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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第30話 僕の知らない所で世界は動く
176/545

30-6

「野郎! 自走砲や迫撃砲じゃあるめぇし!」


 沢の急斜面から飛び出すように姿を現す「虎の王」のティーゲルを見て、老人は遮蔽物に隠れていたハズのT-34が撃破されたカラクリに思い至る。


 T-34の被弾痕は車体上面に出来ていた。

 つまり敵の砲弾は上から落下してきたのだ。


 航空機から攻撃されたのならばともかく、敵は戦車が1輌のみ。

 通常ならば戦車の主砲は可動域が小さいためにそれはありえない事である。


 だが「虎の王」は先ほ上面が見えるほどに車体に角度を俯角の限界を超えた撃ち下ろし射撃をしたように、今度は逆に沢の急斜面に降りる事で車体に角度を付けて戦車砲の限界を超えた山越え射撃をしてきたのだ。


 恐らくは先ほどT-34のすぐ近くに着弾した榴弾。アレが手品のタネというヤツだろう。

「虎の王」は発砲から着弾までの時間、または着弾が見えてから音が聞こえるまでの時間、あるいはその両方を使ってT-34との正確な距離を計測したのではないだろうか?


 そして、それが「単騎で敵部隊を包囲して降伏させた」という伝説の真相だろう。


 先ほどチェールチリの乗員たちが誤解したように、遮蔽物に隠れている戦車が山越え射撃で撃破されたところを「後ろから撃たれた」と誤認し、包囲されていると誤解したがために降伏したのだ。


 だが言うは易く行うは難し。

 戦車に山越え射撃用の弾道計算機があるハズもなく、「虎の王」は自身の直感によってそれを成し遂げたのだ。


 まさに悪魔的。

 神懸かりという表現しか老人には出来なかった。

 たとえ老人が宗教を否定する共産主義に染まっていたとしてもだ。




 沢から飛び出してきたティーゲルは腹を空かせた虎が獲物に飛び掛かるように山の斜面を駆け下りはじめる。


「奴さんも決着をつける気だな……。敵、砲の射程に入り次第、砲撃開始! 奴に側面、晒してくれるなよ!」

「了解!」


 あるいはチェールチリの乗員たちが生き延びるためにもっとも可能性が高い行動は戦車を降りての「降伏」であったかもしれない。


 だが老人も、他の4人の乗員たちも誰もそんな事を言い出す事はなかった。


 彼らの後ろにはUN-DEADの仲間たちがいるのだ。

 彼らの退避の時間は何が何でも稼がなくてはならないのだ。


 彼ら日本ソヴィエト赤軍残党は僅か戦車4輌の小部隊に過ぎない。

 だが、それでもUN-DEADは彼らを快く受け入れ、装備の調達や改修に大いに協力してくれたのだ。


 ルックズ星人を首魁とする異星人たちは装備の改修に多大な貢献をしてくれていたし、解体されたコミンテルン(世界共産党委員会)に代わりナチストや神秘主義者たちの伝手で部品を調達してもらってきた。


 そうやって強化改修された戦車たちはもはや原形とは別物といっていい性能を誇り、「虎の王」には容易く撃破されてしまったT-34-85も、狭い日本には自衛隊の戦車なんかよりもよほど良いと皆で毎日、磨いてきたのだ。


 彼らの厚意に応えたい。


 わずか10名に満たない赤軍は文字通りに決死、必死の覚悟で虎に向かっていく。


 チェールチリの75mm砲がティーゲルの砲塔正面に命中して装甲を削るが弾かれ、T-34から脱出した乗員がRPGと手榴弾で肉薄しようとするがあえなく敵の榴弾で吹き飛ばされる。


