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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第30話 僕の知らない所で世界は動く
175/545

30-5

 敵の姿は見えず、味方はすでに1輌が撃破されている。


 だが日本ソヴィエト赤軍の老人は構わずに隊を前進させハッチから出ていく事を選んだ。


 何も勝算が無いわけではない。


 先ほど、僚車を撃ち抜いた砲弾は緩やかな角度を付けて上方向から撃ち下ろされてきた。

 それがT-34-85中戦車の車体に付けられた傾斜装甲の角度を殺す結果になったのだ。

 角度を付ける事によって見かけ上の装甲厚を増したり、敵弾を弾く効果を狙った傾斜装甲も、傾斜を殺されてはただの1枚板の装甲と変わりはない。


 だが老人の愛車であるチェールチリ重戦車の装甲は傾斜の無い物であり、先ほどのように撃ち下ろされれば、今度は逆にそれが傾斜装甲と同様の効果をもたらすハズだった。


 老人は隊長車であるチェールチリを先頭にして前進していく。


 老人のチェールチリは重戦車というものの、元はソ連が大戦中に英国から供与されたチャーチル歩兵戦車であり、独ソ戦の生き残りの車両を今度はソ連から日本ソヴィエトへと回されてきた車両だった。


 その後、日本ソヴィエト赤軍で改修されて主砲は6ポンド(57mm)砲からチャーチルMk.Ⅶ同様の75mm砲に換装され、最大装甲厚は150mmとなっている。

 さらにUN-DEAD加入時に異星の技術で装甲厚はそのままに装甲強度を大幅に増す改修を受けており、いかにティーゲルが強力な砲を持つといえども簡単には抜かれないハズだ。


「……どこだ?」


 老人が思わず声を漏らす。


 粉塵が舞い散るハッチから出てきたものの、敵の姿が見えないのだ。


「……隠れたのか?」


 そう思うのも無理はない。

 戦車という兵器は自身の姿を晒さないで敵を攻撃するという事は出来ない。

 先ほど、彼らの僚車を撃破した時、敵はその姿を晒していたハズなのだ。

 その敵が見えない。


 だが、老人のみならず各車の乗員たちが必死になって鋼鉄の虎を探しているのを嘲笑うかのように1発の砲声が轟き、またも1輌のT-34が爆散する。


「なんだと! 野郎! どこにいやがる!」


 ビックリ箱のように被弾したT-34は車体から砲塔を飛び上がらせ、その砲塔が地面に落下する鈍い音が山々に木霊するが、老人は構わずに敵の姿を追い求めた。


「……同志!」

「ああ、俺も見つけた! 撃て!」


 砲弾が飛来した方。

 先ほどから敵の姿を求めていた老人たちの意識の外に敵はいた。


 左方向の向かいの山、その予想していたよりももっと上方向に「虎の王」はいたのだ。


 戦車の最大の弱点である上面をさらけ出しているのは絶対的強者の余裕のつもりか?

