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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
ハロウィン特別編 MONSTERS in KUMAMOTO!
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ハロウィン特別編-8

 赤口城は元は安土桃山時代に熊本城の支城として作られたため、地上部分は大した大きさは無い。

 あくまで熊本城や他の支城と連携するための堡塁の1つに過ぎないのだ。

 3階建てとはいっても天井は低く、また3階は小さな4畳半程度の1部屋があるのみだ。


 だが貧弱な地上部分とは逆に地下は深く、また複雑に入り組んだ作りになっていた。

 これは戦の際に必要となる兵糧や兵器、矢玉などを大量に備蓄しておくためのものである。貧相な地上部分は戦略物資の集積場所を偽装するための物でもあった。


 これは築城の名手の呼び名も高い加藤清正公の差配によるものだったが、幸か不幸か1度も実戦で使われる事も無く、いつしか城の地下部分の事は人々から忘れられていった。


 そして時は流れ、いつしか歴史の表舞台から忘れ去られた赤口城に不気味な者ども、吸血鬼たちが住み着くようになったのだ。




「グアアアアアアアアア!」


 赤口城の地下区画、女王の私室に野太い叫び声が響く。


 石作りの壁面に工業用の太い鎖で縛りつけられているのはかつてのヒーローの成れの果て、パンプキンヘッドであった。


 両肩から飛び出した大きなボルトに電極を付けられ、吸血鬼の黒衣の技術者がテスターのグラフを見ながら慎重に、だが情け容赦なく淡々と電流を流していた。

 電流が流される度にパンプキンヘッドは痙攣しながらも叫び声を上げる。ただの人間であれば感電している時には声帯や横隔膜まで痙攣して悲鳴すら上げることはできない。脅威的な生命力と言えよう。


 パンプキンヘッドも平気なわけではない。

 その証拠に室内には肉や髪が焦げる匂いが漂っているし、パンプキンヘッドの口からは内臓が焼ける時の特有の匂いが漏れ出ていた。


 ただの吸血鬼ならば、すでに体が発火して絶命していたであろう。

 実の所、パンプキンヘッドは純粋な吸血鬼ではない。


 最強のヒーローとも呼ばれていたデビルクローと戦って敗れたARCANAの大アルカナ、「愚者(フール)」の残骸を回収し、吸血女王との戦いで命を落としたMOーKOSの頭部を移植した物を吸血鬼として復活させたモノだった。

 その際に時空間(ディメンション)エンジンなどの復元不可能だった機構は吸血鬼独自の霊的装置に置き換えられ、その他、交流のあった組織の技術をも投入されたパンプキンヘッドはハイブリット・ヴァンパイアといっても過言ではない存在だった。


 現状での性能は「愚者」の6割ほど。

 だが忘れてはいけない。

 パンプキンヘッドは吸血鬼としての特性の一部を有している。即ち、パンプキンヘッドは人間の血を吸えば吸うほどに強くなっていくのだ。

 理論上では「愚者」を越え、「愚者」を倒した「悪魔」を超えることも可能である。そうなれば、先ほど邪魔をしてくれた「死神」も「殺人鬼」も手が出せなくなるだろう。


 女王はベッドサイドのテーブルセットで処女の生き血をグラスで楽しみながら、パンプキンヘッドの悲鳴を聞いていた。

 その様子は美酒を味わい、耳でアカペラの独唱を楽しむ貴婦人のように優雅さに溢れている。


 パンプキンヘッドが叫び声を上げるたびに女王は確かな満足感が湧き上がってくるのを感じていた。

 1歩ずつ、自分の最強の騎士(ナイト)が完成に近づいていっている。今は言葉もロクに喋れない、頑丈さと腕力だけが取り柄のウドの大木だが、次第に知性も芽生えてくるだろう。九州島を吸血鬼の牙城にした後は現場仕事は部下に合わせてパンプキンヘッドを自分好みの配下に仕立て上げるのを楽しんでもいいだろう。

 それは人間の基準で考えれば酷く歪んだものであったが「愛情」と呼んでも差し支えないものであった。ただ、それは人が人に抱く愛情とは異なり、話題の新型スマートフォンを行列に並んで手に入れた時に感じる愛情に近いものだった。


 いつの間にか空になっていたグラスに執事がデカンタから血液を注ぐ。


「ありがとう」

「いえ……」

「“ロード”の復活が近いせいかしらね……。いつもよりも美味しく感じるわ。どういう子のだったかしら?」

「17歳と4カ月、女性。陸上部所属の高校生でございます……」

「ああ、スポーツやっていたのね。ヘモグロビンの味が濃いわ」


 グラスを室内を照らすランプの明りに透かして見てみる。

 女王は執事の聞かれた事だけを落ち着いた口調で答える執事を気にいっていた。パンプキンヘッドもその辺の機微をわきまえてくれるだろうか? どの道、それは大分、後になる話だろうが。


 パンプキンヘッドの調整は終わったのか、技術者たちは電流を流すのを止めていた。

 壁に張り付けられた巨体は頭を項垂れたまま身動き1つしない。

 女王は立ち上がってワイングラス片手にパンプキンヘッドに近づいて顔を覗き込む。死肉を電流が苛んだ匂いが鼻腔に届いたが、それは別に吸血鬼にとっては不快な匂いではなかった。


「どうかしら?」

「ハッ! 脳波計は想定値通り、隷属装置も効果値を再設定しました」

「フフフ……」


 先の一戦の最後、村の生き残りの子供たちをイラ立ち紛れに殺してやろうと思った女王のコウモリ弾をパンプキンヘッドは邪魔してみせた。

 だが今はどうだ?

