ハロウィン特別編-15
「……ちょっと待て。お前、今、俺を『天草四郎』と言ったな?」
「うん? 違うの?」
ついに玉座から立ち上がり、人の心を取り戻したMO-KOSと変身したデスサイズと相対する少年。
だが今にも戦いの火ぶたが切って落とされるかと少年以外の誰しもが思っていたが、少年は長い髪を無造作に掻きあげ、考え事をするように視線を逸らしてしまった。
「……いや、間違ってはいないんだが……」
「ならいいでしょ!? どう考えても、もう戦う流れじゃん?」
「何て言ったらいいのかな? あ、そうだ……」
「なしたばい?」
デスサイズは振り上げた大鎌を降ろし、MO-KOSも半身に構えた姿勢を崩す。
少年の何か言いたげな様子に場に白けた空気が流れる。
「あ~、五条大橋で弁慶と戦ったり、一の谷や壇ノ浦で平家と戦った武将と言えば?」
「何? クイズ? 源義経でしょ?」
「うん。正解。それじゃ本能寺の変で死んだ武将と言えば?」
「そんなの織田信長に決まっとるばい!」
「正解。だけどよ……」
「?」
デスサイズもMO-KOSも互いの顔を見てみるも、両者とも天草四郎が何を言わんとしているのか理解していないようでキョトンとした顔をしている。
何か時間を稼ぐための策略かとも思い、吸血鬼の専門家である瑠香の方を見てみるが、彼女もまた同様であった。
少年も少しためらうように言いよどんだ後、先ほどより少し大きな声量に切り出した。
「何で俺だけ天草『四郎』なんだよ!? おかしいだろお!」
「ん? 何が?」
「いや、それ流れで言ったら、俺の事は天草『時貞』って呼ぶべきなんじゃないか? 誰も『源九郎』とか『織田三郎』なんて言わないだろッ!」
「……知らないよ」
「細か事を気にする吸血鬼ばい……」
石動誠とMO-KOSにとっては心の底からどうでもいい事であったが、2人の反応を見て天草時貞はますますヒートアップしていく。
「細かくはないだろ!? むしろ現代人が名前という物を軽く見過ぎているだけだ。そもそも俺には『ジェロニモ』とか『フランシスコ』とか洗礼名だってあるのに……」
独り言のようにブツブツと呟きながらジェロニモはまるで2人のヒーローの事など眼中に無いかのように左右に行ったり来たりを繰り返す。
その様子を見てデスサイズは面倒事はとっとと終わらせたいとばかりに手元に転送したビームマグナムを発射した。
「……えい!」
「うおっ! いきなり何するんだ!? このガキ!」
MBTの正面装甲すら貫通するというプラズマビームを脇腹から直撃させられたフランシスコは右脇腹から左脇腹にビームが貫通して抜けていった事よりも、いきなり攻撃された事に驚いていた。
瑠香の言う「強化の果てに“死”にすら抵抗する」というR型ヴァンパイアロードの能力の片鱗だった。
先ほど自分の牙で手首を噛み切った時には流れた血がビームの貫通痕からは1滴も流れてはいない。そして徐々に傷口は再生して小さくなっていくのだ。
「うっさい! 字だか何だか知らないけど、知った事か! 僕なんか近所の人から『石動さんチの可愛い方』で済まされてたんだぞ! 自分の名前で呼んでもらえるだけありがたいと思え!」
「それこそ知った事か、だよ!」
驚愕の顔を浮かべる天草四郎時貞に死神が青白い光を引きながら突っ込んでいく。
「ハッハッハ! わんぱくな子供ばい!」
「種子島をブッパなしといてわんぱくで済むか!」
ひとしきり高笑いした後、MO-KOSは腕を回したり、腰を捻ったりして新しい体の調子を確かめた後、大きな地響きを立てながら自分も戦いに加わるべく走りだしていった。
「そ~れ! 吸血鬼ば皆殺しばい!」
「何だ! こいつら!? 薩摩や鍋島の連中の方が少しは人の話を聞くぞ!?」
「薩人鬼と人の事ば一緒にするでなか!」
高速のヒット&アウェイを仕掛けてくる黒い死神と、重機のようなパワーで迫る半吸血鬼の猛攻に天草四郎は血液を凝固させた太刀で捌いていく。
その頃、マーダーヴィジランテとクイーンヴァンパイアとの戦闘も佳境に差し掛かっていた。
半霊半実の存在である吸血鬼の力を振り絞っていたため、クイーンの肉体は非現実に大きく傾き、白かった肌には毛細血管が網の目のように浮き上がっていた。瞳も猫のように極端に収縮し、常人が見たならば思わず恐怖してしまっていただろう。
だがクイーンの敵は常人ではなかった。
すでに女王が引き連れていた50体の強化吸血鬼は全滅している。
本来であれば、九州中央の交通の要所である阿蘇市を真っ先に攻め落とすための尖兵である50体がだ。
そして50の強化吸血鬼を屠った殺人鬼は今なおクイーンに対して、その凶刃を振るっていたのだ。
クイーンが10指から伸びたナイフのような爪で切り裂こうと接近戦を挑めば、手の平をアイスピックで貫かれて、さらに顔面に鉄拳をお見舞いされ。
肉体を変化させたコウモリを突撃させるコウモリ弾は当初こそ有効であったものの、次第に攻撃を読まれるになったのか、次々にアイスピックの餌食となって刺し貫かれては打ち捨てられてしまっていた。
(これでは、まるで本物の“鬼”じゃない!)
