29-1
「あ! おはよう!」
「おはよう。誠君」
火曜日。僕がアパートから出てくると丁度、真愛さんも家を出たところみたいで鉢合わせた。
1日の始まりに幸先がいいな!
2人で並んで登校することにする。
「誠君は喉とか大丈夫?」
「僕は大丈夫だけど……、て、ああ、真愛さんは少し声がかすれてる感じだね」
「ええ……、少しね……」
昨日は学校帰りに皆でカラオケに寄っていたんだけれども、僕のヒーロー登録証があれば割引になるから「歌わなきゃ損!」って天童さんが言い出して、結局、5人で4時間もカラオケにいた。
「まあ、でもテスト勉強前の景気付けにはなったかな?」
「ふふ! そうね、京子ちゃんもしっかり勉強してくれればいいんだけど……」
「まあ……、手遅れではないと思うけど……」
「あれ? 京子ちゃんってそんなに……?」
小テストの結果とかは真愛さんは席が離れてるから知らないだろうな。天童さんもそういうの授業が終わればとっとと鞄に仕舞い込んじゃうタイプだし。
「う~ん。不真面目じゃないのは分かるんだけど……」
そう。天童さんは決して不真面目なんかじゃあない。
テスト時間はフルに使って取り組んでいるし、不正解の問題でも試行錯誤の後が見られる。それで御情けの三角を貰ってる事も多い。そして小テスト後の解説の時間もしっかりと赤ペンで返ってきた問題用紙に書き込みをしている。
ただ結果が伴わないだけなのだ。
でも、いくら友達同士とはいえ、それを本人がいないところで言っちゃうのは気が引けるなぁ……。
だが真愛さんは僕の表情を見て上手い事、察してくれたようだった。
「ああ……。それじゃあ……!」
「うん?」
「今度、皆で勉強会しましょうよ!」
「ああ、いいねえ! 明智君も呼べば先生たちより分かり易く教えてくれるよ!」
「そうね!」
明智君にとっては公立の高校の授業内容などすでに終えているだろう。なんたって彼は去年の時点ですでにアメリカの名門大学に飛び級での入学を勧められていたくらいなのだ。
彼が飛び級の制度の無い日本で高校に通っているのは本人から聞いた話だと、両親の教育方針で子供の内は子供がやる事をしなさいと言われているからだそうな。
そういうわけで明智君にとっては2高も蒼龍館高校も大して違いは無いみたいで、それなら自宅に近い所がいいと2高を選んだらしい。
それに僕だって改造人間なんだから記憶力はいいハズ。
授業中の先生が言っていた事だってキチンとフォルダに入れて圧縮保存しているのだ。
勉強会とかやるのなら、それなりに役に立てるんじゃないかな?
少年と少女が学校へと向かういつもの風景。
その様子を密かに見つめている者がいた。
彼らの通学路のすぐそばの5階建ての雑居ビル。
そのビルの屋上から1人の女性が微動だにせず石動誠から視線を離そうとしない。
その女性は白いワンピースを身に纏い、肩から小さなショルダーバッグを下げている。
日本人にしては背が高く、黒く長い髪は腰の辺りまで伸びていた。
5月の朝から袖無しのワンピースは少し奇異に思えるが、それ以上に不自然であったのが彼女の目だった。
蛍光の緑色に光る女性の瞳は昆虫のように複眼になっていたのだ。瞳孔などは見えず、ただ網目のように仕切られた模様が見えるのみである。
瞬きすらせずに目で石動誠を追っていた女性は、彼がH第2高校の校門に近づくと唇の両端を歪めて笑みを作り、肩から下げたバッグに手を入れる。
「……おっと! 鞄からゆっくりと手を出しな!」
突如、女性の背後から男の声が掛けられた。
先ほどまでの様子とはうって変わって、女性は飛び上がるように背後を振り返ると、彼女から5、6mほど離れた場所にジーンズと本革のバイカージャケット姿の男がいたのだ。
その男は武道の心得でもあるのか半身に構えた姿勢をとり、眼光鋭く女性を見据えている。
女性が振り向いてすぐに男は女性の複眼に気付いて警戒を強めた。
両足の間隔は日本の空手よりも小さく、左掌を相手に向けて右拳を胸の前に置く独特の構え。恐らく男は詠春拳、もしくはそれに類する拳法を使うのだろう。
「……お前、その目! ジャギュア軍団の改造人間か!?」
そして洞察力も鋭い。
事実、女性が持つ緑色の複眼はジャギュア軍団製の改造人間の特徴である。
だが、ジャギュア軍団なる侵略者の組織は5年以上も前に壊滅しているハズで、駆け出しの中には存在すら知らない者すらいるような“過去”の存在だった。
だが男は“緑色の複眼”という小さな手掛かりから過去にいた組織を思い出し、その直感を信じる事にしたのだ。
「ジャギュア怪人が今更、何を企んでやがる!?」
「貴方にそれを言う義理がありますか……?」
女性も髪をかき上げてから、足を左右に開いて大きく腰を落とす。さらにゆっくりと両腕を開いていく。
「……ハァァァァァッ……」
「太極拳か面白い!」
構えを取って大きく肺の中の空気を交換するように深呼吸をする。
