30-2
席を立ったサクリファイスロッジ代表は壁面に張られたスクリーン脇の演壇に立ち、ノートパソコンのプレゼンテーションソフトを起動させる。
「……では、以前、お知らせした世界怪奇同盟日本支部より回収しました『旧支配者招来計画』について解析の結果、新たに判明した事をお話しいたします」
スクリーンは様々な幾何学模様や、魔術式を数式に変換したものなどが雑多に現れる。
サクリファイスロッジの代表は20年近くも前に壊滅した組織に属していただけあって結構な高齢だった。
しかも神秘主義に傾倒していた彼に、パソコンを使って分かり易いプレゼンをしろとは中々の難題だった。
だが、そもそも彼らサクリファイスロッジ以外にオカルトを理解できる者はUN-DEADにはいないのだ。
会議室内の面々は生温かい目でけっして上手くはないプレゼンを優しく見守る。
「え~……。一口に『旧支配者』と言いましても様々な種類がおりまして……」
「ちょっと、いいですか?」
「なんでしょう?」
「そも、『旧支配者』とはなんですか?」
「ああ、失敬……」
特殊な専門用語を解説や定義付けもせずに話を始めるサクリファイスロッジ代表に1人が手を上げながら説明を求める。
セクリファイスロッジ代表曰く、旧支配者なる存在は異星人を含めて現在の我々の文明が興るよりも遥か彼方の大昔に、宇宙全体を支配していた種族たちの総称であり、現在の文明圏とは一切の接点を持たないがために理解不能の存在である。ただ、想像もつかない脅威的な能力を持つ者も多いという。
そして彼ら旧支配者はけして滅びたわけではなく、現在の宇宙に密接した亜空間で今も健在である。
ただ理解不能の存在とはいえ彼らにも傾向を推測できる者もおり、それを利用して力を借りる、又は召喚する事も困難ではあるが可能だという。
「なるほど、要は神にも匹敵する強力な存在を呼び出して現在の情勢をひっくり返すと?」
「その通りです。そして世界怪奇同盟の日本支部では邪神クトゥルーを召喚するつもりだったようです」
邪神の召喚。
その言葉を聞いてプレゼンを聞いていた一同にどよめきが起きる。
だが、先ほどとは別の者がまた質問をぶつける。その様子は躊躇いがちで、何か言いにくい事があるようだ。
「あの……」
「はい?」
「こ、こう言っては何ですが……、クトゥルーは……、去年……」
そこまで言って質問者は一同の顔を見渡した。その表情は大事な事を言い出す決心がつかないようだった。
だが質問者とは対称的に自信に満ち溢れた様子のサクリファイスロッジ代表は、質問者が言いよどんでいた事を自分から言ってのける。
「『クトゥルーは去年、埼玉でヒーローチームに負けたではないか?』ですかね?」
「え、ええ……」
「そして『1度、負けた者を呼び出して何になる』と?」
それはUN-DEADの中では禁句と言ってもいい言葉だった。
何と言っても、この場にいる者は皆、サクリファイスロッジ代表を含めて1度は敗北した身なのだ。
「1度、負けた者を呼び出して何になる」
その言葉はそのままUN-DEADの存在意義をも疑うような言葉だった。
だがサクリファイスロッジ代表の表情が曇る事はない。その言葉も。
「去年、ロキが召喚したクトゥルーの召喚は不完全な物でした。計画の全てを潰された苛立ち紛れという奴でしょうな! 結果、呼び出されたモノはクトゥルー本体ではなく、その末端、もしくは幼体とも言うべき存在でした」
「アレが幼体……?」
「ええ! ただ図体がデカいだけのお子様。故にアレは『ク・リトル・リトル』!」
室内をざわめきが埋め尽くす。
UN-DEADの面々も昨年の邪神召喚時の被害の事は良く知っていた。
サクリファイスロッジ代表が「幼体」と称する存在ですら、召喚されてから滅せられるまでの30分程度の間に万を超える犠牲者を出していたのだ。
それも既にある程度、住民が避難していた赤夢市においての話であり、さらにその犠牲者の中には多くのヒーローも含まれていた。
「……なるほど、それほどの存在の本体を呼び出せるのならば我々の苦境をひっくり返す切り札になりそうですね」
議長役のルックズ星人が言葉を噛み締めるように呟いた。
旧支配者の存在はルックズ星人も知っていたが、異星の技術力を持つ彼らですら旧支配者の制御方法などは把握していない。
クトゥルーは旧支配者の中では取り立てて強力な存在ではないが、それでも無制御の旧支配者を解き放つなど、ある意味で地球上のすべての核兵器を合わせたよりも危険な行為に他ならない。