 さらに次のティーゲルの射撃は車体側面に命中するものの、キツい角度で入った砲弾は綺麗に弾かれる。


「クソッ! 75mmじゃ抜けないのか!?」

「奴め! T-34から先に仕留めたのは85mmを潰すためか!」

「履帯だ! 履帯を切れば回り込める! 履帯を狙え!」


 3発目、4発目はティーゲルの方向転換により回避され、5発目は超信地旋回で敵が急旋回したために車体正面に受け止められる。


 さらにティーゲルはスラローム走行でチェールチリの砲弾を回避し続け、そしてついに虎は山の斜面を完全に降りてしまった。


 距離は100m足らず、戦車という兵器の射程距離で考えれば目と鼻の先という感覚の距離である。

 そして互いに姿を隠さずに正面を向き合い、足を止めて睨み合うように停車する。


 敵の砲塔上面ハッチからは相も変わらずに骨と皮だけの白髪の老人が上半身を出していた。


 その姿は言葉こそないがチェールチリの乗員に降伏を勧告しているようであり、老人の背筋の伸びた毅然とした態度は捕虜としての処遇を保証しているかのようであった。


 だがチェールチリの乗員に降伏を言い出す者はいない。

 彼らは赤軍として、自分自身、チェールチリこそが共産主義の盾であると自認しているのだ。


「気付いてるか? 敵はまだチェールチリに対しては1発も撃っちゃいない……」

「ハッ!」

「無駄弾を撃つ気は無いらしい。旧軍の貧乏が根性に染みついてんのかな?」

「……恐らくは1発で仕留めるつもりでしょうね」

「そうだな。だが、それが奴の命取りだ! こっちもじっくりと敵の弱点を狙ってやれ!」

「了解!」


「命取りだ」などと言うが、別に老人もそれがティーゲルの弱点などとは思っていない。ただ指揮官として部下を鼓舞しただけだ。


 距離100mの至近距離とはいえ、ティーゲルの88mm砲もチェールチリの75mm砲も互いの正面装甲を抜ける物ではない。


 つまり、勝負は先に敵の弱点を撃った方の勝ちとなる。

 ただし、側面は正面に比べて装甲が薄いとはいえ、先ほどのように急な角度では弾かれてしまうだろう。


 老人は敵が側面を晒すのを待つべきか、それとも履帯を狙うべきかの決断を迫られていた。


 だが老人の思考は虎の咆哮によって遮られた。

 突如、チェールチリの車内にいても響いてくる轟音によって意識を戻され、老人が覗視孔から敵の姿を見ると、敵は車体後方のマフラーから炎を吹きだしていた。


「……野郎、ヤる気になったな! 気を引き締めろ!」

「ハッ!」


 ティーゲルのガソリンエンジンにニトロが投入され、出力を急上昇させたのだ。

 恐らくは勝負は極短い間に決まる。

 チェールチリの乗員全てが緊張で唾を飲みこむ。


(……どっちだ! 右か! それとも左か!)


 だが、そのどちらでもなかった。

 ティーゲルはその場から動く事もなく発砲したのだ。


「馬鹿め……ぐはぁ……」


 チェールチリの装甲はティーゲルの砲撃を防ぎえるハズだった。


 だが、老人が最初に気付いたのは全身に広がる熱い熱。まるで体の中にマグマが広がっているかのようだった。

 それから車体が撃ち抜かれて飛び込んだ砲弾が破片を撒き散らしながら抜けていった事に気付いたのだ。


「……な、な……ぜだ……?」


 もう老人の疑問に答える乗員はいなかった。

 老人が生き残っていたのも、ひとえに老人が人間である事を止め、改造手術(サイバネティック)を受けていたからに他ならない。


 老人はすでに感覚の無くなった下半身の代わりに腕の力だけで砲手席まで何とか移動し、震える体で照準口を睨みつける。


 ティーゲルは今度こそ動きだし、すでにチェールチリを撃破したものと見做して秘密基地の方へ進もうとしていた。


(ま……だ……だ……。俺はまだ、生きて……)