女性の様子を見て流派を看破した男は不敵に笑い、小さな歩幅でまるでダンスを踊るようなテンポで女性に詰め寄った。
女の人差し指と中指を合わせた指剣が左から迫るが、それを前に出した左掌でいなし、死角となった女性の右側へ回って肘を右拳で突く。
さらに右手を引く動作の勢いを使って、女の右膝に蹴りを入れる。
「……クッ!」
思わず怪人が呻ぎ声を上げた。
小さな歩幅は臨機応変な動きを可能にし、小さく構えた両腕はほんの少しの攻撃のチャンスも見逃さない。
「短橋狭馬」と例えられる詠春拳の真骨頂だ。
だが女性もかつてはその戦闘力で知られたジャギュア軍団の怪人だった。
戦闘開始早々に受けてしまった連撃に狼狽える事もなく、構えを変えて男を下がらせる。
大きく腰を落とした姿勢は変わらないが、先ほどの左右に開いた姿勢と変わって今度は前後に開いた形となる。
1対1での戦闘ならば先ほどの構えよりも間合いの把握に長ける構えと言えるだろう。
詠春拳と太極拳。
いずれも「護身」に重点を置いた拳法であり、両者とも長い時間をかけて“身を守る”ために洗練されてきた拳法だった。
同じように身を守る事に特化した拳法であったが、男と女、両者が取る構えを対極的である。
短橋狭馬の詠春拳に対し、女性も「雲手」というまるで雲を探るような手の動きで男に攻め手を作らせない。
小さく素早い構えと大きくゆったりとした構え。
対称的な2つの拳法。
女性は勝負は長引く物と考えていた。
だが、男は意外にも攻めてきた。
女性の雲手の一瞬の隙を逃さずに攻め込んできた形だったが、なにも太極拳だってゆっくりとしか動けないわけではない。
一気に詰め寄ってきた男の拳と脚を鶴が舞うような動作で捌き、体を回して1歩、踏み込んで男を打った。
「ハッ! 二十四式太極拳、第二十一式! 転身搬欄錘!!」
ワンピースの女性に胸を打たれ、男は10mほど後ろの手すりに大きな音を立てて打ち付けられた。
手すりは大きくひしゃげており、それだけの力を受けた男は完全に戦う力を失っただろうと女性は周囲を見渡す。
8時前とはいえ、ビルの下にには大勢の通勤通学中の人間がいる。
恐らくは今の音で騒ぎになるだろうと、この場所からの撤退を考え始める。
「……!」
どこか、良い場所はないかと近隣のビルの屋上を物色していると背後から物音がした。
「お前! まさか!? まさかお前も……」
「……ああ、そうさ……」
あの男がゆっくりと震えながら立ち上がっている。
男は10mも吹き飛ばされ、叩き作られた手すりはもう少しで破断してしまいそうなほどにひしゃげているのだ。
当然、ただの人間がそんな状態で立ち上がれるワケがない。
女にはその理由がすぐに分かった。
この男も自身と同じように人間ではないのだ。
立ち上がった男はダメージを払拭するように気合を入れてバイカージャケットのボタンを開けると、男の腰にあった大きなバックルのベルトが露わになる。
「第2ラウンドだッ!」
男はそう叫ぶと腕時計から鍵を引き抜き、ベルトに差し入れて回す。
「変身ッ!!」
「……クゥ!」
男のベルトから閃光手榴弾に匹敵するような光量の閃光が溢れ、女が光の奔流から目を開ける事ができるようになった時、男がいた場所にいたのは銀と青の装甲に身を包んだ1人の戦士だった。
「……お前はセル・ストライカー!」
女にはその男の姿には見覚えがあった。
彼女が所属していたジャギュア軍団を倒したヒーローの1人がセル・ストライカーだったのだ。
セル・ストライカー、成田拳は改造人間である。
彼を改造した666部隊は日本政府転覆を狙う悪の組織だった。
だが彼は心までは悪に屈しなかった。
セル・ストライカーは人類の愛と正義と自由を守るため、今日も戦うのだ。
「飛ばしていくぜッ!」
変身が完了したセル・ストライカーだったが、さらにベルトに刺さった鍵を回してコードを入力する。
コードを受け付けた彼の代名詞ともいえる左腕の2本の大型電池は並列配置から直列配置へと展開していった。
「バーストモードだ!」
電圧の増した電子改造人間は装甲色を変化させ、青と銀の鎧は金色に変わる。
「さあ! 来な! 地獄まで後10秒だ……、て、あれ?」
ジャギュア怪人に指を突きつけたつもりであったが、すでに先ほどまでの場所に女の姿は無く、セル・ファイターが辺りを見渡すと、女は世界でも通用するのではないかというフォームで一目散に逃げていくところだった。
「え? 逃げ……、ちょっ! 待てよ!?」
周囲のビルの屋上から屋上へとバッタのように跳んでいく女の後をセル・ファイターも追うが、追い付き女を取り押さえた時、すでにバーストモード稼働限界の10秒はとうに過ぎ去っていた。
成田賢様の訃報を知りました。
享年73歳だったそうですが、パワフルな歌唱力にツイッター、YouTubeの動画にコメントをしてらっしゃったりもっと若い方だと思っておりました。
私は「デンジマン」や「サイボーグ009」の主題歌が大好きでした。
ご冥福をお祈りいたします。