 さらに砲塔ハッチから身を乗り出した白髪の細い老人が「やあ!」とでも言わんばかりに手を振っている。


 その姿に思わず生き残っている日本ソヴィエト赤軍の兵たちは戦慄する。

 古の時代、山中で虎に出会った旅人たちと同様に。


「チィッ! クソが!」


 あまりの敵の余裕ぶりに老人は悪態を付くが、その余裕の理由を思い知る事になるのは次の瞬間だった。


「駄目です! 撃てません! 砲の仰角が足りません!」

「なんだと! ヤツは撃ってきているのだぞ! ……そういう事か!」


 老人は「虎の王」の余裕の理由を悟った。


 戦車とは強力な装甲を持つが故にできるだけコンパクトに作らねば、その重さで身動きが取れなくなる。

 それ故、砲塔も可能な限り小さく作られているのだが、そのために砲の動作には限界があるのだ。


 主砲水平位置を基準として上方向への動作を仰角、下方向への動作を俯角というが、通常の戦車では仰角の方が俯角よりも大きく角度を取る事ができる。


 つまり通常であれば高位置に位置する戦車に撃たれて、こちらは撃てないという事は起きないハズだった。


 だが敵は急斜面に車体を置くことで、車体自体に角度を付け、それで俯角をカバーしていたのだ。

 そして、それが戦車の弱点である上面を敵に晒していた理由でもあった。

 撃たれないのならば、弱点だろうが関係が無いという事だろう。


「マズい! すぐに遮蔽物に隠れろ! 撃ってくるぞ!」


 老人は思い出したかのように自車と僚車にすぐさま移動するように命じる。

 装甲に勝るチェールチリがT-34をカバーするのも忘れない。


「長期戦になりますかね?」

「向こう次第かな……」


 2輌は上手く互いにカバーに入れる位置に入れた事で安堵する。

 この位置ならば、例え「虎の王」が突っ込んできても、どちらかの戦車には側面か背面を晒すハズだった。

 そうなれば1輌はやられるかもしれないが、残る1輌が確実に仇を討つ事ができる。


 現時点で手持無沙汰の装填手が老人に話しかけるが、老人には一抹の不安が拭えなかった。


 老人は先ほどナチスジャパンの女性に語った言葉を思い出していたのだ。


「あの『虎の王』はな! かつて中国大陸でソ連の戦車大隊を単騎で包囲して降伏させているんだ!」


「戦車大隊」を「単騎」で「包囲」。


 その事実を前に2輌の手勢というのはあまりにも心細い。

 ここはあくまで遅滞戦闘に止めて、仲間たちの離脱を支援するのに留めるべきだろうか?


 思案を巡らせる老人を現実に引き戻すように1発の砲声が轟き、T-34の前の地面を撃つ。

 遮蔽物に隠れている僚車を直接、狙う事ができずに榴弾の破片で攻撃しようと試みたのだろうか?


 あの「虎の王」のように戦闘中にハッチから体を出しているような真似をしているならば、それも有効だろうが、T-34もチェールチリも乗員は車内に入ったままだった。榴弾の破片と跳ね上げられた泥はT-34の車体を打っただけに終わる。


「……嫌な感じだな……」


 老人は1人ごちる。


 果たして、あの「虎の王」がそんな無駄な事をするだろうかという不安が胸中を埋め尽くしていた。


「おい! スマンがちょっとヤツの様子を見てきてくれないか?」

「了解!」


 老人は通信手に命じて、敵の様子を探ってきてもらう事にした。

 チェールチリも遮蔽物に隠れているために、彼らの敵の様子が見えないでいたのだ。


 車両のハッチから威勢よく飛び出した通信手は駆け足で彼らが隠れている山の起伏に飛び付き、それからゆっくりと顔を出して敵を探ろうとした。


 それからチェールチリに向けて手旗信号で「イ・ナ・イ」と繰り返して送ってきた。


(は? いないだと!? どこに行きやがった? まさか「お昼寝の時間」というわけでもなかろうに!)


 だが次の瞬間、僚車T-34はエンジンから火を吹き、乗員たちが一目散に脱出を始める。


「なんだと!?」

「う、後ろから撃たれた……?」

「いや、『後ろ』から撃たれたんじゃあない!」

「でも、現に……」

「アレは上から撃たれたんだ! よく見てみろ!」


 混乱に覆われた車内の乗員を老人は叱りつけるような強い言葉で制した。


 老人の言葉通り、撃破されたT-34は車体後部のエンジンを撃たれているものの、その破孔は車体上面にあった。


「……これが単騎で包囲の正体か!? おい! 前進だ! うかうかしてると俺たちも撃たれるぞ!」


 もはやT-34部隊は全滅。

 遮蔽物の意味も無いのならば待ち伏せをする理由もない。

 最後に残ったチェールチリはエンジンの轟音を撒き散らしながら前進していく。


 その動きに呼応するように、向かいの山から、恐らくは沢になっていたのだろう急斜面をティーゲルが登って姿を現した。

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