だが、彼らはそこまで追い詰められていたのだ。
宇宙でも精強無比で知られたハドー船団を地球人は押し返し、銀河帝国の巡洋艦すら占拠する宇宙テロリストのアカグロも地球では目的を遂げる事は出来なかった。さらに規模こそ小さいものの、その技術力で異星人すら震えあがらせたARCANAも全滅した。
そして地球人は新たな敵が現れる度に、そして勝利の度にその戦力を増していっているのだ。
だがチャンスが無いわけではない。
今がその時だとルックズ星人は考えていた。
日本防衛の要たるスーパーブレイブロボはハドー戦とアカグロ戦の修復のために使用不能。最強のヒーローとも呼ばれていた「爆炎の魔法少女」は戦線を離脱し、最強の座を継いだ「デビルクロー」はすでに戦死している。さらに昨年の邪神戦にて多数のヒーローが命を落とし、その戦力の補充もうまくはいっていないようだった。
この機を逃せば彼らが復讐を遂げる機会など2度とやってはこないだろう。
例え、それが旧支配者を呼び覚ます事になろうとも。
「……ただ」
「何か問題でも?」
サクリファイスロッジ代表が声のトーンを落としたのをルックズ星人は見逃さなかった。
「あ、いえ、世界怪奇同盟の計画では、ある星の元に産まれた子供を生贄に捧げることで旧支配者を召喚するつもりだったようですが、我々の計算ではそれでは足りないのですよ……」
「となると?」
「ええ、生まれはともかく、極めて強力な魔力を持った人間を生贄とする必要がありそうですな」
「候補者は?」
「すでに見つけております。ですが問題もあり、予備プランも準備中です」
「結構!」
室内の会議参加者からサクリファイスロッジ代表に惜しみない拍手が送られる。
「……続いては、うん?」
次の議題に移ろうとしていたルックズ星人が天井を見る。
何か、地響きのような物が響いてきたのだ。
「あれ?」
「なんだ?」
「地震じゃあないな……」
「これは……」
会議の参加者たちも異変に気付いたようで、めいめいに辺りを見渡したり、近くの者と顔を見合わせたりしている。
それは遠く、小さな物であったが、幾度も連続して山中の秘密基地を揺るがしていた。
落雷ではない。かといって地震でもない。
ある者は爆撃かとも思ったが、これほどに1発ずつ間隔を守って行われる爆撃など聞いた事もない。
ルックズ星人が指令室に状況報告を求めようと基地内通信装置を手に取ったところで、会議室に慌てた様子の1人の兵が駆け込んできた。
「大変です!」
「どうした? 状況は!?」
「敵襲です!」
「な、敵は何者だ!」
敵襲の報を聞いて室内の面々は驚くよりも先に訝しんだ。
山中の秘密基地は異星人の技術を用いて電波的な秘匿は完璧な物であったし、彼ら自身、UN-DEADが寄せ集めの部隊なのは十分に承知していた。故に彼らは自分自身の目で秘密基地の隠蔽が完全な物であるのを確認していたのだ。
彼らがこの秘密基地を使って何かアクションを起こしていたのならば察知される事もあるだろうが、今現在、そのような作戦は行われていないのだ。
だが報告に来た兵の次の言葉を聞いて、一同は一斉に色めき立つ事になる。
「て、敵は戦車が1! 『虎の王』です! 敵は『虎の王』のタイガー戦車です!」
「虎の……王……!」
「あンの痴呆老人めッ!」
「虎の王」と聞いてナチスジャパンの女性は驚愕し、日本ソヴィエト赤軍の老人は吐き捨てるように呟いた。
老人は席を跳び上がるように壁面の通信機へ向かい、会議室の面々に告げる。
「……奴は俺が食い止める! お前たちは地下通路を使って退避してくれッ!」
「よいのですか?」
「ああ! 俺たちが総力を結集すれば爺ィの1人くらい何とでもなるだろうが、それじゃどんだけの被害が出るか分からん。そしてそれは今、出すべき損害ではない! そうだろ?」
「……貴方の死は無駄にはしません」
「ハッ! むざむざ死ぬ気もねぇがな!」
会議室の面々は一斉に起立して自分たちを逃がそうと戦いに赴く老人に敬意を表する。
「……俺だ! 虎狩りだ! 俺の“チェールチリ”を出すぞッ!」
端的に通信を終えた老人は通信機を壁面の受話器掛けに叩きつけ、室内の面々に敬礼を、他の者も答礼を返す。
「UN-DEADは不滅!」
「我ら、すでに死んでいる故に!」
30話のタイトル、どうすっかなぁ~。
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