 女王がからかうような笑顔で鼻と鼻がくっつきそうな距離まで近づいてもパンプキンヘッドは身じろぎ1つしない。


「気絶してるのかしら?」

「いえ、脳波は覚醒状態である事を示しています。恐らくは電撃のダメージで青息吐息と言ったところでしょう」

「あら? それは大変……」


 女王は人間の血液が入ったグラスをパンプキンヘッドの口元まで運んでいく。

 吸血鬼の再生力ならばこの程度のダメージ、血液を飲めばすぐによくなる。

 これは女王からの褒美だった。


 思えばパンプキンヘッドが女王の邪魔をしたのは確かだが、結果的にはあの子供たちを殺さなくて良かったのではないかとも思っていた。

 計画は最終段階。

 だが「千里の道を往く者は……」の格言の通り、支障は少ないほどいい。その点において最大の強敵である「死神」と「殺人鬼」はあの子供たちの護衛として貴重な時間を浪費しなければならないのだ。阿蘇市か熊本市にあの子たちを送り届けたとしてどれほどの時間がかかるだろう? 村の自動車やバイクなどは念入りに破壊してある。通信網も同様だった。


 だがパンプキンヘッドは口元にグラスが付けられると突如として大きく頭を振り乱し、グラスは床に落ちて割れてしまった。


「ふうん? まだ直接、人間の血を飲むのは抵抗があるのかしら……」


 女王は特段、怒ったような素振りを見せずにテーブルの上のデカンタを取り、技術者たちが機材などを乗せてきたワゴンの中から超々硬化ガラス製のカートリッジに血液を注ぎ込む。

 それから指を鳴らすと、パンプキンヘッドの側頭部のボルトが開放される。丁度、カートリッジが納まるような空間が空いている。


「人間は『手間のかかる子ほど可愛い』と言うけれど、本当にそうねぇ……」


 なおも暴れるパンプキンヘッドを女王は自身の体を変化させたコウモリで包み込むように抑えて、残った半身でボルトに血液入りカートリッジを挿入した。


「人間の言葉と言えば、『血を分けた』なんて言葉もあったわね。これで貴方も私も兄弟みたいなものね……」


 そう言って女王は身をのけ反らせて高笑いを上げた。

 本来であれば日中、吸血鬼は人間とは逆に休んでいる時間であるが、計画の最終段階を前に気が昂っているのだ。

 きっと城の地下に集う他の吸血鬼たちもそうであろう。




 一しきり思う存分、高笑いを上げた後、女王は室外から何か重い物を引く車輪の音に気付いた。

 その物音に心当たりはあったが、意外な事でもあった。


 ドアを開けて廊下の様子を窺うと、思ったとおりに台車に乗せたドラム缶を運ぶ一団がいた。


「お疲れ様」

「光栄であります! クイーン」

「補充の時間、早くないかしら?」

「それが予想を上回るペースでして……」

「良い兆候ね。私も見に行くわ」

「ハッ!」


 女王は一団の先頭に立ち歩いていく。

 幾つかの曲がり角を曲がった後に辿りついたのは大広間。

 元々は兵器庫として作られていた大広間は今は縦横3m四方、深さ1.5mほどの透明なアクリルの水槽が置かれている。


 水槽の中には深さ10cmほどに張られた人間の血液と、血液の海の中央に禍々しく脈打つ心臓。

 血液は徐々にだが確実に減ってきている。心臓が吸収しているのだ。

 これこそが吸血鬼たちが復活を目指す天草四郎時貞の心臓であった。


 ドラム缶を運んできた一団は次々とドラム缶の中身である人間の血液を水槽に注ぎ込んでいった。

 人間の血液量は成人男性で5Lほどだという。それに対してドラム缶の容量は200L。それが12本。一体、どれほどの人が犠牲になったというのだろう?

 水槽に注ぎ込めない分は水槽の脇に置いておく。どうせすぐにまた補充が必要になるのだ。


 心臓の脈動で波打つ血液の水面を満足気に眺めた女王は気が触れたように笑い始めた。

 両腕を天に掲げ、目を閉じて恍惚の表情を見せる女王は美しくもあったが、吸血鬼の同胞にすら底知れぬ狂気を感じさせる。


「ついによ! ついにヴァンパイア・ロードが復活する! そして私たちはあの忌々しい太陽を克服するのよ!」

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