 老人が砲塔旋回ハンドルに手を回し、体液代わりの機械油を口や腹部から撒き散らしながらゆっくりと動かしていく。


 すでに機関は沈黙し、油圧式砲塔旋回装置も死んでいた。

 それでも、幾度か止まりながら老人はハンドルを動かし、ゆっくりと砲塔を動かす事に成功する。

 もはやティーゲルの動きに追従する事などできはしない。

 老人もすでにそんな事は諦めていた。


 老人はただ砲塔を動かす事でチェールチリが未だ健在である事を示そうとしていたのだ。


 すでにエンジンは止まり、乗員も瀕死の半機械が1名のみ。

 それでも今だ戦う意思は健在である事を示さねばならなかったのだ。

 すべてはUN-DEADの仲間のために。


 老人の体内電池が機能を停止し、人口筋肉の動作効率が一気に落ちる。

 それでも老人はハンドルを回し続けていた。


 だが次の瞬間、背後に背負っていた秘密基地のある山が爆ぜた。


 爆発は執拗で、大きな爆発の後に幾度も小規模な爆発を繰り返し、瞬く間に山の形を変えていく。

 飛び散ってきた石礫がチェールチリの装甲を繰り返し叩いている。


(……あいつか……)


 老人の脳裏に思い出されたのはナチスジャパンの女性の姿だった。


 ただ秘密基地の痕跡を消すだけならば一気に爆破すればいいだけの話だ。

 それを幾度にも分けて連鎖的に爆破するなど、老人にはその理由は1つしか思い浮かばなかった。


 幾度にも分けて執拗に爆破する事で、秘密基地の外で戦っている老人たちに「秘密基地のどこにも人員は残っている個所はない。撤退は完了した」という事を伝えてきたのだ。


 そして、ただの爆破にそのような意味合いを持たせるような者など、老人にはナチスの女性しか思い浮かばなかった。

 同じくミリタリー系組織である彼女ならばそのような事もできるだろう。

 老人はまるで笑うかのように機械油を吐き出しながら口元を歪ませた。


(……あの女にガキが出来たら「共産党宣言」でも読み聞かせしてやろうと思ってたのだがな……)


 老人がゆっくりと砲塔旋回ハンドルから手を離した時、側面に回り込んでいたティーゲルの88mm砲が砲塔側面の装甲を撃ち抜いてチェールチリを完全に沈黙させたのだった。




 戦いが終わり、泊満は崩落を続ける目の前の山を見つめていた。

 周囲には今だ火を上げ続ける旧式戦車の残骸が幾つもあり、まるで周囲に生命はティーゲルの他にはいないような錯覚を覚えさせるような凄惨な光景だった。


 砲塔上部のハッチから上半身を出した泊満の姿は100を超えた老人とは思えないほど精悍なものだったが、なぜか哀愁を感じさせる。


「車長、危ないですよ? 破片とか飛んで来たら……」

「ああ、ここにどんな人がいたのかと思ってな……」

「こんだけ丁寧に吹き飛ばされちゃ後の調査も出来るんですかね?」

「さあな……」


 泊満は仲間たちに促されて砲塔の中に入っていった。


 すでに市の災害対策室には通報を終えており、すぐに調査隊がやってくるハズだった。

 乗員たちには一仕事終えた満足感のような物が満ちていたが、泊満だけは何故か淋しそうな背中を見せている。

 その姿は彼ら老人には馴染み深い物で、その背中は友人を失った老人特有のものだった。


「それにしても、あのチャーチル、装甲がブ厚いって話だったのに何で正面から抜けたんですか?」


 装填手が少しでも車長の気が紛れるようにと話を振った。


「……ああ、チャーチル歩兵戦車はな英国製だというのは知ってるか?」

「まあ、名前からして当時の英国の首相の名前ですしね」

「そうだな。そして英国戦車と言えば、近代戦車の母とも呼べる菱型戦車が有名だな……」

「自分らも戦車乗りなんでそれくらいは知ってますよ」

「で、だ。チャーチル歩兵戦車はその菱型戦車の設計を引きずっていてな、履帯の裏側にも車体があるんだ」

「ん? どういう事です?」

「普通は車体から伸びた動輪や転輪に履帯が巻かれているだろう? それがチャーチルは履帯、動輪や転輪は車体の側面を覆うようになっているのだよ」

「まさか、正面装甲が厚くても履帯に覆われている個所の装甲は薄いとか?」

「その通りだ。つまり履帯が弱点を教えてくれているようなものだな!」

以上で30話は終了となります。


なんか、泊満さんより砲手の方が凄い気がしてきた\(^o^)/


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