何とか接近し、殺人鬼の鎖骨と肩の間に爪を突き立てるが、逆に両のこめかみからアイスピックを刺し込まれて腹部に強烈な前蹴りを食らってしまう。
損傷を受けた側頭部をコウモリに変化させて切り離してから霊力をもって再生させる。
だが、腹部の方もダメージが大きい。致命傷ではないが同じように切り離してから再生する事にする。再生には“命”を消耗するが、生命と霊力を浪費する事よりもこの殺人鬼の前で隙を見せる方がもっと不味いという判断だった。
(……隙? そうか……。この手ならば……)
逆転の一手を思いついたクイーンの口元に邪悪な笑みが零れるが、マーダーヴィジランテからは見えなかっただろう。
切り離してから再生させたハズの腹部を両手で抱えたままクイーンはうずくまったままだった。
クイーンの真意を知らない者が見たら、先の前蹴りのダメージが深刻で悶絶しているように見えるハズだ。
マーダーヴィジランテもそう判断したのか、少し離れた位置に落ちていた手斧を拾い、ゆっくりと女王の元へと歩いて行く。
彼の歩いていく先にはこれまでの戦闘で倒れた無数のコウモリが転がっていた。
だが殺人鬼と吸血女王の位置を直線で結んだ中間地点に、損傷が無いコウモリが横たわって事にはさすがのマーダーヴィジランテも気付かなかった。
「…………」
(さあ! そのまま白痴のように歩いてらっしゃい! 貴方の大好きな悪党はここよ?)
ついに無傷のコウモリのすぐ横に歩を進めるマーダーヴィジランテ。
その瞬間、突如として数匹の無傷のコウモリが飛び上がり、殺人鬼の足を縛り付けるように張り付いていった。
この無傷のコウモリたちは、前蹴りのダメージから逃れるために女王が腹部から分離させたコウモリに紛れ込ませて放っていたものだった。
あえて瀕死のようによろよろと飛び立たせて殺人鬼が通るであろう場所に落としておいたものだ。
「……!」
「かかったわね! これで!」
コウモリに足を固められたのを確認して女王は体を起こした。
腹部を押さえていたハズの両腕はすでにコウモリに変化している。
コウモリ弾を放つクイーン。
だが直線的な軌道ではない。
地面スレスレの軌道から左右の膝を砕かんとする物。
同じく地面スレスレからホップアップするように腹部を狙う物。
背後から肝臓の位置を狙う物。
後頭部や頭頂部を狙う物もいる。
また、大きな口をあけて頸動脈を切り裂こうと狙っている物もいる。
脚部を固められたマーダーヴィジランテにコウモリ弾を躱す術は無い。
いくつかのコウモリはアイスピックの餌食になるが、大部分のコウモリ弾は歴戦の殺人鬼へ次々と直撃していった。
1匹で自動車のエンジンを破壊する威力を持つコウモリ弾だ。
だがマーダーヴィジランテは倒れなかった。
否、足を固められていたために倒れる事を許されなかったのだ。
「……ふん。馬鹿みたいに丈夫ね。でも勝負アリと言ったところかしら?」
新たにコウモリを分離させ、周囲に待機させながらクイーンは勝ち誇った。
すでにマーダーヴィジランテの血液を吸う事を想像して、舌で長い牙を舐めあげてさえいる。
「フフフ、貴方の血はどんな味かしらね?」
「…………」
「心配しなくてもいいわ! 貴女の次はあの子たちもしっかりと殺してあげる。特にあの『死神』と貴女は仲が良いみたいじゃない? あの子も殺される時には『ヴィっさん! 助けて~!』なんて言うのかしらね~!?」
長い強敵との戦闘が終わる解放感から珍しくクイーンはお道化ていた。
天井を仰ぎ見ながら自分の声真似が存外に上手い事に我ながら感心していると、背筋の凍えつくような殺気を感じてマーダーヴィジランテの方を振り向く。
「…………」
「……何よ!」
クイーンは背筋がざわついていくのを感じていながらも、強気な態度を崩さない。
今だ殺人鬼の足を封じているコウモリは健在。これまでの戦闘で敵のダメージも蓄積しているハズだ。
これまで無言だった殺人鬼が喋ったのもそれしかできないからだ。
昨晩は吸血鬼の軍勢を苦しめた炎を何故か使っていないが、この後に及んで使っていないという事は、燃料が切れたとか何か、もう使えない理由があるのだろう。ならば恐れる必要は無いハズだった。
「……殺すと言ったのか?」
「ええ、そうよ? 私が殺す。『死神』は私が殺す。もう1度、言ってあげましょうか?」
殺人鬼の仮面が、表情の無いハズのホッケーマスクが明らかに怒りの表情になっていた。
「お前はあの子をまた殺すというのか!?」
「……ま、また? 貴女は一体、何の事を? ……ッ!?」
仮面の奥で殺人鬼は泣いていた。
そして涙とともに炎が溢れる。
昨晩、クイーンが見た紅蓮の炎ではない。
冷たさすら予感させる蒼い炎。
殺人鬼の双眸から溢れる蒼炎は案山子のような細い全身を包んでいき、足を封じていたコウモリを一瞬で焼き尽くす。
憎悪の果てに優しさを思い出し、その優しさのために産まれた新たな憎悪が松田晶に新たな力を与えた。
マーダーヴィジランテ ファイナルフォーム ラース。
守るために殺す。
彼女が辿り着いた境地は歪ながらシンプルなものだった。
天草さん「俺の名前? いっぱいあってな」
????「イッパイアッテナっていうのか」




