯人をアスタロトは縛り上げて警察に突き出していたのだ。
もっとも、その件で悪魔である自分が称賛されてしまった事がアスタロトのスランプの原因の1つになっていたのだが……。
「……そういや、井上のジーさん。酒、飲んで大丈夫なんスか?」
「平気じゃよ?」
節子の問いかけに平然と返して1カップの日本酒を啜る井上であったが、この場の皆は少し前に彼が「家族に次に隠れて酒を飲んだら老人ホームに叩き込むと言われた」と言っていたのを覚えていた。
「それより神田さんよ。あんた、どこか悪いんじゃないのかい? この12月に汗だくで……」
「な~に、貧乏暇無しってヤツですよ!」
「なら、いいんじゃがのぉ……」
神田は顔を赤くして首にかけたタオルで額の汗を拭いながらコーラとフライドポテトをやっていた。
「ジーさんの心配ももっともだが、神田は2足の草鞋だからなぁ……。個人事業者向けの市の検診とか行ってるか?」
「いや……、行けてないんだよなぁ……」
神田の本業はすぐ近くにある商店街の電器屋の店主であり、トラックの派手な塗装も店のシンボルカラーである。
「ジョージも最近は忙しそうにしてたじゃねぇか? なんかあったのか?」
「ああ! 娘のクリスマスプレゼントが中々に無くてな! 昨日、やっと見つけてきたぜ!」
「ハハ! 子煩悩なこったな!」
笑いながらアスタロトはもうそんな季節なのかと思っていた。
別にクリスマスに何かあるというわけでもないのだが、こうやって毎年、訪れるイベントだと自分だけが何千年も同じ事を繰り返しているようで気が滅入るのだ。
「そういうわけで姉ちゃんも明日は大人しくしててくれよ!」
「はいはい……」
魔王とも呼ばれる自分を「姉ちゃん」で済ます譲司にアスタロトは溜め息をつきながら生返事を返す。
もっとも人間側が何をもって「魔王」と呼ぶかは知らないが、アスタロトたちの業界で言うと「闘魂4大天使」の必殺技であるミカエル・バックブリーカー、ガブリエル・ギロチンドロップ、ラファエル・ロック、ウリエル・ドライバーの全てを受けて生き残っている者をそう呼ぶだけの事であり、それは彼女の敗北の歴史を吹聴するようであまり自慢したいような事ではなかった。
譲司はアスタロトの気も知らずに浮かれた顔をしてフライドチキンをロング缶の酎ハイで流し込んでいた。
飲み仲間のその様子を見て、アスタロトは明日は大人しくしていようと思った。
だが、その事があろうが今の彼女に何かをする事ができたのだろうか?
あるいはアスタロトは何もしない事に理由ができてホッとしていたのかもしれない。
喉に流し込む缶ビールのホップの苦みを妙に強く感じてアスタロトはおでんの汁を飲んだ。
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